59.勇者の剣1
長い洞窟を抜けると、深い谷の底だった。外に出てもそれほど明るくはなく、どんよりと空を雲が覆っていた。道を塞いでいる岩を乗り越えたり、スナッチと二人で避けたりして先へ進む。
「岩陰からちょいちょい魔物が出てくるのダルい」
「人の手が入っていない場所だ。この先もっと増えるぞ」
覚悟はしていたけれど、しんどいものはしんどい。羽根の生えた魔物を切りつけ地面に落とす。ヤークがすかさず魔法で燃やしていた。
「今は朝だか昼だかわかんないな……夜になればもっと暗くなりそうだ」
「強行したくなるが、慎重に焦らないように進まないとな」
「あと飯になりそうな魔物は絶対に倒す!」
今の魔物は羽はついていたけど、食べられそうになかったな。倒した魔物を思い返していると、ヤークが魔物の死骸をよくよく観察していた。
「ふむ、これはフィルマールで得た知見だが、動物にも精霊との相性がある」
ヤークは燃えた魔物の死骸から魔石を取り出した。
「光魔法と闇魔法は似ているという話を前にしたな」
魔石は黒く濁っている。でも不思議な輝きを持っていて、見るのは嫌いじゃなかった。
「魔力を使って光を放出して、それに触れればまた魔力を回収できるという認識だった」
「自分のだけね」
光源としてよく使っている光をひとつ生み出して、自分で回収する。
「しかしそれはどうやら光魔法のみだったようだ」
「ん?」
試しに暗闇を生み出して、回収してみせるとヤークは首を横に振った。
「闇魔法に適性がある者は他人の魔力ですら回収できる。光魔法と闇魔法が扱えるのはうちではルートリアだけだから、あくまでフィルマールで得た知識で話すなら、だがな」
そうだったのか。脳裏に浮かぶのは雪山のノルト神殿。あの時、私の中に私の物ではない魔力が身体に流れ込んでくる感覚があった。ヤークとクラリスのおかげで魔力を放出したから今も問題なく旅を続けているけれど、あれはもしかして本来魔王に会った時に起こる現象だった?
「次に魔石の話だ」
ヤークが手に持った魔石を指で軽く叩いた。
「魔石は魔物が持つものだ、というのが常識だったな」
「そうだね」
様々な色の魔石があるけれど、そのほとんどが今ヤークが手に持っているような黒色だ。他の色は珍しい。
「フィルマールには魔石を生成する方法も書かれていた。といっても、闇魔法を有している人間がいるからこそ検証できたのだろうなという内容ではあったが……まあつまりは魔石とは命の中に取り込めなかった魔力の結晶のようだ」
命の中に取り込めなかった魔力?
具体的ではない説明についていけなくなった。ちなみにスナッチはとっくに話を聞くのを諦め、目の前の岩を退かそうとしている。
「闇魔法は他人の魔力を取り込むことができる。本人の器の大きさを超えて、な」
ヤークが私を見た。その視線に、私ではなくリリムとクラリスの表情が変わった。リリムは目を見開いているし、クラリスは眉間に皺まで寄せている。
「その器を超えた魔力が、死んだときに魔石となるそうだ。例外もあるから、あくまで意図的に魔石を生成するならば、という話だったがな」
その話が本当なら、私が魔王に会って死んだら魔石が残るのだろうか。乳母の日記では、魔王の魔力を吸収することでフィルマールの王族は死ぬ、ということだった。魔王の部屋には魔石がたくさんありそうだ。
「そしてここからは私の推測だ」
ヤークは、リリムとクラリスが何か質問する前に次の話にうつった。魔石をよく見ながらいつも通り淡々と話を続ける。
「魔物を倒すと魔石がある。魔物というものは、ゴーレムや鉱物系の例外もいるが、ほとんどが動物に似ている。そして動物、というよりほとんどの生き物には精霊との相性が存在する」
なぜかヤークは眉間に皺を寄せ、呆れるような顔で私とスナッチを見た。
「魔物というのは闇魔法の属性を持った動物なのではないか、という推測ができる」
「つまり?」
ごくりと唾を飲み、真剣な顔でヤークを見つめた。対照的にヤークは脱力していた。
「ほとんどの魔物が食べられるのではないか、ということだ」
岩を退けていたスナッチが勢いよくこっちを向いた。私も腕を高く掲げて拳を天に突き上げた。
「まじかよ! それをはやく言えよ!」
「食材の宝庫だ! ここは好きなだけ食べ放題だ!」
「君たちはお腹が空いていたのか?」
頭が痛そうに額に手を当てるヤークの背中を、クラリスがやるせない顔でポンポンと叩いていた。その隣でリリムが苦笑している。
