014 静かな日々
「ティア。お前は今日からゼルと共にエルフの隠れ里へ行き、そこで暮らせ」
マスターが突然言い出したそれにティアは唖然としていた。
「な、なにを言ってんだ…マスター」
ティアより先に俺が口を挟んでしまった。
「ティア、もうお前は自分から発する瘴気を完全にコントロールできている。それに魔法の使い方も申し分ない。この場にとどまる理由は、もう無い」
マスターは落ち着いていた。
そして虎の牙の面々も落ち着いていた。
「い…いゃ…いや…嫌!!なんで、そんな…」
ティアは見る見る青ざめていく。
「マスター!ティアは、ここの家族だろ!!なんでそんな事言うんだよ!!」
「家族?ハッ呆けたかクライ。ティアは瘴気をコントロールするまで預かると言っただけだ。それにお前も私の使い魔に過ぎない。家族?笑わせくれるな」
「な…おかしいだろ!!使い魔だって何だっていい!!ティアは、この家の家族だ!!」
「“氷連弾”」
拳大の氷の玉が10個ほど連なって俺に襲い掛かって来た。1個目を避けたあと、残りを腹部や腕、胸に受け正常な呼吸もままならなくなる。
「ヒュー…ぉか…しぃ」
地面に這いつくばるようにしながらマスターを睨む。
「これは決定だ。私に意見など。口を慎めクライ」
ティアが駆け寄ってくる。声も出さずに回復をかけてくれたのだろう。呼吸が楽になった。
「おかあ…マスター嫌です。私、なんでもしますから!!ここにおいてください!!」
立ち上がりマスターに向けて声を上げるティアだが
「2度も聞かねば理解できないのか?」
「おかしいだろマスタァァ!!」
立ち上がりマスターに向けて走る。
マスターがこちらに向け無発声のまま氷の玉を飛ばしてくる。
「閃光!」
貯め込んでいた神の気を一瞬で放ち切る。右にサイドステップを踏み、すぐに左に切り返し元通り直線に詰めよろうとして目を疑った。
マスターが魔杖『新月』を手にしていたのだ。本気の時にしか手にしない杖をこちらに向け、詠唱までして俺に魔法を放った。
「地に這い、天を仰げ…“高重力”」
瞬間、俺の周囲が円形に周囲の地面より窪む。俺は文字通り五体投地、大の字になって地面に縛り付けられた。自身の体の上に鉄の塊でも背負ったような感覚。歯の一本一本が抜け落ちたいかのように地面に向かおうとする、眼球が引き出されそうに感じ、口からは食道のどこかが割けたのだろう血が流れだしていた。死を予感するほどに苦しい。声帯を振動させるために出せる空気は、最早肺の中にあるはずもなく声もなく血を流し地に縫い付けられていた。
マスターは更に俺に向けて次の呪文を放つべく杖を向け魔力を集中している。
「マスターやめて!!」
重力波の前にティアが立つ。
「“石弾”」
しかしマスターは呪文を放った。その石弾は空に向けて放たれた。そして高重力圏にて向きを変え飛来する。
「!!」
石弾は俺の手を砕いた。続いて左の肋骨を砕き、最後に右足の骨を砕いた。
「わか、わかったから…わかったから、もう…やめて…」
重力波が解かれた。ようやく呼吸ができる。息を吸い、そして嘔吐する。朝に食べたパンとスープだろうが、血反吐と共に出たためか真っ赤に染まっていた。肋骨は肺に刺さっているのだろう。2呼吸目でも血が出た。
「クライ…ぐす、癒しの…ひっく…力よ“回復”《ヒーリング》」
「ぜぇ…はぁ…」
俺は立ち上がることが出来なかった。目元からは涙ではなく血が垂れていた。
マスターとティアが遠くで何か言っているような感覚があるが、良く聞き取ることが出来ないまま血に臥していた。ヒーリングの呪文程度では、どうにもならない程のダメージ、いつかヴォルケイノライオスに負わされたようなケガに似ていた。
ポタッ…ポタッ…
涙の落ちる音が聞こえた。
あぁ、なんだったっけ。この音、やけに響いたんだよな。
そうだ、それであんな名前つけたんだったっけ俺。
涙の落ちる音とともに俺の意識も落ちて行った。
目が覚めたとき、そこには涙の落とし主も、賑やかな虎と男女の5人組もいなかった。俺は、その日からマスターとは口もきかず、飯も食わず、畑の世話と森の浄化をつづけた。この体は丈夫で水を飲んでいれば3日目でも、まだ森を走って動くことが出来た。
家に戻るとマスターが入り口の前にいた。
