29. 宗一の過去・その5
「なんというか惰性でやってる感じはひしひしと伝わりますねー。ただ淡々と仕事してるのは社畜となんら変わらないような気が」
彩那の感想は漆紀も同じく思っていたことだ。活力を感じられない日記の文章。
「というか、まだ母さんについても出てきてない……これ父さん結構一人で戦ってたんだな」
「また飛ばして読みます?」
「今ので5年分くらい描写が飛んでたし、今度は2冊分飛ばしてみるか」
漆紀はそう言って、また日記を手に取った。
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1994年 3月7日
ありえねぇ。なにをやっているんだ俺は?
武装市民勢力と交戦中、十六歳ぐらいのガキを助けた。何を考えてるんだ? あの場で殺せばいいものを。迷っているのか?
暗殺や制圧に爆破、ただ殺し続けるこの人生に、迷いが?
このままでいいのか。わからない、なんでだ。
だが、助けてしまったものは仕方ない。あのガキの名前、込木とか言ってたな。
まさか俺の仕事を覚えさせるか? いや、そんな気はない。なんのため、なにをさせりゃいいんだ。
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「込木さん!?」
漆紀は見知った名前があって唐突に声を上げる。
「え、知り合いですか竜王様?」
「ウチの便利屋の従業員で古株の人! えー、ここで出会ってたの込木さん……父さんの昔の稼業知ってて便利屋も支えてたのか……今、ウチの便利屋の運営は込木さんが引き継いでる」
「えぇ……こんな出会い方があるとは。しかし、迷いが見えますね。傭兵としてただ人を傷つけ続ける人生でいいのか……」
「ぱっと見た感じ、この先も父さんは思い悩んでる感じの文章ばっかだな……悪いけど読み飛ばすか」
漆紀は手に取った日記を本棚に収納すると、さらに4冊分飛ばして日記を取り出し、静粛に読み始めた。
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1996年 5月8日
珍しい依頼が来た。ある大企業の令嬢のボディガードをやってくれとのことだった。
久しぶりに映画みたいな依頼が来たが、やることは地味だ。令嬢の日常生活をそれとなく存在感を薄めて傍らで見守る。令嬢の名前は天川陽夜見という。
顔合わせで会ってみた限りでは、肩にかかる長さのきめ細かい黒髪が特徴的な令嬢らしい綺麗な顔立ちの女だった。歳は二十二歳だという。俺の四歳下だ。
仕事の内容としては護衛対象とのコミュニケーション相手も務めて、令嬢に悪い虫が付かないようにする。
こういうのだと、ボディガードは常に黒スーツと思われがちだがそんな事はない。目立たない私服の下に、しっかりと得物は用意しておく。
そんなことでこなせる依頼だ。
報酬については会社員のように月給で渡すんだそうだ。もうデカい額の金を求めてはいないし別にいいだろう。しばらくはこの楽な仕事でもして内省するとしよう。
俺は色々疲れてんだきっと。
1996年 5月10日
前言撤回。内省なんか出来たもんじゃねえ。
あの女、俺がボディガードに着任するなり、危険な場所を肝試し感覚で遊びに行きやがるんだ。今日一日目だってのにゴーストタウンとか竜理教寺院とか平気で突っ込んでいきやがる。天川陽夜見、何考えてんだあの女。
特にゴーストタウンなんかは、暴走族連中とカーチェイスになったってのにヘラヘラして自慢げに黒髪を揺らして楽しんでやがった。令嬢なんだよな? どういう神経と肝してんだあの女。俺の四歳下と言っても二十二歳なんだから大人なんだぞ。なんであんなに非常識で危険を冒すことをするんだ、令嬢とはとても思えない。
とにかく、あの脳みそお花畑女は骨どころか首が折れそうなぐらい手間がかかる。
大学に通ってるんだから、授業ないのかと聞いたら「必要な単位はあらかたとってて大学に行く日は少なくて良い」とか抜かしやがる。放蕩令嬢ってとこか?
それに令嬢なんて言葉が似合うほどのおしとやかさが全然ねぇ。なんなんだあの女?
1996年 5月11日
今日は大学の授業だそうで、俺はそれとなく学生らしい服装をして教室に紛れ込んだ。大学は一々学生にそこの学生なのかチェックなんてやってないから、大学生ぐらいの見た目の人間が歩いてれば大学生で通用してしまう。
俺も学生に扮するためにノートを取ってはいるが、なんなんだあの講義は。理系とやらなんだろうが、全く一つも理解出来なかった。俺のように学がない人間が来ても意味はないなと心底思った。
今日は大学での一日ということもあって、あの女も大人しかった。毎日これなら良いのだが、講義のない休日はまた平然と滅茶苦茶をするんだろう。
1996年 5月15日
慣れてはきたが、やはりあの女相手はかなり掻き乱される。それに面倒くさい事に「令嬢ではなく天川って呼んで!」とか言って来た。しかも耳にかかった黒髪をかき上げるあざとい仕草付きでだ。そんなんでコロっと惚れて何でも言う事聞くと思ってんのかあの女は。俺は仕事でやってんだぞ。
まあコミュニケーション相手も仕事のうちである以上合わせるほかないんだろう。
俺ができる限りのことはやっているが、まだ令嬢は不満そうではあった。
1996年 5月23日
相変わらず大学の講義に関しては俺も紛れて受けるんだが、今日は明らかに令嬢の学科とは関係なさそうな講義だった。
聞いてみれば、ただ自分で受けたくて受けてる講義であって卒業のために必要な講義ではないのだという。
卒業に要らないのに講義を受けるなんて俺にはよくわからないが、それを言うと「教養というものは、役に立たなくてもそれがあるだけで人生が豊かになるものだから」と令嬢は返した。ケイも以前から俺にもっと教養を付けろだの品性を付けろだの言ってたが、それを得れば何か変わるってんだろうか。
1996年 6月2日
同じ大学の学生が変な集会に集まってるから暴きに行く、そう言って相変わらず危険な場所へと突っ込んでいった。結局俺が守ることになるわけだが、いつになったらこの馬鹿さ加減は直るのだろうか。教養とやらがある割には滅茶苦茶ばかりする。
この有り様を見てると、教養を得ても俺には意味がなさそうな気がしてくる。
なんにせよ、天川陽夜見は俺を困らせ足りないみたいだ。
天川の両親はこの滅茶苦茶ぶりも知っている上で俺にボディガードをやらせているのか? 前任者はいるのか?
1996年 6月7日
最近思う。俺がいるから天川は滅茶苦茶をやってるんじゃないのか。こいつは俺の腕を知っている上で、だからやっている。
今日だってそうだ。デモ隊に興味本位で質問攻めをしに行ったら火炎瓶を投げられた。咄嗟に俺が光陰矢の如しで飛び入って鉄腕を振るって火炎瓶は防いだが、相変わらず肝が冷える。
ボディガードをやめたいとも思うが、それを言うと「ごーめーんー!」とか「お酒おごるからー!」と情けなく謝ってくる。何がしたいんだ天川は。
ボディガードの立場とはいえ、そもそも仕事に支障をきたしているわけだから、一度天川をキツく問い詰めた方がいいだろう。




