007 小さな自覚
村を出てからの道のりは順調だった。
森の中では魔物にも合わず、踏み固められた道にでると、以前立ち寄った村を目指して歩き始めていた。ミレーおばさんの宿がある町と呼んでいたが正確にはエコンヴィラと言うらしい。
「エミル姉さまエコンヴィラまで、どのくらい歩きますか?」
「んー多分夕方までには着くと思うよ。ティアちゃん疲れてない?」
「あは、こんなもんじゃ疲れませんよー私も森育ちなんですから」
「私も森育ち」
「ふふふゼルも私もだから森育ち仲間だね」
何が楽しいのか全く理解できない会話でキャッキャウフフしている女性陣の前をギュンターと歩いていた。
「ギュンターは、どんなところで育ったんだ?」
「俺か?俺ぁ山よ」
「そっか」
「おう」
「……こっからどうすればティア達みたいに盛り上がるんだ?」
「そこはお前ぇ……聞く相手が悪ぃだろ」
「そうだな」
「おう」
別に疲れている訳でもないけれど俺とギュンターは特に話すことも無く、そのまま半日歩き続けた。ようやく村が見えてくる頃には日もすっかり傾き辺りは橙色に染められていた。馬に農具を積み多砂を引いて歩く人の姿がいくつも見える。
いつの間にかエコンヴィラに入っていた。そのままミレーおばさんの食堂に入り部屋を押さえると皆でテーブルを囲む。夕食はミレーおばさんのおススメに任せ運ばれてくる焼き立てパンや卵のスープなどを食べながら明日からの予定を話していた。
「いいかクライ。俺たちは、これから王都に向かう。こっからだと、まぁ急ぎでも一か月ってところだ。カーティスの報告なんかは今まで中間にあるレイベルクって都市で済ませてたんだが、魔王討伐は王都まで直接行く」
「ギュンター、今更悪いんだけど、ここは何て国なんだ?」
「クライくん、私たちの国はね森の国ヴァルトキアって言うの。この国は森が多いから私たちエルフ族が沢山住んでるの」
「グハハハハ、お前ぇ国名も知らなかったのかよ」
「私は、お母さんに聞いたから知ってたよ?」
国の名前どころか、東西南北も知らないなんて今更言えない空気になっていた。マスターとは森の外の話なんてしなかったし、ティアと街へ行こうって話でも街がどこにあるのかなんて気にしたことも無かった位だ。
「いいんだよ俺は。これから知りに行くんだから」
「まっ確かにそりゃそうだ。あの森に住んでりゃ関係なかったろうしな」
「それでギュンターさま達は王都ヴァルトキアへ向かってるんですよね」
「そう、王都で討伐報告が目的」
「クライくんとティアちゃんには実感がないかもしれないけれど、封印の森の主、瘴気の魔王と言えばこの国の憂いだったの……ここら辺、西部方面の開拓が進まないのも封印されていた魔王が怖いからなんだよ?」
「あぁ俺たちにゃ実感がないが、大昔この国はもっと栄えていたらしい。それを壊し尽くしたのがあの魔王って訳だ。俺たちの先祖とカーティスが何とか封印したが、いつ壊れるか分からねぇ封印の近くにゃ住みたくねぇってわけだ」
ギュンター達が話すには瘴気の魔王の話を聞くに、魔王は暴虐の限りを尽くしたそうだ。
ただただ破壊するだけならば、封印されて200年も経つとこれほどまでに恐れられなかっただろう。瘴気の魔王の恐ろしさは、名が冠する通り瘴気を振り撒くことにあった。木々や大地から命を枯渇させ、雨を毒に変え、近づくだけで命を奪った。
封印されてなお強力な瘴気を生み出し、封印された森の木々は変質し異常な成長を遂げると魔力や生命力を奪うようになっていたそうだ。
あの戦いは瘴気の魔王が溜め込んだであろう瘴気を事前に祓い、更に目覚めてすぐ纏う瘴気をも祓ったことで魔王の力を削げるだけ削いだからこそ得ることが出来た勝利らしい。言い換えれば剣士から剣も鎧も奪い取り、さらに空腹で力が出ないような状態にしていたということだ。
そこまでしても、これだけの代えがたい犠牲を払ったのだから。全力であった瘴気の魔王とは、これだけ時が経ってなお人々に不安に齎す恐ろしい存在だったのだろう。
「多分俺たちぁ、王都に行ったら出られなくなる。まぁ召し抱えられるだろう」
「おお!ギュンター達やっぱり凄ぇじゃん」
俺やティアは大丈夫だが、近づくだけで命が蝕まれていく地、巨木が行く手を阻み行軍にはとても向かず、仮に最奥に辿り着いて封印を解除しても森ごと消し飛ばされてしまう。そのため、国は封印の状態把握にこそ努めたが手出しはしてこなかったのだ。王国が解決できない問題を解決した、勇者たちの末裔が今や真の勇者として国へ戻るのだ。
「はぁ…クライ考えてみろ。そんで俺たちが召し抱えられたとしてだ。今みたいにフラッと飯食いに出かけたり、酒飲んで道端で寝転ぶような生活できると思うか?」
「あぁ、そういうことか」
どのみち虎にしか見えないのに酔いつぶれて道端で寝るのは控えて頂きたい。しかし、そうだ確かにそんな自由は無くなるだろう。一躍、時の人となってしまうのだろう。今みたいに気楽に話すことが難しい存在になってしまうのだろうか
