↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者が死んだので、俺が“勇者だったこと”にされた  作者: 綴木 灯
第三章「勇者からずれていく」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/33

Episode 021 — 勇者がいなくても、止められる人

二日前に集まり始めた人たちは、二日で減らなかった。


顔ぶれだけが入れ替わった。


D地区の帰還待機所は、街道が三つに分かれる場所にある。


東がドラン。


北が連合側の集落。


西へ行けば《灰橋》方面。


普段なら、道を選ぶための場所だった。


今日は、人を渡すかどうかで揉めていた。


「第五輸送隊だ!」


柵の向こうから声が飛ぶ。


「そいつらの隊番号、紙に出てるぞ!」


帰還者の列が止まった。


二十人ほど。


男も女もいる。


荷車は三台。


昨日まで別の待機所にいた旧補助部隊の人たちで、今日ここから西側の保護路へ入る予定だった。


胸には白い通行札。


そのうち四人の旧所属欄に、同じ文字がある。


**旧補助第五輸送隊。**


柵の外には、その文字だけを書き写した紙を持っている人間がいた。


紙そのものは軍の書式ではない。


手書きだった。


上には、D地区北側で戦争中に焼かれた三つの集落名。


その下に、いくつかの部隊番号。


第五輸送隊もある。


「この紙は?」


俺が聞く。


帰還手続きの係員が首を振った。


「出所を確認中です。戦後の聞き取りを誰かがまとめ直したものらしいですが、原本との照合はまだ」


「全部嘘かもしれない?」


「そうとも言えません」


すぐ返ってきた。


「少なくとも、北側三村で被害があったことは記録にあります。旧魔王軍系の部隊が通った証言もある。ただ、この四人が何をしたかは別です」


別。


たぶん、そこが今日一番大事だった。


柵の外にいる人たちには、そう見えていない。


四十人くらい。


地元の住民。


黒い喪章をつけている人。


農作業の服のまま来た人。


軍服も六人ほどいる。


腕章を外しているので勤務中ではないらしい。


そのうち一人が柵を叩いた。


「調べるなら、こっちで調べる!」


「通したらまた消えるだろうが!」


後ろから別の声。


「この前だって敵を先に通した!」


聞いたことのある言葉だった。


俺が直接聞くのは、これで二回目になる。


回数を数えても、軽くはならなかった。


「帰還者を一歩下げて」


イレーネが言った。


声は大きくない。


でも、護衛がすぐ動いた。


「荷車の内側へ。護衛は間隔を詰める。抜剣しない」


「了解」


俺へは何も言わない。


それでよかった。


今日の護送隊は、ここから西側第一分岐の引継地点までイレーネの指揮下にある。


帰還者の通行札を確認するのは待機所の係員。


外側の連合兵を動かすのは、この地区の警備隊長。


俺の担当欄はなかった。


少し安心した。


* * *


警備隊長は、五十前くらいの男だった。


名前は聞いたが、たぶん今日しか会わない。


部下二人を連れて柵の前へ出る。


「軍服の者は下がれ」


外にいた六人を見る。


「勤務外でも所属は消えん。命令違反は取る」


三人はすぐ下がった。


二人は動かなかった。


一人だけ、前へ出た。


「隊長。北の村で死んだのは、こいつらのせいかもしれないんですよ」


「だから記録を出せ」


「出してる!」


手書きの紙を持ち上げる。


「原本を持ってこい。証言者がいるなら名前を出せ。照会を掛ける」


「その間に西へ行く!」


「通行を止める根拠が出れば、係へ回して正式に止める」


隊長は柵を指した。


「今あるのは部隊番号だけだ」


兵の顔が歪む。


「部隊が村を焼いたなら十分でしょう」


「十分か決めるのはここで怒鳴った人数じゃない」


隊長の声も少し硬くなった。


柵の外から、女の声がした。


「うちの家は焼けました!」


