015 決戦
「クライ、お前はいつも通り水まきでもしてくると良い」
目覚めた俺にマスターが言った。
リビングに行くとマスターも虎の牙のメンバーも落ち着いた様子で朝食をとっていた。いつもの朝と何ら変わりなく。いや、あえて違いを述べるとしたらティアがいないことか。
「グハハ、クライが一番遅かったな」
「クライ君の分、ジーノが狙ってますし早く食べたほうが良いですよ」
「いや狙ってねぇから、実際手に取ったのゼルだかんな」
「寝過ごすようなら私がと思って」
この2か月ティアの「おはよークライ」って声が聞こえない。そんな生活にも慣れて来たのに、今日のこの和やかな雰囲気はティアがいないことが不自然に思えた。
「今日、大仕事なんでしょ?終わったらマスターと俺でティア迎えに行って街に行くんだから頑張ってな!」
ニカッと笑いながら皆に向けて言う。
「グハハハ!まかせろ!!」
「クライくんが街にきたら私も案内してあげるからね」
ギュンター達がいてマスターがいて苦戦するなんてことは無いだろう。俺は皆と談笑しながら朝食を済ませ畑に水を撒きに出る。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「…カーティス、クライに言わなくて良かったのか?」
クライが外に出ると、真面目なトーンでギュンターが睨むようにカーティスへ尋ねる。
「あぁ、知ればクライは協力しない。あいつの浄化の光が無くして成功はないからな」
ダン!!
「そうじゃねぇだろ!!お前らは“家族”じゃねぇか!!何故伝えない!!」
叩き割るのではないかという程強くギュンターは机を叩きつけ叫ぶ。
「クライ君もティアちゃんも薄々違和感を感じているでしょう。ティアちゃんが来てから4年、クライ君を拾ってから8年、まるで老いる様子もない貴女が日ごと弱っているのです」
エリックは落ち着いた様子だったが、ギュンターと同じくカーティスを責めるようであった。
「俺から見ても、ここ数年のお前は人間らしかったぜ」
ジーノは、別に責める様子は無かった。ただカーティスに向け素直な気持ちを述べたに過ぎない。ゼルとエミルは朝食時と異なり俯き黙っていた。
「今日、この国の憂いも晴れる。それだけだ」
ダンッ!バキャ!!
ギュンターの拳が机の一角をついに砕いてしまった。
「瘴気の魔王を倒せばお前は消えるんだぞ!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
水撒きも概ね終えたころ家から皆が出て来た。
ジーノは普段のチャラい兄ちゃんという感じではなく、白銀の装備に全身を包み強者のオーラすら漂うような凛然とした姿であった。
エリックも牧師然とした姿ではなく白を基調としながらも青が射し色として入った胸当てなどの軽装の上から白のマントを羽織っていた。薄っすら光って見えるのは対魔法の障壁が常時発動しているのだろう。
ゼルの全身鎧は、白色に塗られたものであった。顔どころか髪すら見えない。しかも目を覗こうにも中が霞がかって覗えない。これも何かの効果なのだろう。盾も普段の鉄の扉のようなものよりも、更に大きく厚いものであった。しかし普段よりずっと軽やかに歩いていた。
「私は、みんなみたいな装備じゃないんだ~ふふ」
そう言うエミルは弓も小手も盾が兼用できるようなものであった。他のメンバーと比べると豪華ではない。腕輪などのアクセサリーが魔力を通すと腕力強化などを行うため後方補助に徹するらしい。
驚いたのはギュンターの装備であった。そもそも2m程あるギュンターのより長く大きなハルバードであった。斧は禍々しい程に鋭く見るからに重い。鋭い槍先も長く。おおよそ人間が振れるような作りではないハルバードを片手で振り回しウォーミングアップをしているようだ。その一挙手一投足が目で追えない程に速い。凄まじい膂力だ。ギュンターは上半身はゼルのような鎧だが、腕は腕力を底上げするような腕輪型の魔道具を幾つもつけていた、虎の耳には普段ないピアスが耳を縁取るようについている。すべては攻撃力を上げるための装備となっているらしい。
