12. 突撃!辰上宅の晩御飯! 攻め込む彩那
夜7時半。
漆紀は世理架と別れて帰路についていた。家に帰った所で家族は誰も家にいない。
そう、家には誰もいないはずだが。
「……明かり点いてる」
明らかに誰かが家の中に居る。
「……空き巣か」
漆紀は玄関の前に立つと、一応インターホンを鳴らしてみる。空き巣ならば家主が帰って来たと思ってすぐさま家から逃げ出すだろうと踏んだのだ。
「はぁーい」
間の抜けた声だが、声色は明らかに聞き覚えのある声だ。中から足音がすると、漆紀の予想通りの人物が出て来た。
「あ、竜王様。お帰りなさ……」
竜蛇彩那だ。佐渡流竜理教仕様の修道着を脱ぎ、シャツとジャージのズボンを履いている。
彩那が全て言い終える前に漆紀が開口した。
「そうじゃないだろ、どっから入った! てかどうやって俺ん家突き止めた!?」
漆紀が至極当然な疑問を投げかけるも彩那は首を傾げる。
「探偵さんに突き止めて貰いました。あと窓の鍵、開いてましたよ?」
「開いてたとしても勝手に上がるなよ……」
「だって、最初に"遅くなるから家に帰ってろよ"って言ったのは竜王様ですよ?」
「お前ん家に帰れ! 竜蛇にも家あるだろ、本土に住んでるなら!」
「ありますけど、ほら……家には私一人ですから。竜王様も一人だし、お互い一人じゃつまらないしなぁって」
「俺ん家で変なコトするなよ。部屋荒らしたりとか勘弁してくれ」
「しませんよ。それより立ち話もなんですから、早く上がって上がって」
「それ俺が言う側だと思うんだけど……」
呆れつつも漆紀は玄関で靴を脱いでリビングに上がる。
「ご飯食べましょう! お腹空きましたよね?」
「空いてるけど……随分良い匂いが」
「ご飯作りました」
「おいおいおいおいおーい、いきなりそういうことするとめっちゃ怖いって。変なもの混ぜてない?」
「混ぜてないですってば! こういう時は素直に喜んでくださいよー。そういう反応されると辛いです、モテないですよ?」
たった3分だが、漆紀はこの状況に困惑している。むしろある種の恐怖の方が湧いている。
「……ごめん、こういうの本当に俺コワいんだ。悪い」
「とにかく、ご飯食べましょう」
「材料なんて冷蔵庫に入れてなかったはずだけど」
「買って来ました」
「あ、はい」
もう漆紀はあれこれ突っ込めなくなってしまう。
(なんだろう。俺、なにやってんだ? 真面目な話……まだ竜蛇を警戒してんのか?)
漆紀は棚から食器を取り出し、キッチンに移動して竜蛇に食器を渡す。
「なにを作ったんだ?」
「炒め物ですよ。野菜と肉を一緒に……一人暮らしではこれが楽ですからねぇ。油を入れたフライパンに切った具材を突っ込んで炒めるだけ、超楽々」
「それ俺もやる。すげぇわかる、炒め物って楽だよなぁ」
漆紀は続けて棚からコップを2つ取り出してテーブルに置くと、冷蔵庫に入っている緑茶を注ぐ。
「とりあえずこんな感じです」
彩那が皿に盛った炒め物をテーブルに置き、漆紀は炊飯器の中身を確認する。
「米は足りそうだな」
しゃもじと茶碗を取って漆紀はそそくさと白米を茶碗に盛る。
「竜蛇、米どれくらい」
「私普通で」
「人によって普通が違うからわかんないんだって」
「じゃあ竜王様より気持ち少なめで」
「これくらい?」
漆紀が茶碗に盛った白米を見せると彩那は「それくらいで」と首を縦に振る。
白米を盛った茶碗もテーブルに置き、漆紀は棚から箸を取り出す。
「これ、空いてる箸。誰も使ってない」
漆紀が竜蛇に箸を手渡すと、漆紀は自分の箸を棚から取る。
「じゃあ竜王様、食べましょうか。いただきます」
「いただきます……だめだ、落ち着かない」
「え?」
「竜蛇には悪いけど、やっぱり自分の家に他人様が来て、一緒にメシ食べるっていうのが落ち着かなくて……変な感覚だ」
他人がいる。それも夕方という友達を招くような時間ですらない、家においては家族だけの時間であろう時に他人がテーブルに居る感覚があまりに奇妙で漆紀は落ち着かなかった。
「友達とか家に招いたこととかないんですか?」
「ない。大体外で会って遊ぶし」
「えー、漫画とかで見る家に集まってゲームするとか、男友達同士のああいうダラダラした感じの集まりとかないんですか」
