011 自立への一歩
クライが先に宿に戻るころ、ティアはゼルのお勧めケーキを頬張っていた。
目の前に並ぶのは、大きな白桃の種をくり抜き、中に桃の果汁と粗く刻まれた果肉を混ぜたクリームを混ぜ込んだ見た目が桃のままのケーキや甘く滑らかに濾されたチーズを何種類も層にして重ねた重層型クリームチーズケーキ。
「ゼルさま……こんな、こんなものがあるのが都会なんですね!?」
「ここのコレは今の時期だけ。王都でも無い。周囲の農村を束ねるからこそ出来る高みに至るもの」
寡黙、正確に言えばマイペースなゼルは高らかにスプーンを掲げ、その話ぶりも饒舌であった。エミルは机に突っ伏して項垂れている。食事に始まり終わることの無いティータイムに付き合い食べ過ぎによるダウンであった。
「ティア、桃から食べるといい。共に桃の極みに至ろう。店員殿よ桃蜜茶を二つ!」
「至りましょう!桃の極み」
ティアも瞳を輝かせてスプーンを掲げる。夕日に照らされて橙色の光が輝く。道行く人の目線を元々気にしないゼルに、ケーキで周りが見えなくなっているティア。エミルが項垂れているため止める者はいなかった。
桃のケーキをすぐに間食する二人。続いて重層クリームチーズケーキに挑む。この世界におけるチーズの発酵具合や、山羊に近しいものの乳から作られる酸味の強いものや、牛よりも酸味の少ない大型のトナカイのような獣から採れる乳を使ったクリームチーズは濃厚な舌触りなのに、くどさを感じない後味、そこへ滑らかな乳種に合わせ果物からとれた糖蜜や、蜂蜜、精製された砂糖で味が調えられている。果物の糖蜜が乳製品の香りを爽やかにしているためチーズの香りは口に入れるまで分からない。
「これは、そのまま食べるより美味しい裏がある」
「な……こ、こんなに美味しそうなのに」
「店員殿よ、いつものを頼む」
かしこまりましたと残し、奥へ下がる店員を満面の笑みで眺め待つ二人。
店員は奥から戻ってくると濃く出された紅茶と、赤く燃える炭を持って来た。紅茶を二人の前に置くと、鉄箸で炭を掴みケーキの周りに並べる。
炭火がチーズケーキに熱を与え、表面が次第に色を変えていく、薄い茶色から表面全体が焦げ茶に染まると炭は引かれ店員は去って行った。
「糖蜜の糖が溶け出し、ほんのり苦みを発する。この魔法に酔うといい」
ティアはサクッと音を立てケーキにスプーンを差し込んだ。構内に広がる香ばしさ、舌を駆ける強烈な甘さはチーズの濃厚さと果物の香りが重なり蕩けるように消える。チーズの酸味が舌に乗った瞬間の存在感を消し、焼かれた苦みが強烈な甘さがあったという舌の記憶を消し去った。
普通なら濃すぎて渋みを感じる紅茶も、このケーキにはチーズの油分を忘れさせる役割を果たし絶妙な組み合わせとなっていた。
「ゼ、ゼルさまは……天才だったんですね」
「うむ、分かれば良い」
こうして幾度となくスプーンが掲げられる光景が続いた。
メニューにあるケーキも一巡が終わるころ、ようやくエミルも復活し三人は旅路を来た時の様に雑談に花を咲かせていた。ティアは今日ギュンターに連れて行ったもらったお店やギルドに登録できなかったことなどを話す。
「そうだね、ティアちゃん達の年齢位だと登録出来ないところばっかりになるかな」
「はい、だからギュンターさまにギルドじゃなくて直接お店を紹介して頂いていたんです」
「年齢……ティアは十五になったら王都の魔法学校へ行く気はある?」
会話の中でゼルが問いかけた学校について。ティアは手紙の事を知っているのかと驚いた。
「カーティスからティアに気があればと資金を任されてる。まだ先の話でも、行かないのであれば資金は返す」
