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大魔導士の弟子(旧)  作者: のぽぽん
第2章 拳神
21/31

003 偏愛


「ティアちゃん、大丈夫かなぁ」


 窓を枠に腕を組み外を眺めながら呟くエミル。

 ギュンターとゼル、エミルが村に着いたのは昨日の午前中。クライがティアの家に向かった所で3人は、いつまでも眺めているのも無粋なものだと村長の家に向かったのだ。


「心配ない。クライは根性ある」

「グハハハハ泣いてばっかだけどな、やるときゃやるヤツだな」

「エミルは心配しすぎ」


 広い部屋ではあるが、採光を考えて窓の傍に備え付けられている机を囲み3人は話しをしている。


「それより、俺たちのことだがクライをティアの嬢ちゃんに合わせるところまで含めて

カーティスからの頼みは終わったワケだ」

「今回はギルド報告だけじゃ済まない」

「あぁそうだ。俺たちは『瘴気の魔王』を討伐したんだ。…ジーノとエリックの命と引き換えに、だがな」

「ギュンターさん、やっぱり私たち…もう冒険者じゃいられないんでしょうか」

「…難しいだろうな。功績がデカ過ぎる。さすがに国も馬鹿じゃねぇ、国家の懸念を一つ晴らしたがパーティーの形を保ててねぇとくれば…半強制的に召し抱えられるだろうな…」

「…ジーノがいれば…」

「ゼル、それ以上は言うな」

「私は、みなさんと違って過去に魔王を封じた勇者たちの末裔じゃありませんけど、私もでしょうか…」

「過去がどうこうじゃねぇ。魔王討伐を果たし生きて帰ったという事実にゃ過去のどうこうなんてのは関係ねぇ…はぁ、俺ぁジーノの下以外に付く気はねぇんだがな」

「ギュンターこそ、それ以上言うのは良くない」

「ぐっ…すまねぇ」


 3人とも溜息をつきながら今後について思いを馳せる。

 虎の牙(タイガーファング)は実質解散しているようなものなのだ、リーダーであるジーノと、大雑把であるジーノの支えメンバー全体のフォローをしていた実質サブリーダーとも言えるエリックを失ったのだ。いかにギュンターが目立つパーティーであったとしても、それは対外的なものである。内情はギュンターを含め全員がジーノに従うものとしていたし、パーティーの行動指針や決定はジーノが行っていたのだから。


 コンコンと扉を叩く音がした。中の返事を待たずに入って来たのは笑い皺の多い褐色の老人だった。片手に乗せた木製のトレーを揺らさぬよう、そっと机までくる。


「みなさまがた息を詰めすぎては、まとまるモノもまとまりますまい。どうですかなお茶など」

「おぅ悪いな村長。まぁ話自体は概ねまとまってるんだがなぁ…はぁ」

「お茶にはお菓子が必要と思う」

「ええ、ええ、ありますよゼル様。大したものではありませんが」

「ゼル、気を遣わせたらダメでしょ」

「いえいえ気遣い等とんでもございません。勇者様の末裔である皆さまをおもてなし出来るとあれば誇りしかございませんよ」

「俺ぁそーゆー重さから逃げてぇんだがな…」

「何をおっしゃいますか。魔王を倒し封印の森の瘴気を止めたとあれば、もう末裔などでなく真に勇者となられたのではありませんか。この老いぼれが生きている内に…あの魔王(・・・・)を討たれたとは…この感動、どう伝えればよいのやら…」

 涙ぐみながら語る村長に分かり易く溜息をつく3人

「あぁあぁ、お茶ありがとよ。まだ話し合いがあるからな…その悪いな村長」

「お茶とお菓子は頂いた。村長、他に用がなければ出ていく所」

「こら、ゼル!こんなに良くしてもらってるのに」

「これはこれは失礼いたしました。ですが何泊していただいても、なんなら永住していただいても結構なのです。むしろ永住をご検討いただきた「村長、私は焼き菓子も好き。今から焼いてほしい」