「俺はない。でもそういう風に友達と集まるヤツもいるだろうけど」
「変な感覚ですか……そうだ、テレビつけましょう。ニュースニュース」
「この時間ニュース終わってるって。ゴールデンのバラエティとか流されても、あんまり興味ないし……」
「竜王様、案外根暗ですね」
「この間までヒロイン脳してた竜蛇に言われてもな……てか、この炒め物って肉入れてるけど良いのか?」
「え?」
「佐渡で散々、肉はダメ、魚を摂れって佐渡流竜理教の文化を俺に言ってただろ」
「あーあれですか。私、佐渡流竜理教だけに生きるのはやめました。だから、肉も食べます。勿論、私が司教家の子であるのは事実ですけど、もっと自由にします!」
「そうか……良いんじゃねーの、それは」
漆紀がそう肯定すると、彩那は面食らった様子で固まった。
「ん、どうした?」
「いえいえなんでもないですよ! これ、信者のみなさんには秘密ですからね」
そう言って彩那は炒め物を箸で摘まんで頬張る。
(こいつと仲良くなれるのかなぁ……出会いは最悪だけど、同じ夜にお互い親を失った。その点で言えば、俺はきっと竜蛇を浅からぬ関係だって思えるけど……)
そう思い返しつつも、今の自宅の光景と照らし合わせて彩那を考えると、まだ彼女との距離感に関して親しみより違和感が勝ってしまう。
「ごめんな、竜蛇」
「急になんです?」
「よく思い返すと……俺と竜蛇は同じ夜に親を失った仲なのにな、まだ違和感の方が勝っちまう。本人相手に言って悪いけど、まだ他人様って感じだなぁって」
「それはわかりますけど……」
眉を少し顰めて不貞腐れると、彩那は空気をぶち壊す一言を言った。
「あんまり他人他人って言われると傷つきます。私達、もう"夫婦"じゃないですかぁー」
「へぁ?」
疑問。
そう、眼前の彼女は今なんと言った? 漆紀はそんな問いが僅か1秒の間に頭の中で何度も繰り返される。それどころか妙な冷や汗が滲み出始める。
「なにを言ってるんだ竜蛇」
漆紀は落ち着こうと思い、コップに入った緑茶を口に運ぶが。
「総本山で流血の儀をやったじゃないですか、竜王様と竜脈の巫女を繋ぐ儀式を。あれ、その……もう結婚式みたいなもんなんですよ~?」
彩那は少し目線を下げ、恥ずかしがりながら漆紀にそう言う。
「ゲホゲホ!」
口に含んだ緑茶を少し噴き出し、咳き込んでしまう。
「なんであれで結婚式なんだよ! 首切りつけてんだぞ! あれどっちかっていうと離婚式とか葬式の方に近いだろうが!! ならお前ら佐渡流竜理教の信者は、結婚式の時にお互いの首切りつけてのかよ!?」
「そんなことしません! だから、その、あれは私と竜王様だけの……あぁんっ」
「あぁんっ、じゃねえよ! 彼と私だけの~みたいなヒロイン脳やめろって、ホント!」
「仮に結婚じゃなくてもほら、血の痕と書いて血痕式じゃないですか?」
「そんな式いやだ!」
このままではカルト女に既成事実を作られると思った漆紀が必死に否定のツッコミを入れ続けるが、この様子が面白くて仕方のない彩那は更に佐渡島での事実を陳列していく。
「そんなぁ、私と竜王様は何度も一夜を共に過ごした仲じゃないですかぁ」
「うん間違ってねぇ、間違ってねぇけど言い方間違えてるってソレ!」
佐渡島で本家竜理教の魔法使いである宮田が竜脈の力を暴走させ水害を起こした後、漆紀と彩那は破壊されなかった空き家で数日過ごして救助を待っていた。
確かに何度も共に夜を越えたが、彩那の言い方はわざとらしい程にふざけている。
「なーんて、ほとんど冗談ですけど。今でも私がそんなに嫌ですか?」
「肝冷やされんのは嫌だけど、あー……違和感は消えたかも」
「ちょっとした心理学ですよー。気になることを、別の事にすり替えて有耶無耶にする。どうです?」
「……ありがとな、竜蛇」
肝は確かに冷えたが、少しだけ漆紀は口元を緩ませた。
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漆紀と彩那は食事と入浴を済ませたが、漆紀は少し考え込む。
(こんな夜遅いし、竜蛇を家に無理矢理帰すのは……真紀の部屋、使わせるか?)