みんながそちらを見る。


五十代くらいの女だった。


手にはさっきの紙。


「父は逃げる途中で死んだ。弟は戻ってない。第五輸送隊がいたって、村の人が見てる」


警備隊長は黙って聞く。


「名前を伺います」


係員が紙を持って近づいた。


女は名乗った。


村の名前も。


見たという人の名前も二人出した。


係員が全部書く。


嘘だとは言わない。


本当だとも、まだ言わない。


女は柵の向こうを見る。


「それでも帰すんですか」


答えたのはイレーネだった。


「今日は引き渡さない」


女がイレーネを見る。


「敵を?」


「今、私の護送下にいる人を」


イレーネは言った。


「正式な移管命令か、通行停止の記録が出るまでは渡さない」


「勇者様の命令ですか」


「違う」


短かった。


「私の指揮です」


柵の外がざわついた。


俺も少しだけ驚いた。


内容ではない。


あまりに迷わず言ったからだった。


* * *


最初に柵を越えようとしたのは住民ではなかった。


軍服の男だった。


さっき警備隊長の前へ出た兵だ。


横の低い柵に手を掛ける。


「待ってたら逃げる!」


警備隊長が言う。


「戻れ!」


男は越えた。


着地する。


帰還者の四人のうち、一人へ向かう。


四十くらいの、痩せた男だった。


第五輸送隊と書かれた札を胸につけている。


護衛が二人、間へ入る。


軍服の男が片方の肩を押した。


そこでイレーネが動いた。


速かった。


男の前へ入り、剣の柄に伸びかけた右手を押さえる。


「手を離して」


「クロイツ副官、どいてください」


「戻って」


「そいつらは――」


「戻って」


同じ声だった。


男が腕を振った。


たぶん、イレーネを殴るつもりではなかった。


邪魔な腕を外そうとしただけだと思う。


それでも次の瞬間には、男の腕が背中へ回っていた。


剣帯が外される。


膝が地面についた。


派手な音はしなかった。


「隊長」


イレーネが呼ぶ。


「そちらの兵です」


警備隊長がすぐ来る。


「拘束する。命令違反と護送妨害」


自分の部下へ言った。


二人が男を受け取る。


イレーネはそのまま護衛へ向く。


「列を詰める。帰還者は荷車の後ろから出ない」


「了解」


今度は、外から何人も声が上がった。


「敵を守るのか!」


「味方を縛ってまで!」


「また敵側が先か!」


最後の言葉だけは、前より近かった。


俺のほうを見る人間が増える。


来ると思った。


「勇者様!」


やっぱり来た。


さっきの女ではない。


黒い喪章の男だった。


「勇者様はどうなんです!」


何を、と聞く必要はなかった。


「こいつらをこのまま帰すんですか!」


視線が集まる。


前なら、ここで一言言うのが仕事だった。


たぶん今も、言えば効く。


勇者が前へ出る。


敵も味方も落ち着けと言う。


昔から何度も使われてきた形だ。


イレーネは俺を見なかった。


護衛の間隔を直している。


警備隊長は拘束した兵の名前を確認している。


係員は女の証言を書き続けている。


もう、動いている人がいた。


俺が真ん中に入らなくても。


「この護送の指揮はクロイツ副官です」


それだけ言った。


男が聞き返す。


「勇者様は止めないんですか」


「別の命令は出しません」


声を張る必要はなかった。


聞きたい人は聞いていた。


それ以上は言わなかった。


正しい人が誰かを決める演説は、今日は要らない。


少なくとも俺の仕事ではなかった。


* * *


柵の外の人間は、すぐには帰らなかった。


一人拘束されたからといって、父親や弟が戻るわけではない。


怒りが消える理由もなかった。


ただ、次に柵を越える人はいなかった。


警備隊長が軍服の残り五人を道路の反対側へ下げる。


「勤務外兵は全員、詰所で事情聴取。拒否するなら上官へ回す」


今度は全員従った。


住民には係員が一人ずつ回る。


