010 招かれざる客
封印の森、その奥深く、黒く長い髪を風に靡かせ、ルビーのように煌く双眸を睨むようにように細め、カーティスは瘴気が特に色濃く出る場所の見回りを行っていた。
その手には、かつてクライを屈服させ使い魔化をさせた杖、黒くシンプルな作りだが、先には三日月を象り、中央にある濃紫とも黒とも言える宝石を矢のようなものが三日月すら貫いて支える魔杖、銘を『新月』と言う。使い手を選ぶとされる魔杖だが、大魔法の魔力構成を瞬時に織りなす補助が出来る杖である。
カーティスには大魔導士として白魔法と呼ばれると呼ばれる精神に影響を与えるような魔法でも、四大元素を駆使した大魔法でも、空間拡張魔法などの特殊な魔法でも、他の追随を許さないレベルで使えるという自負がある。
出会い頭に、周囲一帯もろとも灰燼に帰すような攻撃ができる。そのカーティスが真剣に戦うときにのみ魔杖『新月』が、その手に握られるのである。
そのカーティスが今、それほどまでに、この森に侵入している招かれざる客たちを警戒しているのである。
封印の森、この森の名は伊達や酔狂でそう呼ばれているわけでは無い。
この森には不浄なるものが幾多も眠りについているのだ。石柱や大樹を媒介に封じられた不浄なるもの。
しかし最も危惧するべきは、そうした幾多の有象無象ではない。
この森には1カ所『神の気』を眩いばかりに来る日も来る日も浴びているにも関わらず、絶え間なく瘴気を吹き出す場所がある
「莫迦なことを…」
ギリッと歯を噛みしめる音が聞こえるほどに苛立ちながらも、特に重要な数カ所を順々に巡っていく。
例え大魔導士といえど、目に見えず、罠や結界にも掛からず、目的も意図も分からない者を、どうにかする術はないのだ。瘴気の濃いままであれば、どの人族であれ1ヵ月も滞在は出来ないだろう。しかし、森の浄化は進んでいる。浄化された土地を上手く利用されたら…
苛立ちと焦燥感が募る実感を持ちながら、カーティスは暗くなった森に見切りをつけ帰投することにした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
マスターは今日も朝から険しい顔をして森の巡回に向かった。
最近は、朝夕2回であった巡回を午前中に2度、午後に3度行っている。今は修行もお休みだし、足手まといになるのでついて行く事もない。
俺の仕事は畑を中心とした畑作兼見回りである。
もし、万が一あやしげな事があれば魔力と神の気を全力で放出するのが合図となっている。使い魔化されている俺の感知はしやすいらしく、合図があればマスターが駆け付けるという、目からビームを出す警備員並に安心のセキュリティだ。
「今日も、減ってるじゃんかぁ!!」
畑の作物、それも色や形は、ほぼ柿なんだが、この世界のトマトやトウモロコシの仲間、それに大根もどきが点々と無くなっていた。特にトマトに関しては手塩にかけて育てていたのに!
マスターが小麦の仲間を練った細打麺、きし麺と生パスタの平麺の麺類をトマトソースを作って食べさせてくれると約束していたのに、あと数日というところ、あと少しで食べごろと言うところ…
その、ほんの数日早く、未完成状態のトマトはもぎ取られていったのだ。
「ふざけるなぁぁぁ!!」
ダンッ、ダンッ、と地団駄を踏む。もともと強い体に死が垣間見える修行を受けて来た体でである。くっきりと足跡というか靴型を畑に刻み込むと次の畑の点検に向かう。
「…よし、ここは無事だな」
いくつかの畑の無事を確認する。
俺は、今日の被害はもう無いと確信すると水汲みと水やりに奔走した。
太陽が真上に登る。
「昼だから帰ろ」
家から遠いところにある畑の水やりは終わり、家路につく。
……俺は言葉が詰まった。
「な、ちょ、く、…くだものが……無い!!」
うがぁぁぁという叫びが森に響く。
巡回を終えたマスターは、特に気にするでもなく
「鳥だか魔物だかに取られたんだろう」
と言うと家に入ってハムや野菜を挟んだパンと干し肉、水を持ちながら、また森の巡回に行ってしまった。
確かに瘴気の浄化は進んでいて、場所によっては少なかった動物が塒にして、鳥も目にする機会が増えた。魔物も狂暴化しているようなもの雄たけびをあげているため声を聞くとすぐマスターが葬っていたが、狂暴化せずウロつくところを目撃したこともある。
俺は畑から盗みを働くやつが何か企んでいるやつだと主張したが
「私の感知にもかからないヤツが、そんな見え透いたことするわけないだろう」
