17. 魔法と哲学
翌日(金曜日)、放課後。
相も変わらず漆紀は放課後になれば廃墟に来て世理架と魔法の練習をしていた。
「漆紀君。ふと思ったんだが、君ちゃんとトレーニングとかしてるかい?」
「え?」
唐突な質問だが、漆紀は首を横に振る。
「おいおい……それじゃダメだ。素の身体能力を上げないと強くなれるわけがないだろう。魔法や刀の技だけ鍛えても素体がダメでは意味がないぞ。ちゃんと筋トレしろ。純粋な腕力と脚力をつけるんだ、当たり前だろう」
「筋トレって、ダンベルとかのガチな」
「いや別にそうじゃない、道具なしでも出来るトレーニングをやらないと。魔法使いっていうと単に魔法だけで戦うものと思いがちだが、フィジカルもなんでも駆使してやらないと勝てないぞ。だから、素の状態も鍛えなければ」
漆紀は年相応の一般的な十代男子の体格であり特出した身体能力はない。スポーツをやっている他の同級生と比べると筋力はそこまで高くない。
「今の君は学校の運動部の子たちと比べれば身体能力は恐らく劣る。筋力、そうシンプルな筋力、それが足りない。刀で切り裂くにも、ぶん殴るにも、足りない」
「物理攻撃も鍛えろってことか……」
「そういうことだ。ほら、ちょっとこっちにこい」
世理架が漆紀を手招きし、漆紀は首をかしげて彼女に近づくと。
「ふんっ!!」
世理架は右足を深く踏み込みつつ、腰の回転を活かして右拳を漆紀の胸板に打ち込んだ。
「ぐえぇっ!!」
漆紀は後ろに倒れこみ、大きく咳き込んでしまう。
「今のわたしの一撃、竜王の力は一切なしだ。100%人間の力だけだ、響くだろ」
「何すんだオイ!」
「服でわからないだろうが、わたしもちゃんと鍛えてるのでね。筋力をつけるとこれだけの一撃も出せる。しかも君は男だ、わたしより筋肉が成長しやすい。素の身体能力もちゃんと鍛えるんだな」
「わ、わかった……クソ、痛ぇ」
漆紀は立ち上がりと世理架へと少々睨みを向けてそう答えた。
「まあ不意に殴ったのはすまないが、こうした方が筋力の重要性がよくわかるだろう?」
「そりゃもちろん」
「んー……あと、君にもうちょっと自宅でやってほしいのは勉強かな」
「勉強? 学校の勉強をおろそかにするなとかのお節介じゃないよな世理架さん」
世理架はため息を吐き、そういう意味ではないと首を横に振って「違う」と切り出してから続ける。
「魔法について勉強するんだ。といっても、この場合の勉強は新しく魔法をあれこれ覚えろとかじゃなくて、魔法という概念についてもっと勉強してほしいということだ。そこで、今日は本を持ってきた」
世理架は一冊の本を懐から取り出し、漆紀に手渡す。漆紀は表紙の文字を読み上げ首を傾げる。
「魔法と哲学の基礎? おいおい、すげー難しい本じゃないかこれ。哲学って……」
「そう身構えるなよ。哲学って言葉だけで固くなるもんじゃない。まずはわたしから哲学というものについてわかりやすく説明してあげよう」
「まだ読むって決めたわけじゃ……」
お構いなしに世理架は哲学について漆紀へ説明を始めた。
「哲学ってのはそう難しいものじゃないよ。この世界がどういうものなのかをどう捉えるか、そういう話を哲学というんだ」
「世界がどういうものか?」
「知ってるかな? 昔の人っていうのは、この世界の物事はすべて神様がやっていること、神様がつくったこと、神様が設計したこと。なんでもかんでもあれこれ全て神様で説明していたんだ」
古代の人々は文化・文明・土地・人種すら関係なく神の存在を確固たるものとして信じていた。そしてこの世の全ては神がしたことであると、それが当然の認識であった。
「でも、あるとき……古代ギリシアのタレスという男が考えたんだ。この世のことをなんでも神様で説明するのはもうやめよう、神は絶対的でない、と」
「それが魔法にどう繋がる?」
「哲学っていうのは世界をどう捉えるか、説明するか、そういう学問だ。勿論魔法もその哲学の対象に向けられる。魔法をどう捉えるか、どう理解するか、どう解釈するか、これにより魔法の幅を広げることができる」
現状、魔法に対する漆紀の認識は「敵を攻撃でできる超常現象」である。
「魔法の幅か」
「君は今、魔法というものを単なる現象として捉えているのだろう? だが、魔法というのは現象だけではないんだ。変化、生物、物質、様々な解釈と認識をすることで魔法を自由に構築する。そうすると精霊術以外の魔法にも進めるだろう」
「へー……わかった、家帰ったら読む」
漆紀は本をリュックにしまうと、村雨を右手に出して再び魔法の練習を再開した。




