11月。熱とお家訪問
次の日の朝も定例報告
夕食:普通
朝食:水
体調:△
朝は一限ぎりぎり教室に着いたから、鈴木くんとは顔を合わせなかった。
結局昼休みまで、選択教科とか体育とかで話せなかったけど、とりあえず中庭行けばいいのかな。
お弁当を持って中庭に向かう。
中庭に着いたけど、鈴木くんの姿が見当たらなかったから空いていたベンチに座って待つ。
顔に当たる風が、気持ちいいなー。
11月なのになんか、暑いなー。
「あ!ひかりちゃんもう来てたんだ、ごめんごめん、今日は外は寒いよ……ね、」
「ううん、なんか涼しくて気持ちいいから大丈夫。」
コンビニの袋を下げた鈴木くんが目の前に立って私を見下ろしてる。
あれ、嬉しそうじゃないな。
珍しく少し不機嫌にも見えるような感情の乏しい表現をした鈴木くんは、しゃがみ込んで片手を私の額に当てた。
男子って、手も女子となんか違うんだ。大きいし、手の皮が乾いてて硬そうな感じ。鈴木くんの手は外気のせいか冷たくて、顔の上半分が覆われて気持ちがいい。
「体調、△じゃなかったね。途中で熱出ちゃったの?」
「昼ごはん、約束してたから」
「連絡くれればよかったのに。」
そっか、その方が良かったよね。
今考えたら普通に分かるのに。
「でも、行きたかったから…」
身体が弱ると心と口が直結してしまう。
中学生くらいの時はこのせいでよくお母さんに八つ当たりしたり落ち込んだりした。
私が小さく呟いたそれが聞こえたであろう鈴木くんは、しゃがんだまま下を向いてしまった。
鈴木くんのつむじを初めて見た。
普段は見るとイラっとするワクワクしたような薄ら笑いの顔が恋しくなる。
はぁーーっと、深いため息が聞こえた。
あ、だめだったんだ。
顔は熱いのに、体の芯だけが急速に冷えていく。
誘われたからって。朝起きて熱があるのはすぐ気づいたのに。
なにやってんだろ私。
普通に迷惑じゃん。
絶対呆れられた。
早く、帰らなきゃ。
そう思うのに、気持ちに身体がついてきてくれない。
目の奥がじわじわ熱くなってくる。これ以上みっともないことしたくないのに。
地面に生温かい雫が数滴落ちて土の色を変えた。
「え?」
俯いていた鈴木くんが、おや?と土のシミを見てから、空を見て、その後俯いた私の顔を覗き込もうとする。
「これは違う。ごめん、違う。」
自分で言ってても何と何が違うのかよく分からないけど、私は必死でカーディガンの袖で顔を隠す。
「ごめん、ちゃんと保健室行って早退する。」
なんとか力の入りにくい足を踏みしめて立ち上がるけど、フラついて、素早く鈴木くんが立ち上がって肩を支えてくれる。
「泣いちゃうほど、お昼ごはん一緒に食べたかったの?」
見当違いな質問によって、萎んだ気持ちにイラつきという燃料が投下されてちょっと気力が戻る。
「違う。…泣いたのは、鈴木くんがため息ついたから。」
「え?ため息?…あ!あー、、あれはため息っていうか、あれだよ、ちょっと息を吐いて昂りを抑えないといけない時があるんだよ、男は。」
「……呆れたんじゃないの?」
「え、どこに呆れるの?」
「朝から熱高いの分かってたのに、学校きて迷惑かけてるから。」
「そういう時は体調バツにしてよー。さすがに心配だから休んでよ。」
「でもふらふらの私が見れて嬉しいんじゃないの?」
「んー、それは可愛いけど、なんか俺ひどいやつになってるな。前はそうだったかもけど、今はなんか違うんだけど難しいな。とにかく今日は帰ろう。」
そのまま保健室に連れだって行き、検温の結果やっぱり早退コースになった。
