↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者が死んだので、俺が“勇者だったこと”にされた  作者: 綴木 灯
第二章「勇者が残したもの」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/33

Episode 014 — 勇者が何もしなくても、兵は下がれる

兵が下がるところを、初めて見た。


俺が何も言っていないのに。


《灰橋》の西側には、朝から荷車が十二台並んでいた。


食料。


矢束。


予備の槍。


天幕。


壊れた車輪まで載っている。


戦うための荷物というより、戦い続けるための荷物だった。


それが前線から後ろへ動く。


今日やるのは、そういう話らしい。


「全部ではありません」


リーゼが言った。


橋の脇の机には、大きな地図が一枚広げられていた。


「西側は前進補給列を第三標まで下げる。橋前の予備兵は半数を後方待機へ移す。東側も、事前に合意した補給列と予備隊を指定線まで下げる」


指が地図の左右を順番に示す。


「西側の履行確認後に東側が動く。両方の確認が取れたら、《灰橋》を今日は二刻開けます」


二刻。


前より長い。


そのぶん、渡れる人も増える。


ただし、そのために先に兵と荷物を動かす。


昨日までなら、橋のほうが先だった気がする。


今日は違うらしい。


連合側の隊長は、すでに命令書を持っていた。


決めるために来たのではない。


実行するために来ている。


それでも、出発前にこちらを見た。


「勇者殿からも、一言いただければ」


突然、仕事が来た。


俺はリーゼを見る。


リーゼは地図を見ている。


助ける気はなさそうだった。


「もう命令は出てるんですよね」


「出ています」


隊長が答える。


「なら」


俺は西側の荷車を見る。


馬が二頭、暇そうに草を噛んでいた。


「俺は見てます」


隊長の顔に、少しだけ困ったものが浮かんだ。


たぶん、もっと勇者らしいことを期待していたのだと思う。


リーゼは何も言わなかった。


* * *


最初の荷車が動いたのは、太陽が橋の欄干より高くなってからだった。


御者が手綱を引く。


車輪が一度、石に引っかかる。


それから、ゆっくり西へ向く。


一台。


二台。


三台。


十二台が一列になって、街道を下がっていく。


荷台の槍先が揺れる。


積んだ樽が鳴る。


橋前に残っていた兵も、二つの隊に分かれた。


半分が隊列を組む。


そのまま荷車の後ろへつく。


誰も歓声を上げない。


見物人はいる。


役人もいる。


橋を渡る予定の家族もいる。


でも、兵が自分たちから遠ざかっていくのを見て、どう反応すればいいのかは誰も決めていないらしい。


俺も分からない。


勝った時なら拍手する。


帰ってきた時も拍手する。


下がっていく兵には、何をすればいいのだろう。


何もしないまま見送った。


荷車の最後尾が街道の曲がり角へ消える。


それでも終わりではない。


第三標まで着いたことを確認しなければならない。


伝令が走る。


伝文晶の係が机の横で待つ。


待つ時間が始まった。


* * *


待つのは、動くより長い。


少なくとも見ている側には。


橋の向こうでは、東側の兵がまだそのまま立っている。


補給列も動かない。


東側の確認線にはセレクがいた。


遠くて表情は分からない。


こちらを見ているのかも分からない。


たぶん、向こうも同じように待っている。


十五分。


三十分。


時間だけが増える。


「遅くないですか」


俺が小さく聞く。


イレーネが答える。


「荷車十二台よ」


「そうでした」


舞台なら暗転で飛ばせるところだった。


今日は飛ばない。


さらに待つ。


やがて伝文晶が淡く光った。


係の役人が読み上げる。


「西側前進補給列、第三標到着。十二台確認。予備兵、後方待機線へ移動完了」


リーゼが聞く。


「現地確認者」


名前が二人読み上げられる。


一人は連合側。


もう一人はハルフェンの監察員だった。


リーゼが東側を見る。


橋の向こうでも、ほぼ同時に人が動いた。


旗が一度上がる。


東側の補給列が動き始めた。


今度は、こちらへ近づくのではない。


向こうへ下がっていく。


橋を挟んで、両側の荷車が遠ざかった。


変な景色だった。


戦争中なら、遠ざかる敵を見て追うのかもしれない。


今日は誰も追わない。


追わないことが予定に入っている。


* * *


東側の確認には、さらに時間がかかった。


途中で一台の荷車が止まった。


こちらからでも分かった。


車輪の周りに人が集まる。


しばらくして、人が散った。


荷車がまた動く。


壊れたわけではなかったらしい。


馬具を直しただけだと後で聞いた。


