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雲海の上に、巨大な白亜の城郭都市が浮かんでいた。物理的に不自然な光景であるはずなのに、そこには当たり前のように人々の営みがあった。中性的な容姿、背に生えた翼、頭上に淡く光る輪、住民たちはまるでそれが当然であるかのように、疑問も抱かず街を行き交っている。
だが、その穏やかさは城の中には無かった。場内に動く人影は皆険しい表情を浮かべながら背中の羽を忙しなく動かしながら場内を飛び交っていた。
その中でも一際急いで場内の廊下を飛ぶ者の姿が見える。表情にも焦りが見え余裕が無さそうな様子だったが、手に持った荷物を大事そうに抱えながら移動していた。そのままかなりの速度で飛び続けると美しい女神が祈りを捧げている姿が彫られた見事な意匠の扉の前へとたどり着く。扉の前には彼?彼女?と同じ様に焦りを見せる人々の姿があり必死に扉を叩いていた。
「ソリース様~!早く開けて下さい~!決済してもらわないといけない仕事が溜まっているんですよ~!」
口々に部屋の中にいる人物に呼びかけながら扉を叩いているが応答は無かった。
「あの・・・ソリース様は・・・?」
恐る恐ると言った様子で声を掛けると比較的男性的な見た目をしている彼はうんざりといった様子で振り返る。
「見て分かるだろう?まただよ。」
「またですか?今度はいったい何が原因で?」
「お気に入りの人間の勇者がいただろう?彼に休暇をやったらしいが遊びに行くための分け身作りに集中しすぎて仕事が手につかんらしい。どんどん仕事が溜まっていくから我々もお声がけしているんだが・・・」
扉前の様子を見る限り自分たちの声が届いているようには見えないが他にどうする事も出来ないようで途方もくれているようだ。
「他の神々はご存じなので?」
「勿論ご存じさ、説得に来ていただいたが、ソリース様もヘソを曲げて閉じこもってしまわれたんだ。しかも扉に結界まで張られてしまってな。天界屈指の実力者であるソリース様の結界を破るのは骨が折れるからと一度準備に戻られたんだ。そろそろ戻ってきてくれると思うんだが・・・」
この状況を打破してくれる存在を探すようにキョロキョロと周りを見渡すが救いの主の姿はまだ見えない。部屋の扉を叩く音と呼びかける声が響く、かなりの時間をこうしており部屋の外の騒がしさに顔ぐらい見せてもおかしくないと思うがそのような反応はまるで見られなかった。
「これさえなければ天界のトップに相応しいお方なのになぁ。」
「それが出来ていればソリース様を補佐する他の神々も苦労はされてないだろう。さぁお前も手伝ってくれ。」
話を切り上げると彼らも扉を叩き呼びかける人の輪に加わる事にする。扉の前は賑やかさを増したが、部屋の中に居る女神の元にはその声は届いていなかった。仕事を放棄して何をしているのかと言うと彼女は鼻歌混じりに自分そっくりに作られた分け身を弄りながら、休暇を与えたアダムが今何をしているか盗み見してるようだった。虚空に映し出された映像の中のアダムは孤児院で子供達に囲まれながら食卓を囲んでおり楽しそうに談笑している。
「よしよし、私の思惑通りにあちらの世界で上手くやれているようですね。休暇を与えた甲斐があったようで何よりです。」
アダムの様子に満足気に頷き女神らしい慈愛の微笑みを浮かべているが、職務を放棄して自室に引き籠っている女神がいるせいで被害を被っている人達にも少し意識を向けて欲しい物だがその意識は本人には無いようだった。
「この分け身ももう少しで完成ね。早く私の勇者に会いに行きたいな~」