「手紙にも、学校へと書いてあって、でも悩んでます」
少し俯いて考え込むティア。
「もし行くとしたら卒業まで何年かかるんですか?」
「魔法学校は五年から十年と人とそれぞれみたいだよ。ティアちゃんは魔法のセンスあるから五年で卒業出来ると思うなぁ」
「五年……ですか」
「十五を過ぎれば年齢に関係は無い。行きたいときに私に声をかけて欲しい。あとギルドだけど、ティアでも登録できるところがある」
「え、ゼル?そんなところあった?どこも十五歳からだったと思うんだけど」
「ケーキも食べたし、ついて来るといい」
銀貨や銅貨で小山になるほどの会計を済ませるとゼルは店を出る。ティアとエミルは、ただゼルの後ろをついて行った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
夕闇に辺りが包まれる頃だが、宿には俺以外誰も帰って来ない。一階の食堂に先に行き店長のおっちゃんと周辺の建物など街の地理を聞く。ギルドも街の中心に管理ギルドがあり、そこから少し離れて冒険者ギルドを含む各専門ギルドが建てられている。
図書館を含む国が関係する施設も概ね中心部に密集していた。住民を把握する役場や医療機関などは管理ギルドと同じく、レイベルクの中心にあるらしい。もっとも広い街なので町医者はあちこちにいるらしい。おっちゃんが言うには町医者に行くよりも教会の治療術士の方が腕が良いらしい。
「あ、おっちゃん。今日って夕食人数分出る?」
「そりゃもちろん。自慢の料理が五人分でるよ。ぼうや先に食べたいのかい?」
「いや、一人分減らしといて欲しいんだ」
「構わないよ、差額分は後でいいかい?」
「あぁギュンターに渡しといてくれればいい、ありがとうおっちゃん」
「分かったよ。ぼうやお腹減ってないのかい?」
「いや俺じゃなくて」
後ろで扉の開く音がすると二人の女性と一人の少女が入って来た。エミル姉、ゼル姉、ティアの三人だ。エミル姉は、そのまま何も言わず客室のある二階へ上がって行ってしまった。一人で居たテーブルのティアが隣に、向かいにゼル姉が座る。
「さぁ、夕食。エミルの分足した二人分は私のもの」
「ぜ……ゼルさまは、まだ食べられるんですか?」
「ゼルさははって事はティアはどうなんだ?」
「うぅ……痛いところを」
ティアのおでこを指先で弾くようにつつく
「夕食は食べれるようにって言っただろ。はぁ、こうなると思ってさっきキャンセルしといたよ」
「ふふ、さすがクライ分かってる」
「キャンセルせずとも私が食べるのに」
「ゼル姉は、もう少しこう何て言うか、しっかりしてくれ」
「すまない……見落していた。ギュンターのも含め三人分ここへ」
手を挙げ夕食の開始を催促する。ティアが言うには三人で帰ってくる途中、ギュンターの大きな声で「樽だ!野郎ども!今日は俺の到着を祝って樽で朝まで飲むぞぉ!グハハハ」との声が路地に響いていたらしい。もう半裸でテーブルの上に立つところまで想像できてしまうのが痛い。
「クライそれ一口ちょうだい」
「お前、どう考えても貰うならゼル姉だろ」
「私たちケーキ同盟の結束は固い」
ゼル姉の発言から、二人がどの程度のテンションでケーキに夢中であったかを想像すると、ティアは多分夕飯の事など着席の瞬間から抜けていたのだろうと想像できてしまうことも痛い。これからティアの甘味関係だけは、ちょっと気をつけよう。
「あ、でもクライ。食べてばっかじゃ無かったんだよ?ほら」
「ん?……あれ?これって、でも」
「ティアの為に私も頑張った」