紙の出所。


証言者。


村名。


日付。


書けるものは書く。


分からないものは分からないまま残す。


第五輸送隊の四人も、何もなかったことにはならなかった。


係員が通行札に小さな印を追加する。


「照会継続。次の中継所でも所在確認を取ります」


痩せた男が聞く。


「俺たちは捕まるんですか」


「今は通行許可が有効です」


係員が答える。


「正式な照会命令が来れば、次の場所で話を聞くことはあります」


男は何か言いかけて、やめた。


無実だと叫ばなかった。


それで無実だとも、有罪だとも分からない。


「出す」


イレーネが言った。


護衛が動く。


一台目の荷車。


二台目。


帰還者が柵の内側から西の道へ入る。


外から罵声が飛ぶ。


石は飛ばなかった。


護衛の一人がイレーネへ聞く。


「副官、後ろにつきますか」


「最後尾」


「勇者殿は」


「中央。いつもどおり」


仕事の声だった。


俺に聞かずに決める。


それも、いつもどおりだった。


列が動き出す直前、柵の外から女の声がした。


さっき証言した人だった。


「クロイツ副官!」


イレーネが振り向く。


「あなた、どっちの兵なんですか」


イレーネは少しだけ止まった。


「今日は、この護送の指揮です」


それだけ答えた。


女は納得しなかった。


当然だった。


俺も口を挟まなかった。


* * *


西側第一分岐で、予定どおり次の護衛隊へ引き継いだ。


帰還者の列は、そのまま西へ進んでいく。


第五輸送隊の四人も一緒だった。


照会の印をつけたまま。


俺たちは待機所へ戻った。


待機所では、セレクが係員と話していた。


今日の帰還登録を確認するため、朝から来ていたらしい。


俺たちを見ると、先にイレーネへ向いた。


「先ほどの件、記録は残りますか」


「残す」


イレーネが答える。


「護送妨害一件。地域側の照会申立て。帰還者四人は所在確認継続」


「誰の命令で引き渡さなかったかも?」


「私」


セレクは一度だけ頷く。


それから係員を見る。


「記録にも、その名前で?」


係員が台帳を確認する。


「護送指揮、イレーネ・クロイツ副官。地域側の兵士拘束はD地区警備隊長命令です」


「そのまま残してください」


セレクが言った。


俺は聞く。


「何に使うんです」


「帰るよう勧める時に」


セレクは台帳を見る。


「誰が止めたかは必要です」


それ以上は広げなかった。


今日、柵を越えた一人を止めた人間の名前が残った。


それだけだった。


台帳には、イレーネ・クロイツと書かれていた。


* * *


「勇者殿、何か手続きがありますか」


係員が台帳を閉じながら聞いた。


俺は帰りかけて、止まった。


せっかく道の机がある。


一つ、確認しておきたいことがあった。


「会議が終わったあとの個人移動って、ここで申請できます?」


係員が顔を上げる。


「個人移動?」


「ミレア方面です」


言うと、少し懐かしい地名に聞こえた。


係員は別の帳面を出した。


人名ではなく、役職ごとの移動予定が並んでいる。


指を滑らせる。


一度戻る。


もう一度見る。


「勇者殿の個人移動枠は、こちらでは受け付けられません」


「前から?」


「いえ」


係員が困った顔をした。


「現在、勇者殿の移動は警護行程側で一括管理になっています。個人旅程を入れるなら、調整局と警備側の確認が必要です」


俺は帳面を見る。


「いつからです?」


「そこまでは、こちらでは」


係員は別の紙を探す。


「確認を回しますか」


「お願いします」


簡単な返事だった。


ミレアへ行く。


そのための道を一つ確認するだけだった。


今日、誰が誰を止める権限を持っているかを何度も見た。


最後に確認したのが、自分の道だった。


そこだけ、誰の欄に入っているのか分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。