待ち切れないといった様子で自分の身体を抱きしめ身をくねらす女神だったが、次の瞬間には轟音と衝撃が部屋に響いた。突然の事に小さく悲鳴を上げ音の出所である自分の部屋の扉の方に視線を向けると、丁度扉を封じる様に掛けていた結界が砕け散るとゆっくりと扉が開く。大きな力で結界を破ったためもうもうと立ち上がる煙の中から姿を現したのは漆黒の鎧を身に纏った長身の男性と、燃えるような赤い髪を靡かせ露出の多い踊り子のような衣装を着て堂々と歩いてくる美しい女性の姿だった。二人共結界を破るために使ったのか手には武器をぶら下げており物々しい雰囲気を纏わせていた。
「もうっ!シャーテン、フラム、部屋に入るならノックぐらいして下さい!びっくりするじゃないですか。」
プリプリと怒ったように声を掛けるソリースだったが、結界を破り侵入してきた二人は言葉を発すること無く静かに近寄ってくる。
「な、なんですかっ!怖い顔をしても怯んだりしませんからねっ!」
言葉とは裏腹に気圧されたように後退していくが二人に挟み込まれるような形で壁際に追い込まれる。
「お楽しみの所悪いがお前の仕事が溜まってると配下の天使に泣きつかれてな。玩具を弄るのもいいが、仕事はしてもらうぞ。」
「結界まで張るのはやりすぎたねー。そのせいで私とシャーテンまで出張ってこないといけなくなっただろ?。」
闇を司る男神シャーテンと炎を司る女神フラム、どちらも天界屈指の実力者でソリースを補佐する神々の一員である。その二人が神器と呼ばれる神々専用の武具まで持ち出し自分の部屋に乗り込んで来た事に彼らの本気具合を感じ取る。全力を出して抵抗をすれば逃げ出す事は出来そうだったが、その場合分け身を守る余裕は無いので抵抗の余波で消し飛んでしまう事だろう。ちらりと視線を分け身と左右に立つ二人に順番に向ける。
「あの~?私、そろそろ分け身が完成するので勇者の元に遊びに行きたいな~なんて思ってるんですが・・・?」
恐る恐るといった様子で希望を口にするが、両肩を二人にがっしりと抑えられる。
「その分け身を作るのに執務を放棄し、説得も無視しただろう?遊びに行くのはこの書類を片付けてからにするんだな。」
「終わるまでは私らを含めて他の神々も交代で監視する事になってるから覚悟しときなよ。」
シャーテンが指を鳴らすと虚空より現れた大量の書類が執務に使う机の上に降り注いでいく。その光景を見てぎょっとした表情を浮かべるソリースはそろりとした足取りで逃げようとするが、フラムに首根っこを掴まれぐえっと女神らしからぬ声を漏らす。
「この期に及んで逃げようとするんじゃないよ。その分け身も執務が終わるまで私達で厳重に保管する事になったから、返してほしければさっさと溜まった書類を消化することだね。」
言葉の通り無情にも分け身が虚空に飲まれて消える恐らく別の場所に転移させられたのだろう。その光景を首根っこを押さえられたまま見つめるソリースは悲し気な声を上げ身体の力を抜く。
「私はただ勇者の元に遊びに行きたかっただけなのに・・・。フラム、貴女だって私の勇者の事を気に入ってたじゃない!」
「確かにアダムは人間にしとくのが惜しいぐらいのいい男だけど職務を放棄して遊びに行こうってのはまずいんじゃない?アンタは腐っても天界の筆頭なんだしっかりしてもらわないとね。やることさえきちんとやってくれりゃ分け身も返すし、そしたらアダムの元へでも好きに遊びに行けばいいんじゃない?」
フラムに引きずられるようにして書類に埋まるように佇んでいる執務用の机に連れて来られるとゆっくりと腰掛ける。先ほどまでの上機嫌が嘘のように沈んでしまい瞳にはうっすらと涙が溜まっているようにも見える。
「・・・これも私が勇者の元に遊びに行くための試練と捉えましょう。」
瞳に浮かぶ涙を拭い、鼻をすすると決意を新たに職務に励もうとするソリースの様子を監視する二人は、そもそも職務を怠らずに空いた時間に分け身を作っていればこのような事にはなっていないと突っ込もうかと思ったがまたへそを曲げられても困るので黙っている事にした。