それは小さな金属板だった。ドッグタグのようなものに紐を通す穴の開いた手の平サイズの板に登録番号、名前、ランクと記された簡単な物。ランクはFから始まってSまであるらしい。ギルドには、登録番号と名前で照会が出来るそうだ。今回はゼル姉やエミル姉が一緒に行ってくれて身元の保証をすると口添えしてくれたおかげもあり、俺が行かなくても俺の分まで発行してくれたそうだ。思ったよりギルドというのは緩いのだろうかとも思ったが、何にしてもこのカードのあるなしで街からの出入りがグッと楽になる。
「これで、街の外に出やすくなった……ありがとうゼル姉」
「むぅ、私が登録書書いたのに」
「ありがとなティア」
ティアは、ぷくっと膨れた……ふりをして俺の夕食からメインのローストビーフを抜き取って口に入れていたが、今日のところは気付かないフリをしておこう。
夕食を終え部屋に戻る。ギルドカードが手に入ったなら外での活動もしやすい。けれど俺とティアは冒険者ギルドではなく、お店に直に売りに行く為、どの魔物の何が売れるのか調べなきゃいけないし、薬草なども何が品薄か見定めないと買い叩かれてしまう。やることは沢山ある。
ギュンター達も一週間後には王都へと旅立っていく。それまでに少しでも、ここで暮らして行けるという感覚を掴みたい。明日から早速ティアとお店の調査と街の外の探索に出てみよう。
結局ギュンターは宿には帰って来なかった。どうも昔から森の調査が終わって戻った初日は帰って来ないらしい。昔からと言われるほどに変わらない行動なのだろう。
そんな虎は放っておいてティア達と朝食を取りながら今日の予定を話し合っていた。
「今日はティアと手分けして店で売れそうなものピックアップして街の外に出てみようと思う」
「うん私、昨日のギルドも見てくるね」
「ゼル、私たちはどうしようか。あ、今日は食べ歩きしないからね?」
「なら鎧と盾を見に行く。盾すら無いままの帰還だと誰も私と気付かない」
「ゼルいつも兜も脱がないもんね。うん、じゃクライくん私たちは街にいるけど大丈夫かな?」
「あぁ俺たちだけで出来るようにならないと意味ないからさ。夜に帰って来た時に悪いところあったら教えて欲しいんだ」
「私、準備してくるね」
ティアは話し終わるや否や部屋に向かい準備をする。俺は鞄に大体入ってるから、このまま向かう予定だ。ただ、薬草類など封印の森にあるもの以外は分からないので採取する価値のある薬草類の図鑑は出る前に買いたい。
「エミル姉、この辺に本屋ってある?」
「本?あるにはあるけど高いから、みんな図書館に向かうかな。クライくん何か欲しいの?」
「薬草なんか判別するために一冊持っておきたいんだ」
「あ、なら私のお古あげる。ふふ、多分私たち王都に戻ったらもう使わないから」
「本当に?いいの?」
「うん。あげてもいいよねゼル?」
「食べられる草は暗記してる。必要ない」
ギュンターの分の朝食に手を伸ばしているゼル姉。食に関してはブレ無いな本当に。エミル姉が二階に上がり戻ってくると、よく使い込まれた本を手渡してくれた。中を見ると挿絵の他に手書きのメモも沢山書き込まれている。
「ありがとう!これだけは買わないとなって思ってたんだ」
「エリックさんの書き込みと私の書き込みで見にくかったらゴメンね」
「いや、このメモ凄くありがたい……エリック兄には、また助けられるな」
「ふふ、エリックさんも、きっと書庫でじっとしてるより使って貰った方が嬉しいと思う」
「エリックは冷静に見えてジーノと馬鹿をやるのが趣味」
