009 四季四巡
俺は風邪が治ってから、とても調子が良かった。
まずは魔力の扱いについて。以前はカーティスの魔力で勢いをつけて維持と言う練習であったが、今はもう流れを操作するくらい簡単に行えるようになった。
「『集中しろ』、その力を今度は手のひらに集める。…そう、そのまま維持」
「あと、どんだけこのままか?」
流れを作るよりも手のひらに集中させて維持することは辛い。
ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯のような白い光はピンポン玉のような大きさであった。そこから、ぼんやりと白い湯気のようなものが立ち上っていた。
「まだ。手のひらに固めるイメージを持つことが大事だ。ただ、力を寄せただけだから辛い、ホラ、球を作れば楽になる」
「もぉ、むり・・・」
ゆらめく蝋燭の灯のような塊は、そのすべてを湯気のような姿に変え霧散した。
「最初のころと比べれば大分良くなった。いいかクライ、大切なことは想像を明確にすることだ。球なら球、錐なら錐。“そこにあるという確固とした想像に魔力を集中させる”これが魔法の根幹だ。だから弱音を吐くようだと弱々しくなる。ほら、姿勢を正して、もう一回」
まだ何か魔法が使えるわけじゃない。今は、魔力そのものの操作を練習している。けれど、以前と違い練習の成果が確実に現れるから楽しい。水まきしながらでもトイレの中でも、魔力を固めては霧散を繰り返し練習した。
「こら、光るんじゃない!魔力だけに集中する!」
まだキツくなってくると『神の気』が漏れだすけれど、確実に進歩している。
魔力操作の練習が終わった。
今からは森の見回りだ。積もっていた雪は、もう見る影もない。
あたりには、すっかり春が訪れているのだ。
「まいにち、ここキレイにしても、ぜんぜんよくならない」
俺は、俺が生まれた地、木の根が天然の結界を張っているところに全開で後光を浴びせているが、ここだけは一向に良くならないのだ。
「この場所は特別だから、仕方ない。次に行く。ほら、そこはもういい」
ぴょんぴょんと木の根を蹴って跳ぶように走ってマスターの後を追う。
浄化の光を纏い瘴気を打ち消しながら森の見回りを行う。この時だけは魔力でなく『神の気』の操作練習になっていた。『神の気』は筋肉に力を入れるような感覚で“溜め”が少しできることと“発光”すること、光らないけど体のどこかに集めることしかできない。手に集めて水の入ったコップを持つと温かくなる。発光すると瘴気が打ち消せる。この位しか分かっていない。
「どんなものも使いようだ。強く光らなくてもいい。光る状態の維持から始めよう。魔力もそうだが、何事も始めの内は維持だけで、それなりの訓練になるものだ」
とマスターには言われたので、俺は暗いところでみたら薄っすら光ってる程度の後光を纏っている。
今まで、瞬間的に使うか白湯を作るときに手に溜めるくらいしかしていなかったので感じなかったが、これはこれで疲れるものだった。
「こら、魔力が混ざって漏れてるぞクライ。ほら『集中』」
魔力操作では疲れると気が混じり、気の操作では疲れると魔力が混じった。マスターが言うには
「気でも魔力でも自分の中の力であることには変わりない」
つまり、足りなくなると補い合うのも自然なことらしい。丁度、物を持ち上げる時に腕の筋力が足りなかったら、背中や肩の筋肉が補助としてサポートするようなものらしい。
「実戦であれば、たとえ混ざっても効果が出れば問題ないが、だからといって効果があれば何でもいいとなれば、技であれ魔法で精度は下がり使う力に見合わない効果しか生まれなくなるものだ」
マスターは本質や根本の話になると、何度も言い聞かせるように話す。よほど大切なことなんだと俺でも感じることが出来るのである。
春が来て、畑にも大きな変化が現れた。
黒いアボカドのようなカボチャだけではなく、黒豆や大豆のような豆類やキャベツだか白菜だか分からないが、サラダ菜が玉になったような野菜…この世界のキャベツとしておこう。玉ねぎに関しては、全く同じようなものに感じる。赤みが勝ったオレンジの楕円形のカブのようなものは…まぁニンジンだな。