「す…凄い…凄い!!虎の牙の皆、凄いんだな!!」
俺は声を上げてはしゃいでしまったが、エミル姉が少し申し訳なさそうに手を振ってくれただけで、皆それぞれに集中していた。
それから10分程遅れてマスターが出て来た。俺を使い魔化した時のような全身を黒に染めた装い、手には魔杖『新月』を持ち、全身の黒に映える紅い双眸を見開き声を上げる。
「今より!森の最奥、瘴気の魔王の封印を解き我等で討つ!行くぞ!!」
「おぉー!!」
応えたのは俺だけだった。恥ずかしい。
「あぁ、行くか」
「おう」
「えぇ、行きましょう」
虎の牙のメンバーは集中状態に入っているのか反応が薄かった。
―――――――――
森を分け入って瘴気が噴出し続けていた場所へ着く。
ここは森中を回って瘴気を浄化していく内に瘴気を噴出さなくなったていたのだ。それでも俺はマスターの言いつけを守り森の浄化の一環として毎日ここで神の気を全開で放ち瘴気は無いが浄化を続けていた。今は円形に周囲を囲んだ巨木の根が複雑に絡み合っているだけの不思議スペースでしかない。
「これから封印を解除する、クライは私の合図に従い思いきり後光を放て。その後は可能な限り、ここから離れていろ。いいな?」
「はい!マスター」
マスターは、フッと表情を和らげ俺の頭をガシガシと撫でる。こーゆーのは俺よりティアに早くやってあげてほしいものだ。
「みんな…集中しろよ」
ジーノが普段と違い鋭くメンバーにそう告げる。
エミル姉やエリック兄が皆に身体強化の魔法や魔法障壁などをかけていた。
俺も神の気を自分の中で圧縮するように溜めていく。
歌が聞こえた
マスターの透き通る綺麗な声で紡がれた歌
魔道言語により紡がれた歌が、巨木により円形に囲まれたこの場所が、まるでホールかのように響く。
ズズズ・・・
巨木の根が蠢きだす。
お互いに絡み合っていた根が解けていくようである。
ズズズズズ・・・
根は主である巨木の本体まで下がる。その下は魔法陣が刻まれた石畳であった。根が覆いつくしていたためか、風化した様子もない。一面が均一に平らになった石畳となり、マスターの魔力に反応した魔法陣の輝きが増すとマスターの歌が止んだ。
「――今、その堅き戒めを解かん!!“深淵封印解除”!!」
あたりの魔法陣が眩いばかりに輝く
「クライ!!」
マスターの声に合わせ俺は溜めに溜めた神の気を全力で放つ
「後光!!」
「走れぇー!!」
マスターが叫ぶ、俺は訳も分からず走ってマスターに向かうと、マスター含め全員がこちらに走り込んでいた。
ふいに後ろから声が聞こえた。
「“風塵爆発”」
ブワッ!!
後ろから凄まじい風速の台風が突如現れたような暴風が吹きすさぶ。走っていた俺は、その風に巻き込まれ吹っ飛んだ。マスター達が、その場に留めれているのを眼下に眺めながら丁度みんなの背後側へと飛ばされ巨木の幹につっこむ。体を翻し、足から着けたため、運よく痛みなどなく地上にたどり着けた。
振り返ると、マスターと虎の牙の先に、もう一人女性が…いや
もう一人、マスターがいた。
「ほう、私のお出迎えは相変わらずか。何をした?瘴気が言う事を聞かないのだが」
もう一人のマスターが声を出す。声もマスターと変わらない。しかし圧倒的なまでに冷たく一言一言を聞くたびに体がこの場所を離れたくて仕方なくなるような恐怖を感じる。
「どのくらい経った?ふむ、妾の搾り滓はまだ生きておるのか」
「ハッ搾り滓?それはお前だろう」
もう一人のマスターとマスターが話している。もう一人のマスターはボンテージのようなピチッとした露出の高い服装な上にマスターよりも胸が大きかった。しかし、髪や瞳、背丈に声など、マスターと一卵性双生児のようにソックリである。
「魔王ォォォォォ!!」
ギュンターが二人のやり取りを無視して駆け、その勢いのままに巨大なハルバードの戦斧を横なぎに、もう一人のマスターに振るッ
ガッ!!