「ははは、確かに何だかんだ一緒にマスターに叱られてた……ありがとう大事に使うよ」
古びてはいるけれど、そこには虎の牙の歴史が刻まれている。エミル姉が入ってからも共に冒険をしてきた本。ただの図鑑じゃない、この本は彼らの仲間だったんだ。
虎の牙の冒険は、多分しばらくお休みになるのだろう。だけど俺の、俺たちの冒険はこれからだ。まだギルドにも登録が出来ないけれど、これからは俺たちと冒険に出かけよう。よろしく頼むよ先輩。
目を瞑り思う。これからティアと二人だけだと思っていたけれど、違うんだ。マスターから貰った服や鞄、エリック兄の残した本、ジーノ兄から受け継いだ剣、ギュンター達が繋いでくれた店との関係。たとえ、ギュンター達が旅立っても俺たちは二人だけじゃないんだ。そう思う。
目を開きエミル姉から貰った図鑑を鞄にしまう。ティアが準備を済ませ下りてきた。
「さぁ、行こうぜティア」
「うん!エミルさま、ゼルさま、いってきます」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
まずは得意な森の探索が役立つ薬草類の採取に行こうとティアと決めた。俺は薬の材料を卸す店に行き売れるものを聞きに、ティアは森にいくなら一緒に出来そうなものが無いか、森の魔物情報などを聞いてくると言って二手に分かれた。
「おお、ギュンターんとこの坊主か、何のようだ?」
「クライって言うんだよ、覚えといてよおっちゃん。あのさ、南の方の森で採れる売れそうなものある?」
「あるにぁあるが、南は瘴気が出ることがあるから危ないぞ。教会で聖水買うとなると、とても黒字にぁならんって、なかなか森にぁ行く奴がおらんのさ」
「瘴気は浄化できるから採取できるもの教えて」
「聖水があるんか?んーなら、麻痺消しのデパラス草だな。あそこじゃデパラス草と火傷に効くアロエムっつー薬草が良い値になる。だがよ、売った値段より多分聖水の方が高くつくから止めときな。東の山の方にある傷薬と解熱剤の素になるカロナ茸が採れる。冒険者ギルドの初心者も大体そこで日銭稼いでるよ」
「おっちゃんありがと!じゃあ東の方にしとくよ」
「おう、ギュンターから心配は要らねぇって聞いてるけど気をつけろよ坊主」
「おっちゃん、ありがとう行ってくるよ」
これは南の森一択だな。瘴気で誰も入っていない上におっちゃんの口ぶりからすれば高く売れるんだな。解熱剤になるカロナ茸はマスターも、やけに備蓄してたし見れば分かる。
ティアと約束していた要塞門の前に向かうとティアは先に居たようで、手に持ったメモを眺めていた。
「ティア、ごめん待たせたか」
「ううん。フフいいね、その待たせたかとか、ふふふ」
「なら良かった。薬草卸しのおっちゃんに聞いたら南の森でデパラス草とアロエムってのを採ろるのが良さそうだった。ティアは?」
「私も南が良いと思った。瘴気が出るから向かう人少ないって。南に行くならついでに途中にある麦畑が植え込み募集してたから手伝ってかない?」
「それもいいな、今日は採れ具合見たらソッチ行こう」
「うん!よぉし、クライ。しゅっぱーつ」
何となく俺が言いたかったがティアが楽しそうに先を進むから後について要塞の大壁が成すトンネルを歩く。事前に門番にギルドカードを見せると手元の帳面に番号を書き写し通行許可が下りた。
レイベルクから外に出る。俺たちは西からの道を通って来たが南の森へ向けては草原地帯を通って行く。森までは徒歩だと数時間かかりそうだった。
「ティア、魔力操作の訓練は参ったけど体力はついたか?」
「ふふふ、走って行こうと思ったんでしょ?ちゃんと隠れ里で鍛えてましたよーだ」
