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大魔導士の弟子(旧)  作者: のぽぽん
第1章 大魔導士
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016 胸が張り裂ける程に泣く者

どんな日々だったのだろう


人も動物も生きていけない


深い深い森の奥で一人


眠る自分が目覚めぬように


杖を抱えて過ごす日々



どんな気持ちだったのだろう


人に忌まわれ行き場を無くし


人を棄てたとき


棄てられる人の部分として


暗い暗い森の奥で一人


人を棄てた自分が目覚めぬようにと


不安を抱えて過ごす日々



 俺は空に向けて叫んでいた

 そうしたいという意思をもっていたわけでも、空に恨みがあるわけでもなかったけれど


 意識がなくなる、その時まで


 ただひたすらに、空に向けて



 いつから支えに使っていたのだろう

倒れそうな体の支えに漆黒の杖をつき

もう声なんて出ないことは分かっていた


 それでも


 俺の意思を超えて、心が俺を奪い去り


 もう音を発することはできないけれど

空に向けて叫んでいたんだ



ただ


胸いっぱいの愛を受けた


その感謝を


何も告げずに消えることをよしとした


その悲しみを


ただただ空に向けて叫んでいたんだ


 寂しくて、辛くて、どうやって立っていいか分からなくなって、悲しくて、どうしていいか分からなくて、痛くて、会いたくて、話したくて、伝えたくて、でも言葉にならなくて


仰いだ空は、ただ青くて


もう声なんて、いつからでていないか分からないけれど


とめどなく溢れる涙が


もうどれほど地面に落ちたかも分からないけれど


意識が途絶え青い空が見えなくなるまで


天に向かって叫び続けた




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 


 目が覚めると俺は自室のベッドに寝かされていた。

魔杖『新月』を強く握りしめたまま、布団を掛けられていた。


 手を開こうとしても、よほど強く握っていたのか固まってしまっていて開くだけで関節に痛みが走った。


「…クライくん、起きた?」


 ベッド脇の椅子に腰かけエミル姉が不安そうに俺を覗き込む。


「―――…」


 喉が潰れたのように声が出なかった。

 手のひらを喉に当て魔力を集中する。胸の辺りから今まで感じなかった魔力を感じたが、その魔力も手のひらに込め傷を治すイメージを固めていく。


 少し時間がかかったが回復(ヒーリング)が発動した。


「エミル姉、みんなは?」


「ギュンターとゼルは、薪置き場の裏に、2人のお墓を…カーティ「わかった、見てくるね」


 エミルの言葉を遮りベッドを出る。手のひらから滲んだ血がシーツを汚していた。リビングを歩きながら拝むように手のひら同士を合わせ回復(ヒーリング)を掛けておく。



 薪置き場の裏、塔のような石材が置かれていた。多分ギュンターが岩を割いて作った石柱なのだろう。2メートルはあろうかという石柱の前でギュンターとゼルは目を瞑り祈っていた。ゼルは鎧を脱いでおり、膝をついて両手を組んで、ギュンターは立ったまま胸にてを置いて、祈る姿に決まりはないのだろう。しかし、美しい程静かに、それがすべてにおいて正しいことが分かるほど気持ちを込めて二人は祈っていた。


 ギュンターが俺の気配に気づき振り返る。


「クライ…」


「ギュンターにゼル姉、ケガは大丈夫?」

俺はゼルの横に行き、ゼルのように膝をつき、石柱…いや石碑に向け祈りを捧げた。俺の祈りは短く、1分ほど黙とうすると立ち上がりギュンターと向き合った。ゼルはまだ膝をつき一心に祈っていた。


「クライ、お前を連れて森を出る。これはカーティスの意志だ」

 ギュンターは俺を見つめながら言葉をつづけた。


「俺たちは、カーティスがああなることを知っていた。だが、俺たちからはお前に伝えられなかった。スマン」


 ギュンターが目線を逸らし俯く


「…マスターが言わなかったんだから、ギュンターが悪いわけじゃないよ」


「俺たちはな、ジーノが声を掛けて集まったメンバーでな、昔魔王を封じたメンバーの子孫を探して集められたんだ。ジーノのバカはな、当時の武器まで集めた時に、この後、特に何も決めてねぇとか抜かしやがってな…そんで、俺に殴られた後、考えて封印の地に行ってみようとか言いだしてよ…森は瘴気まみれだ、国の調査団も入れなかったが俺たちは多少は瘴気に対抗できる武具があって浅いところを何度も散策してたんだ


 そこでな、ある日カーティスが現れた。あいつは驚いていたよ。なにせ魔王を封印した時には今ほど力をもたないただ魔法使いとして俺たちの先祖と出会ったんだ。それが200年も経つってのに、先祖が現れたと勘違いしてな、取り乱すカーティスを宥めてからか