ギュンターが俺の考えを見透かしたように背中をバンッと叩く
「遊びに来いよ。目付きの悪ぃ赤目のクソガキが来たら入れろって周りにゃ言っといてやるよ」
「ハッ、飲んだくれて粗相して城から追い出されるかもしれないだろ?ギュンターなんだから」
「グハハハハ言うじゃねぇか」
離れてしまっても、会うことが難しくなっても、俺たちは仲間なんだから言外にそうした気持ちを込めて笑いあった。
「クライくんとねティアちゃんの事は伏せておくことになってるの。カーティスさんのお願いでね。ティアちゃんは生贄としていなくなったことにして、クライくんはいなかったって扱いでね」
「クライは善戦したが報いてやれない」
「ゼル姉、俺とティアにはマスターの残してくれたものがある。これ以上は別に要らない」
「じゃあエミル姉さま達とは王都でお別れですね」
「いや、その事なんだけどよ。クライお前ら、調べものしたり、この国や他国のことが知りてぇんならよ。こっから王都との中間にある要塞都市レイベルクの方がいいんじゃねぇかと思うんだが」
レイベルクと言うのは、この国ヴァルトキアと他国とが交易を行う都市らしい。要塞都市と言われるのは、その交易している西の国と南の国が攻めて来た時に王都を守る前線の要となることから頑強な石壁に囲まれていることから付いた名前だそうだ。
他国との国交があり都市としても大きく色々な文化に触れることが出来る。また、要塞都市の周辺では小さな村が無数に点在しており、村々では都市部の食料を賄うべく農業や畜産が非常に盛んに行われているそうだ。
「なら俺とティアは、その都市でお別れだ。ティアいいか?」
「うん。大丈夫だよ。なんだか二人だけになるって初めてだねフフ」
「ティア、そういうのは二人になってから」
「ふふふ、まだ私たちもいますよー」
キャッキャウフフが間近で繰り広げられると俺とギュンターは遠い目をしていた。どうしたらこの空気に介入していけるのだろうか。ギュンターに目配せをするがギュンターは一瞬目を合わせると、俺に聞くんじゃねぇとでも言うようにまた遠くを見ていた。
次の目的地も決まった。
要塞都市レイベルク。
もう森の中とは違う。人が行き交い、国と国が交易をしているようなところだ。知らないことだらけのこの世界の一端が垣間見える。そんな期待が胸を覆う。高鳴る期待が顔を綻ばせる。この世界を楽しめ――その言葉の意味せんとするものが見られるような気がする。
「おう、いい顔してんじゃねぇか」
俺の後にシャワーを浴びて来たギュンターが半裸のまま部屋に入って来た。手に持つ瓶には酒が入っているのだろう。俺はぼーっとギュンターを眺めていた。毛皮の毛も拭かなきゃならないんだから考えたら獣人ってタオル凄い沢山いるよな等と、どうでもいい思考にレイベルクへの期待は遮られていたのだ。部屋は男女で分けたので、俺はギュンターと同室だ。
「虎が半裸で入って来なかったら、もっといい顔してたよ」
「グハハハハハ、立派な毛皮に見惚れちまったなら仕方ねぇさ」
部屋ある2つのベッドの奥、窓際のベッドに腰かけるとギュンターは瓶を傾け中身を流し込んでいく。
「っかー旨ぇ!見ろコレ、さっきよティア嬢に頼んで中に氷入れてもらったのよ!お前ぇも飲むか?」
「飲まねぇよ!ガキに酒勧めてんじゃねぇよ」
「グハハハハ早くでけぇ大人になれ!俺のようになぁ!そしたら俺が酒の楽しみってのを教えてやらぁ」
ギュンターは上機嫌なまま布団に倒れ込むとそのまま寝入ってしまった。どうもシャワーを浴びる前から飲んでいたようだ。
「まったくだ。なれるなら早く大人なりてぇよ」
こっちの世界に来てから時々考えてしまう。
前世で俺は大人だった。
思い出す限り、我慢の出来る大人だったのだ。
同じような年の仲間に仕事を押し付けられても、文句も言わずにやっていた。彼女が出来たことは無いが恋だけは何度もした。想い人と友人が付き合ってしまっても飯を奢って祝ったもんだ。そんな記憶が薄っすらと残っている。もう友人の顔も想い人だった人たちの顔もおぼろげだけれど、俺は心を押し殺し我慢のできる大人だった。
本当に俺は大人だったのだろうか
隣で寝ている虎は子供の俺に酒はすすめるわ、田舎者だと見下すわ、いったいいくつだよと思うようなヤツだ。
けれど俺のような子供にも本気でぶつかってくれる。
「仲間じゃねぇか!」と涙を流し叱りつけてくれる。
そこに俺の前世のような心を押し殺すような我慢なんて無い。
ギュンターは子供なのだろうか
俺は、そうは思わない。
本気でぶつかれる強さがギュンターにはある。
俺は、それを素直に尊敬している。一人の男として格好いいと、そう思う。
踏み出すことを恐れ、傷つくことを怖がり、痛みから退いていた
前世の生き方なんて我慢のできる大人なんかじゃなかったのだと、そう思う。
「もう逃げない。そう誓ったんだ」
マスターに胸を張れるような生き方をするって
我慢ばっかりの生き方なんてやめようって
この世界に来て
俺は、本当の意味で大人に近づいている
そんな気がしている。