「ええ!もちろんです」


 村長を追い出し3人は再度大きく溜息をつく


「こんな扱いを王都でもされる日々なんてなぁ俺は息が詰まるぞ」

「村長は『瘴気の魔王』が暴れた様子を見た生き残り。だから興奮してるだけ」

「…ゼル、多分そうじゃなくても騒がしくなると思うな私。国の懸念を晴らしたとなれば…下手するとパレードとか、国のパーティーとかもあるんじゃないかなと思うの…少なくとも冒険者としてじゃなくて王城に召し抱えられるとは思う」

「…あるだろうな、はぁ。ま、覚悟だけは決とかにゃならん。クライと嬢ちゃんがどうすっか決めたら、諦めて出ていくしかねぇな」

「毎日定刻出勤、私には無理」

「…ゼル、私が起こしてあげるから一緒に部屋借りましょうね」


 エミルは今後に思いを馳せながら、また窓枠にしだれかかりながら外を眺め呟く


「クライくん…大丈夫かなぁ」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 朝から固まっていたコクランさんは何とか持ち直している。ティアが寝起きに俺の目線をたどりコクランさんを見つけると「コクランさん、おはようございます」と眠そうだからこそ出る独特の可愛さを振り撒きながら俺より先に声をかけるというファインプレーのおかげだ。


 コクランさんは朝食にするから下りてくるよう声をかけると下に降りて行った。ティアは俺に向かってニッと歯を見せて笑い私よくやったでしょアピールをしているのだが、そもそもお前のせいだという自覚を持て。


「おはよう、坊や良く眠れたかい?」

「はい、朝方少し寒かったですけど」

「…ごめんねクライ、おこってる?」


 下に降りティアのデコを指先で突いてからトリシアさんが引いてくれた椅子に座る。


「トリシアさん私も手伝う」

「そうかい、じゃあお茶をいれてあげとくれ」


 ティアは茶葉をティーポットに入れ沸騰したポットを火から離し少し待ってから注いだ。ティーポットも、すぐには動かさず少し間をおいてから持ってきていた。ちゃんとしたお茶の扱いができているところを見るにティアは(ログハウス)に居た時よりも更に家事能力が高まっているように見える。


「クライ君、朝からウチのティア(・・・・・・)を眺めて楽しいかね?」


 リビングにあたるこの部屋は客間も兼ねているためか採光のための窓も一番大きい。今は白い濁ったガラスも開け放ち、朝の陽光が部屋を照らしている。陽の光に照らされながら目じりに深い皺をたたえ笑顔でコクランさんが語り掛けてくる。そう表情は笑顔なんだ。声の鋭さと全くマッチせずに俺にだけ聞こえるような小さな声で冷ややかに言っているのだ。


「マスターと暮らしてる時より、しっかりしたんだと思っていたんです」

「ほぅ、つまりウチに来てから、しっかりしたんだと言うのなら私たちも誇らしいね」

「…本当は、しっかりしてなくてもいいとも思います」


 コクランさん(このオッサン)には気を使ってばっかりでも仕方ないと俺は諦め、ティアを眺めつつ本音で話していた。


「ティアは、まだ子供なんだから、別にしっかりしてなくていいと俺は思ってます」

「…ほぅ。君と初めて気が合った気がするね」


 まさかの同意を得られコクランさんに目を合わせると少し寂しそうにしていた。

 そうこうしている内にティアが朝食のサラダや大き目の丸いパンをいくつかテーブルに運んでいる。トリシアさんがスープを鍋ごと持ってくるとコクランさんは呼応するように机のどこかに掛かっていたのであろう鍋敷きを中央に置く。


