010 明日があるから
馬車の度は順調だった。エミル姉に弓を教えて貰ったりギュンターに投げられては走ったり、ゼル姉が採って来た謎の木の実で熱にうなされたりしながら走り続けた。途中の雨も幌馬車は、意にも介さず進めたことで快適な旅だったと思う。
「おう、見えて来たぞアレがレイベルクよ」
「うわぁ凄いよクライ!壁がずーっと向こうまで続いてる」
「本当だ、凄ぇなこれ」
まだ少し白むほど遠くだというのに岩のような巨大な壁が立ちはだかっていた。街の全てを囲んでいるのか、馬車の向かう方からでは街を覗けるようなところは無い。
「要塞都市っちゃ、万が一西国や南国が戦争仕掛けて来たら食い止めるための要だからよ」
「ふふ凄いよねレイベルク。私たちが通って来たエコンベルクとか国の西部地方のまとめ役も兼ねてるの。だからとっても大きいの」
「話には聞いてたけど、こんなに大きいとは思ってなかった」
「ねー、凄い大きいところだね」
馬車が走っているのに近づいている気がしない。これは確かに大きい。それに遠くからでも見える壁の高さから察するに厚みもかなりのものだろう。
「ようやく半分」
「えぇ王都までは、まだ遠いものね」
「なぁクライよぉお前らは本当にここまででいいのか?俺たちと王都に行ったっていいんだぞ」
「いや、ここまででいい。俺たちは子供だし考えなきゃいけない事は多いけどさ」
「私が頑張ってクライの面倒見ますから」
お前は見られる側だっての。
「グハハハハ、ティア嬢が付いてりゃ大丈夫だな。まぁ俺たちも一週間程度休んでから出ようと思っちゃいるが、お前らが狩った獲物の売買だ出来る位にゃ渡りつけてやるよ」
「助かる。そういったところは世話になるよ」
「馬鹿、当たり前ぇだろ。テメェらは、ちっと遠くにゃなるが俺たちの仲間なんだからよ」
「はは本当だ。じゃあ頼りにしてるわギュンター」
「おう、任せろ」
レイベルクに近づくと壁の高さに驚いた。十数階建てのビルのような高さに壁が視界の端から端を埋め尽くしたのだ。それに街にはいる時、城壁にある門が長いトンネルとなっていることに感動した。重機のような機械が無くても、人はこんなにも大きなものが作れるのだと。
「凄ぇな……どうやって作ったんだこれ」
「色んな種族が力を合わせて、沢山の魔法使いが力を合わせて大体百年位かけて作ったって歴史書には書かれてるの」
「瘴気の魔王が封印されてからよ、この国は防衛に力入れたんだ。俺も何度見ても凄ぇと思うが、初めてとなりゃ感動するだろ」
「そんなことより昼食は肉の厚焼きがいい。もうじきお昼」
「ゼルさま……なんか色々台無しです」
城壁で陽が遮られる。十メートルほどのトンネルの中はコクランさんの家にあったような蛍光石が設置されていて薄明かりに照らされていた。トンネルを抜ける。陽の光が目を細めるほど強く感じる。
眼前にはエコンベルクよりも大きな建物が立ち並び、街行く人もここまで会うことのなかった獣人とされるギュンターのような種族の人が行き交っていた。狼のような顔をした人や、グリズリーのように大きな熊が服を着ただけでは無かろうかと言う人が背中に大きな金槌を背負って歩いていたり、角の生えた馬に乗った同じ格好をしている騎士が数人隊列を組み闊歩していたりと賑やかなだけではなく種族や文化が入り混じったような賑やかさがあった。
「おお!ギュンターみたいなのが沢山いる!」
「私もギュンターさま以外初めて見た!獣人族って本当にいるんですね」
「テメェら俺を何だと思ってたんだ」
「特殊な虎」
「……ごめんなさい、私も何かの呪いとか」
「ふふ、王都に近づくと沢山いるんだよ」
「反対にエルフは減る」
