012 いつか街へ
ティアと一緒に作業を行うようになってから畑作は飛躍的に効率が良くなった。
「天に上り、集い、その身を地に捧げよ…」
「よーし、ティアそのままそのまま」
大きな水玉の真下からティアの魔法が集める瘴気ごと神の気で照らし浄化する。
「むむむむ…もぅ無理かも…」
「あとちょ」
ザパー
「…ごめんなさぃ…ふふ…クスクス」
「ティア…魔力制御の要は維持だろ…」
びちゃびちゃになりながら言う。
「ク、クライよりは長くできるもん」
ティアも、こうやって笑って言い返してくる位には慣れた。
ティアが来てから、もうじき1年が過ぎる。ティアは冷え性ではないけれど、冬は3人で一緒に川の字になって眠ったり、虎の牙とは俺よりも親しくなったりと、すっかりここに馴染んでいる。髪も顔を隠すようなものではなくなり、表情が良く見えるようになった。ポニーテールやサイドテール、ツインテールなど髪型が違うのはマスターに遊ばれているからだろう。
「で、でもほら、さっきも水被ってたから、そんなに変わらな…」
「ティーアーが、被せたんだよ!!なんで自然に水浸しになってたみたいになってるんだよ!!」
「あはははは、大丈夫クライ毎日水被ってるもん」
「お前が被せてるんだよ!趣味みたいな言い方するなよ!」
ティアは本当は明るくて、よく笑う女の子だった。
マスターといるときもいつもニコニコしている。
こうやって素でいられるようになるまでには、色々あったにはあった。虎の牙のメンバーは忌み子の忌み子と聞くとゼルが真剣な表情で「国に保護してもらうべき」と言っていた。
ギュンターも子供を扱うような雰囲気ではなく、殺気こそ出さなかったものの「今回ばかりは目を瞑れんぞ」とマスターに詰め寄っていた。
ティアは俯いて聞いているだけだった。俺が「なんでだよ!ただの子供だ、俺と何も変わんないのに!」と叫んでも、ジーノやエリックも首を横に振りエミル姉ですら「クライくん、そうじゃないの。いると分かれば必ず狙われる。ティアちゃんはそうした存在なの」と悲観的だった。
だが「国の保護とやらが私を倒して攫うより安全なんだろうな?ティアは、それと分からなくなるよう訓練を終えるまで私が預かる」とマスターが言うと決着がついた。
虎の牙のメンバーとは人族の言葉であれば誰とでも話せたし、ジーノなんかは来るたびに実践訓練の相手もしてくれる。そのメンバーにマスターは、そんなに強いのか尋ねるとジーノもギュンターも「強いぞ。大魔導士カーティスの保護より安全なところを探すのが難しいほどにはな」と言っていたのだ。
実戦練習やヴォルケイノライオスの事を思い出すと、あれが標準ではなく、マスターはかなり強いらしい。
「虎の牙って強い?」
という問いには、エリックが「そこそこですかね」なんて答えるから
「そこそこ強いだけじゃ、マスターがどれだけ強いか分かんないじゃん」
て呟きにはメンバー全員が笑っていた。
それから徐々にティアは元気になっていった。
ティアはマスターに料理も習っていらしい。本当は俺がやりたかったところだがマスターは男なら女ならという拘りがあるらしく、ティアが優先的に料理の手伝いを任されていた。
魔法の練習や実践訓練も少し変わった。
「よし、クライその位置からティアに触れられたらお前の勝ちだ。ティア、何やっても私が治す。遠慮なく行け」
距離を置いた状態から開始の合図と共にティアとの模擬実戦訓練を行う。想定は俺には対魔法使い、ティアには対戦士。俺は攻撃魔法は禁止となる。
「はじめ!」
「“水弾”!」
ティアは水の玉を勢いよく何発も放ってきた。当たるとボーリングの玉のような重い衝撃を受けるが、俺が止まるほどではない。
「“閃光”」
ヴォルケイノライオスと戦う中でつかった灯に神の気で後光を込めたような魔法を俺はモノにしていた。一瞬強い光を放ち目くらましをすると上へ飛ぶ、水弾は俺の下を通過していった。
「“大雨”!!」
詠唱による魔法の補助がないため畑に水をやるような広域ではないが俺の周辺ごと水浸しになる。足場が多少悪くなるが、俺は歩を進める。
「轟と共に現れ…閃光と共に去れ…」
マスターが口元に手をやり「ほぅ」と小さく呟く。ティアが短めの詠唱をしだした。一気に距離を詰めて大技の前に倒しきる!