「最近ティアのいう事は信用がな……証明してもらおうか」
「いいよー。でも、ゆっくりめでね?」
草原地帯を二人で駆け足で森に向かう。ジョギングよりは少し速いけれど草で隠れた足元に注意しながらだから、ランニングほど速くは無い。
目の前に広がる緑の絨毯。草は足首程度までのものがほとんどで所々にギュンターのように二メートル近い草が密集して群生していたり、幹の細い木がチラホラ生えているだけで、遠くに見える森まで気持ちがいい程に広く、踏みしめる土は柔らかい。見渡せば遠くに猪型の魔物などもいるが、あちらも遠くを走る俺たちを一瞥するだけで興味は無い様子だった。
「気持ちいいなティア、森と違って周りが見えるし空も高いし」
「ちょっと待ってクライ、はぁはぁ、ちょこっと速い……かも」
「まだ一時間も走ってないだろ?森に居た頃より遅いくらいだぞ」
「ふぅふぅ、クライはお母さんと、実践訓練中心だっただけで、はぁはぁ、私そんなに走ってないもん」
森まであと半分くらいだろうか、街道のある西を見ると遠くに小さな集落と草の無い土が直接見える土地があった。ティアの言っていた麦畑の手伝いは、きっとあそこだろう。あそこなら、軽く森まで走って様子を見たとしても昼過ぎには向かえそうだ。ティアの体力が持てばだけど。
「ちょっと歩くか。ティアの課題は体力だな」
「はぁー……もうちょっとゆっくりなら大丈夫だもん」
「食べるか?」
鞄から小玉の西瓜のような果物を取り出し短刀で切る。甘みは少ないものの水分が豊富で、食べる水筒とも呼ばれる果物らしく、いくつか仕入れておいた。
「食べる!ふふ楽しいねクライ、何だか森の畑作業してる時みたい」
「本当だ。二人で何でも作ってたもんな」
「ふふふふ、これからもよろしくねクライ」
「あぁこちらこそ」
甘味の無い西瓜を食べ、今度はティアに合わせて走る。一時間少々で木々が増え、更に十分も進むと完全に森の中に入っていた。聞いていた通り森には薄っすらと瘴気が立ち込めていたが、封印の森からしたら無いも同然の瘴気であった。もともと俺たちに瘴気の有無は関係ないが、困っている人も多いそうなので神の気を纏いながら進む。
「んー、アロエムってのは日当たりも良くないと無いってエリック兄の字で書いてあるからこの辺には無いな」
「見せて見せて、何この本。わぁ凄い書き込んである」
昨日エミル姉から譲り受けたことや虎の牙が昔から使っていたことなどをティアにも説明しながら進む。ティアは周囲の捜索よりも本に気が行っていた。
「ティア帰ったら貸してやるから、デパラス草とアロエム探してくれ」
「うん。あ、デパラス草は朽ちた木の近くにあるって書いてある」
ティアは、あたりを見渡すと折れた木の近くに向かう。倒れてから年月が経過したのか地面に近い部分は苔むしており、その近くに手の平サイズの草が群生していた。
「その先の方がクルッてしてるヤツがデパラス草か?」
「そうそう、ほら本のイラストと同じだもん」
「なら半分ちょっと取って次探すか」
「うん、地図買ってくれば良かったね。ポイント付けとけばまた採りに来れるのに」
「はは、地図は自分たちの稼ぎで買う楽しみにとっとけばいい。これから何度も来るんだからさ」
森の野草を全部取ってはいけない。例え小さくとも自然の中でバランスをとって自生しているものが無くなると、バランスを崩しからだ。それに残しておけば、またいずれ生えてくる。「影響がない程度に頂くのが自然に対する礼儀だ」と、そう俺たちはマスターから学んでいた。森と共に永きを生きて来た知恵なのだと思う。