「グハハハハ、テメェらの森が田舎過ぎんだって分かったろ」
エミル姉の話しからすると、ヴァルトキア王国は人族の国で政治に関わることからはエルフ族を排しているらしい。それは長命なエルフが国政に関わると、最初は少なくとも席が空かないのでいつしかエルフばかりの政治になりかねない事を危惧し、寿命が近い種族で固め、人族の時間軸に合わせた政治を行うためだそうだ。エルフ種はエルフ種で国のご意見番的存在である組織を持っており、決して差別など起きないよう持ちつ持たれつの関係を築いている。しかしこのバランスが亡国の危機に晒すような魔王への抵抗や国同士の戦争に対抗するよう人々が結束を強めた結果だというのだから皮肉に感じる。
程なく馬車の停留所に着く。
ギュンター達に着いて宿があるという方面に向かう。途中馬車を振り返ると、馬車が点の様に小さく見えても要塞の壁は見上げるほどに高い。しかし反対の王都側には、壁は設けられて居なかった堅牢な要塞の壁は、あくまで西と南の国に対しての盾であるようだ。
「戦争が起こったって、こんな壁壊せる程強い兵器があるのかよ」
「西国や南国にゃ無ぇだろな。けどよ魔王なら……ってこった」
「力の源を失くしてもアレ」
「本当に国の悩みだったんだよクライくん。だから封印の森付近は特に開発が進んでないの」
「はぁ、じゃあやっぱり虎の牙って凄ぇな」
ギュンターがバンっと俺の背中を叩く。
「お前ぇもだろ。ほれ、今日はここだ。ゼルの行きてぇ肉の店ん近くだからな」
「あとは頼んだ。私は行く」
ゼル姉は自分の鞄の紐をエミル姉の首に輪投げのようにかけると短距離走の選手のように走り去っていった。宿の位置を確認したら何でもいいにしろ、笑顔が凍り付いたまま小刻みに震えるほどにエミル姉を苛立たせていたら結局食事中断で説教だと思うんだが、ゼル姉は残念美人というよりアホの子なのだろうか。
「おう、クライ達ぁこのまま俺に着いて来い。エミル悪ぃが宿ん事とゼルを頼む」
「宿のことは分かったけど、はぁ……ゼルの事もですか」
「あぁ悪ぃ頼む。アイツ多分財布持っていって無ぇからよ」
エミル姉は首に掛けられたゼル姉の大きなカバンを少し開くと大きな溜息と共に項垂れながら俺たちに手を振った。
ギュンターに着いて街を歩くと分かるがギュンターを見る街の人の眼が違う。憧れや尊敬の目で見る者、子供が悪戯成功した時のようにニッと笑って同じ顔をして手を振る者、様々あるがどれもとても好意的なものだった。
「ギュンターさまは、レイベルクによく来られてたんですか?」
「おう!お前ぇらんトコに行くときは報告なんかも含めて、ここが拠点だったんだ。ま、短期間で往復した時はレミーんトコに厄介になってたがよ」
「何でか、みんなギュンターの事見てるな」
「グハハハハ、飲み仲間が多いからな!覚えとけクライ、酒があれば男同志ぁ丸く収まんだよ」
厳つい男どもの笑顔はソレなんだろうけど、街中といっていいほどの視線は単純にギュンターへの好意なのだろう。快活で男らしく、裏表無く情に厚い。好かれないはずが無いんだ。嫌がってはいるが城勤めも合うと思う。ギュンターのためなら頑張ってもいいと思えるほどに、この虎男は仲間を大切にするし尊敬もできる。本人は嫌がっているが、凄い功績ならば何かしらの隊長もあり得るだろう、だがギュンターならば部下も幸せなのではないだろうか。
「酒飲みの集団しか収まらねぇよ。それに女はどうすんだよ」
「そんなのは決まってんだろ!女にゃ熱意とハートでぶつかんだよ!なぁティア」
「好きな人にならいいけど、誰にでもじゃダメだと思います」
「グハハハハ、分かったかクライ!そういうことだ!」
「分かんねぇよ。何も解決の糸口が見え無ぇよ」