「クライ見て見て、ここのお茶ね、緑のままなんだよ」


 ティアが持つとやや大きく見えるティーポットは紅茶等に使うものと同じようなものだったのだが、注がれたお茶は俺にも馴染みのある緑茶だった。


「ほら、ふふキレイでしょ」

「これ…これは」

 俺は言葉につっまった

「この村の特産でね。普通は発酵させた葉を固めるんだが、この村は水がいいからね焙煎しただけのものをだしているのだよ」

「はは、あたしたち夫婦の生業さね。緑のお茶って行商人が仕入れに来るんだ。村の自慢さね。都市ではエメラルドティーなんて呼ばれてるらしいよ」


 味は前世の記憶にあるお茶と比べると淡泊であった。甘味というかお茶の旨味が薄いのだ。だが、これは間違いなく緑茶として飲めるものだ。


「うまいな、これ」


 もう言葉が漏れ出していた。ポットを運んでいたティアは俺の傍にポットを置くと嬉しそうにしながら跳ねるように隣に座る。


「はっは良かったねティア。茶摘みから焙煎まで頑張った甲斐があったじゃないか」

「で、でも育ててるのはトリシアさんたちですから…私」

「はっ坊や、ちゃんと味わうことだね、そりゃいつか来るアンタのためにティアが茶摘みから焙煎まで手掛けた『とっておき』だからね」

「トリシア…私のために作った茶葉も沢山あったと思ったのだがね…」

「そりゃそうさ練習(・・)で出来ちまうものをどうするんだい」


 きっとそのアンタのために、は本当なら……いや、今考えるのはよそう。


 朝日を浴びている食卓で、一人夕日を浴びているようなオッサンがいたが俺も2日目ともなればスルーして食事にありつけていた。野菜の沢山使われたスープはギュンター達と寄ったレミーさんのとこのスープよりも美味しい野菜が使われていた。味付けはレミーさんがプロらしかったが、トリシアさんの料理は素材もよくどれも本当においしかったし、何より緑茶がある。

 朝食の片付けの洗い物をさせてくれとトリシアさんに頼み込んで俺は皿を洗いながら呟いてしまう。


「風呂もあって、緑茶もあって…か、いい村だな」

「ふふ、でしょ?みーんな、やさしくてあったかくて、いいとこなんだよ」


 隣で俺の洗ったものを拭きながらティアは嬉しそうに答えていた。


 ティアを眺めながら思う。

 こいつはずっとここにいる方が幸せなんだ。瘴気の制御が上手くいかないなんて昨日みたいなこと、もう起こらないだろう。マスターのことだからと俺があえて吐き出しきるまで泣かせたから瘴気を集めてしまったが、もうそんなことを起こす要因はないんだ。


 トリシアさんとコクランさんの愛情は本物だ。

 この2日だけでも十分ティアを生贄するような人たちじゃないと分かる。


 平和で、のどかで、優しい人たちに囲まれて過ごしている。

 もう、ティアは幸せになれるんだ。ここにいる人たちと一緒にいれば、今はまだある抑圧や我慢も次第に薄れ、本当の家族になれる人たちと平和に暮らしていけるんだ。

 この村にはティアを差別するようなやつもいない。それにティアは、こんなに可愛いのだから、将来凄い美人になって幸せな恋をして、幸せな家庭を築いていける。ここにいれば――


「なになにクライ、真剣な顔して…きょ…今日は布団とらないよ?」

「そもそも一緒に寝ねぇよ」


 会った時はおどおどしてたのが、元気になれば畑の水まきで失敗したり、虫取りみたいに晶霊捕まえたり、ちょっと背が伸びだせば大人を手玉にとってたり、本当に子供ってのは成長するのが早いんだな。それに素がいいからな徐々にマスターよりも美人になってモテて困るようになるんだろう。


「……可愛くなったなと思ってな」


 だんだん大人になっていくにつて綺麗になっていくのだろう。きっと誰も放っておかない程、綺麗になって幸せを掴むんだろう。ふっと自分の顔が緩むのが分かる。もうティアは大丈夫だ。


 食器を洗い終え何故か固まるティアの頭をポンポンと叩く


「ほら、洗い終わったらコクランさんが来いってつってたろ?」


 手が止まっているティアを置いてキッチンからリビングへ戻る。

 コクランさんとトリシアさんがお茶を飲みながら外を眺めていた。のどかな風景、新緑の麦の穂が窓の外には広がっている。その向こうには棚畑となっているこの世界のお茶の木だろうか、低木が生えており、広くなだらかなところには麦、傾斜のあるところにはお茶の木が並んでいるのだ。異世界にありながら、俺はどこか憧憬を眺めるような懐かしさが胸にこみあげてくる。


