無益な殺生はやめましょう
スペレーセ大陸に広大な領地を持つ、アダン王国は国王ヴォクス9世のもと隆盛を極めていた。
暑い日が続いていた八月の初め、首都から南へ約200Kmに位置するパラディウス領は喜びで湧いていた。
王国の有力貴族であるサルパン・ド・パラディウス公爵に跡継ぎとなる双子の男の子が生まれたのだった。
長男のカインは2歳の時に、原因不明の病に侵されてから城を出ることもなく過ごしていたが、次男であるアベルは健やかに育ち、領地で駆けまわる愛らしい姿は、領民たちにとって笑顔をさそう光景であった。
4歳になったカインは、我が家である広大な城にある書庫に独りきりで篭ってた。
2歳の時に、アベルの片割れであった、この身体を奪って以来、両親はもちろん特にアベルと顔をあわせ辛いまま、書庫と自分の部屋を往復するだけの生活である。
「結局、生まれ変わっても同じなんだなぁ。俺・・」
今の自分を改めてかえりみ、自嘲気味に呟いても、誰も返す者はもちろんない。
カインが初めてアベルに会った時、カインはこの身体に、元々はアベルの兄の魂があったことを知った。
それ以来、アベルと目をあわすのが怖かった。
両親は、それまで常に一緒で中の良かった一卵性双生児の二人の距離が遠くなったことを不思議に思ったが、初めての子供であった事や、とりあえずカインの身体が大丈夫であることに安心して、そこまで気にすることはなかった。
カイン自身、魔力切れを起こすことによって死にそうな状況になることがわかってからは、わざとその状況に自分をおくことによって、病弱キャラを確立し、出来る限り家族とは顔をあわせないようにしている。
(次は、これを試してみるか・・)
カインは、書庫に納まっている膨大な魔法書のなかから、できるだけ多く魔力を消費しそうなものを選ぶと、手のひらで展開し始めた。
その直後、紫色に輝く魔方陣が現れ、書庫の中が黒い靄で満たされ始めた。そしてカインの目の前には、蝿のような羽を持った巨大の男が現れた。
「我を呼んだのは、お主か」
男は、凄みのある凶悪な笑みを浮かべてカインに問いかけた。
「そうですが、ベルゼブブさんで間違いないですか」
「いかにも。ルシファーが第一の側近、ベルゼブブである。
我と契約したいならば、まず我を倒し、はお主の力を見せてみよ」
ベルゼブブはそう宣言すると、カインを圧倒するため自身の魔力を全開させ、書庫の本を撒き散らかしたが、カインは自分の手元にある本を飛ばされないよう抑えるだけで、表情にはまったく変化がなかった。
「とりあえず、契約しなくて良いんで、片付けだけしてお帰りください」
「・・・」
予想外のカインの言葉が、ベルゼブブには理解できず一瞬呆然となったが、気を取り直して再び威厳のある顔つきをつくった。
「我を倒せぬと悟ったか。では、お主を殺して暴れまわるとしよう」
「えーと、別に契約したかったわけじゃないんで。たぶんこの書庫の結界から出れるとも思えないし・・・これ以上、部屋荒れる前に帰ってもらえるとありがたいんですけど」
「確かに、お主の力は強固なもののようだが・・・では、何故呼んだ」
「そこに召還魔法があったから?」
「・・・だから契約する為ではないのか」
「だから、キャッチ・アンド・リリースです」
「キャッ・・・なんだ?」
「プロの嗜みです」
「・・・とりあえず、我と契約しろ」
「嫌です」
間一髪入れず答えたカインとベルゼブブの間には重苦しい沈黙が流れたが、カインは少し面倒くさそうな表情をすると、魔力を込め始めた。
「おお、では契約を始めるか」
ベルゼブブは、カインの魔力を感じると、悪魔らしからぬ爽やかな笑顔を浮かべると両手を広げて待った。
「・・・では、お疲れ様でした」
カインはそれだけ言うと、ベルゼブブの足の下に再び魔方陣が出現し、徐々にメルゼブブを吸い込み始めた。
「ちょっと・・待て。けいや・・・」
ベルゼブブが言い切る前に、全身を吸い込み魔方陣が消えると、立ち込めていた黒い靄も消え去り荒れたままの書庫を見渡せるようになった。
「・・・片付け、面倒だな」
無表情で呟いたカインの言葉が、寂しく書庫に響いた。