俺は踵を返し森へ向かおうとすると声がかかる
「『家の中に入れ』話がある」
久しく言われていなかった使い魔化の拘束力を含む命令。
俺は抵抗の意思を示したが、俺の意思を放棄するように体はゆっくりと家へ向かっていった。
机に座るとスープに干し肉、そしてパンが用意されていた。
「『黙って食え』」
歯を食いしばり、抵抗しようとしたが、結局は食べてしまった。
使い魔化とは絶対服従では無いと聞いたことがある。どうしても承知できない、例えば死ねなどのような命令は拒否できるらしい。どうやら俺は心のどこかで話し合いも食事も必要だと考えていたのだろう。分かってはいるが、やりたくはない。この程度だと命令の拒否はできないようだった。
「ティアの事は、必要だったのだ」
ぽつぽつとマスターが語りだす。
「ここにいては、ティアは間違いなく命を落とす」
驚く俺の眼を見据えて言い放つ
「むしろ私はお前にこそ謝らなければならない」
間を置き、マスターが言葉を紡ぐのを待つ。
「この森の瘴気は薄れた。封印されたもの達の力も弱まった。
私は、いや私と虎の牙はな、今こそ、この森の瘴気の根源を討とうと思っている」
俺はただ黙って聞いていた。マスターは続ける
「かつて魔王と呼ばれたもの…『瘴気の魔王』を討つ」
俺への命令の効力が切れた
「なんでティアが関係あったんだよ」
小声で言い返す。
「忌み子の忌み子は魔王になる。全てが迷信という訳ではない。ティアは間違いなく瘴気の魔王に取り込まれる。文字通り生贄となりティアという存在はいなくなる。そして魔王は、かつての力を取り戻すだろう。だが瘴気の魔王の名のとおり瘴気あってこその魔王だ。生贄もなく、そして今や瘴気も薄いこの森では力の半分も出せない。国との連絡でも魔王は実力の半分も出ないという計算になったそうだ」
「遠ざけたいだけなら、言い方だってあったはずだ!」
少々声を荒げてしまった。
「…ティアは、私に、この場所に依存しすぎていた。それではこの狭い森の中でしか生きられない。そう考えて、厳しくしたのだが…私のエゴでもある…悪いことをした」
俯きながら、目を細めて言う。マスターだって辛かったのだと、ようやく俺も理解することが出来た。
「ティアに、また会って言ってあげて…」
落ち込むようなマスターの話し方をみて、責め立てられなくなってしまった。
「そしてクライ。お前を解放してやれず、巻き込んで済まない。これは浄化が出来るお前ありきで進んだ話だ。最後の封印解呪にも、その力が必要だ。しかし復活した魔王から守ってやれる保証はない」
「いいよ…ただ、終わったら森を出られるんでしょ?」
「あぁ、終われば森の管理者など必要すらなくなる」
「じゃあ、そしたらティアを迎えに行って、お城のある街に連れてって欲しい。ティア、マスターと街に出かけることを、ずっと楽しみにしてたから」
「…そうか、ならば約束しよう」
マスターは、強引だったけどティアの為にああしたんだ。それは不器用なやり方だと思うけど、マスターは対人関係をうまく処理できるタイプじゃない。きっとマスターなら弱った魔王なんて楽勝だろう。
なんだか、わだかまりが解けていく感じがした。
「マスターと2人って久しぶりだ」
「ティアが来て4年か…そうだな。悪いが用意が忙しくて修行はしてやれないがな」
「ないほうが助かる」
「ほう、とりあえず『明日からは毎日見回り10周巡回』で基礎体力作りだな」
…普通に1周巡回走って30分かかるんですけどマスター
それから約半年の間、虎の牙は何度も森と外を往復していた。俺はゼル姉と、エミル姉からティアの事を聞く、ティアは普段はゼル姉の故郷で暮らしているらしい。そこにダークエルフではなく、エルフのハーフとしてエルフの里でのいじめが酷いという体裁で預かってもらっているらしい。瘴気さえ出さなければ耳も尖ってないし、髪と目の色の珍しいエルフの仲間でも人間でも、どちらでも通じるとのことだ。
「クライくん、ティアちゃんからのお手紙、はい♪」
「何が書いてある?」
エミル姉から手紙を受け取る。ゼル姉も興味があるらしい。
『クライへ
さむくなって来てましたね。
みんな優しくて私の事は心配いりません。
しずかな森の中だけれど
いいところです。
あの時のケガは良くなりましたか?
