61.勇者の剣3/ヤーク
ルートリアが離れたことには気づかず、でも縮こまるようにマントを掴んで寝ているリリムを眺める。用を足しに行っただけとはいえ、起きたら不安がってしまうだろうなと思うがどうにもできない。みんなの墓を作りたいと何ひとつ曇りのない笑顔を見せた彼女を、スナッチも優しい目で見守っている。
「長命種ってのは、みんなこんな呑気なんかね」
「どうだろうな。性格じゃないか」
同じく寝ているクラリスを見る。彼はむしろさっぱりとしていて、やれることはやるが自分の手に余ることに関しては受け入れやすい傾向があるように思う。頭は良いが研究者には向かない。
スナッチは、近くにマリンベルの勇者一行がいるという緊張だけでなく、ルートリアを救う手立てがまだないことに焦っているのだろう。眠れないのか、見張りの順番でもないのに火のそばでただ両手を組んでいる。
万全の状態でいられるよう寝てほしいが、安心材料を与えようとしてさっき失敗したばかりだ。勇者はルートリアの親族かもしれないぞ、という情報は無意味だったらしい。……人より、精霊との語らいである魔法のほうが実は単純でわかりやすいのではないだろうか。
「ふむ、うん、あー、ちなみにだ、資料によれば、全員が魔王に会ってすぐに死んだわけではないようだが」
「ん、そうなのか」
スナッチは話に興味を持ったのか、顔を上げて私を見た。フィルマールで調べ物をすると話したときほど嬉しそうな顔ではないが、なにかあるなら聞くという姿勢は今後も続きそうだ。
彼は魔法や歴史といった話を理解しようとするのに人より時間がかかる。ルートリアの話だから聞こうとする姿勢をもってくれているが、平時なら魔法と聞いたら聞かなくていいかと身体や意識ごとどこかへ行ってしまうぐらいだ。
普段ならルートリアやクラリスが噛み砕いて説明すれば理解がはやいが、一対一で伝わるものだろうか。また適当な木の棒を持ち出し、地面に人の形を描く。
「これがルートリアだとしよう。魔王に会って死ぬのは、魔力が入ってくるからだ」
横にもうひとつ人型を描き、そこからルートリアとした人型に矢印を描く。ルートリアの身体に魔力が溜まっている様子を描いているが伝わっているだろうか。
「魔力が器の限界を超えると、身体の制御が効かなくなる。雪山のノルト神殿で起きた現象だな」
「……ルートリアは息ができなくなっていたな」
「そうだ。だから大雑把に言ってしまえば、ルートリアを生かすには、ルートリアに魔力が入らないようにするか、ルートリアから常に魔力を出すかすればいい」
ルートリアと魔王の間に壁を描く。ルートリアの身体から更になんでもない場所へ矢印も描いた。
詳しくいうとそう簡単にはいかないのだが、フィルマールでは吸収をさせる前に魔力を放出しきることを儀式として行なっていたと書かれていた。
それでも最終的には死んでしまうのだから、魔王の魔力というのは途轍もないのだろうか。それではいくら準備したところで不安や準備不足である感覚は消えないな。フィルマールと同じでは結局は防げない、だからこそフィルマールにない方法、あるいはフィルマール以上の策が必要だった。
「今はこれらの、そうだな、より良い方法を考えている、という段階だ」
地面に描いた矢印や壁をぐるぐると囲みながら、スナッチの顔色を窺う。眉間に皺を寄せているが、わからなかったわけではないらしい。顎に手をかけ、うんうんと唸りながら頷いている。
「なんとか、理解はできた気がするぜ……」
「そうか」
「いつもは聞いたところでわかんないがよ、俺に合わせて話してくれたろ」
まあ、そうだな。話したところで理解されなかったら意味がない。これも魔法と同じだ。
スナッチは顔を上げてニカッと笑うと感謝を述べてくれた。
「ありがとな!」
「さっきの汚名返上というところだな」
「さっそく難しい言葉を使うなよ」
