009 思い出を残して
「ね、ね、クライ。パン食べる?」
「食べない!……はぁ、言っただろ?そんな食べたら夕飯食べらんないって」
「うっ……痛いところを……」
青果市場を見た後ティアと甘いものを食べに喫茶店に入った。蜂蜜で甘くされた生クリームたっぷりの果物や、卵と牛乳と砂糖だけで出来ているプリンなど簡単な甘味だけではあったが、ティアは宝石でも眺めるように瞳を輝かせ食べていた。そこで終わればよかったのだが、食べてすぐ次の店にと日が暮れるまでに四軒も回れば夕飯など入るはずもない。
「痛いところをじゃ無ぇよ。次からは自重してくれ」
「ふふクライくん、小さな保護者さんだね。ティアちゃん普段とってもしっかり者なのに」
「クライがしっかりしてるのはティアの前だけ」
「俺は普段からしっかりしてる……はず」
クスクスとエミル姉は俺たちの会話を聞いて笑っていた。ちなみにギュンターは帰って来ていない。夜まで自由とか言っておいた張本人だが、すっかり真っ暗になっているというのにだ。真面目な時は頼れると思うんだが、気を抜くと酷い。普段は能天気というか、脳内天気が真昼間なのだろう。
「ティア、バレてるからな?」
「よ、よくぞ気づいた……でも、もう手遅れだもん」
ティアは俺が話している間に、こそっとパンを紙で包み俺の鞄に入れていた。身に着けてる鞄触れば分かるっつーの。
「自分の鞄に入れろよ」
「中でパンの粉が落ちたらイヤだもん」
「俺も嫌だわっ」
鞄を触っていたティアの頭にチョップを落とす。頭を抑えながらも、やってやったぜみたいにニッと笑顔を浮かべると「クライおやすみ」と言い残し、そのまま食堂から走って逃げて行った。
「くくっ、アハハ、クライくんティアちゃんには敵わないんだね」
「ティアも私にくれれば良いものを」
「ゼルはもうギュンターさんのも食べちゃったでしょうが」
「あの顔は初めから俺の鞄に入れて後で食べるつもりだったんだと思う」
俺も一緒に甘味食べてたからな。三軒目からは眺めてるだけだったけど、そこそこ食べてたからティアは俺が断るの見越して聞いて来てたように感じる。頭が回るのは知ってるが、どうでもいいところで無駄に回すあたりがまだまだ子供だと思わせる。
結局食事が終わってシャワーも浴び終えてもギュンターは帰って来なかった。どうも月も高くなっているというのに脳内太陽は沈まないらしい。
明日からは、また馬車に揺られてテントの生活だ。今日はベッドで広々と寝かせてもらおう。
小さくカチャリとドアノブが捻られた音がした。俺が寝てると気遣っているのかギュンターにしては繊細過ぎる開け方に違和感を感じる。扉がゆっくり開けられていく。月明りに照らされて白いワンピースのようなパジャマに大きな枕を抱えた少女が入ってくるのが見えた。
「“灯”」
天井付近に向け光の玉を放つ。火魔法の成分は薄く、ほんのり温かさを感じる程度の光源が侵入者を照らす。
「よ、よくぞ気づいた……」
「それ誰の真似なんだよ。ティア」
「へへ、お母さんぽいでしょ?」
「似て無ぇよ。ほら侵入者。見つかったんだから帰れ」
「ふふふ、もう手遅れでしたー」
ばふっと布団に飛び込んでティアは楽しそうに笑っていた。
「エミル姉達が探し来るし、ティア布団とるから隣の空いてるとこ使えよ」
「ゼル様の推薦で来たので大丈夫!ギュンター様も帰ってくるかもだし」
「よりタチが悪いわ」
「ねぇクライ、今日楽しかったね」
「あっちのベッド行けって話を流すなよ」
「ふふ、クライ何が美味しかった?」
「……カスタードクリームの果物入ったやつかな」
「あ、あれ美味しかったー…あれ?あれってクライの半分食べた気がする」
「気がするんじゃなくて味見させてって食べたんだろ」
ティアは甘味を前に若干暴走気味だった。森で過ごす何年もの間、空想上の食べ物であったケーキ類を生まれて初めて食べたのだ。感激っぷりに周囲の目を俺が気にするような状態で食べていた。あれもこれもは出来ないと悟ると別々のものを頼んでちょこっとづつ味見をするつもりだったのだろうが、二件目で食べたカスタードのスイーツは半分、三軒目からは結局俺の分として頼んだものも一人で食べきっていた。
「あははは、また行こレイベルクでも他の街でも」
「そうだな、また行こう」
ティアにも布団をかけ「布団とるなよ」と声をかけておく。
今日は確かに楽しかったんだ。野菜や果物があれだけ並んでいる風景を俺は見た事が無かったし、自分の作物作りが良くできてたって実感することも出来た。喫茶店巡りだって俺も楽しかったんだ。喜ぶティアを眺めているだけで、とても、とても楽しかった。
明日からは要塞都市と呼ばれている大きな都市に向かう。そして、そこでギュンター達とはお別れなんだ。森を出る時は辛さしかなかったけれど、この旅を楽しいと思えるようになっている自分に気づく。マスターを失くした悲しみが薄れた訳じゃないけれど、少しずつ乗り越えて前に進めている気がする。
レイベルクに着けば旅も形もまた変わる。そのことを楽しいと思えるように、その旅でもティアがこうして笑って過ごせるように、前に進んで行きたい。目的地は無いけれど、強くありたい、強くなれるように前に進んで行きたいんだ。心も体も。
いつしか眠っていたが、やはり布団が無いため夜中に一度ギュンターのベッドから掛布団を拝借し朝まで眠った。
朝、拝借した布団も巻き込んでいるティアは起きてから目を合わそうとしていない。
宿を出て、周囲のお店に虎が飲んで寝込んでないか聞くと、すぐ近くの酒場の床で寝ていた。声をかけても揺すっても起きなかったが、ゼル姉が買ったばかりの短剣を取り出し鞘でバシバシ叩くとようやく起きた。駄目な大人は駄目な大人に任せるべきなのだろう。
「グハハハさぁ要塞都市に向かうぞ!昼にぁ馬車が出るからな、みんな準備できてるか?」
「準備できて無ぇのはギュンターだけだろ」
「おう、痛ぇとこつくじゃねぇか」
「いえ、ギュンターさん。本当に夜には集合って言ってたのに」
エミル姉は今日も駄目な大人二人の世話に頭を抱えていた。
馬車に乗り込む。野宿用のテントや食料など様々な物を積んで出発する大きな馬車だ。今回の馬車は座席にも荷台にも幌が張ってあり幌の天井も高い。約二週間ほどの旅になる。快適な移動が出来そうだった。馬車は日が昇りきるころ発車した。
「途中の通過点って思ってたけどいい街だった」
「ふふ、ケーキを初めて食べた街だから忘れないね」
「クライくん達にとっては初めての大きな街だもんね」
「グハハハハ、クライ要塞都市はもっとデカぇぞ」
「美味しい店が王都の次に多い」
幌の下の紐を解き左右を捲り上げる。外の景色を良く見えるようにしながら馬車は進んだ。立ち寄るだけ、一泊だけの街なのに忘れられない街エコンベルクを俺とティアは小さくなって見えなくなるまで眺めていた。