リビングで漆紀は少し悩む。妹の真紀の部屋に、勝手に他人を寝泊まりさせて良いものか。
だが、時刻は既に10時を越えている。どうしたものか。
(そもそも竜蛇は深夜徘徊する人種じゃないだろ。夜回りは慣れてない、変な連中に……夜露死苦隊みたいな暴走族とか不良連中に絡まれたらまずい。魔法でしか抵抗が出来ないはずだ。でも、人前で魔法を使った事実が知られたら……魔法使いの集団に狙われるようになるって父さん言ってたしな……よし、覚悟をきめろ俺)
彩那は1時間ほど前に入浴を終えて、既に髪の毛もドライヤーであらかた乾かしたようで読書をしていた。こうして見ると、入浴後にも関わらず彩那の容姿は変わっていない。
何の装いもないいわゆるすっぴんだが、入浴前と見た目に大きな変化がなく可愛いらしい容姿のままだ。元々素の容姿が優れているからこそ司教家の長女でありながら宗教勧誘をやっていたのだろう。まさに適材適所だ。
(これだから勘違いした馬鹿がコイツの言われるままに宗教勧誘乗っちまったりするんだろうか……竜蛇は自分の強みを一つわかってやってんのがな……そのせいで、今日のこいつの話とかも、ちょっと疑っちまう)
そんな事を思いつつも、漆紀は彩那に言ってみる。
「竜蛇、こんな時間じゃ家帰るのも危ないだろ。妹の部屋使ってくれ」
「妹さんの……いいんですか?」
「でも妹の部屋のもの、あんまり触るなよ。頼むぞ」
「はい。そういえば、妹さんいましたね。佐渡で話してましたもんね、世理架さんと」
「覚えてたのか?」
「ええ、まあ。妹さん……何かあったんですか?」
「俺のせいで入院してんだ。あんまりおいそれと人に話すことじゃないから、それだけ知っててくれればいい」
真紀が入院しているのは、漆紀が夜露死苦隊および萩原組との抗争に巻き込んだせいである。とはいえ、身内の事情をあれこれ話すのもおかしいのでこれについては彩那に話すのはまだ躊躇われる。
「というか、竜蛇は俺の事をあれこれ調べたりしてたのか? ほら、佐渡島に拉致する前に事前調査とか」
「便利屋さんやってるくらいですよ。家族構成とかプライベートは一切調べてません。拉致するのが最優先でしたから」
「タイムアタックじゃねえんだぞ」
「妹さんの部屋、どちらですか?」
「2階。付いて来て」
漆紀は階段を上がって先導し、彩那に真紀の部屋の場所を伝える。
「ここだ。妹の部屋だから、本棚とか机とか勝手に調べないでくれよ?」
「勿論です」
「俺はもう部屋で寝るから、なんかあったら言ってくれ。おやすみ」
「あ……おやすみなさい」
彩那は何か漆紀に言いそびれたが、漆紀は気付かずそのまま自室に戻ってベッドに横たわる。
(疲れた)
それだけ思うと、漆紀はすんなりと眠りについた。