とマスターには取り合って貰えなかった。
俺は悔しさを噛みしめながら午後も畑の手入れと、森の散策を行ったが効果は無く、成果を上げられないまま眠りについた。そんな日が何日も続いているのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ォォォォ…
「何か聞こえたか?」
風の音に交じったそれ、俺はそれを無視して畑の水やりのため小川と畑を往復していた。
マスターは
「今日は捜索網を広げてみる」
と言い残すと昼食を持って出て行った。
俺が畑荒らしを捕まえられないように、マスターも気になる相手を見つけられないでいた。
「この森で、私からここまで逃げ回るのだ。良からぬダークエルフだろう」
森自体に何か影響を与えないうちに始末をつけると言っていた。
この世界には、人間を含め人族と呼ばれる、獣人、ドワーフ、半魔のように大小、差こそあれ概ね人間と変わらない種族がいる。多く人族は、種族が違っていても人族同士であれば子を成すことが出来た。中には純血思想を強くもつ種族もいる。
そんな中でエルフとは、古代「神の器」とされていたそうだ。その身を神に捧げ、精神体であった神に肉体を奉納する。そうした種族であったらしい。神は、その力を振るい知恵を授け人々を導いたそうだ。そんな中、ダークエルフとは戦争に纏わる「邪神の器」とされている。
それが必要な時代があったのだ。闘いや、殺戮、壊滅、崩壊など…破壊と死を齎す神々に頼らなければならない時代。戦争に暮れ他の排斥を以って己の安寧を築く以外ない戦争が過去に、それも何度もあった。と、マスターの持つ本に記してあった。
今でこそ、純血のエルフは少ない。その美麗な容姿は他の人族にも大いに人気を博したからだ。戦争で死を振りまいたダークエルフ。その血を嫌う者も確かにいる。しかし、ダークエルフだけが戦争で死を振りまいたのではない。お互いさまといえる部分が、どの種族にもあったはずである。
だがそんな中、純血に拘りを持ち再び邪神を降臨させ自分たちの降ろす神を邪神と貶めた他の種族が許せないという連中がいるのだそうだ。神すら降ろすとされる自分たちを上等種族とし、敬いもしない下等種族である他の人族を只管に恨む。神の『忌み子』邪神の『寵児』純血のダークエルフ。
そういった奴らが、薄らぐ瘴気を切り口に思い切って侵入して来たのではないか。マスターはそう言うのだ。
「ゼルさんとか可愛いのに」
純血の如何に関わらずダークエルフも見目麗しく、危険な逸話が逆に恋を燃え上がらせるパターンもあるのだとかで、意外にもダークエルフの血が混じっていてもエルフに次いで人気なのだとか。カワイイは正義、但しイケメンに限るを地で行けるのだから、生活の上ではあまり気にしないのが種族というものらしい。
ォォォォォォ――
「やっぱり何か聞こえるような…」
ォォォォォォォ―………ッ――
ォォォォォォ――……ァァ!…
「…聞こえた!」
木に駆け登る
“何か”が聞こえた方向に目を凝らす。
「!」
動いた!
今何か、木々の間を、木々でない色の何かが通った!
俺は、木から木へ飛び移る。
進む勢いに自由落下の速度が加わり体の前に枝が迫る。しかしマスターの蹴りに比べれば大したことは無い。その枝を蹴り飛び上がると次の木に、次の木からまた飛び降りると枝を掴み鉄棒のように回ると反動を利用して飛び出す
勢いに身を任せ、次へ次へと飛び移る。
まだ6~7歳と言った体の全てを駆使して木々の間を駆け抜ける様は、猿にしか見えない。赤い目をギラつかせ犬歯を覗かせた口元から声が漏れる
「……みつけたッ」
木々の高速移動の中でも笑みを浮かべ、畑を荒らしたであろう犯人に近づいていく
隙間を縫うように飛び、その姿を視界に収めたッ
それは俺のイメージの中にあるスライムの姿であった。
色は夕闇から夜に変わる狭間のような濃い紫いろの雫型
…だが気になったのは、そのスライム型の奥
大型のワニのような大きなトカゲは、顔だけで紫スライムの倍はあった。
背中はゴツゴツとした黒い溶岩が冷えて固まったかのような見るからに硬い見た目をしている。淀んだワインのような赤い両目がスライムを眼下に捉えている。
「石礫!!」
砂利のようなものが紫スライムとトカゲに降り注ぐ。
痛くもかゆくもないのなんて分かっている
紫スライムが体をフワりと震わせると振り返った。
その白い肌が見えたとき俺はトカゲの遥か頭上から既に跳んでいた
黒い岩のようなトカゲが上を向くのに合わせ持てる全ての力で『後光』
ズシンッ!!
