008 いつか街への約束
エコンヴィラを発ってから半日が過ぎようとしていた。
乗合馬車では無く商業馬車の荷台にベンチを置いて座っている。この馬車は要塞都市レイベルクまでは行かず、エコンヴィラとの中間にあるエコンベルクを目指している。それでも2週間は、かかるというのだ先はまだまだ長い。
「あー、いっつも思うんだがよ。この移動の暇っちゃ何とかならねぇもんか」
「干し肉でも食べる?」
「ゼル、携行食そんな食べないで。エコンベルクに着く前に食べるもの無くなるでしょ」
「おう、クライたちゃ何やってんだ?」
ギュンターは最早椅子から下り、寝そべっていた。
俺はと言えば馬車の後ろを追うように息を切らせて走っていた。
ティアは走る俺の目の前に氷の塊をふよふよと浮かせていた。
「魔力操作の訓練ですよー。二連敗したら勝った方が維持してる間走るの」
「そうかよ、さっきからクライばっか走ってねぇか?」
「ふふふ、魔法は私の方が得意なので」
「ぜっぜぇはぁ…馬車って、やっぱり速ぇ…んだな」
俺とティアは魔力操作の練習に集中している。俺は馬車から少し離れたところに拳ほどの火球を、ティアは氷弾を同じく浮かべ放つでもなく保持していた。これが本当に難しい、俺は気を抜くとオレンジ色の火球に神の気が混じり白色化する。ティアは火と違い重量を持つ氷なのだから尚更辛いはずだ。
「グハハハハ面白そうだな!俺ぁ魔力はからっきしだがよ」
「マスターから毎日やれって言われてんだよ結構辛ぇんだよこれ」
「クライ、白っぽくなってきてるよ。集中集中、私はもう一個“氷弾”」
「ぐっ……ダメだ限界」
火球は白く染まり強い輝きを放って消えた。
「ふっふっふーまた私の勝ち」
ギュンターが起き上がると俺を抱きかかえ、そのまま投げた。
「おう、走ってこいクライ!グハハハハ」
「ちょっこの馬鹿、まだ連敗してねぇだろ!」
「細けぇこたぁイイんだよ!さぁ乗り込んで来い!俺が阻止してやらぁ」
着地と同時に馬車に駆けるが荷台に掴まるはしから投げ飛ばされる。
「ぜぇ…はぁ、ふざけんなーー」
本当に、この虎は大人なのだろうか
馬車の生活では日中移動では魔力操作、俺は馬車から降りて走ってる時間がかなり長い気がする。けれど森の中と同様に修行は欠かさない。馬車は馬を休めるために開けた草原などで休憩をし、夜が来ると皆で何張りもテントを張って過ごした。見張り番は交代制だけど、そう苦痛でもない。ティアと一緒にエミル姉から習った弓の練習をしたりしてると交代になる。そんな生活が2週間ほど続き、弓が的に当たるころ
「見えて来た」
座って寝てるか、何か食べているかだったゼル姉が立ち上がる。
「おう、ようやくだな!コイツ投げるのも飽きたし丁度いい」
「はぁはぁ…この、馬鹿虎……さっきは俺が勝っただろうが!」
「グハハハハ、びっくりしただろ!なぁ?」
そりゃあ驚くわ!ティアが眠気に負けて勝った次の瞬間宙を舞ってたんだからな。
馬車に乗り込みゼル姉の横に並ぶと広い草原の中に街が広がっているのが見えた。エコンヴィラのような家と家との間も遠い村で無く、沢山の家々が密集し、遠くにいても路面が整地されているのが分かる。遥か遠く村の周辺から点の様にみえる馬車が出ていったり、街へ向かって行くのが見えた。
「でっけぇ街だな!」
「エコンベルクはね、小さな村同士のの中継をしてるからレイベルクの周りでは一番大きな街なんだよ」
「肉も麺も美味しい、量も多い店が多い」
「でけぇだけあって酒に関しちゃ、ここら一帯じゃ一番だからよ」
「ギュンターさま飲んでばっかりですけど、また飲むんですか?」
「酔ってねぇ時の俺なんて俺じゃねぇだろ?グハハハハハ」
虎が馬鹿言ってる間に街に入っていった。城壁のような壁や丸太も無かった代わりに街道沿いに頑強そうな石造り三階建ての見張り施設があった。街の中は荷を背負い歩く人や幌馬車、牛を引く人と色んな人が行き交っていた。街はギュンターの笑い声が馴染むほど活気に満ちていた。
これまでに寄った農村とは違い、建物が密集していた。
幅の広い道の左右には野菜や果物などを店先に並べる青果店や肉付きの良い鳥を籠の中に閉じ込め、いかに美味しいかを行き交う人に向け叫ぶ店主、店先にこそ並べられていないが、建物の壁に大きな木製の盾や鎧を掛けてある店、店の前のテーブルで小さなタルのようなカップに液体を満たし昼間から顔を赤くしている男たちが集う店。
「もう少し行ったトコに宿で荷物下ろしたら夜まで自由にしようぜ。俺ぁ飲んでくる」
「私は麺を」
「ゼルは私と短剣なんかの軽装を揃えに行くんでしょうが……」
「何か出てもクライ投げとけばいい」
「ゼル姉、結構とんでもないこと言ってる自覚を持ってくれ」
「じゃあティアの出す氷投げる」
「ゼルさま、製氷機みたいな扱いしなくても私撃てますから」
