000 高き峰より
「ぬぅ…この気配…毎日毎日、いい加減鬱陶しい」
空気は凍るように冷たく、岩肌は積雪すら許さないとばかりに切り立つ厳しい山の頂で男はそう呟いた。
長い銀髪が下から煽りくる風に靡き逆立っていた。
岩山の先端は鋭く天然の剣のようである。その上に腕を組み筋骨逞しいその体は肌を晒すような薄着であった。
「我を使役した彼奴と同じ光をチカチカと…」
カッと見開いた蒼眼からは男の怒りが漏れ光ったかと思わせる力強さがあった。眉間に皺を寄せ、犬歯の目立つ歯を食いしばり、太い肩や腕の筋肉に血管を浮かせる。
思い返せば6年ほど前、この山よりも遥か遠くに感じた気配。
気のせいにしては似すぎているその気配は意識を研ぎ澄ませば確かに感じられた。
「精を磨き気とし、気を練りて氣、極み至りて陽と成す…果てなく遠き道の果て、陽やがて神となる…」
気とは磨きに磨き、極めに極めれば仙道の果て神たらしめんとする力を秘めている。男の言葉とは気に纏わるものである。
男は考えていた。
人の身にして氣を纏わせるもの稀有ならば、あれは人の類ではないだろう。
聖獣といえ薄くとも陽を纏えば人里では『神獣』として騒がれるはずなのだ。
例え魔力を感知できなくとも、生きているというエネルギーである『精』、つまり生気のあるなし程度は感じられる。屍の傍らに寄り添えば明らかに生気の無さが分かる程度には生き物というものは気を感じる能力があるのだ。
人が陽などといった純然なる生命エネルギーともなれば近寄れば聖地と感じ、目に見ればその輝きに膝を付き崇めるのも頷ける。聖獣とは氣を纏う獣に過ぎない。
だが、あの気配は何だ
ピキッ…
男の立つ剣のように尖った岩にヒビが入る。
「ぬぅぅ…忌々しいッ」
鬼神の如き怒気が周囲の空間を染め上げる。
男からは蒸気のようなものが立ち上がる。
ガラガラガラ
ついに岩は砕け男は自由落下を始める。眼下に広がる渓谷、遥か下にある雲により地上を伺うことができない。それほど高い岩山から今や掴むもの何もない断崖絶壁を落ち続けている男。
両腕を組み、直立であった時のままありを伸ばし憤怒の形相の男は落ちていることすら気にせず未だ思考に耽っていた。
「我ですら…死をも厭わぬ修練の果てに辿り着いたというのにだッ」
男の体から立ち上る蒸気のようなものが消えた。
男は、その体自体を発光させ始めたのだ。
体は力が入り過ぎワナワナと震えている。
「…一体何者だと…」
目もくらませる程に強い光を放ちながら落ちる男はついに我慢ならずに両の拳を天に掲げ叫ぶ
「 ぃ ぅ の だ あ あ ぁ ァ ー 」
叫びを聞いていた大型猛禽類の魔物はドップラー効果を発し落ち行く筋肉の塊に体をビクつかせた。
…ドッッシャーン
直後そのまま落ちたのだと分かる音を聞き魔物は再びビクついた。