 なんだかんだで交流をもってよ、国にも森の調査ができるならと後押し受けちまってよ。


 何年かしたら、カーティスには突然子供が出来てて、ここもえらく賑やかになってよ。俺たちも瘴気の森が浄化される様を楽しんでいたところだったんだが…


 魔王を討とうと持ち掛けたのな、ありゃジーノからだったんだ。

 国を恐怖のどん底まで追い詰めた瘴気の魔王を後世に任せるんじゃなくて、俺たちでってな。カーティスは、自身が消えることを俺たちに説明した上で後押ししてきやがって


 スマン…俺も何が言いてぇんだろうな…


 ジーノもエリックも…カーティス皆いいやつだった」


 ギュンターの足元に水滴の染みが出来ていた。


「…うん」

 俺は、その水源を探ることなく頷いた。


「カーティスの部屋へ行け、準備が済んだら発つぞ」


 ギュンターの声は震えていた。

 ゼル姉の足元にも雨の降り始めのように、いくつもの水滴が落ちていた。



 家に戻るとエミル姉が玄関前にいた。


「…ここで待ってるね」


 目元の腫れたエミル姉は俺が準備することを外で待つらしい。俺にはこのことを、この家を発ってティアに伝える義務がある。そう思って俺は旅の準備を進めることにした。


 自室にもどり、着替えの中でも比較的補修歴の少ない綺麗なものを選び布団のシーツを剥がすと風呂敷のように包んだ。


 マスターの部屋へ行け…か


 また辛くなるから俺は入りたくなかったが、ティアに渡すものもある、俺はマスターの部屋の扉を開けた



 涙が溢れた。


 辛くて、悲しくて、じゃない…嬉しくて


 扉を開けると簡易のマネキンのようものに服が着せられていた。

マスターの服に似た上下が漆黒となる大魔導士が纏っていた装束、その男物となりズボンとなったものが、こちらを向いて立てかけてあった。


 胸に『クライへ』と書いた封筒と共に


 涙を拭い、封筒に手を伸ばす『クライへ』と書いてある封筒をあけると3枚の便箋がはいっていた。


『先だって消えることを伝えられなかったを、まず謝っておこう。


 ずっと一緒にいられたら、そんなことばかりが頭を駆け巡り、ついに言い出せなかった。きっとお前のことだから、声をあげ沢山泣いたのだろう。


 思えば、お前は私の下に来てから泣いてばかりいたな。


 始めは使い魔として、ただ浄化さえしてくれればいいと思っていたのだが、いつしか情が沸いてしまった。しかし、私は子供と、いや、そもそも人とどう接すれば良いのか分からなかった。


 服のことも気にかからず、使い魔化(テイム)が通用するのだからと魔道言語で育ててしまったことはティアが来てから失敗だと気づいた。すまなかった。』


 はは、マスターらしいといえばマスターらしい


『クライのおかげで、私は救われたんだ


 孤独から救ってくれてありがとう

 毎日の食事に感想を言ってくれてありがとう

 私の白黒の世界は、お前が来てから色をもったように

 毎日が楽しいと感じることができた


 ただ、私がお前にしてやれることは少ない

 せめていつか旅立つその時の為に修行をつけてやる位

 しかできないことが悔やまれた


 私は忌み子の忌み子として生を受け疎まれ続け

 逃げ続けて生きて来た

 およそ普通というものを教えてやれず申し訳なく思う』


 手紙のところどころは水滴が落ちたような滲みや染みがあった。


『私が残してやれるものは少ない


 それでもクライとティアには何か残したかったんだ。


 この服は、まだ少しサイズが合わないが私の予備戦闘服基にして拵えた。着れくれると嬉しく思う。外套は私と同じものだ。対刃・対魔に優れている。持って行ってほしい。


 机の上の本は瘴気を込めないと開かない仕組みになっている。

 この本は私が人の身で編み出した魔導を記している。いつか瘴気の力を自分と大切な人を守るために使えるよう、私の杖と共に出来ればティアに渡して欲しい。


 ティアは過去の私と重なるようで、本当の娘のように思っていると伝えて欲しい。


 追い出すようにしてしまったこと申し訳ないと思っている。


 最後に、お前はこの世界じゃないところから来たと言っていたな。

 たとえ、どこから来たとしても、いまここで生きていることに変わりはないのだ。


 私の教えを受けたのだ、お前はどこへだっていける。

 この世界で生きることを


 楽しめクライ


 ―――出来の悪かった母から、泣いてばかりいる我が子へ―――』



 前が見えない


 滲む視界の向こうに何があるか分からない


 立てず、よろめき、箱に躓く


 この箱は以前ティアと共に開けようとしてあかなかったものだが、今は蓋が開いていた。



 流れる涙を拭い箱を覗く


 中に入っていたものを見たとき俺は空に叫んだ時のように

また声をあげていたのだろう。もう耐えることが出来なかった。



 中には『思い出』が入っていた。



 バスタオルを半分に折って真ん中に穴を開けた汚い服


 元の服が分からない程に繕われたポロシャツ


 使い過ぎてダメになった備中の刃


 ティアが来ていたボロボロのワンピース


 俺が始めて作った野菜から取れた種



 深い深い森の奥、孤独に耐えていた一人の女性が

 心をしまい込んだ箱。これは彼女の宝物。




 胸が張り裂けるほどに泣いて


 声が枯れ、息をするのも痛むほどに叫んでいた



 ここには愛があった


 優しさに包まれ


 温かさをもった愛がここにはあった



 感謝と

 嬉しさと

 寂しさと




 この気持ちを刻もう


 この世界では俺の世界の言葉は通じないのだから

 恥ずかしがることなんてないじゃないか

 きっといくら叫んでも

 この気持ちは無くならないのだから



 だから俺の名前に刻もう



 胸が張り裂けるほどに泣く者――


 クライ=ハートアウト


 そう名乗ろう。

 


 我慢だらけの前世と違って

 悲しいときに泣いて

 嬉しいときに笑って

 間違いを間違いと言う


 そんな生き方をしよう


 孤独だった優しい大魔導士の

 教えを誇って生きていこう


 今日から俺は


 大魔導士の弟子クライ=ハートアウトだ

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