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 (ユリナ……確かシンディの本名だったはずだ。タカシとは、知らないふりをするって約束していたな。…ここは初耳って顔をしておくか。)


 ドクターが掛けたその声で時が止まったかのように静まり返る室内で、呑気にそんなことを考えていたが、その言葉を投げかけた当の本人は気にすることなくシンディに近寄ると座ったまま俯いている彼女の顔を覗き込む。


「無視せんといてーや!いきなり来てなーんで怒ってるんよ?」


 これまでに出会った住民達と違い強い訛りのある喋り方をするドクターは喋り出すとそれまでの雰囲気を一変させ明るい表情で語りかけている。


「・・・アンタやっぱり人の話聞かない奴だね。ユリナは本名だから呼ぶなって言ってだろう?それにここに来るとは昨日もさっきも連絡してるんだよっ!どうせ研究に夢中で耳に入ってなかったんだろう?」


 額に手を当て頭を抱えながらも言葉を返すシンディだったが、腕を組み考え込むドクターはそれも心当たりが無いような素振りを見せる。


「そうなん?・・・そういえば途中誰かと喋ったような?」


「もういいさ。アンタに期待した私が馬鹿だったよ。」


 こうした反応に慣れっこなのか諦めたように大きなため息を吐くとがっくりと肩を落とす。


「えーっ!?なんでそんな落胆されなアカンの?ウチまたなんかやらかしたん?」


 シンディの腕に縋りつくようにしてしがみつくドクターはそれを引き離そうとする手と楽しそうに攻防を繰り広げていたが、結局引きはがされてしまう。そこでようやくアダムの存在に気付いたのか怪訝そうな表情を浮かべる。


「ユリナちゃんこのお兄さんは誰なん?彼氏?」


「馬鹿っ!何言ってんだい。この人はアダムさんって言ってね最近この辺りでスカベンジャーやっててね、今は私の依頼を受けてくれてるんだけど、ジャンクヤードで拾ってきた物がなんなのか良く分からなくってね。アンタに見て貰おうと思って持ってきたのさ。」


 少し焦ったように訂正すると、アダムの事をドクターに紹介する。


「アダム・パーカーだ。よろしく頼む。」


 アダムが差し出した手をまじまじと見つめた後そっとドクターが握り握手を交わす。自身の日に焼けごつごつした手とは対照的な研究者らしい白い肌に柔らかな手の感触が伝わってくる。握手にしては長い時間手を握り合っているためアダムは力を抜き手を放そうとするが、ドクターはもう一方の手でアダムの手を包み込むようにして触れて来る。


「ひゃー、ごつごつしておっきい手、苗字有りやのに苦労してるんやね。ウチは天才科学者ドクターことカラスマ アオイ言います。よろしくね。」


 にぎにぎと珍しそうに手の感触を確かめながらそう言うドクターをどう引きはがそうか考えていると、横からシンディの手が伸びると二人の手を引きはがす。


「ほら、握手はもういいからアダムさんアレ出しちゃいな。あの子のペースに飲まれると話が進まないよ。」


 促されるようにしてバックパックから小さな箱状の物を取り出し机の上に置くと、ドクターは興味深そうにそれを眺め手で触れる。


「んーこれが何で作られてるかは調べてみな分からんけど、大体の予想はつけれるで?」


 ぺたぺたと手で触れながらあっさりと箱状の物の正体が分かると言ってのけるドクターは驚く二人の顔を交互に眺めると知りたい?と小首を傾げる。


「教えて貰えるならぜひとも知りたいな。」


「ええよ。これは戦前のゴミ処理ロボットが作り出したキューブやねん。本来はな、ゴミを集めて分解して、ぎゅーっと圧縮してキューブ状にする機械や。最後は土に返すのが役目やったんやけど・・・ジャンクヤードで見つかったって事は、ゴミと認識する対象を書き換えられて暴走してるんちゃうかな。ちゅーことはサイズ的にはジャンクヤードに生息する小型のミュータント辺りのなれの果てちゃうかな?売り物にはならんけど結構レアもんや。」


「見ただけでそこまで分かるんだな。ちなみにもう一つ似たような物があるんだがこれもミュータントだと思うか?」


 アダムがそう言ってもう一つのキューブを取り出す。一つ目とは大きさも重量も比較にならない物を見たドクターは小さく声を漏らすと少し困ったように頬を掻く。


「うーん。ちょっと言いにくいねんけど本当に知りたい?」


 先ほどとは打って変わって言い淀む姿に、先ほどの説明とこのキューブを発見した時の状況からアダムもこの大きいキューブの存在が何を示しているのかが分かった気がした。


「あー、いや構わない。俺も何となく理解した。これがそのゴミ処理ロボットによって作られた物だとして、もし遭遇したら対処法とかはあるだろうか?」


「対処?そんなん逃げ一択ちゃう?長い間整備もされてへんから劣化はしてそうやけど、それでもこの街で買える装備なんかじゃ装甲抜けへんやろしね。幸い悪路で運用される事は想定されてないやろうから移動速度もそんなに早くないやろうし早めに気づければ十分逃げれるで。」


「もし戦闘になるとしたら?弱点なんかはあるか?」


 アダムのその言葉にギョッとした表情を浮かべると慌てたように言葉を続ける。


「お兄さん戦う気でいるん!?ちょっとユリナちゃんいくら依頼やからって無茶させすぎやで!」


 初対面とはいえ自殺まがいの事を口にする男を目にして、それほどまでに自分の友人は無茶をさせようとしているのかと少し憤りを感じさせる表情でシンディの方に視線を向ける。しかし、シンディ自身も驚愕の表情を浮かべており彼女の指示では無い事が分かる。


「いや、勿論逃げる気ではいるが、万が一逃げれ無い状況になった場合の話だぞ?」


「驚かすんじゃないよまったく。流石にそんな命を粗末にするような事考えてたら依頼を回すのをやめる所だったよ。」


 安心した様に胸を撫でおろすシンディは軽くアダムの肩をはたくと笑顔を見せる。アダム自身は暴走機械に明確な弱点がありそれをつけば、今の自分が倒しても怪しまれないなら倒すのもありかなと考えていたがどうもそういう訳でも無さそうだった。


「弱点かー。暴走機械とかは性能のいい情報端末とハッキング技術とかあれば結構チョロい相手やねんけど、まぁそんな凄腕はこの街にはいーひんし、戦闘力自体はそうでは無いけど、万が一お腹についた装置に吸い込まれたらこれの仲間入りやし戦闘を視野に入れるのはおススメ出来ひんなぁ。」


 戦う事は考えない方がいいと机に置かれたキューブに視線をやりながら話すドクターの様子に予感はしていたが、やはり大きなキューブの正体は運悪く暴走したゴミ処理ロボットとやらに出会い戦う事を選んだスカベンジャーの成れの果てのようだ。


「ならこれは元は人間だったっていうのかい?そのせいで痕跡が何も残っていなかったっていうの?人間がこんな姿になってしまうなんて・・・」


 アダムは状況から何となく理解していたがそういう事とは縁の無かったシンディは気づいていなかったようで、その事実にショックを受けたように声を震わせている。言いづらそうにしていた割には口を滑らせたドクターはバツの悪そうな表情を浮かべどうしようかと思案していた。

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