34. 宗一の過去・その10
1998年 12月16日
まずいことになった。天川が俺と親父さんとの会話を聞いていたようだ。俺の今までの行為が危険地帯へ行かせないためだけの恋愛詐欺じみた行いだった事がバレてしまった。
これは天川の両親も合意の上だったのだが、天川は何も知らないわけで俺と本当に付き合ってたつもりらしく家出してしまった。
当然俺だけでなく、天川の両親はプライベートに付き合わせられる部下達を集めて天川の行きそうな所をあれこれリストアップしたり情報収集して探し回っている。
携帯電話にも出ないらしい。こうなってしまえば俺も心当たりのある場所をひたすら探すしかない。
1998年 12月17日
今日も見つけられなかった。本人にはしっかり金があるから、ホームレスみたく外で寝たりとか、変な奴に頼ったりして寝床を確保する事はないだろう。しかしそれでも年頃の令嬢の家出となると自暴自棄で何をやらかすかわからないし、危険地帯にだって行きたがるヤツなのだ。
一刻も早く見つけなければ。
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午後三時半頃。千葉県金田の海岸にて。
冬の海風が俺の肌を突き刺し凍らせようとするが、帰るわけにはいかない。
冷え切った空気の中をかき分けて、俺は浜辺を歩いて人影の元へと歩み寄る。
「ここに来てたか。家出してる間、ずっとここに来てたのか?」
少しずつ没して行く陽を、厚手のコートを着た彼女は眺めていた。俺の声を聞くと、ゆっくりと振り返る。
「ここがよくわかったわね」
俺の方を振り返ると、天川の艶やかで陽光を反射する黒髪が揺れる。よく目元を見れば腫れているように見える。何度も何度も泣いたのだろうか。
「わからねぇよ。最後の最後で、天川ならどこに行くか考えて……家出した理由もひっくるめたら、ここじゃないかってな」
「……それぐらいの気遣いを最初からして欲しかったなぁ」
天川は俺から夕陽へと視線を移すが、構わず俺は問いかける。
「お前の言ってた通り、俺は教養がねえし学がねえんだ。私がこんな行動してるんだから察して~ってされても気付けねえんだ。言葉で言ってくれよ、天川。俺に……どうして欲しかったって言うんだ」
俺の問いを聞くと、天川は両手を震わしながら俺の方を再度振り向く。
「全部、仕事のためなんだよね? ここで、あの日、私の事が大事だから危険地帯に行くなって言ったのも」
海風が吹き荒れていき、天川の顔に黒髪がかかって表情は伺えない。怒っているのか、泣いているのか。
「仕事のためではあるけど、それだけであんな言葉言えねえよ」
そんな気はない。俺は天川に対して、個人的にそんな好意があるというのか?
そもそも俺のような人間が、マトモな人生歩んだ人間のような面をして誰かの事を好きになったりだの、好かれたりなどしていいのか。
「じゃあ……言ってよ。教えてよ……私はずっと楽しかった。あなたと居て、色んな場所に行って、大学で同じ講義を聞いて、色んなことやって…………ねえ、もう教養ゼロじゃないでしょ? 大学であんなに講義聞いてたじゃない」
「……」
「行動、してみてよ。私が、求めてるものってなーんだ?」
なーんだ? じゃないぞ馬鹿。どれだけ両親やその会社の部下達に迷惑かけてると思っているんだこの女は。
だがこんな行動に出た理由は当然俺の行動にある。それはわかっている。
なら今、天川が俺に対して求めているもの。学のない頭といったが、そこに毛が生えた程度の教養で俺は考える。
天川が俺にして欲しいことは、好意の証明だろうか。
俺は天川の前にまで歩み寄ると、そのまま彼女を抱きしめた。
「これじゃダメか?」
天川は眉間に皺を寄せると、俺を振りほどくなり右手を振りかぶって。
「馬鹿!」
俺の頬を平手打ちする。頬が熱くジンジンとひり付き、天川の熱をどこか感じる気がした。俺のすぐそばにいるからか、彼女の感情が痛い程に伝わる。彼女の表情は険しく、怒りで満ちていた。
「この期に及んでまだこんな……なんでわからないの!」
「わかるわけないだろ脳内お花畑お嬢様が! 口で言え、俺はエスパーじゃねえぞ!」
「うっ……なんてこと言うのよこのっ……このっ……ぅぅうううっ」
怒ったかと思うと、天川はその場で膝を着いて泣き始めた。
「なんで女ってのはほんと多かれ少なかれこんな面倒臭い考えするもんだか」
もう思い切るしかない、これで間違ってたら俺が勘違い野郎というだけだ。別に何か大損して金が減るわけでも衣食住を失うわけでもない。
ならやろう。
やってやろう。
そんなにも好意の証明を求めるならやってやる、天川。
俺は泣いている天川の両頬を両手でそっと触れて、そのまま顔を近付けて唇を重ねた。
そうすると驚いた様子で天川は目を点にして、動きを止めた。
5秒ほどだろうか。俺が天川から唇を離すと、そのまま目を合わせて話す。
「言ってくれれば、お前がやって欲しい事……なんでもやってやる。犯罪以外なら。だからちゃんと言ってくれ」
天川は言葉の意味を数秒間を置いてから理解すると、静かに微笑んで「うん」と返した。
「なら、言ってくれ。何をすればいい?」
「このまま抱きしめて、もう一回……して?」
「……お花畑が」
俺はもう一度天川を強く抱きしめて、唇を重ねた。本当に重症なくらい頭がお花畑な女だと思う。俺が離すと、天川は続けて願いを言った。
「ねえ、結婚してよ」
「それは」
「ここまでして……絶対に逃がさないんだから」
「お前に話してない事は色々あるんだ。俺はそんな、マトモな人生の幸せなんか取っちゃいけない人間なんだ。ダメだ、結婚は」
「私は大して仲良くもない上に私の馬鹿に付き合ってくれるわけでもないような人達となんか結婚したくないの! でもあなたは違う、仕事といっても投げ出さずにずっと私に付き合ってくれた、こんな人絶対いないもん……一緒に居てよ」
「……俺は」