軽口を言いながら地面に描いた図を消す。人は先や足元が見えないと不安になりやすい。だから今何をしているのか、何を考えないといけない段階かを伝えることで、安心できないかと思った。
昔は、バカなやつや伝わらないやつに話をしても意味がないと考えていた。私も伝えるということから逃げていたのかもしれない。今の説明は、我ながら噛み砕けていたんじゃないだろうか。そうして理解した者から受ける感謝の言葉は本当に悪くないものだった。
根気よく説明できるようになったのは、旅のおかげだろう。ルートリアもリリムも、わからなかったら「こういうこと?」と何度も自分が理解できるように問いかけてくる。なんというか、自分自身が望んでいたわけではない部分の成長を感じて、不思議だ。
「とはいえ、やっぱ魔法の話は眠くなるな」
「ふん、寝物語のつもりではなかったのだが」
「しかしルートリアが戻ってきてないな」
実際に用を足しているなら様子を見に行くのは憚られるが……。どうしたものかと考えていると、足音が二つ聞こえてきた。斧を取ろうとするスナッチにやめておけと手で合図をする。
「やあちゃん」
「モモ……と、あー」
「テナーよ」
そんな名前だったか。牢屋で聞いた気はするが、一瞬だったからか興味がなかったからか覚えてはいない。
「こんなところまで来ちゃったんだね……」
そう言うモモの目には既視感があった。いつだったか、確かモモが故郷を旅立つ前だったろうか。返事もせずモモを睨むように見ていると、スナッチがイライラを隠しもせずテナーに口先で噛みついた。
「何の用だよ」
「私はあなたたちに用なんてないわ。モモがそこの女と話しておきたいっていうからついてきただけ」
そこの女と言いながら私を顎で指す。その態度に思うところはあるが、今は得られる情報があるなら何でも欲しい。見下すような憐憫を含んだモモの目も気に入らないが、多少の我慢はしようと自分に言い聞かせる。
「……ふん、勇者を死地に送り届けることが怖くなったか?」
挑発するように問えば、顔を赤くしたのはモモではなくテナーだった。
「なんですって?」
「テナー、挑発だから」
モモは怒らないようだ。この様子では勇者に付き従っているが、そのことに関しては何も考えていないな。昔から、物事を受け入れやすい性質をしている。疑問に思うことをしないのだ。だから黙々と努力できるし、意欲がなくても継続できる。
「私がいるもの、レムリンドは死なないわ」
テナーは強い目でそう告げた。その言葉にスナッチは強く眉間に皺を寄せた。また斧に手をかけようとしたのでまた手で制止する。向こうの勇者には悪いが、伝えないほうがいい。本来ならフィルマールで知ったことを伝えて一緒に考えるほうがいいかとも思うが、今のところ解っているのは会うだけで死ぬということとその理屈だけだ。
仮に伝えたとして、勇者ではなく仲間だけに知らせることで、この一行が進み方について仲間割れを起こしたら寝覚めも悪い。しかし、情報は欲しい。テナーから目を逸らし、再びモモを見る。
「君たちの勇者は、この旅の間に不測の事態で倒れたか?」
「ないけど……」
「では、闇魔法は使えるか?」
「見たことはないけど、適性はあるんじゃないかな」
「モモ、喋りすぎよ」
うーむ、槍使いが邪魔だな。スナッチに手助けしろと目線を送るも、睨みつけるので必死なようだ。気付いてくれない。やれやれとため息を吐く。
「私と喋りたかったのは君の方か?」
「はあ?」
「見るからに魔法に疎そうだ。黙っていてほしい」
「な、なんですって?」
魔物を呼び寄せないように大声は出さないで小声で怒り狂っている。おかげでリリムもクラリスもまだ目を覚まさないようだ。うむ、怒らせるほうが簡単だな。
「はは、あんたも見るからに頭が筋肉でできてそうだもんな」
「あなたに言われたくないわよっ、この筋肉ダルマっ」