岩トカゲの眉間に両足で突っ込みながら着地
地面に顎を打ち付け眼を閉じていた。トカゲから降りて振り返る。
夜の境目が来たような深い紫の髪が足元まで達してる子供がそこにいた。
ボロボロの白いワンピースのような服がスカートタイプなのだから女の子なんだろう。前髪も長く鼻で分かれているものの目は隠れている。
そんな少女が、俺の野菜を抱えてそこにいたのだ。
「逃げるぞ!!」
俺は少女の手を掴むと振り向かず走った!
枝に足をぶつけて転がろうとする少女を力で引き込み、自分と大して大きさの変わらない少女を右肩に担いで走った。
グォォォォオオオオオオオ!!!
バキン…バキバキッと木の根が折られているであろう音が響く。
間違いない…追ってきているのだ、音の様子からすればナリフリ構わず駆けている俺よりも早く…
「追いつかれる…クソ!」
この先は、木々の根が複雑な斜面と大木が多いところだ。上手く隠れられたらと思っていたが、甘かった
「ひゃっ!!」
俺は作物泥棒の少女を傾斜に向け投げた。
体に似合わない力で投げられた少女は放物線を描き斜面沿いの木々の葉に体を掠らせ
ガサガサッと音をたて、どうやら少し向こうの木の枝に引っかかってくれたらしい。
何とか、そこからいそいそと木に登っていく様子が視界の端に映った時点で俺は踵を返していた。
「あいつを捕まえるだけだったはずなのに…」
「なんなんだよ、今まで…お前みたいなの出てきたことなかったのに」
震えながら迫りくる岩のようなトカゲに呟くと俺は、トカゲに向かって走り出した。
追いつかれるのなら、半端に逃げて見えないところをやられるより、懐に飛び込んで勝機を見いだせ。「死にたくなければ前に出ろ!」マスターの教えだ。
トカゲは俺の様子に気付くと足を止めた、構わず走る。状態を屈ませ前足が木の根を砕くのが見える
「石礫!!」
目に向け放つが体を捻らせて回避され…いや違う!
俺は一瞬だけ『後光』を放つと真上に跳んだ
ベキベキベキ!!
俺の左右にあった木の幹が抉られていた。俺のいた高さで、だ。
「ぐ…」
俺は怖くて目が潤んだ。
これはマスターのように死にかけるけど死なないように配慮した訓練じゃない
これを受けたら死ぬ。間違いなくだ。
グォォォォオオオオ!!
唸りを上げると飛びつくように突進をしてきた岩トカゲ
パッと後光を放つと俺は横に飛びのく――が巨体を避けきれなかった
ガリッガガッビリッ
足を掠めた岩のような肌が、皮膚を裂き膝周辺のズボンを破った。流血が足を伝い靴に入っていくのを感じる。
集中しろ…魔力を足に集めて、傷を覆い、血だけじゃなく生きるエネルギーが通うのに障害となるものを消していくイメージだ!できる!塞がる!!
「ぐす…ずびっ…ひ、回復!」
涙が頬を伝う。血が脛を伝う。
流血する深い傷を何とか塞ぐことが出来た。
マスターのようにキレイさっぱりではない、痛みは引かないし、衝撃が走ればまた傷は開く
ベキベキベキッ!!
振り向かないまま岩トカゲの尾が振り落とされる。
木々の枝など気にも留めずに
折り
抉り
落とされる
「うっ…うわ!」
縦に落とされた尾を避けることは出来たが、その尾がそのまま振られるのを目で捉えていた――当たる!!
ベキン!!