「急くな。ふむ、妾をここに縛った猫では無さそうであるな」
ギュンターの渾身の一撃は涼し気な顔をしたソイツに片手で止められていた。
「…化け物がぁ!!」
ゴゥ!!そのまま蹴りを繰り出そうとしたギュンターが宙に舞う。“昇嵐”を声に出すことなく放ったのだ。それと分かる魔力も、敵意も感じさせずに。
汗を滲ませたジーノの呟きが聞こえた
「瘴気の魔王カーティス…魔王の名は伊達じゃねぇな」
「ハハ、妾の二つ名は瘴気の魔王か?もう少し艶のある名がよかったのう」
魔王と呼ばれたソイツは楽しそうにジーノに返している。
エミル姉が俺の方へ向くと叫んだ
「逃げてクライくん!できるだけ遠くへ!!」
俺は、後ずさりをし、踵を返し木々の間を走りその場をあとにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
エミルの放つ矢は悉く魔王カーティスに届くことなく地に落とされる。時には風の障壁に、時には突然矢が燃え盛り、そして時には塵と消える。
「怯むなエミルそのまま続けろ!エリック障壁削ってくれ!!」
ジーノは指示を飛ばしながら魔王に剣を振る
「ふふ、当てねば切れぬぞ」
刃が目視できない程にジーノの剣筋は鋭い、それを舞うように避ける魔王は、どこか楽しげにも見えるほどに余裕を持っていた。
「暗雲よ立ち込めよ…暗き御身に怒りを蓄え唸れ!!」
「チッ、搾り滓の分際で小賢しい」
魔王カーティスがマスターに手をかざすと人一人のサイズはあろうかという円錐形の氷柱が次々に飛ぶ。
「やれ!カーティス!!」
ギュンターが氷柱を砕きマスターの援護をする。
「“真球電雷”!!“追尾式”」
ピシャッ!ゴロゴロ…ドン!!ドン!!ドン!!
三柱の落雷が魔王カーティスを襲う
「そんなもの…瘴気よ集え!“黒き滅び”」
魔王もマスターに向け手をかざす…しかし
「くっ瘴気が何故沸かぬ!!」
魔王の魔法は発動しなかった
魔王は落雷の直撃を受けたが体から煙が立つのみでダメージがあるようには見えないが、次の瞬間今まで余裕を見せていた魔王は天高く跳躍し、その場を離脱した。
落雷の電流が球体に塊となり3つの紅い雷球が浮かび上がり魔王のいた場所へ落雷のような速度でつっこんだのだ。
「小賢しい!!妾の残り滓に、未熟者どもが調子に乗るな!!」
「ハッ貴様から切り離されて200余年、私は更に魔導を研究した!昔のままの貴様こそ滓に過ぎない!!」
マスターの手のひらの動きに3つの赤い雷球が魔王を追う。魔王は空中を自在に飛べるわけでは無いが、風の魔法を自らに当てて雷撃を躱しているが、マスターの雷撃の方が速くギリギリといった状態だ。
「くっ…いくら封じようと、この森は妾の瘴気に満ちていたはず…何をしたッ」
「ハッ、分かるだろう。消し去ってやった!それだけだ!!」
マスターの両手のひらが重なると魔王に3つの雷球が重なり激しい雷鳴が轟く。
「やったの!?」
「まだだッ!ギュンター!ゼル!!」
雷撃を受け墜落する魔王に向けジーノ、ギュンター、ゼルが疾る。エリックは3人の筋力強化の補助をかけ、エミルは一呼吸置くれたが矢を番え魔力を込め曲射する。
マスターは次なる詠唱に入っていた。
「うぉぉぉぉ!!」
ジーノが先陣を切り白銀の煌きを身に纏い、目に見えるほどの闘気を剣に纏わせ落雷を受け煙る魔王に放つ
「ぐぉおぉぉぉぉおおおぉぉお」