冬の殺風景な様子と違い、畑には色とりどりの野菜が収穫期を迎えていた。
「ますたぁ、みてホラ、もうこれたべれるか?」
「うん。その仲間の野菜は大体できてる。保管庫には洗ってから入れるようにな」
マスターも心なしか収穫を喜んでいるように見える。
さらに暖かくなってくると、実戦練習の時間も冬が来る前のように時間も伸びマスターも良く動く。
マスターは細身のエストックを片手で使うことが多い。レイピアのように突く専門ほど細くは無いし飾り気もない質素なものだ。マスターの強化魔法ならば同じ速度で大剣も使えるだろうが、俺が一刀両断されないための配慮なのかもしれない。
しかし、この剣がまた防ぎにくい。重みがあれば振りぬいたら隙でも出来そうなものなのに、振りぬきざま、すぐに返しの刃が飛んでくる。
「はっ!どうしたクライ!前に出られないならッ」
剣閃が眼前を通過――ドン!!!…腹部に強い衝撃をうけ『く』の字に体を曲げておれは後方に飛ばされた。
「時間を稼げれば魔法が打ち込める。今みたいにな」
「おぇぇ…ッ…ヒュー、ヒュー、くるし・・」
どうやら氷柱に打ち付けられたらしい、先が丸まってはいるものの、当たれば無事では済まない。
「周囲の魔力感知を怠るからだ。実戦の中でこそ魔力の流れを掴め…“回復”」
「ぅぅ・・・」
「目先だけでなく、相手の様子も見る。分かったら立て、ほら、『もう一度』」
魔力を籠められたら分かってなくても従わざるを得ないのに
「はぃ、ますたぁ」
そんなことを思いながら再び立ち向かう。
あんな、俺には寸分の隙も分からない剣閃を舞わせて、更に詠唱を省いて無言のまま魔法を打ち付けてくる。さっきの氷柱だって先が尖っていたら即死だったと思う。
どうやっても攻撃を当てられないままだが、修行を重ねて1年が経過していた。
良く晴れた日の朝、青い鳥が凄い速さで家に飛んできた。鳥は家の窓を嘴でコンコンと叩く。マスターが窓を開け、鳥の足に括られた紙を取り除く。鳥は、それを合図にまた凄いはやさで飛び立っていった。
この鳥は覚えている。虎の牙が来ることを知らせてくれる鳥だ。
「ますたぁ、あの4人くるのか?」
手紙を読むマスターの下へ駆け寄る。
「2週間後だそうだ」
「ますたぁ、やさい、うれるか?」
「あぁ、多分…すべて、な」
マスターが何やら含みのある笑い方をした。
でも、俺はそんなことは気にならなかった。売れる!俺が作った野菜がお金になる!食わせてもらっていただけだった俺が、やっと、やっと役に立てるのだ。本当なら捨て置いていても良かったのだろう。タイガーファングの4人組に預けてしまっても良かったのだろう。
森から出た正体不明の子供、瘴気を払う力があるから使い魔化して飼っている。森の管理の一環であるというのがマスターの主張であったが、これが森の管理としていくらか貰っている報酬があったとしても上乗せされることじゃないことだけは俺は分かっていた。
俺は、できうる限りの事をしているつもりだった。家の掃除や水汲み、命令のあった開墾は1本1本の木に非常に苦戦しているが取り組んでいる。畑での作物作り全力で取り組んでいる。それでも俺の分まで輸送費を込みで買い物をすれば大きな赤字だろう。
「たかくうれるか?」
「どうだろうな…なんだ金がほしいのか?」
「ううん。ますたぁにあげる。俺、飼うこと、お金かかること」
マスターは、少し目を見開いたあと、何だか難しい顔をしていた。
ぽんっと頭に手を置くと
「高く売れるといいな」
そう言うと自室へ戻っていった。
俺も畑へ戻ると収穫に勤しんだ。
収穫後は、再び畑を耕し、土に空気を含ます。枯草と俺の『神の気』位しか土壌改善が望めないが、土を起こして置き、タイガーファング2往復目に夏野菜の種や苗をお願いしようと思う。
虎の牙の5人が来たのは、それから10日後のことだった。
今回は、マスターがジーノとエリック、ゼノを連れて一緒に森を確認していた。俺は、あの3人とは話せていない。
虎の亜人であるギュンターとエルフのエミルが残って俺の相手をしていた。ギュンターは口数こそ少ないが良い人だ。高い高い的な事を突然しなければ、だが。