鈍い音が体の中から頭に響く
体を庇った両腕の外側、右腕が折れた音と共に飛ばされ、木に打ち付けられる
ビキッ
「ぐぅ…ハッ…ぅぅ」
打ち付けられた背中側、左の肋骨が折れた音がした。
肋骨を折るというのは、決してすぐに動けるものではない。息を吐くのが痛くて上手くいかない…息を吸うのは視界が暗くなっていくほど痛みが走るのだ。折れた肋骨が肺に刺さっていなくとも、左側を下に蹲る、涙がおち脂汗が滲む
岩トカゲは止まるわけがない
跳べ、走れ――動け体
今死ぬのを、後で死ぬに変えるだけでもだ
「ハッ…ぅ…」
息をするだけで涙どころか胃液を吐き出したい程に痛い
俺は、どこも見ていなかった。
単に足を思い切り伸ばしただけだ。
バギバギバギ!!
さっきまで俺がいたところにトカゲがッ突っ込んだのだろう。
俺は転がっていた、折れた右腕も打ち付け、折れた肋骨もどこかに打ち、それでも頑丈な体は気絶だけは免れていた。
息をとめたまま立つ
骨折の痛み、耳の裏から、頭の芯を突き刺すような痛みが走る
うしろから何かがピーピー聞こえる。
紫髪が長すぎてスライムのように膨らむ毛玉ヘアスタイルの少女がポケットにはいっていた俺の果樹の実をトカゲに投げていた。
馬鹿だな泥棒少女。
せっかく逃がしてやったのに
食べ物の恨みこそあれ、殺したい程憎いわけじゃ無い
このままだとコイツは死ぬ
そう思って少女を逃がした
あぁ死んだ時と同じだな
トカゲがこっちに駆けてくる、俺は少女に向かい走ると蹴り飛ばした。
少女が大樹の陰に落ちる
振り返ると、もう避けようがない岩肌が眼前に迫っていた。
学習しないな俺
左手と折れた右手で頭だけは庇い、思い切り後ろに跳びながらトカゲの突進に轢かれて飛ばされる。
最後の抵抗とインパクトの瞬間足で岩肌を蹴るように突き出し、体に伝わる衝撃を少しでも減らそうとしたが
ボギッ!!
全身が衝撃を受ける一瞬前に丈夫なはずの俺の体で足が折れる音が頭に響いた。
どさっ
水の入った袋を落とすように地面に全身が打ち付けられた。
肋骨どころか、肩の後ろの肩甲骨も割れたようだ。足も酷い。右が脛の腓骨、左は太腿の大腿骨が根元の辺りから、右骨盤も深いひびが入ったのだろう。
意識がある
眼玉を動かすと関節がないところから曲がる足と、関節が増えた右手が視界に移る
全身銀色ではなく、確かに子供の体が目に映るのだ。
俺はまだ死んではいない
俺を突進で轢いたトカゲの背中に目をやる。よく見ると、トカゲの背には銀色の糸くずと布切れが付着していた。多分既に犠牲者が出てるんだな、とどこか他人事のように見つめていた。
トカゲが振り返る。
俺に
ではなく…少女に
早く逃げろよ泥棒少女…声に出せない俺は心で呟くと動かない全身の力を振り絞った。
『後光』
体が眩く光を発するとトカゲが俺の方に向き直ると、ゆっくりと歩を進める
…そう、それでいい。早く逃げろよ、子供なんだから
俺は、2回目の人生なんだ…前回の記憶が薄くとも
全身が濃紫で隠れるほど長い髪を振りながら少女は走った
「…ッハ、グ…ッ違…」
俺の方へ走ってきてどうする!
痛みで声も出せない
もう動かせる四肢もない
そんな俺の前に走ってくると両手を広げてトカゲに向かう。
背中から見ると俺の記憶にある雫型のスライムから手が生えているようだった。色こそ紫であるが、少女の後ろ姿が間近で見られた。
ズシン…ズシン…
トカゲが近づく足音は、その重量に見合う音をたてていたが
ぽたっぽたっと、俺の耳には少女の震える足元に涙の滴が落ちてたてる音の方が響いていた。
「تعال هنا!!」
少女は何か叫んでいた
もうトカゲは息遣いすら感じる程近い
少女の落とす涙の滴が、またいくつも落ちるのを俺は見ていた。
グォォォォオオオオオオ!!!
