↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者が死んだので、俺が“勇者だったこと”にされた  作者: 綴木 灯
第二章「勇者が残したもの」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/32

Episode 013 — 道が消えれば、肩書きは役に立たない

橋は、勇者でも直らなかった。


当たり前だが、現場まで来ると少しだけはっきりする。


南西帰還路の石橋は、昨日まで橋だった形をまだ残していた。


川の両岸から石造りの床が伸びている。


中央も落ちてはいない。


ただ、真ん中の橋脚が下流側へずれていた。


床がそこで斜めに沈み、石の継ぎ目が指一本分ほど開いている。


「歩くだけなら?」


俺が聞くと、工兵が首を振った。


「誰も乗せないなら、確認のために私が行きます」


「負傷者を乗せて?」


「行きません」


分かりやすかった。


橋の手前には荷車が五台止まっていた。


二台は負傷者用。


残りは荷物と食料。


連合の護衛兵。


旧魔王軍側から戻る負傷者と、その付き添い。


合わせて三十人ほど。


予定では、この橋を渡って西へ進み、そのままハルフェン方面の街道へ合流するはずだった。


予定は、川の上で少し傾いている。


「迂回路を見た斥候は?」


イレーネが聞く。


若い兵が前へ出た。


靴が膝まで泥だらけだった。


「山側の旧炭焼き道は通れます。ただ、荷車は二台が限界です。道幅がない場所が二か所。今朝の足跡は、その先の尾根で見つけました」


「数は」


「はっきりしません。少なくとも六、七。制式靴ではありません」


「向き」


「北へ入って、途中で消えています」


「待ち伏せの痕跡は」


「見ていません」


イレーネが橋を見る。


次に空を見る。


雲が低い。


俺も見る。


特に何も分からない。


「ここで待つのは?」


護送隊の兵が聞いた。


「雨が来たら川が上がる」


イレーネが答える。


「橋際に三十人と荷車五台を固めたままにするほうが危ない」


旧魔王軍側の付き添いの男が口を挟んだ。


「山道に武装した連中がいるかもしれないんでしょう」


「いるかもしれない」


「なのに行く?」


「ここにいても、安全だとは言ってない」


声は冷たくなかった。


ただ、選択肢を減らしていく声だった。


イレーネが俺を見る。


「勇者殿」


「はい」


「真ん中にいて」


「真ん中」


「前に出ない。勝手に止めない。何かあったら、私が言った方向へ動く」


「分かりました」


かなり具体的だった。


助かる。


勇者の肩書きは、橋脚の位置を戻してくれない。


山道の足跡が誰のものかも教えてくれない。


今日の俺にできることは、今のところ、言われた位置にいることだった。


* * *


残す荷車を決めるのに、一悶着あった。


「薬箱は持っていく」


旧魔王軍側の付き添いが言った。


「重い」


連合の護送兵が答える。


「だから置いていけと?」


「全部とは言ってない」


「必要になった時に、どれが要るか分かるのか」


声が少し上がる。


イレーネが箱の蓋を開けた。


中を見る。


そして、横にいた軍医へ聞く。


「今日中に必要なもの」


軍医が三つの包みと小瓶を指す。


「これ。あと替えの包帯」


付き添いの男がもう二つ足した。


「この粉も。傷口が開いた時に使ってる」


軍医が見る。


「持つ」


それで決まった。


箱そのものは残す。


必要な分だけ布袋へ移す。


誰が正しいか決めるより早かった。


重い荷車を三台、橋の東側にある監視小屋へ寄せた。


食料と薬は分ける。


歩けない負傷者は担架へ。


軽い荷車二台には、横になったまま運ばなければ危ない者を乗せる。


「それ、こっちへ」


連合兵が担架の端を取る。


反対側を旧魔王軍側の男が持った。


二人とも一瞬、相手の手を見た。


「落とすなよ」


「そっちこそ」


仲良くなったわけではないらしい。


そのままでいい。


担架は上がった。


* * *


山道は、道と呼ぶには細かった。


片側が斜面。


反対側が谷。


昨日まで荷車が通る予定だった人間には、あまり親切ではない。


先頭に斥候。


その後ろにイレーネと護衛。


負傷者。


俺。


さらに負傷者。


後衛。


俺は本当に真ん中に置かれた。


少し屈辱的なくらい安全な場所だった。


でも、前へ行ったところで役には立たない。


一刻ほど進んだところで、列が止まった。


前方から合図が来る。


全員が声を落とした。


俺も黙る。


イレーネが斥候と一緒に先へ消えた。


待つ。


風で木が鳴る。


担架の上で誰かが咳をする。


連合兵が剣へ手を置いている。


旧魔王軍側の付き添いも、何も持っていない手を握っていた。


数分後、イレーネが戻る。


「足跡」


それだけ言う。


「新しい?」


護送隊長が聞く。


「朝よりは古い。尾根を北へ抜けてる。こちらへ降りた跡はない」


「追う?」


「追わない」


即答だった。


俺は何も言わない。


追う理由も、追わない理由も、俺には判断できない。


列がまた動く。


誰かが襲ってくることはなかった。


そのほうがありがたい。


危険というものは、必ず襲いかかってきてくれるわけではないらしい。


ただ、いるかもしれないというだけで、人を遅くする。


* * *


午後から雨が降った。


最初は細かった。


すぐに、木の葉から落ちる水のほうが多くなった。


山道の土が柔らかくなる。


二台目の軽荷車が、斜面側へ車輪を取られた。


