10月。お付き合い?
10月。
体育祭。
学生にとって青春のそれは、伊勢谷ひかりにとっては地獄の祭典。
数々の体力の削りイベントを最小限でこなし、1日倒れずに堪えるデスゲーム。
この日のために数日前から食生活をスタミナメニューに変えてみたり、散歩を増やしてみたりしたけど、どのくらい効果がでるか。
緊張してしまって逆に昨日いつも以上に寝つきが悪かったから、目の下にうっすらクマができている。
ストレートの黒髪は運動用にポニテにしてあるけど、血の気の薄い顔にクマで、我ながらなんかいつも以上に病弱感が強い気がする。
すでに私のキャラクターを察し始めたクラスメイトの何人かに「無理しないでね」と声を掛けられた。
高校生にもなると、周りも成熟してきて仮病扱いなんてされないけど、同等の立場であるはずの人たちに気を遣われるのはそれはそれで物悲しいものがある。
今日は暑いな。
まだ10月上旬なのに、太陽がジリジリと校庭を照らしてまるで夏のような天気。
自由選択では屋外の競技はもともとエントリーしていないけれど
午前中の炎天下のクラスごとの応援ダンスと、クラス全員リレーはゴリゴリに体力を削ってきた。自由選択のバレーボールはともかく自分のサーブの順番だけに注力して、他は他のチームメンバー公認でエコモードになっていた。
やっと自分のやるべきことを終えた今、あとは閉会式まではエアコンの効いた教室で待機していればいい。
やりきった達成感と疲労感で身体が鉛のように重い。
他のクラスメイトは男子が全員参加のサッカーとその応援に駆り出されているため、教室は空っぽだ。人目を気にせず遠慮なく机に突っ伏す。
首ヒリヒリするなー。日焼け止め塗ったんだけどな。
目をつぶっていると、教室の時計の針の音に重なるように、遠くの方から観戦の声が聞こえてくる。
気が遠くなる感じはあるのに、眠いのに、寝れない。昔から家以外では緊張するからか眠れない。
ガララっと教室のドアが開く音がした。
身体が重いのでそのまま突っ伏した姿勢から動かずに寝たふりをする。
「あ、伊勢谷さんが倒れてる!」
「倒れてないから!机に伏せてるだけだから!」
最悪。明らかにセリフに対して声のトーンが間違ってて顔を見なくても誰だか分かってしまう。
寝たままでいると鈴木くんが喜ぶだけだから、気合いを振り絞って起き上がって、睨みつける。
「男子はサッカー中でしょ?」
「俺、運動大っ嫌いだから、最初の数分で交代してもらった!」
「なんで許されるの?」
「さあ、サッカー下手だからじゃない?」
ニコニコしながら私の座っている席の前の席に座ってくる。
「応援席見たら伊勢谷さんいなかったから、保健室行くか迷ったんだけど、絶対保健室行かずに根性で這ってでも教室戻るだろうなって予想大正解だった!」
もう突っ込むのも疲れて、私はジトッとした視線だけで苦情を訴えるけど、この顔はドヤ顔は絶対伝わってないな。
「なんでそんなに私が具合悪いの楽しいの?」
「え、楽しいわけじゃ…」
「ほんといやだから、もうやめて。」
ざわざわする。止まらない。
「私だって好きでこんな虚弱体質になったわけじゃない!今だって、本当は普通にみんなとサッカー応援しに行って、キャアキャアしたかった!