大きな口をあけ少女を食らおうと舌を伸ばす所が見えた
目線を背けず集中する
もう声は出せないけれど、精いっぱいの祈りで――
“ 灯 ”
詠唱を発することが出来なかったが人魂とも狐火とも見えるような
弱々しい炎は飛少女の足の間を抜けトカゲの目前で弾けた
『神の気』を押し込めた、その魔法は眩しいばかりに輝く
一瞬の輝きだった。
魔法に込めるのは初めてであったが上手くいった
舌を引っ込めるトカゲが見えた…
苛立ちから全身を捻らせ岩のような肌震わせ尾を震わす
バキバキと木を砕きながら俺と少女へ尾が向けられる――
もう俺に時間を稼ぐことは出来ない
もう俺が出せる魔力も神の気もない
もう俺が出来ることは……何もない
あぁ…
これで……
俺の勝ちだ!!!
――光の柱が落ちる
ッッドッッッシャァァァン!!ゴロゴロ…
バチバチと走る青い放電現象を立てる光の落ちて来た方を見る
その髪は闇夜の漆黒よりも暗く
その装いは深淵を覗くように闇に彩られ
その双眸は世界を焼き尽くす炎のように緋く
その姿は女神のように美しい
光の落ちた、その地に舞い降りた黒き女神
大魔導士カーティスが口を開く
「よく…頑張った」
そう言うとカーティスは岩のようなトカゲに向き直る。
既に尾は、存在したという形跡すら残していなかった。
もとからそうであったかのように付け根から焼かれていたのだ。しかし、黒い岩のような肌のせいで傷ついたように見えず、また敵意を剥き出しにするその姿から弱っている様子も見られなかった。
「狂岩石蜥蜴相手に、よく…耐えた」
歩いて蜥蜴に向かうマスター
手にある魔杖『新月』からは黒いオーラが立ち上る
グルルル…グォォォォォオオオオオ!!!
ズシンズシンズシッズシ!!
その巨体を駆り狂岩石蜥蜴と呼ばれた蜥蜴がマスターに突進していく。
「“炎神の剛腕”」
ゴゥウン・・・
衝撃が辺りに走る
トカゲが目を見開いていた
魔杖『新月』で眉間を抑えると、そのまま巨体の突進を止められたのだ
「“ 昇嵐 ”」
爆風が巻き起こりトカゲが空へ登る
木々の高さの遥か上、高々と飛ばされ、そして落ちてくる
歌が聞こえた
マスターの声で
大気を震わせるほど色濃い魔力を伴わせ
歌が森に響いた
細い杖に抑えられただけで、トカゲはまるで身動きが取れない様子だった
「私の弟子が世話になったな」
弟子
確かにそう聞こえた直後
「魔導“ 黒き滅び ”」
明るい空に点々と墨でも落としたような漆黒が現れる
そこだけ色を失い遠近感もなくなるように、ただ只管に黒く
空に落とされた墨のようなそれがトカゲに向かう、全身を黒く染められた
トカゲは声もも出さなかった。
落下と共に漆黒の粉のようなものを置き去りにし、徐々に小さな黒い塊となると木々の根に触れる手前で完全に消え去った。
音もなく
色もなく
形もない
「魂まで消え失せろ」
マスターの冷酷な声が落ちるはずであった場所に向け投げかけられた。
トカゲは、その存在を残す何もかもを失い消え去った。初撃から圧倒していたのだ、杖で撲殺もできただろう。完全にオーバーキルである。マスターの本気の怒りが垣間見えた。
マスターが俺の方に近づいてくる
濃紫色の髪の少女はマスターの前に立ちはだかり
「تعال هنا!!」
と何やら叫んでいたが
「لا توجد مشكلة」
マスターも聞き取りづらいことをボソッというと少女の脇を通り抜け
俺の前に来た
「“生命の奔流”……魔法だけじゃなく、帰って治療が必要だな」
優しく笑うとマスターは俺を担いでいた。
俺は安心したら涙が溢れた
「こわかっ…こわかったぁぁぁ」
うわぁぁぁんと泣く俺を抱えるマスターは、少女の近くに行く
「هيا لك جداً」
マスターは、そう言うと少女も抱き上げた。
少女は抱えられると俺よりも大きな声で泣いた
うわぁぁぁぁん!!
と大声で泣く2人の子供を抱えカーティスは家路についた。