「いい筋肉だろう、ははは」
よしよし、そこで仲良く喧嘩していてくれ。自分でそうあれと話題を作っておきながら若干呆れた目を向けてから、再度モモに向き合う。モモは目を見開いて私を見ていた。
「……違う人みたい」
ちょっと喋っただけで失礼なやつだな。ただスナッチとテナーが扱いやすいだけだろう、と口に出すと矛先がまたこっちに向かう。否定できないのがもどかしい。
「そっちこそ、開口一番に帰れと言うのはやめたのか」
「あ、帰ってくれるなら帰ってほしいけど、……帰らないでしょ?」
苦々しい顔で笑うモモを一瞥してまた火を見る。モモは失礼な態度の私を見る方が安心するのか、横に座って話を始めた。
「私も少し成長したんだよ」
人を散々叩きのめしておいて、成長とは。湧き上がる嫉妬の怒りを、心の中で魔法の呪文を端から考えて相殺する。
「……ここまで来たら、もう何が起こるかわからない。心配していたこと、恐れていたこと、まだ起きていないだけで、明日もわからない」
抽象的な話だ。何かを恐れていた、心配していた、それはわかった。モモはいつもそうだ、主語がない。だから真意がわからない。
火の向こう、ふとクラリスが視界に入った。そうしてフォートレスでの彼と妹の様子を思い出す。彼は妹の真意を知らずに、自分はこうあらねばならないと誤解で泣いていた。後からその妹ときちんと話してみれば、それは嫌だと、そばに居てくれるなと言われて憤りながら心底安心していた。
話をせずに感情を動かすのは非効率、か……。
思えば、モモときちんと話をしようとしたことがあっただろうか。なにせ幼い頃から一緒に居た相手だ。モモも私も、同じく「こいつはこうだった」と決めつけている。自分の言葉が自分に返ってくるとは。自身に呆れて空を見上げるも真っ暗だった。
「成長した結果、言う事が変わったのか?」
「……魔法関係ないのに、話を聞いてくれるの?」
どうせ聞かないだろう、と思いながら話していたのだろう。本当に失礼なやつだ。でも確かに、私はモモについて魔法に関することしか知らない。幼い頃から、私たちの生活には魔法が密接していた。切り離しては考えてこなかった。
「どんなに言ってもやあちゃんは帰らないし、私たちも、そっちの人たちも、止まれない」
モモは魔王城の方向を見ている。その目は好奇心で輝いたりはしていない、ただ暗く覚悟だけが決まっているように見える。
「だから私は、レムリンドを勇者にする」
今更、なんの決意をしているんだ。最初からそのつもりだったんじゃないのか。
「やあちゃんたちを、勇者にも英雄にもさせない」
宣戦布告のような静かな声のうちに熱い炎が見えた気がした。反論しようとしたが、モモが立ち上がってこの場を去ろうとする。手を伸ばすほどではないけれど、止めようとして止める理由がなく、黙った。テナーはよく言ったわと言いながらモモを追いかける。黙って見送ると、一度だけモモが振り返った。熱いままの目で、焼き付けるように私を見ていた。
「なんだったんだ?」
「さあ、大した情報も得られなかったが、まったく無駄ということもないか」
マリンベルの勇者一行は諦めないだろう。そしてテナーの反応から、おそらくマリンベルの勇者一行は勇者が死ぬ仕組みを知らない。フィルマールの知識はマリンベルとトラスニアには全ては引き継がれていない。今となっては本物の勇者たちというのも変だが、本来の勇者たちも魔王に会うだけで死ぬだろう。
私たちかあっちのどちらかが先に魔王の間に突入するのか。
マリンベルの勇者が先に突入した場合、ルートリアは勇者になる機会を失う。あまりゆっくりはしていられない。しかし、急げばせっかく調べた意味が全て無くなる。よく考えよう、うまくいけばどちらも失わなくて済む。勇者の望む未来を叶える、そういった意味では英雄のほうがよっぽど大変だ。ルートリアが望む未来は、私が望む未来は——。