雄たけびと共にハルバードが剣の次に煙の向こうの影を捉え、ゼルは無言のまま大盾とともに突撃槍による突進をかけた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺の耳に雷鳴が響いた、振り返ると空に米粒のように人が飛んでおり、それが3つの赤い雷撃を受け墜落している。
「おお凄ぇ!さすがマスター、あんなのトカゲの時にも見なかったのに」
きっとあれでトドメだったんだ。ギュンターのハルバードを片手で止めたのは凄かったけど、さすがにマスターの魔法には敵わないだろ。
俺は再び踵を返しマスターや虎の牙のいる封印の地へ戻ることにした。かなりの高さでマスターの雷撃を受け墜落したのだ。あれで死なないなら生物じゃない。
「なんだよ、こんなすぐ勝てるなら、やっぱりティアに追い出すこともなかったのに」
師匠に駆け寄って抗議しようとしただけで、見せしめとしてボロッボロにまでされて、ティアが言うことを聞く材料にまでされたのに、納得がいかない。思い出せば今回の件の為に痛い思いをしたことに腹を立てながら足取り軽く森を駆け抜け封印の地へ戻る。
始めに目にしたのは煙だった。
マスターは円形の石畳の右端で今も何やら詠唱をしている。その数歩前に盾と一体になったような弓を絞るエミル姉。
煙が晴れていくとマスターの対極にあたる左端にエリック兄が片膝をつきながら詠唱をしているのが見えた。
そよ風が吹く。
煙が薄まり人型の虎の人影と全身甲冑の影、そして手前には剣士の姿が見えた。
「何故…何故、瘴気が纏えぬ…何故…妾の魔導は形を成さぬ…」
煙が晴れる。
ギュンターのハルバードは斧を砕かれ中ほどから折れていた。
ゼルの重厚な大盾は砕け突撃槍は先を曲げられていた。
そして、背中の見えるジーノは
黒い刃に身を貫かれ足が地から離れていた。
「ジーノォォォ!!」
エリック兄が叫ぶ声が響いた。
「来るなエリック!!」
叫ぶギュンターも良く見れば太ももの前側が裂け血が噴き出していた。
「耳元で喋るな屑どもが!」
瞬間爆風が吹きすさびギュンターもゼルもジーノも吹き飛ばされた。
脇腹から血を噴出し俺の方へ飛んでくるジーノの落下点を見定め受け止める。
「ヒュー…ガハッ…ヒュー」咳き込むと血が溢れる
「ジ、ジーノ兄ぃ、い・・癒しの力よ回復…しっかり」
「クライ…か?悪ぃもう、あんま見えねぇんだ…」
「い、今…マスターに」
「ゃ、やめろ、ここでアイツの…カーティスの邪魔を…するな」
「でも!ジーノ兄ぃが!!」
ヒーリングで脇腹からの出血は止まった。しかし、内臓はどうか分からない。何より、ジーノ兄からは生きている者の気配がみるみる薄まっていくのが分かる。
「…いいから…やめろ」
ジーノ兄は回復をかけた俺の手を強く掴んだ。力を入れたと同時に口元からの出血が増す。それでも強く掴んだジーノ兄の気迫と差し迫る死の予感に俺は動けなくなっていた。遠くにはマスターの歌声のような詠唱だけが聞こえていた。
「瘴気が…妾の呼びかけに応えぬ…
妾の…安息の地に、何をしたぁぁ!!」
魔王は体の端々に焦げたようなやけどの跡をつけ叫んでいた。右手は黒い手袋ではなく、肘の先からが黒い剣状になっており、そこからは禍々しい瘴気が立ち上っていた。
「妾の瘴気で満たされ、生ける者を狩り復活の糧としておったのに…
何故瘴気は無く、貴様らのような屑が妾に近づける!妾は瘴気の魔王ぞ!!
近づけば死を!
目に映せば病を!!
声を耳にすれば不幸を齎す恐怖の象徴ぞ!!