エミルはギュンターと違って良く話す。
「クライくん、こんどは何そだてるの~」
とか
「ピカーってひかるチカラを、水じゃなくて、“水晶”とかにできないかな」
とか、そんな話だ。
子供の俺に合わせているつもりなのかもしれないが、マスターと違ってゆっくり簡単な言葉を選んで話しかけてくれる。ただ
「こんどは、なつやさい。ますたぁ、やさいすき」
と、あたりさわりなく答えているが、そのたびに本だか鞄だか分からない、取っ手が付いた分厚い本をめくりだす。突然本の世界に入ってしまう変わった人でもある。
あとはマスター達が帰ってくるまで、白湯の温度が少し熱く出来るようになったことや魔力操作で玉を作るところを見せたりしていた。
「クライくんは、まほうつかいになるんだね~」
などとニコニコしながらエミルが言っていた。
俺はマスターに夏野菜の苗と秋野菜の種をお願いした。
一度来たら、また2週間ほどしたら来る。それが決まりの様子だった。
虎の牙は来るたびに、大体ジーノ達3人が見回りに行き、ギュンターとエミルが俺のおもり役となっていた。周期的には大体4~半年に一度来るといった感じだ。
来るたびに畑が広がっているし、家を中心に瘴気が薄らいでいくことに、面白いほど分かりやすくリアクションをとってくれる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
春が来て、夏が来て、秋が来て
そしてまたマスターが苦手な冬が来る。
冬は、どの冬も何だかんだと一緒に寝ることが多かったけど、春になると自然と自室に戻っていた。何か特別打ち合わせたわけでもないけど、自然とそうなっていた。
果樹も順調に育っている。
初めて1つの木に実が付いた時は、あんなに後光で照らしていても、あんまり甘くは無かったけれど、マスターが砂糖で煮てジャムにしてくれた。マスターの使う分以外は、ほんの少しのお金になったようだ。
全部で9本植えた果樹も、ようやく実を付け出したのだ。
言葉だって、時と共に徐々に流暢に話せるようになってきた。この冬には
「マスター、今日も手冷たいな」
とハッキリ言えるようになっていたのだ。
魔法だって、ちょこっと出来るようになってきた!
簡単な傷なら治せる回復や、『神の気』が混じって白色になる火の魔法で、そんなに明るくない灯、拾って投げた方がマシなレベルだけど石礫・・・ちょこっとだ。
俺が『卵』から出て、この家で、マスターと暮らすようになってから4年が経過していた――
周囲の木々より一際幹が太い大きな樹の上。
俺は、畑仕事とマスターとの実戦練習で汚れたタンクトッブとブカブカで脛まである焦げ茶のハーフパンツを穿き、ここらで一番背の高い木に登ると周囲を見下ろしていた。
「どこにいやがる…俺の畑を荒らしやがって」
家の前の大きな畑以外にも、伐りやすい木を伐採し小さな畑をあちらこちらに作っていた。その畑の内、家から遠いところのものが最近荒らされているのだ。畑のいくつかは踏み荒らされ、いくつかは1個、2個とサラダ用の野菜がとられている。
荒らされたものは『大人の足跡』が見られたのだ。虎の牙以外入って来なかった森も瘴気が薄れてくると野生動物や動物のような魔物も姿を見せるようになってきていた。
だが、人の足跡は初めての事であった。
マスターも森の巡回範囲を広げているが、畑に関しては
「クライ、自分の開拓地だ、自分で解決して見せろ」
と鋭い目つきで言い放ったのである。
誰だ!!こんな森の奥まで来て、わざわざマスターの怒りの琴線に触れるなんて!!
「マスターに・・・怒られる」
俺の目頭が熱くなる。俺が悪いわけじゃないのに。
周囲を、くまなく見渡すが手がかりも無かった。
日も暮れて来たし、今日のところは戻ろう。
瘴気が薄くなり住み着いた魔物は日が沈んでから活発に動き出す。
畑には柵をたて外向きに杭も打ち込んである。家の周りはマスターが買い付けた石柱を立て、何やら手を加えていたので安全らしい。
これまでは、畑をあらしたヤツがいても、狩りだして夕飯に出来ていたが、今回は人の足跡だ。
家に戻りながら考える。
「絶対に、つかまえてやる」