入学式だって、卒業式だって、倒れて変な目で見られたくなかった。
「大丈夫?」って聞かれて、大丈夫じゃなくても「大丈夫」って答えて虚勢はりたくなかった。普通に、普通にしたかったよ!」
疲れてるせいか、寝不足のせいか、いつもより心のブレーキが効かない。
目が熱くて、たぶん涙の膜が張ってる。
瞬きして涙が落ちるのが嫌でじっと目を開けたまま、ひとしきり鈴木くんを睨みつける。
こんなの半分くらいは八つ当たりだ。
でも鈴木くんだって悪い。何度もイヤって言ってるのに私の倒れるのを見たがるから。
鈴木くんは目を見開いたまま、黙って私の文句を聞いていた。
私たちは数秒黙ったまま見つめ合っていた。
「…俺、きれいだと思ったんだ。」
「…は?」
「始業式の日に、初めて倒れるの我慢してる伊勢谷さん見て、倒れそうになる瞬間の横顔見て、こんなに綺麗な子見たことないってドキドキしたんだ。」
鈴木くんは身を乗り出して、私と鈴木くんの距離が縮まる。鈴木くんから目が離せない。
「俺が具合悪そうな伊勢谷さんを見てドキドキするのは、仕方ないよ。性癖というやつだと思う。その扉を開いてしまったのは伊勢谷さんだし。」
「私のせいだって言うの?」
何言ってんだとムッとする。
「伊勢谷さんは、なんで虚弱体質なの嫌なの?」
「え?なんでって、…だって、すぐ倒れるし。色んなこと我慢しなきゃだし。」
「え!我慢しなくていいよ!倒れて!」
「嫌だよ!周りに迷惑かかるじゃん!」
「俺は全然迷惑じゃないよ!むしろ倒れた伊勢谷さんの近くにいれて嬉しい!だから常に伊勢谷さんは俺と近くにいればいいんだよ。伊勢谷さんはやりたいことやって気兼ねなく倒れられる。俺は倒れる伊勢谷さんのそばに居られる。ウィンウィンだよ。」
「え?何言ってんの?」
「まぁ確かに学校生活で体調不良を頻繁に起こすのは心配だから、ずつと俺と居ればフォローしてあげられるよ。
今よりも食生活とか、苦手な気圧とか湿度とか気温とか、あれの周期とか、伊勢谷さんから直接体調教えてもらえればもっと上手くやれると思うんだよね。
俺、株式投資とか趣味でやってるから、データの観察から推測とか得意なんだよ!」
鈴木くんははきはきと滑舌良く、自分と一緒にいるメリットをプレゼンしているが、話が明らかに私の想定外すぎるおかしな方向に行ってて、言葉として理解できても内容がさっぱり頭に入ってこない。
「だから、学校でつねに一緒にいればいいよね?」
「え?でもそんな一緒に居たら、なんかおかしくない?」
意味が分からないことが多すぎて私もどこから指摘すればいいのか分からなくなってきた。
「何がおかしいの?」
「だって、なんか、付き合ってるとか、誤解されそう…。」
「付き合えばいいじゃん。」
「え?」
「俺は伊勢谷さんのことすごく可愛いと思ってるから付き合いたいよ。ほんとはもう少しあとに言う予定だったけど。」
「か、かわいいって…」
鈴木くんの、机の上に乗り出していた手がいつの間にか私の手に重ねられてて、思ったより熱くて大きな手に、私の手と顔も急速に熱を持ち始める。
「とりあえず付き合えばいいじゃん。俺は伊勢谷さんが好き。伊勢谷さんは、俺を彼氏にすればいつでも体調をフォローしてもらえる。」
「私は、鈴木くんを好きか、分からないよ…」
「付き合ってから育まれる好きもあるよ、たぶん。」
ね?と念押すように鈴木くんは手をぎゅっとして私を見つめる。
「ほんと、変わってるよ鈴木くん。」
「姉ちゃんにはおまえは変態だ。ってよく言われる。あ、彼氏になったら宗馬でいいよ。伊勢谷さんのこともひかりちゃんでいい?」
「私まだ付き合うって言ってない。」
「大丈夫。俺ちゃんと好きにさせるから。」
うう、もう何も言えない。
「とりあえず、ひかりちゃんは俺の有用性を実体験したらいいんじゃない?」
「有用性?」
鈴木くんはそう言なり、立ち上がって教室の隅に行き、床に自分の脱いだジャージを床に敷いて、さらにリュックからミニブランケットを出して重ねて、その隣に自分が座って、私においでおいでする。
「ひかりちゃん、寝不足なんじゃないの?このブランケットのとこに座って。」
「いや、私外で寝れないし、人居たらさらに無理だし。」
「まぁまぁ、とりあえず来てみてよ。俺姉ちゃんに鍛えられたテクニックがあるから。あの人100%寝落ちするし。」
「テクニックって」
「分かった、じゃあ眠れなかったら付き合わない。眠れたら諦めてとりあえず俺と付き合おう
。」
「いいよ、絶対寝ないから」
意識が戻った時には、私はすっかり疲労回復して鈴木くんの彼女になってた。
私たちのお付き合いは、こうして鈴木くんの頭皮マッサージのよって始まったのだった