鈴木くんは先生をどう言いくるめたのか、私を送っていくことになった。
「お邪魔します!」
「親、居ないから気にしないで。」
「え、居ない、の?」
玄関の鍵を開けて、フラフラしながら廊下を進む。
体調不良に関してはベテランなので、鈴木くんを洗面所に案内し、自分も手洗いうがいをしたら、そのまま台所で冷蔵庫からポカリを取って、お盆とコップを用意する。
それらを、よいしょと持ち上げて部屋まで運ぼうとすると、鈴木くんに取り上げられた。
部屋に入ってミニテーブルを出して、そこにお盆を置いてもらう。
そのままボーッとしたまま制服を脱ぎ出したら慌てて鈴木くんが部屋を出た。
「ごめん、お待たせ。着替えた。」
部屋の外に声をかけると、珍しく困った顔で鈴木くんが部屋に戻ってくる。
私はベッドに横たわって、布団を口元まで掛けた状態で、目だけだして、どこか所在無げな様子で部屋の隅に立つ鈴木くんを遠慮なく眺める。
今日はなんか今まで見たことないレアな鈴木くんをたくさん見る日だな。
布団の中という、圧倒的な自分のフィールドに入ったからか、なぜか少し前に泣くほど落ち込んだのが嘘みたいに心が浮き足立ってくる。
電車の中でも鈴木くんは珍しく静かだった。
空いてる車内の端っこに2人並んで座ったけど、長くない電車の移動中も、時々スマホを見る以外も、ずっと私と反対側に顔を向けていた。
「俺は、そろそろ帰った方がいいかな」
「もう帰らなきゃだめ?」
「いや、だめではないけど。」
あ、また顔を背けた。
このレアな鈴木くんをもう少し見ていたいような、なんなら少し虐めたいような、優しくしたいような、なんとも形容し難い気持ち。
「もう少し、ここにいて欲しいなー、なんて。」
またさっきの無表情。
でも今は中庭の時みたいにそれが怖い気持ちはない。何考えてるんだろ?
「ひかりちゃんは今、どのくらい俺のこと好きになった?」
「え?…うーん、どうだろう。そもそもそんな恋人っぽいことしてないし、分からない。」
「え、お互いが好き状態で、するもんじゃないの?恋人っぽいことは。」
「まぁそうなんだろうけど、鈴木くんと、恋愛っていまいちそこが、なんか繋がる接続回路が存在しないというか…」
「え、俺の回路だけないってこと?」
「いや、そんなことないと思うんだけど、どこにあるのか分からないというか。」
私が見えない何かを探すように目線を動かして考えていると、視界の端に居た鈴木くんがスタスタ歩いてベッドに近づいてきて、ベッドのすぐ脇まできた。
そのまま片膝をベッドに乗り上げて、私の頭の両脇に手を付いて覆い被さってきた。
さらりと、鈴木くんの前髪が落ちてきて私の目の端にかかる。
瞳の色、普通に黒いと思ってたけど、灰色だったんだ。
「じゃあちゃんと見つけてね。」
おでこに柔らかいものが押し付けられた。
鈴木くんはすぐに起き上がると私を起き上がらせて、何かあったらすぐ電話するようにと、自分が出たあとの玄関の鍵を閉めるようにだけ言って帰って行った。
そのあとどう過ごしたかは、なぜか瞬きする間に夜になってたから覚えていない。
先に帰ってきたらお母さんが
「玄関の前に男の子がいてびっくりしただの。」「あんたが熱あるからお家の人帰ってくるまで外で待っててくれてたんだって!」「彼氏?」
と嬉しそうに聞いてきたから、熱が出て送ってもらったことは伝えた。
彼氏ってことはなんか言えなかった。まごうことなく彼氏のはずなんだけど。
結局熱は次の日も下がらず、学校は休んだ。
夜にやっと下がったけど、どういう顔して鈴木くんに会えばいいのか、私は布団の中で悶絶した。