 ガシャン。


「おや、珍しいねぇ食器でも落としたのかね、あたしゃちょっと見てくるよ」

「うむ、クライ君かけたまえ」

「俺が来た時も何か割ってたと思うんですけど、家ではティアしっかりしていたんですよ?」

「いや、あの子が何か壊すなんて昨日が初めてだったと思うがね」


 トリシアさんは席を立ちキッチンへ向かった。


 しばらくコクランさんはお茶をすすっていたが、コトリと机に置いてからは少し真剣さを帯びた眼差しで俺を見据えていた。



「なに、大したことじゃないんだがね。クライ君が今後どうするか、お聞かせ願えないかね?」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 しなやかさを持つ細い木の枝を束ねた箒と木製のチリとりを持ってトリシアはティアの傍に寄る。


「ティア大丈夫かい?どこかケガしてないだろうね」

「―――…」

「ほら、掃き終わるまで動いちゃいけないよ。ちょっと待ってな…と、こんなもんかね。もう大丈夫さ。……どうかしたのかい?」

「ぇ、あ!トリシアさん?あれ?あ、コクランさんのカップが」

「今、片付けたじゃないかい、いいさカップ位、今度ティアからプレゼントしてやりな、泣いて喜ぶよ」

「私落としたんだ、ご、ごめんなさい」

「ははは、今いいっていったじゃないかい、どうしちまったんだいティア」

「ふぇ?なんでも…なんでもない。と思う」

「まぁいいさね。ティア、あんたゼル様達にゃまだ会ってないだろう?あたしにゃ詳しくは分からないけど坊やを送ってくれただけじゃないんだ、会ってきたらどうだい」


 クライのことと母の事で頭がいっぱいになっていた上に、今の今まで停止していた思考が動き出す。虎の牙(タイガーファング)の人たちには手紙の送ってもらったり、クライからの手紙やネックレスを届けてもらったりしてきたのだ。


「うん。行ってくる。行かなきゃ」

「ゼル様たちぁ村長んとこにいるよ。しっかりお礼いっといで!あたしらも少し坊やと話したいからね」

「はい、お昼には戻るね」

「あいよ、いってらっしゃい」


 食器を拭いていた布巾を戸棚の取っ手に掛け玄関に向かうティアを見送りトリシアも再びリビングに戻っていった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 コクランさんと向かい合う位置の椅子を引き座る。俺を見据えているコクランさんの瞳は昨日や今朝あった身内贔屓からくるような優しさを含む瞳では無い。親を置いた手が口元を隠すように組まれ、真っすぐに俺を見ている。子供としての俺では無く、一人の男として対峙しているという真剣さが出ていた。


――今後どうするかを聞こうと思ってね


 その言葉を最後にコクランさんを纏う空気が変わったことを自覚した。

 だからこそ俺は、飾ることなく伝えることが出来る。一人の男として。


「俺は、ギュンター達について都市に行こうと思ってます」

「ふむ、そして彼らの世話になり続けて冒険者にでもなるのかね?」


 後ろからトリシアさんが入ってくると、そのままコクランさんの隣に座る。


「いえ、俺は都市で少しこの世界の事を調べたら一人で旅に出ようと思っています」

「旅に出る?君のような子供が一人でかね?」


 トリシアさんは普段のようにコクランさんを遮るようなことをせず、同じくらいに真剣に俺を見据えていた。


 そう。俺は見た目が10歳程度の子供なのだ。目つきの悪い黒づくめの子供。例え前世の記憶があったとして、平和な世界から俺の常識が通用しない、命のやり取りが身近にある、そんな世界なのだ。


 俺はコクランさんの瞳を真っすぐに見据える。あんたの言う通りだと、ただの子供とどうという違い何てないのだろうと、目を通して訴えた上で


「…それでもです。俺は、森の中で生まれました。

 この世界で俺が知っているのなんて瘴気が噴き出す森のこと位です」


 生き物が寄り付かない封印の森の奥の奥

 その奥で孤独に負けず一人封印を守っていた女性

 

 忌み子の忌み子として生贄として自らの死を渇望され

 名前すら持たなかった少女


 これが俺にとっての世界の全てだ


 

 でも今は違う。


 森は瘴気の穢れを祓い

 命を育むようになった

 