ギュンターは、きっといい隊長とかになるんだろう。ただ、ちょっとモテそうにはない。
馬鹿なことばっかり言いながらだったが、ギュンターはこの街で俺たちがやっていけるようにと、いろいろなところを回ってくれた。魔物を含めた野獣の買い付けを行っている解体屋、薬草や鉱石などの買取を行っている卸業者、あとは馬車の馬などを手入れしている駅馬車管理所などに挨拶をし、正規の価格で扱ってくれるよう頼んでくれた。どの業者のどの店でもギュンターならと快く引き受けてくれた。
この街には必要に応じた仕事をギルドと呼ばれる組織が行っている。街の中の郵便から水道など生活に必要な事を担うインフラギルド、食に関する農業や畜産を担うギルド、お金の預かりなどを他の街とも連携して行う金融ギルド、そして冒険者へ依頼をだす冒険者ギルドなど多岐に渡る。ギルドが多いため各ギルドを管理する管理ギルドというものがあり、依頼は管理ギルドに出せば内容に応じたギルドへと行き渡るようになっている。一般人であれ報酬を支払えば依頼を簡単に出すこと出来るため便利さから一般にも浸透している。
必要に応じて仕事が回るというのがヴァルトキア王国の考え方らしい。働く方も登録さえすればギルドを通じて色々な仕事に取り組めるため自身に合った仕事を見つけやすく就労を支えている。
「だが、まぁガキを一人前に扱ってくれるギルドっちゃ無ぇ。だが、こうしてギルドから仕事が直接振られる卸し関係に渡りが付けば自分たちで何とか出来るだろ、十五にもなりゃどこも登録出来るんだがよ」
「いや十分だ。これなら何とかなる」
「うん!採取も森にあるものなら得意だもん」
「おう、カーティスに育てられたんだ、森の魔物位なんてこた無ぇだろ。頑張れよ」
どんっとギュンターに背中を叩かれる。
あぁ頑張るよ。自分たちだけ自立できるように。
修行も頑張るよ。
隣にいるティアを守れるように。
目の前で起こる悲しみを止められるように。
強く、強くなろう。
「さて暗くなり前に戻るとっすか。エミルが泣いちまうかんな」
「あはははは、ゼルさまの方が今日はピンチだと思います」
「ゼル姉は、ちょっと凹まされた方がいい」
宿に戻る道すがら項垂れているエミル姉とケーキをいくつか並べてお茶を飲むゼル姉が見えた。ティアは目をキラキラさせ髪もフワッと膨らむほどの羨望でそれを見ていた。
「先にギュンターと戻ってるから、ティア行っらどうだ」
「いいの?大丈夫、同じ失敗はしないから私!」
ティアは、そう言うと走ってゼル姉のところへ走って行った。人の布団をとってもとっても治らない、あんぽんたんのどこから湧いたんだ、その自信。
「よし!クライ!俺たちも飲みに行こうぜ!!」
「行か無ぇよ!無駄に良い笑顔でガキを誘うなよ!」
駄目だ、この虎も用が済んだら使い物にならない。笑い声を上げながら宿じゃない方へ歩いていくギュンター。服を着た熊やら立って歩く狼やらが歩いているだけで集まっていく。
「酒飲み教の教祖みたくなってんぞ」
店に入るとさっそく脱ぎだすギュンター達がダメ人間博覧会の様相を呈してきたのを見届けて俺は先に宿へ帰った。荷物の整理や宿の主人に街のことや住めそうな場所のことなど、俺は俺で聞いておきたいことがあったのだ。
明日から新生活が始まる。
要塞都市レイベルクで、どんな生活になるかは分からないけど。
知りたいことは沢山ある。知らなければならないことは、もっとあるかもしれない。この国の、この世界のこと、これから将来のこと、考えなければならないことは更にある。
けれど、それを今は楽しみに思う。
この世界で、この場所で明日を迎える。
今は、それが待ち遠しい。