いたかったよね。私のためにごめんね…
たしか会ったばかりの時も私のせいでケガをして
いつも、私のためにありがとう。
私は今も、おかあさんもクライも大好きだよ
ティアより 』
ティアからの手紙はところどころ涙で滲んだような跡があった。
心配ないなんて無理してるのが手に取るように分かった。いくらしっかりしていても、強かでも、ティアは子供だ。あまり無理をしてほしくないし、もっと本音を言ってもいいと思う。
「ティア、そっちではどう?」
「ティアちゃん、クライがケガしてないかとか、マスターが元気かとか、そんなことばっかり聞いてくるかな」
「クライ、ティアに何か贈るべき」
ティアは2人の様子からすると上手くやっているようだ。
「何かって言われても…果物?」
「クライ君、そんなんじゃお姉さんモテない男の子になりそうで心配」
「乙女心を考えろ」
「ゼル姉に言われても説得力が…」
そもそも店もない森の奥地、更に俺は金もない。あるものといえば、森の巡回で見つけた、水晶の欠片やヴォルケイノライオスを封印していた石柱の破片なんだけど、ただの石でしかないらしいし…水晶かなぁ
部屋から水晶を持ち出す。小さな透明の石。特に何の変哲もない。
「こんなものしか無いし、ティアも持ってるんだよコレ」
「まぁそりゃそうよね…クライ君カーティスさんから離れて森出たり出来ないもんね」
「何か加工すればいい」
「あ、そうよ!クライ君どう?」
といっても丈夫な蔓で編んだ紐で巻いて首飾りにしかできなかった。
「「「・・・・・・」」」
そりゃ三人とも無言になるわ!俺は細工何て出来ないんだよ!!
「…水晶は気を吸収すると聞く、水みたいにできないか」
ゼル姉が提案してきた。確かに水にはやるが石にやったことないな。俺は首飾りになっている水晶を握り、神の気を手のひらの中の石に集中させる。水と違い熱くはならないまでも、ほのかに温かくなってきた。さらにありったけを籠め、手を開く。
「なんか、しろっぽくなった?」
ぼんやりと発行しているようにも見える。
「うん、そうね…え、でも、なんかこれ…ゼルどう?
「多分…これ浄化の輝石」
「俺ができるのなんて、こんなもんだよ」
「え、ええ。こ、今度水晶持って来たら私にも作ってねクライ君」
「いいけど、白くなるだけだけじゃん」
「これならクライが作ったと分かる。ティアも喜ぶと思う」
「ならコレ、ティアに」
そういって白ぼけた水晶の首飾りもどきを渡した。
それと簡単な手紙も書いた。
『ティアへ
もう少しして、マスターが問題を解決したら
ティアを迎えに行って街にいけるんだって!
たのしみに待っててください。
クライより』
虎の牙は、今回で対魔王用の道具や装備を運び込めたらしい。一度報告に戻り、再度引き返してくるそうだ。マスターに虎の牙は、魔王とかよばれる奴の相手になるのかを訪ねたら意外な答えが返って来た。
「あいつらは、かつて魔王を封印したパーティーの後継者たちだ」
ジーノは勇者とされている聖剣士の末裔らしい。エリックは賢者の末裔とされており、ゼルは重騎士として壁役を果たしたダークエルフの末裔でギュンターは大戦士の末裔なんだとか。エミル姉は、特に関係ないけれどエミル姉も名うての冒険者パーティーの中核だったそうだ。
「そもそも虎の牙なんてのはギュンターが目立つことへの嫌がらせでつけたパーティー名だ。あいつらは周りから伝説の後継と呼ばれている凄腕だ。あれ以上は望めない」
この森に来るのギュンター達しかいないから比べようがないのが辛いが、マスターだけでなく、規格外に強いらしい。そりゃいくら稽古つけてもらっても当たりませんよ。
「なら、マスターもいるし、すぐティアと街に行けるな!」
そんなメンバーなら弱体化した魔王とか楽勝だと思う。
「…そうだな」
マスターは微笑むように答えてくれた。
俺はもう、街の期待で胸がいっぱいになっていた。ティアはスイーツ巡りを希望していた。きっとティアのことだエルフの隠れ里でも街の情報を集めてることだろう。
俺も、やっとこの森から外に出られるのだ。本当に早く倒してほしい。
それから10日後、虎の牙のメンバーが到着する。2日療養を取る間、皆真剣な面持ちで作戦会議などを行っていた。俺は畑仕事以外の全ての時間を、俺が卵に入っていた森の木々の根が絡み合い出来ている結界の地の浄化に注いでいた。
「…明日、封印解除に踏み切る。準備は良いか」
夕食時マスターの問いかけに、みんな無言のまま頷いた。
いよいよ明日か。
はやく倒して、みんなで街に急いだとして。あぁ来週には街に行けるんだ。
早く明日が来ないだろうか。
夕食が済み、洗い物を終え、歯磨きを終え風呂から出ると先に出ていたマスターに声を掛けられる。
「クライ、今日はコッチで寝ろ。お前の部屋はエミル達に使わせてやれ」
マスターは気を使ってみんなが良く寝れるよう配慮したようだ。
マスターと2人で寝るなんていつぶりだろう。
「へへ、明日がんばってね、マスター」
「あぁ分かったから早く寝ろ。明日は大変だぞ」
マスターが俺の頭を撫でていた。
「マスター、手、冷たいな」
「…放っておけ、ほら早く寝ろ」
冷たいけれど優しい
その感触に安心して俺は眠りに落ちていった。