「おぉぉぉぉぉ!!」
体を低く保ち木製の短剣を手に一気に駆け詰め
「奔れ!!“ 小 雷 ”!!」
ティアの手先から紫電が俺に放たれるが甘い!横に跳び直撃を割け地面を…蹴ることができるに俺は勢いそのままに泥まみれになりながら地面を滑っていた。
攻撃魔法自体は雷属性でも弱いものだし、ティアは雷属性を覚えたばかりだか、イメージを固め威力を高められるように詠唱補い威力をあげたのだ。
「やったぁーっ私の勝ちだよ~クライ」
「よく考えたなティア。水を伏線にした雷属性は良かった」
体がしびれて地面に伏している俺を気にも留めず二人が褒めつ褒められつを交わしていた。いや回復してください。「ぐ…ぐぐぐ」などと唸ることしかできなかった。
マスターでなくティアが傍まで駆け寄ってきて
「“回復”…どう楽になった?」
「ありがと…はぁ負けたのか」
もう魔法だけだと俺はティアには、とても敵わない。俺は俺なりに魔法の習熟度も上がっているのだが、ティアは水を得た魚のようにいろいろな魔法を吸収していた。
「クライ、ティアの作戦に気付けたとしたらどうしていた」
「短剣を投げて避雷針にした」
負けると、どこをどうするべきだったかをこうして反省するところまでがセットだ。
このあとティアの魔法による瘴気を払ったら実践訓練、魔法の練習となる。で、森の見回り兼浄化。ティアも基礎体力をつけるために一緒に森を巡回している。
ティアと二人で練習したり勉強する時間も出来たため、最近マスターは空いた時間で街に売りに出すものではなく、なにやら書物を書き重ねていた。最近マスターは、こうした何かを書いたり作ったりする時間が増えている。
「子供同士の方が捗る勉強もある。補い合え。それでも分からなければ聞け」
とのことで、俺はティアにいろいろ聞くようになっていた。ティアは本来俺に聞くわけだが、魔法の事はティアの方が進んでいるのでティアは専らマスターに尋ねていた。
「あ、ほらほら、みてみてクライ!今日は青白いから水かなぁ、近づいたら逃げちゃうかなぁ」
「あれはすぐ消えちゃうヤツじゃないかな?なんかボンヤリしてるし」
変わったことと言えば、最近『晶霊』が時々畑にやってくる。
何年間も毎日神の気を浴びた畑は一種の聖域と化しているとマスターは言っていた。封印の森の瘴気は木の根が張り巡らされた中央の結界を除くと、かなり浄化が進んでいた。
晶霊と言えば魔道言語で契約を成せば魔法の補助力を授かられる精霊の下位互換的なものらしいのだが、ここに来るやつは晶霊の中でも更に端くれ的な、オーブとも言うべき意思がないため契約などできず、空気中に漂っているものが、たまたま風に乗り、たまたま聖域の空気をみつけ寄っただけで、またすぐ風に乗りいなくなるような弱いものばかりであった。
ただ晶霊や妖精は綺麗なところにしか現れないらしいので、浄化が上手くいっていることの現れであった。
開拓も順調だった。この森の木々は魔力を吸うらしいけど、この環境でした魔法を使わない俺やティアには関係なく、ティアの魔法で焼き払ったり土魔法で根をはがれやすくしたりと、開拓も格段に進めやすくなった。
日々少しづつ開墾して、浄化を続けて今や、家を中心にかなりの範囲が瘴気を出さなくなっている。
聖域化しつつある家の周りには魔物が寄り付かないため、以前のように夜の警戒も必要なくなり、日々暮らしやすくなってきている。
開拓や浄化が進むたび、マスターは
「見回りが楽になって時間ができるな」
と微笑みかけてくれる。マスターは本当に書物を書く時間が増えている。
家事や瘴気の異常なんかも俺やティアが行うことで少しだけど恩を返せているような気持になる。マスターが楽になって良かった。
そうして、また1年が経つ。
「クラーイっみてみて、晶霊捕まえたの!」
「捕まえちゃダメだって、ほらチカチカして困ってるじゃん。逃がしてやれよ」
「えー、折角捕まえたのにぃ。マスターにあげようと思って」
何だか珍しい花だか虫のような扱いしてるけど、晶霊の仲間だから!不思議存在なんだから、と言ってもティアは残念そうにしていた。ティアは、俺が神の気を操るように、ほぼ自在に瘴気を操れるようになっていた。今はもう魔法が勝手に瘴気を集めるのを止めることもできる。
時の経過と共に晶霊が良く訪れるようになっていた。
封印の森の瘴気は、すっかり薄れ浄化が進んでいる。中央の結界から漏れ出る瘴気も「以前より少なくなっている」とマスターが言っていた。
「クライは森が綺麗になったら、どうしたいの?」
「んーマスターに街とか城見に連れてってもらいたいかな。ティアは?」
「私は、森が綺麗になってもここに住んでたいなぁ。お母さんみたいなマスターと、クライと3人で」
「マスターにお母さんなんて言うと怒られるぞ」
「怒んなかったよ?」
「言ったのかよ」
マスターは森の管理者で瘴気の異変察知や修復のためにいるのだから、綺麗になれば、出かけられるというのが俺とティアの考えだ。マスターは「一日でも森を離れるわけにはいかない」といって今まで、俺は森の外に出たことがない。ティアも、ここにくるまでは軟禁状態だったのだ。森の中しか知らない。虎の牙から聞く知識くらいしか俺達には外の情報は無いのだ。
マスターは最近部屋に篭り書物を書き留めたり、虎の牙に持たせる書簡などを書くことに忙しい様子で、以前より修行の時間が減っていた。その分、俺たちが手を放せるようになったのだと俺は思う。
「街にいったら何したいんだティア」
「私は、ゼル姉さまとエミル姉さまが美味しいって言ってた甘いもの食べに行く!」
ティアは目をキラキラさせながら甘味に心を奪われていた。
「クライも行こ!ぜったい美味しいよ~ふふふ」
「それもいいなー俺は市場にいって野菜の相場なんかが細かく知りたいな」
「そしたら、果樹増やそー」
畑の水やりを行いながらティアと街の想像を膨らませる。二人とも行ったことないから妄想トークでしかないのだが、妄想だからこそ楽しいし話も膨らむ。
いつか3人で街に出て、市場を見学したりスイーツ巡りしたりしよう。マスターは甘いもの好きだから、有名店を何件も回れるように良い野菜を沢山作ってお金を用意しておこう。
いつか街に行く、その時のために。