貴様という人の部分を棄て、神に届く存在となった者ぞ!!」
言い終わるかというときに魔王の周辺に突如黒い槍のようなものが無数に現れ、マスターに向けて飛来する
「瘴気の魔王も瘴気なしでは自身の残滓にすら劣る…死ね!“炎獄の爆炎”!“限界突破”!!」
長い長い詠唱を込めた炎獄の爆炎は魔王と飛来する槍を呑み込み光の壁のように天高くまで立ち上った。爆発範囲を限定したため範囲内は凄まじい圧力と熱量を発しているのか爆発の唯一の逃げ道として開けてあった上方へは周囲の巨木など比べるべくもない程、遥かに上まで爆発は伸び、空が一瞬もとは暗いかのように光の柱となった。
光の柱が緩やかに姿を消す。
マスターの渾身の一撃はあらゆる制御がかかっていたようで、爆風すら起こさず白色となった爆炎の熱も俺には温かさ程度の熱も感じなかった。マスターは
「カハッ…な…」
エリック兄の声が響く。
ようやく開けた視界には、胸から黒い刃を生やしたエリック兄の姿が見えた。
「ぜはぁ…残り滓が…やって…くれる」
ビッと刃を払うと、エリック兄の胸を貫いた刃がその半身を抜ける。
最早遠目にも生気を感じないエリック兄は、払われるがままに倒れ込む。
「な…まだ生きているだと…チッ」
「カーティスさん下がってください!!」
エミル姉が番えた弓を連射で放っていく、放たれた矢は炎を纏い魔王に襲い掛かる
魔王が剣状になっている右腕を振るうと瘴気の淀んだ暗さを含んだ真空波が矢を払った。真空派はそのままマスターの方まで飛来した。
「カーティスさん!!」
エミルは身を挺して真空派を受け倒れ込む。
「カー…ティス…さん…そのまま詠唱を」
ローブが鮮血に染まるのが見えた。
ぴちゃ…ぴちゃっと血だまりを歩く魔王。しかし、凄まじいレベルの雷撃と爆発を受けた魔王も無事では無かった。
「ゼェ…瘴気さえ…ハァ…瘴気さ使えれば…貴様らごとき…」
魔王は何かを呟きながら屍となったエリックに剣を突き立てる。するとエリックの体から、この地を満たしていたような粘り気のある黒い上記のようなものが立ち上がり剣に纏わりつく。
「ク…一人二人殺したところで…こんなものか、だが…これだけあれば」
マスターは再び詠唱に入っているが俺の眼から見て明らかに魔力が流れていなかった。最早先ほどまでのような大規模な魔法は使えないのは明らかだった。ギュンターもゼル姉も地に臥す姿は確認できたが意識の有無どころか生死すら分からない。
「ク…ラ…俺の…剣を、やる…ガハッ…このままだと、皆死ぬ…仲間の仇…おまえに…」
ジーノは、そう言いながら俺の手を離れ、よろよろと立ち上がった。
「ジーノ兄!!動いちゃダメだ!!」
ジーノは血まみれの手で俺の頭をポンと叩くと魔力を操作しだした。ジーノの体に魔力が渦を巻くのが分かる。そんな体で、そんな事をして、もう無事でいられるはずなんてないのに――
ジーノは俺に剣を持たせ、俺を背中に担ぐと全身の気や魔力を自身の体に籠め叫ぶ
「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお」
血を吐きながら命を燃やして疾駆するジーノ
「死にぞこないが…やかましい!!」
魔王の一振りで黒い真空波がジーノを襲う、右わき腹が裂けたがジーノは止まらない
「カァァァティスーー!!」
満身創痍の魔王はジーノに向け真空波を何発も打ち込む。駆けるジーノは背負う俺に当たらないように動く
空いていた右腕を真空波が掠めた
ジーノは右腕を置き去りに尚も駆ける、もう魔王は目前となると強化された体で俺を上空へ放り投げ魔王に飛びかかる
「ゼェ…ハァ…あぁッ五月蠅い!!」
横なぎに払った黒い剣はジーノの胴を薙いだ
ジーノは下半身を置き去りに魔王に飛びついた
「カーティス今だぁぁぁぁぁ!!!!」
マスターもジーノの反対側から駆けていた。
「あぁぁぁぁ!!貫けぇぇ“炎獄の刺突”」
「残滓がッ!!死ねぇぇぇ!!!」
マスターの右腕から駆けた道筋を追うように白色よりも更に高温を放つ青白い炎の槍が魔王へ向かう――
