19. 七海の執着
「……」
「あのー、なんで付いて来るんで?」
一通り射撃と体術の練習をしたあと、世理架は漆紀と帰路を共にしていた。ただ、漆紀にはなぜ世理架が付いてくるのか理由が思い当たらない。
「この前言ったと思うが、宗一君に貸したものを回収しにだよ」
「あぁ。でも何を貸したんで?」
「本だよ本。魔法の本の回収」
漆紀と世理架が家に着くと、玄関の鍵を開けて家に入る。
「父さんの部屋、こっち」
漆紀が宗一の部屋に世理架を案内すると、遠慮なしに世理架は部屋に入って本棚を凝視する。
「遺品整理とかしてないのかい漆紀君?」
「なんていうか、父さんの部屋は最初からしっかり整理されてるし、父さんのものをどっかへやるのもなんか気が引けて……このままだよ」
「そうか……この本と、これと……あー、こいつもわたしが貸してたヤツだ。よし」
世理架が宗一に貸していた本を一通り回収すると、それを漆紀の前に出した。
「え?」
「今度は君に貸す。これを読んで魔法の理解を深めてくれ」
「わかった……」
「用は済んだのでわたしはもう帰る」
そそくさと世理架は漆紀の家を出て、帰っていく。
「……本当に用事これだけだったのかよ」
貸したものの回収と言っていたのでもっと時間のかかる事かと身構えていた漆紀だったが、拍子抜けであった。
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夕方、多摩川河川敷にて。
本来大自然の中にあるのが相応しい雄大で連綿なこの多摩川は、街中にある。そのギャップと夕陽を反射し輝く川水が見事な美しさを魅せていた。
「こんなとこに呼び出して、どうしたんだよ」
下田七海にメールで呼ばれ、漆紀は河川敷前の階段に座る七海に声をかける。
「辰上、夜露死苦隊とかヤクザと戦って……もう2ヵ月経つんだな」
享楽主義でいつも陽気な七海が、いつになく影のある表情で漆紀にそう切り出す。
「ああ……太田が死んじまって、2ヵ月」
太田介助は萩原組若頭である木場に路上で撃たれて死亡した。
通り魔に撃たれたということになっているが、介助の死に関しては萩原組との因果関係がしっかりある。すべては、漆紀が自身の戦いに巻き込んだせいである。
「あのさ辰上……吉祥寺の街で、ヤクザと出くわして喧嘩しただろ」
「ああ」
「あの時……あの刀、なんだったんだ?」
「え?」
「とぼけんな、あのとき刀持ってただろ。辰上、喧嘩の前までそんなもの持ってなかったのに……」
「……」
漆紀は言葉に詰まる。説明などできない、魔法のことをあれこれ話すのは躊躇われる。
「あれ、なんだったんだよ。なあ、なんだったんだよ」
「……やめろ、下田」
言葉に詰まるしかない。七海に魔法の存在など話せるはずがないのだ。
「なんだったんだって聞いてるんだけど」
七海は漆紀の肩を掴んで揺さぶるが、漆紀は口を閉ざす。
「教えてよ、面白そうなんだからさ」
「ダメだ。話したら、お前……いろんなヤツに話すだろ。そうしたらお前は、死ぬぞ」
「は?」
漆紀から唐突に死を宣告されて七海は首を傾げる。
「世の中には、本当に知らない方が得なこともあるんだよ下田」
「アタシは楽しい事さえありゃ、それで命落としたって良いと思って過ごしてる。じゃなきゃ辰上と一緒に夜露死苦隊に喧嘩ふっかけたりなんてしてない」
七海は一切退かない。真の享楽主義者とは、己の命すら度外視して享楽に身を投げ打つ者のことだろう。きっと七海はそうに違いない。
魔法の存在を他人に教える行為は、七海だけでなく自分にも損があると考えた漆紀は口を閉ざしたまま表情を変えなかった。
「じゃあさ、喧嘩しよっか」
「は? お前な」
漆紀の反応を待たず、七海が漆紀の腹に右拳を叩き込む。
「ぐっ!?」
「ほらほら!」
七海はワンステップ退くと、今度は回し蹴りを放って見事な円弧を描く。
「やめろ」
漆紀が左腕で蹴りを受け止め、足をそのまま掴もうとするが。
「嫌だね!」
そう言い放つと素早く足を下ろして七海はまた一歩離れる。
「下田、お前マジで何がしたいんだよ」
「アタシはあの時の刀の謎が気になってるだけなんだよ!」
七海は腰の入ったパンチや体の回転を活かした蹴りを次々交互に仕掛ける。
「やめろ、やめろって! お前のために言ってんだぞ!!」
「アタシのためならさっさと教えな!」
七海と喧嘩する理由など漆紀にはない。漆紀は後ろへ何度も退いて七海のパンチや蹴りを避ける。
「しつこいってんだよ!」
漆紀は七海が突き出した腕を掴んで、七海を背負ってそのまま地べたに投げた。
「痛って……まさか投げるとは。あーもう、なんで教えないんだよ!」
七海は起き上がりざまに両足を漆紀に向けて伸ばすが、漆紀はこれを難なく避ける。
「くそ、面白そうだから教えろってのおおおぉぉぉ!!」
起き上がって漆紀へと飛び蹴りするが、これも大ぶりな動きだからか漆紀は身を少し逸らして避ける。
「諦めてくれ、友達なら友達の言うこと聞くもんだろ下田」
「だったらアタシの言うことも聞けっての!!」
「無理。帰らせてもらう」
漆紀は全力疾走でその場を走り去るが、七海も負けじと後を追う。
「待てってのー!!」
(待てよ、下田の方が足速かったっけ? 俺逃げきれないか?)
頭の中であれこれ考える。七海はどうやっても諦める気がない様子で、おそらくこのままでは自宅にまで付いてくるだろう。
(仕方ない。友達相手にやることじゃないけど……脅すか)
漆紀は追い付いた七海が再び突き出してきた腕を掴み、先程と同じ要領でまた背負い投げる。
「あークソ! また投げ」
「もう動くな」
漆紀は村雨を取り出し、七海の首筋に村雨の切っ先を突き付けた。
「やっと、刀出したな」
「笑い事じゃない、もうこの件は忘れてくれ。忘れなきゃダメなんだ。下田はなにも知らない、それでいいんだよ。楽しんじゃいけないことだってあるんだよ」
「あっそ。ふーん……おもんな。あーあ、なんか白けた。やめたやめた、馬鹿じゃないの。自分だけでそんなクソ重くシリアスな状況みたいな顔して……そんな重いことかなぁ」
先程までの興味はどこへやら、今度は呆れた様子で七海はそう返した。
「じゃーアタシもう帰る。ここまでやっても話す気ないならもういいや。楽しそうなのになー」
漆紀が村雨を霧散させると、七海はため息を吐きながら立ち上がる。
「聞いとくけど、今のアタシの行動でやっぱキレた?」
「いや、キレるってより心配した」
「……ありがと。じゃ、また学校でフツーに会おう!」
七海は先程までのやりとりがなかったかのように笑みを浮かべて去っていった。
(下田……頭おかしいやつだな。楽しければ死んでもいいなんて、おかしな考えだ)




