60.勇者の剣2
静かな夜だ。時折小さく火が爆ぜる音がしている。ほとんどの魔物の元が動物かもしれないというヤークの推測でいうなら、夜は魔物も寝ているのかもしれない。夜行性のものももちろんいるだろうけれど、過去の勇者が持っていた魔除けの剣のおかげもあって今のところは何かが襲ってくるような気配はない。
「落ち着かね~」
「すぐそばにマリンベルの勇者がいると思うとね」
現に、マリンベル一行と特に因縁の無いリリムとクラリスは既に寝に入っている。リリムは私の傍らでマントの端っこを握って額を私の腰に擦り付けるように寝ていた。置いて行かれたくないという不安と疲れているから眠らないといけないという葛藤の結果だろう。
「スナッチ、君は彼らが近くにいても爆睡できていただろう」
「あれは牢屋だったからな。捕まってた方が安心できていたなんて皮肉だぜ」
フォートレスで捕まっていたときのことだろう。私はその場にいなかったけれど、ヤークとスナッチはその時にレムリンドの仲間やバルドラドの仲間から聞きだせた話があったらしい。以前ヤークが共有してくれたけれど、勇者の旅に違和感があるということしかわからなかった。
勇者に強くなる必要がない、という違和感はフィルマールの王族と勇者が同じならば納得できる。勇者に魔王の魔力を吸収する役割があるなら、仲間が勇者を魔王の前に送り届ければいいだけなのだから。
そうして気になるのは、レムリンドとバルドラドが、どこまで知っていて魔王の元へ向かっているかだった。レムリンドたちが休んでいるほうを眺めていると、ヤークが複雑そうな顔で少し唸った。
「フィルマールについてはクラリスも知らなかったし、その祖父であるラセル祭祀長も話さなかった。大陸を渡る洞窟を教えてくれたのは彼であるし、話しそびれたり隠したりというのも妙だからな。ラセル祭祀長も知らなかったのではないかと私は思う」
フィルマールについて教えたくなかったら、そもそも洞窟も教えてくれてない、か。入口は隠されていたし、昔は使われていた道とはいえフィルマールはずっと見つからなかった国だったんだろう。
「で、また私の推測だがな」
「うん」
ヤークはガリガリと地面に絵を描いた。お城が四つ描かれている。それぞれ、魔王城、フィルマールの城、マリンベルの城とトラスニアの城らしい。マリンベルの城とトラスニアの城は隣り合っている。
「まずフィルマールの日記や文献から、フィルマールは魔王の子孫が王族を務めていたことがわかった。闇の精霊から好かれる条件が何かしら揃っているんだろう」
魔王城からフィルマールの城へ矢印が描かれる。
「そしてクラリスがずっと気にしていたが、フィルマールの文献すべての年号が私たちの知らないものだった」
そういえば気にしていた気がする。国が滅んだなら情報がとか、僕は知らない、とか。既に寝ているクラリスを見たけれど、起きる気配はなかった。疲れているんだろう。ヤークは懐からボロボロの手帳を取り出した。それは雪山の神殿で手に入れた、誰かへ向けた謝罪の日記だった、気がする。
「この情報がどう役に立つかわからなかったから君たちには教えていなかったが、フィルマールの建国の文献を見るに乳母は二人いた。双子のハイエルフだったという記載があった」
そうなのか。てっきり一人で全部同じ人の日記だと思っていたけど、そうじゃなかったらしい。でも確かに言われてみればそれがどうしたのだろう、という情報だ。
「日記から、少なくとも乳母の片方は王族を逃がしたであろうことがわかっている。それとノルト神殿で拾ったこの日記。これと乳母の日記は筆跡が同じだった。なんと日記の続きは偶然にも私たちが持っていた、というわけだ」
ヤークが慎重に持っているボロボロの手帳。中身は確かほとんど読めなかったはずだけど……。
「慎重に読んだが、風化していて読み取れたのは一部だけ。王子たちへの謝罪だ。一部の王子は旅の途中でついてこれなくなって、魔物の多い寒い地域へ置いて行ったらしい。そして残った王子は更に遠い海へ逃がした、とある」