「止めろ!」


声が飛ぶ。


馬が暴れる。


荷車が少し傾く。


中で負傷者が声を上げた。


俺は動きかけた。


「そこにいて!」


イレーネの声で止まる。


前から三人。


後ろから二人。


車輪へ木片を噛ませる。


馬の手綱を短く持つ。


旧魔王軍側の付き添いが荷台へ身体を入れ、負傷者を反対側へ寄せた。


「今!」


イレーネの声。


兵が押す。


車輪が泥から抜ける。


荷車が戻る。


十数秒だったと思う。


「行ける?」


イレーネが軍医へ聞く。


「今のところは」


「次の中継所まで?」


「屋根があるなら」


イレーネが斥候を見る。


「第六中継哨」


「この先、半刻ほど」


「そこまで行く」


決まった。


俺には反対する材料も、別案もなかった。


* * *


第六中継哨は、砦というほど大きくなかった。


木柵。


倉庫。


馬小屋。


兵舎が二棟。


門の上に連合旗。


雨の中では、それだけでもかなり立派に見えた。


門前で列が止まる。


今度は道ではなく、人に止められた。


「旧魔王軍側の者は入れられません」


中継哨の責任者は、三十代くらいの士官だった。


雨具の襟まできっちり留めている。


「現在、周辺に所属不明の武装者情報があります。警戒命令中です」


イレーネが護送書類を渡す。


「停戦合意下の帰還護送。全員、こちらの管理下」


士官が読む。


「平時なら通します」


「平時じゃないから止まってる」


「だから入れられないんです」


声は強いが、理屈は分かる。


中に敵だった人間を入れた直後、外から誰かに襲われたら面倒だ。


中に入れた人間自身が問題を起こす可能性だって、彼には切れない。


雨が強くなる。


後ろで負傷者が咳をした。


軍医が俺を見る。


正確には、俺ではなく勇者を見る。


来た。


ここまで何の役にも立たなかった顔に、ようやく仕事が回ってきた。


「中に何人入れられますか」


俺が士官へ聞く。


「勇者殿?」


「兵舎じゃなくていい。屋根がある場所」


士官は少し考える。


「外庭の荷捌き場なら、二十人程度」


イレーネがすぐ続けた。


「負傷者と付き添いをそこへ。連合兵を外周につける。持ち込み武器なし。倉庫、兵舎、通信室には入れない」


「規則上は、警戒時の旧敵性人員受け入れは――」


「私の護送下よ」


「何かあれば、こちらの責任になります」


「護送上の責任は私の命令に載せる」


イレーネは書類を指した。


「外庭の管理はそちら。条件違反があれば、すぐ外へ出していい」


士官はまだ迷っていた。


「勇者殿も、この条件で?」


今度は俺を見る。


「はい」


それなら答えられる。


「俺もここにいたことを、記録に残してください」


しばらくして、士官が書類を返した。


「外庭のみです」


イレーネが頷く。


「十分」


門が開いた。


* * *


外庭の荷捌き場には、大きな庇があった。


床は土だったが、雨は当たらない。


担架が一つずつ下ろされる。


連合兵が入口側。


旧魔王軍側の付き添いは奥。


間に軍医と荷物。


きれいに分かれた。


完全には混ざらない。


それでも、同じ屋根の下には入った。


「そっちの布、使っていいか」


旧魔王軍側の男が聞く。


連合の補給兵が積み棚を見る。


「一枚だけだ。返せとは言わん」


「二枚いる」


「一枚」


「怪我人が二人いる」


補給兵が嫌そうな顔をする。


結局、二枚出した。


仲良くなったわけではない。


たぶん、それでいい。


少しして、先行斥候が戻ってきた。


尾根の北側まで確認したが、新しい足跡は増えていない。


西へ抜ける下り道も、軽荷車なら通れる。


イレーネは日没までの残りを計算し、今日は中継哨で止めると決めた。


翌朝、雨が弱まってから出る。


誰も反対しなかった。


俺も。


* * *


翌朝、列はまた動いた。


橋は直っていない。


重い荷車も置いたまま。


武装者の正体も分からない。


それでも、昨日より先へ進める条件だけは増えていた。


山を下りる途中、道が岩壁と崖の間で急に細くなった。


軽荷車の幅では通れない。


「ここだけ担架に戻す」


イレーネが言う。


昨日なら、誰がどちらを持つかで一度止まったかもしれない。


今日は連合兵が先に担架の前を取った。


「前、持つ」


旧魔王軍側の付き添いが後ろへ回る。


「じゃあ後ろ」


それだけだった。


負傷者を荷車から移す。


細い場所を越える。


向こうでまた荷車へ戻す。


会話は少ない。


信用したからではない。


昨日、一度やった順番を覚えていただけだ。


それでも列は止まらなかった。


昼前、山道を抜けた。


西側の街道には別の護送隊が待っていた。


引き継ぎの印を確認する。


人数。


負傷者。


荷物。


昨日置いてきた三台の荷車についても記録する。


一人も増えていない。


一人も減っていない。


それだけで、今日は十分だった。


「勇者殿」


昨日の中継哨から伝令が追いついた。


小さな伝文晶の写しを持っている。


ハルフェンからだった。


緊急迂回護送について、双方の護送条件違反なし。


負傷者の引き渡し継続可。


次回協議で、《灰橋》の通行時間延長と第一段階後退確認を同時に扱う。


署名はリーゼ・マーレ。


俺は紙をイレーネへ渡した。


「道、増えますかね」


「まだ協議」


「そうでした」


列が西へ動き出す。


今度の道は、まだ消えていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。