「本に載ってるけどデパラスもアロエムも俺たちの森に腐るほどあったのにコレって売れたんだな」
「ね!もっと早く知ってたら集めてたのに。ねぇクライ、この森の瘴気全部浄化しちゃう?」
「瘴気は歩くとこ位は浄化してくるたびに綺麗にしてきゃいいだろ」
「んと、ちょっと奥まったとこの瘴気の真ん中だけキレイにして周り残しておけば誰にも取られずにデパラス草とか増やせないかな。何度も来るなら今から“ティアの薬草園”を私は始めたい!」
デパラス草を高らかに掲げ、自分の名を冠した薬草園を作りたいの言っているが、作るのは俺だ。ティアのとか言っているが作るのは俺だ。確認してみよう。
「ほぅ、どう作ろうというのか聞こうか」
「あはは、何それお母さんの真似?んと、瘴気が邪魔してるとこ見つけて、真ん中キレイにして、木とか集めてデパラスとかが育つようにすれば完成!」
「ほほう。真ん中キレイにしてのとこ詳しく」
「クライが開墾すれば多分二週間くらいで出来ると思う!痛っ」
手刀がデコを捉えた。手で押さえて恨めしそうに見ているが、おかしいこと言っているのはお前だからな。もう色々はしょってるけどティアが始めたい薬草園なのに始めるの俺じゃねぇか。
「それもう俺の薬草園だろ」
「いいじゃんかぁ、育てるところからは一緒にやるもん……ダメ?」
申し訳なさそうな顔をして上目遣いで聞いてくる。そんな聞き方されたら断り辛いだろうが!
「……はぁ分かった。今日場所探して明日から少しづつ作ってくわ。んで、ティアはそんな頼み方どこで覚えて来たか白状しろ」
「んふふふ、エミルさまが一緒にお風呂入ったときに男の子に頼み事するときの奥義を授けようって、どう?効いた?効いた?」
「さぁな」
ゼル姉が要らん事ばっかするもんだから完全に油断していた。エミル姉も厄介極まりない事を伝授してるっぽいんだが、どうしたらいいんだコレ。というか、エミル姉は美人な上に使い方を分かっているということは、実はあの三人で一番手ごわいのってエミル姉なんじゃないだろうか。
ティアの奥義は既にかなりの数があるらしいことを聞きながら森を散策した。陽がもうじき真上に差し掛かるところで今日の採取を終え引き返す。森に来る途中にあった農家を訪ねるためだ。来る時は地面に生える薬草を見ながらだったが帰りは木に登ると枝を飛び森を抜ける。ティアも、俺ほど速くはないが木々を飛び移れるので、歩くよりは断然速く帰れる。森を抜け持って来たパンと果物で昼食をとる。
「ね、ね、デパラス草って美味しいのかな」
「マスターもサラダにはしなかったし美味しいもんじゃないんだろ」
「ほら、クライ食べてみない?」
「食べてみねぇよ!俺の美味しくない予測聞いただろ!」
「もしかしたらがあるかもしれないじゃん」
「自分で食ってみろよ」
「絶対ヤだもん。クライが食べて美味しかったらって痛い」
手刀がデコを捉えた。手で押さえて恨めしそうに見ているが、おかしいこと言っているのはお前だからな。学習しろ。本日二度目だぞ。
昼食を終え来た時同様、ティアのペースに合わせて農家まで走る。予想通り太陽が真上から少し傾いたところだから正午過ぎといったところだろう。農家に着き恰幅の良いおじさんにティアから貰ったドックタグのようなギルドカードを見せる。
「おお、おめぇら手伝ってくれるんか。いやぁ子っこなんに感心だ」
「ええ、私たち二人でお手伝いしに来ました」
「おっちゃん、手伝いって何すればいいんだ?」
「簡単よ、家んとこの麦さ刈りつくして欲しいだよ。腰が痛くてよぉ、ちっと今年ぁ刈るのが辛ぇだ」
