秘密の場所
シャルディが来てから、半年ほどたった。
ほぼ毎日続いている授業によって、カインとアベルは貴族の子息としての嗜みを身につけ、魔法に関しても生活で利用する程度のものは一通り使える様になっていた。
最初こそ、全く会話のなかった二人であったが、共に過ごす時間が増えた事で、一言、二言くらいは話すようになった。
ただ、一方的に話しかけるアベルに対して、カインが言葉少なく返事をするだけ、というものではあったが。
その日、シャルディが急遽、仕事で王宮に呼ばれ、二人きりで自習することになった。
いつもはシャルディの穏やかな声が響いている勉強部屋は、重苦しい沈黙が続いていた。
カインは、今すぐにでも書庫に篭りたかったが、そういう訳にもいかず、既に内容を把握している魔法書に集中しているふりをしていた。
「ねー、カイン。一緒に、外に出ようよ」
気まずい空気だと思っていたのは、カインだけだったようである。
「でも、これ読んどくように言われてるよ」
「僕は終わったから。カインも大丈夫でしょ。魔法得意だし」
「・・・そんな事ないけど」
思っていたより自分のことを見ているアベルに驚きながら、実質的精神年齢35歳が5歳児に言いくるめられるわけにもいかず、カインは言い訳の台詞を探していると、アベルは早々に本を閉じて立ち上がった。
「大丈夫だよ。もし、わかんないとこがあったら僕が教えてあげるよ」
アベルは無邪気で可愛らしい笑顔を向けてきた。
「でも・・二人でとか危なくないの」
アベルは、渋っているカインの手を掴んで引っぱった。
「僕、剣持ってくし、父上に褒められてるんだよ」
アベルは自慢げに言った。
カインは、初めて触れたアベルの手に、緊張しながら言い訳を考えていたが、普段、外で走り回っているアベルに、引きこもりの自分が敵うはずもなく、無理矢理ひずられるように部屋を出た。
そのまま城を出ようとする二人に、使用人が慌てて飛んで来た。
「アベル様、カイン様、外に出られるのですか」
「うん。カインと一緒に外で魔法の練習してくる」
「では、遠くに行き過ぎないよう気をつけてくださいね」
カインは思ったよりすんなり出れたことに驚いたが、どこか距離のある兄弟が仲良くしているのが嬉しかったのだろう、使用人たちの顔が緩んでいるのがわかった。
最近では、カインもシャルディの授業で外にでたり、魔力切れが、実は危険なことであることがわかってからは、魔力切れを恐れる気持ちからセーブしていた為、元気だったこともある。
「・・・アベル、手」
カインの腕を掴んだまま、ずんずん進んで行くアベルに、カインは気恥ずかしい気持ちになった。
「カインは、そんなに外でないから、僕が案内するよ」
ニッコリして手を握りなおしたアベルに、カインは諦めて、小さな笑顔を返した。
カインは初めて生まれて、まるで物語の中のような、でこぼこした道に、石造りの建物、そして馬車が走る、この世界の街の姿を見た。
てっきり庭で魔法の練習をするのだと思っていたが、アベルは最初からサボるつもりだったのか、カインの手を引いたまま城を出てしまった。
小高い丘の上にある城から降りて街中に入ると、アベルはいたるところからから声をかけらていた。
その全てに対しアベルは笑顔で返していて、カインは改めて、この街の活気に感動しながら、どこか眩しい気持ちでアベルの背中を見た。
サルパン家が代々当主を務めているパラディウス領地の中心地であるこの町は、「水の街」と呼ばれるほど街中に細い支流張り巡らされており、豊かな自然に恵まれた美しい都市として有名であった。
歴史は王宮のある首都と並ぶほど古いが、長く当主のお膝元として善政を敷かれている為、サルパン家と町民の関係は良好で、アベルに対する親しげな反応も、そのような背景があるからである。
「アベル、どこまで行くの」
まったく躊躇せず城から離れていくアベルに、さすがに心配になったカインは自分から話かけた。
「まだ内緒。きっとカイン驚くよ」
アベルは楽しそうに言って、足を速めた。
二人が城をでて20分くらいだろうか、街の活気が減ってきたあたりまで来ると、アベルは足を止めた。
「ここだよ。秘密基地なんだ」
アベルが自慢げに指をさした先には、雑草が伸び放題の庭にそびえ建つ古ぼけた館があった。