そういう理由でも和平は十五分遅れる。


便利なのか不便なのか分からない。


今度は東側に配置された監察員から確認が入った。


伝文晶の係が文面を読み上げる。


「東側前進補給列、指定線到着。申告十一台、十一台確認。予備隊、後方待機線への移動完了」


確認者の名前も続く。


東側指揮官。


ハルフェン監察員。


リーゼは手元の表へ二本目の線を引いた。


「両側、第一段階履行確認」


西側の隊長が息を吐く。


橋の向こうでも、誰かが旗を下ろした。


リーゼが門の係へ向く。


「開けます」


今度は、誰も止めなかった。


* * *


閂が外れる。


前より音が軽く聞こえた。


たぶん気のせいだ。


《灰橋》の門が開く。


最初に渡ったのは、担架ではなかった。


小さな荷車だった。


荷台に老人が一人座っている。


隣に鍋が三つ。


毛布。


木箱。


家一軒を小さくしたような荷物だった。


橋の中央で、鍋が一つ鳴った。


誰かが笑った。


そのあとに、歩く人が続く。


元捕虜。


戻る家族。


書類を抱えた役人。


旧魔王軍側へ帰る負傷者。


こちらへ戻る連合兵。


全員が同時ではない。


列を分ける。


数を確認する。


武器は置く。


止まる時は止まる。


それでも、前より長く門は開いたままだった。


俺は橋脇の見張り台に立っていた。


仕事は、ほとんどなかった。


時々、こちらを見た人へ手を上げる。


それくらい。


「勇者様!」


橋の上から声がした。


さっきの老人だった。


荷車の横から手を上げている。


俺も返す。


すると、その周りからも声が上がった。


「勇者様!」


「ありがとうございます!」


「これで帰れます!」


一つ増えると、あとは早かった。


橋のこちら側でも拍手が起きる。


向こう側では、拍手まではしない人も多い。


それでも何人かは手を上げた。


俺は見張り台の上で、いつもの顔を作る。


胸を張りすぎない。


手は高く上げすぎない。


笑う。


拍手が大きくなる。


今日、俺がしたのは、ほとんど見て、手を振ったくらいだった。


それでも拍手は俺へ来た。


不公平だと思った。


そして。


かなり気分が良かった。


そこが困る。


* * *


二刻後。


門が閉まった。


予定どおりだった。


閉まる時に揉める人はいた。


「あと一組だけ」と言う家族もいた。


リーゼは開けなかった。


「明日の枠へ回します」


「勇者様から言ってください」


こちらへ声が飛んでくる。


俺は一瞬、口を開きかけた。


あと一組くらい。


そう言えば済む気もした。


でもリーゼが先に言う。


「今日はここまでです」


声は変わらない。


俺は口を閉じた。


家族は納得していなかった。


当然だと思う。


ただ、門は閉まった。


今日開いた時間が長かったからといって、何でも通るようになったわけではない。


* * *


夕方、橋の西側に臨時の掲示板が出た。


今日の通過人数。


帰還者。


移送者。


照合件数。


次回予定。


一番上には、大きな文字で書いてある。


勇者ユリウス立会いのもと、第一段階後退および灰橋拡張開放を実施。


「立会い」


俺は読んだ。


「何」


隣のイレーネが聞く。


「便利な言葉ですね」


「事実でしょう」


「事実ではあります」


間違ってはいない。


俺はいた。


かなり長い時間いた。


それだけは確かだ。


掲示板の前では、人が内容を読んでいる。


中には「勇者が兵を下げたらしい」と話している人もいた。


もう少し正確に読んでほしい。


そう思ったが、訂正しに行くほどでもなかった。


というより。


訂正して拍手が減るのも、少し惜しかった。


「人気者だな」


後ろから声がした。


オスカーだった。


いつ来たのか分からなかった。


護衛と役人を二人連れている。


「今日、何もしてませんけど」


「いたじゃないか」


「掲示板と同じこと言いますね」


オスカーは笑った。


橋の向こうを見る。


東側でも撤収が始まっている。


「実務が回った日に、勇者がそこにいた。それで十分、分かりやすい成功になる」


嫌な言い方ではなかった。


むしろ、仕事の話をしているだけの声だった。


「こういう成功は使いやすい」


「次は?」


俺が聞く。


「もう少し大きい開放日を組めるかもしれない。今日の結果次第だったからな」


「俺も?」


「もちろん」


即答だった。


俺はさっきの拍手を思い出した。


断る理由は、まだなかった。


「分かりました」


橋の向こうでは、最後の確認旗が下ろされていた。


兵が下がった日、勇者の仕事は減るどころか、少し増えたらしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。