「分かった。いつまでに刈ればいい?腰が痛いなら脱穀なんかどうすんだ?」
「そうさな、終われば報酬だでいつでもいいだ。んだなぁ家ぁ皮手袋で揉んで落とすんよ。その方が藁も多く使えっからなぁ。手伝ってくれりゃ、そりゃ助かる。家のカカァは街で野菜売りしてっから手伝えねぇだ」
「クライ、脱穀まで手伝お?」
「そうだな。おっちゃん脱穀までやるよ。終わるまでは毎日この位の時間に来る」
「そりゃあ助かるべ、道具は裏ん小屋ん中だ。小屋ん隣が倉んなっとるで見とってくれぇ。それじゃ子っこら頼んだぞ」
「うん、任せてください。ね?クライ」
最後の「ね?」が若干気になったが小屋の鎌を持って麦畑へ向かう。小屋には大きな弓と沢山の矢があったが、魔物などから自衛しつつの農家というのは大変なのだと思う。
麦の収穫は意外に手間がかかる。麦は脱穀したあと桶に溜めて藁を敷き棒で叩く、桶の中で重い麦は沈み剥がれた籾殻は上に溜まる。それを風に当てながらふるいにかけて籾殻を飛ばし、麦は麻袋など風通しの良い袋に詰めて寝かせる。
パンになるのは数か月から半年寝かせた麦を挽いた小麦から出来るのだから、麦農家とは広大な土地と、体力、根気が要る。
「クライは鎌で、私は魔法の練習。続けてたら、こうスパっといくようになんないかな」
「今スパッと行かなねぇなら俺一人で収穫になるだろ」
「頑張ります!」
「頑張んなくていいから鎌もてよ鎌」
鎌も持たずに真剣な顔つきで詠唱を始めるティア。魔道言語が紡ぐ歌のような詠唱は呪文を強化する。
「薙ぎ伏せよ“風刃”」
強風が麦畑に打ち付ける、風邪の刃は詠唱により強まり麦穂を吹き飛ばし地面を抉る。麦畑だった場所の一角が更地になる。
「……ちょっと思ってるのと違ったかも」
コンっと鎌の柄で小突かれた頭を押さえ涙目になっているティアを尻目に散った麦の回収と魔法で荒れた畑を整地してると夕方になった。今日の作業はほぼ進まなかったが、ティアの魔法が強くなってることは良く分かった。
「明日から、ちゃんと鎌持てよ?」
「……ひゃい」
「気が無い返事だな、おい。まぁ魔法の練習頑張ったから、あの威力なんだろ。これからは加減と精度の練習も要るって分かったんだから収穫だろ」
ぱぁっと明るくなり「でしょ?毎日頑張ったんだよ」と森から離れていかに魔法の練習をしたかを聞いていたら街に着いた。徒歩だから来る時の倍は掛かったハズなんだが、ティアの魔法談義は宿に着いても終わりそうに無い。
当面は麦畑の手伝いと森での採取にあてて生活の基盤を作って行こうと思う。マスターからの資金は、なるべく使いたくないけれど最初は使うことになるかもしれない。宿に戻りゼル姉達と夕食につきながらそう考えていた。ギュンターは……まぁお察しだ。
レイベルク自体も広いが、周囲も広い。ギュンター達がいるからとあちこち見るのではなく、いなくなっても困らないように自分たちの得意を作ろうとティアと決めた。
まずは瘴気の出る南の森を中心に頑張ろう。ギュンターの帰って来ない部屋で一人決意する。宿だって、きっとギュンター達が去った後は、もっと安いところに変える必要があるだろう、何だったらいる内に賃貸住宅を契約して貰うのもいいかもしれない。
やることは沢山ある。時間も沢山ある。けれどギュンター達がいる一週間で出来ることは、そう多くない。だからこそ、今後少しでも生活しやすくなるよう、この一週間は頑張ろう。
「この世界どころか、この国もまだまだだけど、出来ることから少しずつ……だな」
明日は何をしよう。そう考えながら眠りに落ちるのが今は楽しくて仕方ない。