スナッチはわからないなりに図を眺めている。私のことだからと頑張って聞いているのだろう。乳母は、彼女はそうして、雪山で命を落としたのだろうか。日記が置いてあった神殿は、雪で埋もれていたけれど確かに青白い建築だったように思う。
「推測も甚だしいが……、逃したのはトラスニア方面、そして残った王子が送り届けられたのはマリンベル方面ではないか?」
聞かれても、そうなんだとしか思いようがないんだけれど……。話している大部分が推測だと、ヤークでも話に自信を失うのだろう。確かに、バルドラドが育ったトラスニアは魔物が多いために堅牢な作りになっていると聞いた気がする。マリンベルは言わずもがな、海のそばにある大国だ。
「つまりこの二国の王族は、勇者たちはフィルマールの子孫ではないか、というのが私の今の考えだ」
ヤークの手によってフィルマールの城から、マリンベルとトラスニアに線が引かれる。なるほど、得た情報でここまで考えられるんだからヤークはやっぱりすごい。それなら知らない年号だというのも納得できるような気もする。ただその推測だと——。
「私、何才?」
複雑な顔をしたヤークが私を見る。
「フィルマールが滅びた際に国と一緒に海へ沈められたであろう、ということしか君のことはわからないからな」
「お前もババアだったか」
スナッチ、どこにかかる「も」だそれは。なんとなくリリムから目を逸らす。
「君は本当に十六才なのか?」
「私だって知らないよ……。ダウルと会ったぐらい、物心ついてから大体数えての年齢でそれぐらいだと思って生きてきたんだから」
「俺も十七才だと思ってるけど生まれた日とか年とか知らないしな」
拗ねた顔を見せると、しょうがないやつだと言わんばかりにヤークが鼻を鳴らした。
「まあ何が言いたかったかというと、推測が当たっていれば、勇者は君の家族の子孫ということになる」
それは少し聞きたくなかったかも。嫌そうな顔をすると、ヤークは驚いて目を見開いた。
「な、なぜだ、親しみが湧いて嫌悪感が減るのではないかと思って話したんだが」
「いや、それはねーよヤーク……」
同じく渋い顔をしたスナッチが私の方に共感してくれていた。以前ほど嫌いというわけではないが、苦手な人と実は家族でしたと言われても嬉しくはない。ふと広間のほうの魔除けの剣が目に入る。今までどれほどの勇者が犠牲になったか、という情報の方がなんだか沁みてしまった。
勇者の旅は魔王へ魔力を吸収することができる者を送りだす仕組みとしてうまく機能している、と感じた。
第二王子が勇者になると決めておけば、産まれただけで勇者としてそうあれと育てられる。強くなるための旅だと教えておけば、努力や才能で自分なら倒せるのではないかと期待できる。仲間がいれば守って送り届けてくれるし、逃げ出さない。
誰が、どこまで知って、どこまで理解して作り上げた制度なのか。
逆に、全てを知っていたフィルマールの王族は、何を思って、魔王に会いに行っていたのか。
ふと足音が聞こえた気がした。自分が無意識に手を強く握りしめていたことに気付いて慌てて緩めた。誰も気づいていないことに安心して胸を撫で下ろした。リリムに握られているマントを自分の肩から外し、立ち上がる。
「ん、どうした」
「ちょっと用足し」
「気をつけていけよ」
スナッチに短くそう告げると、さっき足音が聞こえたほうへ忍び歩く。同情しているわけではない、同じなのだから。ただ今だからこそ、少し話を聞いてみたかった。
「レムリンド」
「ルートリア……?」
少し高い岩の影、周囲を確認していたのか辺りを見回しているレムリンドを見つけて声をかけた。お互いに剣には手を触れていない。魔除けの剣の方を見る。ふいと目を逸らして次はレムリンドを見た。レムリンドは理解していると言わんばかりに両手をあげた。
「警戒して少し歩いていただけだ。君たちのほうへ行くつもりはなかった」
別に疑っていたわけではない。ただなんとなく、なんとなくだ。勇者と、話がしてみたかった。魔除けの剣へ再度目線をうつした。
「レムリンドは、勇者ってなんだと思ってる?」
レムリンドの理想の勇者は、世界を救うことだった。私の理想は、……物語の勇者だった。