「諦めてゼル、整えたら麺でもパンでも付き合うから」
ゼル姉は、青リンゴのようなものを齧りながら出店に目を奪われていた。銀髪のショートカットをはためかせ右に左にある店先で人が食べている者をチェックする。
ゼル姉は森で自前の装備が全壊してしまってから手ぶらのままだった。本来重装備なのだが、どうもそういった本格的な装備はレイベルクまで行かないとないらしく、せめて短剣や弓程度の装備を整えておこうとエミル姉と決めていたのに、街に入ってからは飲食店で頭がいっぱいらしい。王都がどんな所か知らないけど、この残念美人、本当に王様に仕えるような仕事が出来るんだろうか。
宿に着きテントなど旅の荷を下ろすと、エコンヴィラから一緒に来た御者と別れた。寡黙な人と言うか、乗る人と関わらない人らしく到着まで話した記憶がない。ギュンターが運び賃を払い別れる時でも片手を挙げて去るだけであった。エミル姉たちも「駅馬車の人たちは、乗客に深入りすると面倒って人が多いみたい」と言っていた。運んでくれた馬たちにティアと一緒に周りの草をあつめあげていたこともあるため、ちょっとドライさが寂しい。
「よし!俺は飲みに行く!」
「よし!私は食べに行く!」
「ゼル?行かせないからね?」
虎は放っておくとして、残念美人はエミル姉が手綱引くし、俺はどうするかな。気になるのは通りにあった青果店と野菜市場。振り向くとティアが目を輝かせて俺を見ていた。
「……ティア、一緒に回るか?」
「うん、やっぱりここは……」
「俺は青果店と野菜が見たい」
「あははは、そうだと思った」
ティアも同じようなことを考えていたらしい。
野菜売り場では、エコンヴィラなどでは見た事も無い黄色いメロンのような果物や、中が橙色のスイカなど水分の多い果物が目立った。ティアとは「美味しいコレ、もっと甘味があればいいのに」「なら実付き前に腐葉土盛ったりしなきゃな」とか「この香草、香り弱いな」「日当たりが悪いか甘やかせて育てたのかな」「香草は雑草あった方が旨いもんな」など試食をしながら歩いた。俺たちにとって森での娯楽と言えば作物の育成研究位だったものだから話は尽きないんだが、ティアの可愛らしい見た目から、この話題もどうなんだとは思う。
日が傾いてくるまでティアとは市場を中心に回った。明日から馬車生活がまた始まるのを考えて日持ちしそうな果物や、炙ってある干し芋などを買い付けた。市場の人からは、おつかいのように思われていたのか結構おまけしてもらっていた。正確にはティアが買う時にはオマケがついたので、ティアが清算担当してから結構オマケしてもらえた。
「結構買ったし、そろそろ戻るか」
「んー、もうちょっと回ろ?」
「もう大体見たと思ったけどな」
「じゃあ……あと一周だけ」
大体市場の辺りは見てしまったし、修行用に使っていた短剣なんかもあるから武器などを買うような用事もない。本当にもう特に用事は無いのに、何故かティアは戻りたがらなかった。確かに街にくるのは初めてだけれど――
――あぁそうか……いつか街に行ったらって前に話してたな。俺は何て言ってたっけ?確か自分の作った作物がどのくらいのものか比べたくて市場に行きたいというような事を言ってたと思う。ティアは「ゼル姉さまとエミル姉さまが美味しいって言ってた甘いもの食べに行く!」って、そう言ってたな。そうか俺は自分の行きたいとこに来てるか。
「なら、どこか甘いものでも食べに行くか」
「!?……クライ覚えてれくれたの」
「2人のおススメは知らないけどな」
「うん!」
大きな頷きに深い紫色の髪揺れ、夕日に揺れアメジストのような瞳は喜色に彩られるとティアは今日一番の笑顔を見せた。とても、さっきまで忘れていたとは言えそうにない。
俺は、ごまかすようにティアの頭にぽんぽんと手をやり背中を向けた。
「……ただし暗くなるまで、な」
「ふふふ、あれは多分もっと大きな街の話だから大丈夫!」
ティアは勢いよく走り出し俺の手を引っ張った。
エミルは軽食が評判のお店の二階にいた。
ゼルの装備の買い出しは入店直後、一番手前のものを手に取ると買い付けてしまったことにより一瞬で終わってしまったのだ。その後、次々と注文をすると日暮れまで食べ続けているゼルを眺めている。最早エミルには溜息しか出なかった。
「ゼル……もう戻らない?もう少ししたら宿でも夕食でるよ?」
「この街には、しばらく来れない。あとコレとコレとコレを頼んで、コレを飲まないと後悔する」
「はぁ……もう後悔して、また来ましょうよ」
「私は武器を買った。エミルも約束に付き合うべき」
「はいはい」
ふと外を見ると、街は夕日に照らされ赤みを帯びていた。行き交う人も昼間に比べ少なくなった街道で女の子に手を引かれ走らされる男の子の影を見た。溜息ばかりついていたエミルの顔に自然と笑顔が浮かんでいた。