魔王はジーノの上半身を振り落とジーノの死から得た瘴気を剣に纏わせ黒い台風のような一撃を横なぎに放つ――
空から落ちる中
俺は振りほどかれ全ての生命活動が止まる寸前のジーノと目が合った
――ジーノ兄…そういうことか…
「 閃 光 」
今まさに交差しようとする魔王とマスターの上から全身全霊をかけて俺は『神の気』を放った
「ッッ…なッ!?」
魔王の纏う瘴気は姿を消し
そして
熱制御すら敵わず地面から炎を巻き上げ
炎獄の刺突が魔王を貫いた
貫かれ体の中心に大穴を空けなお右腕を伸ばす魔王に俺はジーノの剣を投げつける
剣はマスターへと伸びた黒い剣を止めた。
「…おまえが…妾の…」
膝をつき、前のめりに倒れた魔王は俺を睨むように見上げていた。
「そうだ。こいつがいたから、この森から瘴気は払われた。お前の負けだ」
「ハッ…妾が…負ければ…妾の一部にすぎぬ…貴様も……」
魔王は、マスターに何かを言いかけながらその瞳から光を失った。同時に魔王の体からはドロッとした瘴気が立ち上る。
「クライ…逃げろと言ったのに戻ってきて…だが、よくやった」
マスターが俺の頭を撫ぜる。ひんやりとした手からはマスターが魔力も切らし、体力も限界であることが伝わってきた。
「で、でもジーノ兄が…グスッ…エリック兄も…」
「あぁ…出来たらクライ、あいつらの墓を家の近くに作ってやってくれ」
?
俺だけで作るのか?
俺はマスターの言葉に若干の違和感を感じていた。
「ギュンターに…ゼルは生きているな、エミルも気を失っているだけだ」
「な、なら、早く傷を治して家に戻ろうマスター」
マスターは俺の眼を見て微笑んだ。
「すまない、クライ」
マスターの体から光の粒子のようなものが立ち上っている。
「…マスター?」
「私は戻れそうもない」
マスターは俺の頬に冷たい手を添え慈しむような優しい声で話す。
「魔王は、私だ。忌み子の忌み子として生き、世を恨み、人を棄てた私自身だったんだ」
マスターの冷たい手が頭を撫でる。
輝く体は少しずつ、そこにいるという気配を消していく。
「私は、魔導に身を捧げるときに捨てられた人の部分、その幻影だ。この森を離れられないのも魔王の瘴気の届く範囲しか動けないからだったんだ」
マスターが腕を広げ俺を抱きしめる。冷たい手が背中に…
「ティアには悪いことをした。私自身を重ねて無用に森に閉じ込めてしまった。もっと早くゼルに頼めたのに」
冷たい手は背中に当たらなかった。
「そして何より…クライ、すまなかった。
お前が生まれる時、瘴気を打ち払う様を見て、私はその力を使うためだけにお前のことを縛り付けていた。
だが、ダメだな。いつからだったか、お前が可愛くて仕方なくなっていた。
このまま、いつまで過ごせるのではないかとな…
私は、この時はじめて“人”になれた気がしたんだ
魔導を極め、世が憎かった私が、初めて心を持てた気がした
お前が大きくなってきて、ティアが家に来て、私は家族を知った。
そして恐れた。綻びの見える封印が解け、お前たちを失う事を、封印が解けずともお前たちを解放し再び孤独を過ごすことを…
私は恐れてしまったんだ」
マスターの足先が透けて向こう側がみえる。
「マスター…いなくならないで」
俺は話を聞きながら涙が止まらなかった。
「すまないクライ…
お前が優しいから、私は甘えていたんだ
もう、お前を縛るものは何もない」
冷たい滴が額に落ちた。
マスターの赤い瞳から溢れるそれが、つぎつぎに俺に降り注ぐ
「いやだ!!なんで…」
服を掴もうとした手が空を切る
「クライ……愛していたよ」
柔らかく、優しく、温かい笑顔を俺に向け――
マスターは光になった。
「う…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
俺は空に叫んだ
何を言えばいいかも
何を伝えたかったのかも
何も分からず
ただ涙を流し
空に向けて叫んでいた