 封印を守っていた女性は孤独に打ち勝ち

 愛を知り光になった


 名前すら持たなかった少女は生きることを楽しみ

 愛情に囲まれて日々を過ごしている


「だから、俺はこの世界の事を知りたいんです。

 俺が今後どうしていくかを決めるために」


 この世界で生きることを楽しめるようになるために



「随分大きくでるものだね。世界とは、ね…はっクライ君、大人になり世界を知るほどね、そんな大きな言葉は使わなくなるものなのだがね」

 

 その言葉は、どこか蔑むようだった。ふっと目線を逸らしコクランさんは外を眺める。


「クライ君、キミの言うその『世界』というヤツは命を危険に晒してまで追うほどに価値のあるものだと思うのかね?」


 コクランさんは席を立ち俺の横にくると顔も向けずに俺の方に手を置いて去る



「あんなに良い子を、苦しめるようなものに価値など無いと思うがね」



 コクランが扉を閉める音が消えてもなお彼の冷たい言霊が部屋に満ちていた。

空気の冷めたい感触の中重々しく口を開いたのはトリシアさんだった。




「坊や…すまないね。でもね、あたしたちゃ本当にあの子(ティア)を大切にしているんだ。不思議に思っただろう?たかだか半年程度さ。なんでこんなにあの子に心を寄せてるかってね…悪いんだがね少し、オバさんの話にも付き合っちゃくれないかい」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 



「ティアちゃんどうしたの?風邪でも引いてない?」

「ん、風邪は沢山寝ても誰も文句言わない。特権を行使すべき」

「へ?元気ですよ私」


 私は頬にやる手の平が熱いことを自覚しながら答えていた。

 村長の家はコクラン夫婦の家から坂を下って2つ程麦畑を過ぎた向こうにある。この村では、これで隣の家となる。


「グハハハお前ぇら仲がいいからよ、どうせ一緒に寝てクライに布団とられでもしたんじゃねぇか?」


 そこは大丈夫。布団をとっているのは私なので


「走って来たからだと思います」



 姿勢を正し3人を見据え深く頭を下げる


「エミルさまにゼルさま、それにギュンターさま。

 お母さんのこと、本当にありがとうございました」

「ほぉ嬢ちゃんは泣かねぇんだな」

「クライは立ち上がるのに2日。話し出したのは森を出る頃」


 ギュンターさん達のまなざしは優しかった。彼らがクライを支えてくれたんだということが、この眼差しからだけで分かる。きっと、押し付けることも引き上げることもなく立ち上がるのを、そっと見守ってくれていたのだと思う。


「もう…沢山泣きましたから」


 エミルさまが歩み寄ってくると私を優しく抱いてくれた。エミルさまは本当に優しくて素敵な女性だと思う。


「ティアちゃんは大丈夫そうね…辛くないわけじゃないけど、ティアちゃんは大丈夫」

 髪を撫でながらエミルさまが、そう言ってくれた。

けれどその後、耳元で私だけにしか聞こえないように囁く


「それに…ティアちゃんにはクライくんがいるもんね。ふふ」


 私もエミルさまを抱き返す。

 何となく気恥ずかしさを感じたこともあるけれど、私がこうしてまともに話ができるほど立ち直らせてくれたのは間違いなくクライだから。

 

 きっとクライは、たくさんたくさん泣いたんだと思う

声が枯れて、喉から鉄の味がしても、まだ泣いたんだと思う

クライは本当にお母さんしかいなかったんだから


 きっと世界が壊れてしまったように泣いたんだと思うの

生贄として外からきた私には知らない知りようがない2人だけの

世界に2人しかいないような世界があって


 その世界の神様がいなくなってしまったのだから


 泣いて、泣いて、生きていることが辛い程に悲しんで

 それでもクライは優しいから

 きっと、私に伝える為に立ち上がってくれたんだよね


「クライを連れてきてくれて…ありがとうエミルさま」


 クライを、そこから連れ出してくれてありがとう

 クライが辛いときに、傍にいてくれてありがとう


 私の為に立ち上がってくれたクライが来てくれたから

 私は立ち上がることができたんだよ 

 私の為に戦ってくれたから私は生きているんだよ


 私が昨日あんなに泣いたのはね

 お母さんがいなくなったからだけじゃないんだよ

 

 ただ悲しくて、悔しくて

 

 クライが辛いその時に

 どうして私は

 傍にいられなかったのだろう

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