魔王城までには魔物がたくさんいる。今まで人が住んでいた大陸と違い、勇者が来なければ増える一方だ。私が一人で料理もできる強者だったらここで生活しようと考えていたかもしれない。張り切って先に進もうとスナッチと一緒に岩を退ける作業に専念する。
「フィルマールで得た知識で最初に喜ばれた情報がこれか……」
「喜ぶとわかってて言ったろ」
「一度始めた説明を止められなかったんだ」
ヤークは魔石を手で弄りながら遠い目をしている。
「喜ぶなら良かったんじゃないかな?」
「リリム、バカどもを甘やかすな」
「……クラリスだって咎めてはいないくせに」
「長命種二人で喧嘩をはじめるな」
ヤークが脱力したまま、私とスナッチが退けた岩の間をすり抜けて先へ進む。続いて後をついていく。谷を抜けると、広く荒廃した土地が続いていた。とても遠くに廃村のようなものが見える。
「あそこで一晩過ごせれば、というところだな」
言いながら剣を構えるヤーク。すぐそばの岩陰から薄っすらと獣臭がしていた。魔物が潜んでいるようだ。今日の目的地まで、障害物はまだまだ多いのだろう。同じく剣を構える。
「夜までに辿り着きたいね」
今岩陰に潜んでいるのは、食べられるものだろうか。全て倒していてはキリがないけど、先にこちらを見つけ襲おうとしているもの、今晩のうちに食べられそうなものはきっちり処理していきたい。
後ろを振り返りリリムに目で合図を送る。リリムが岩を目掛けて風魔法を放った。隠れて隙を伺っていた魔物が私たちに向かって飛び出してくる。
「でかっ」
「味はまずそうだな」
「言ってる場合か! スナッチ!」
「おうよ!」
クラリスの声にスナッチが前に出て、身ひとつで猪のような魔物を受け止めた。あのサイズ、あの突っ込み方なら盾や武器で止めるより身体全身で受けとめるほうが腕が痛まない。後ろへ周り込み、剣を薙ぐように振った。
「硬っ!」
「刺すなよ! 剣持ってかれるぞ!」
「退け、ルートリア!」
「リリム!」
「わかった!」
リリムが矢で魔物の目を刺し貫くと、片目を失った魔物がより強く暴れ出す。牙部分を素手で押さえていたスナッチが押されはじめた。
「よし、新技お披露目だ!」
「このタイミングで!?」
私と入れ替わるように魔物へ向かったヤークは剣で足を斬りつけた。さっきの私とは違い、ダメージが入っている。
よく見れば剣が赤く熱されている。この短時間で、火魔法の高熱で剣を炙ったのだろうか。
「狙え、ルートリア!」
声が耳に入った瞬間に駆けて、ヤークがダメージを与えた傷口を何度も斬りつけた。ヤークが傷口を増やす。そこを重点的に狙いに行く。出血の増えた魔物から力が抜けていく様子に、スナッチが手を離す。
ふらふらと逃げようとしたのか、自分が出てきた岩に強く頭を打ちつけて倒れた。クラリスが念のため、メイスで頭を潰しておいてくれた。この大きさの魔物から魔石を探す気にはなれないな、と息を吐く。
「よし」
「でかかったな。これから出てくる敵みんなこの大きさか?」
「疲れるな〜」
幸い、そうと決まっていたわけではないようだ。羽根の生えた小さな魔物もいれば、群れた犬のような魔物も多い。そうして戦い抜いて廃村に辿り着いた頃には連戦に疲れてしまっていた。
「休まないときついな」
「移動していなければ魔物の縄張りに入らないみたいだから休めそうだね。休もう、すぐに。立ち止まろう」
「縄張りね。ほとんどの元が動物だと考えれば、まあ理屈として考えられるか、はぁ」
「……体力がなくて、ごめんね」
私たちでこれなのだ。リリムは息絶え絶えである。謝る必要はないと、背中をゆっくり擦った。この大陸では進み方も考えないといけないな。今までのようにはいかないとは思っていたけれど、ここまでとは。
「この廃村は魔物はあまり近寄っては来ないみたいだな」
体力のあるスナッチが辺りを見てきてくれたようだ。
「あれのおかげか?」
スナッチが広間のような場所に突き立ててある短剣を指差す。それを見てクラリスとヤークが顔を見合わせた。
「魔除けの剣か、あれって勇者の……」
「あー、ここにあるなら……まあ、今回はありがたく間借りさせてもらおう」
二人揃って言いづらそうに言葉を濁している。勇者の物なんだろうか、触りに行こうとしてヤークに首根っこを掴まれる。
「君は触るな」
「あれ何?」
ヤークはひとつ溜息を吐くと、あれは稀に作られる魔除けの剣だと説明してくれた。作られれば優先的に勇者に献上されるが、特殊な条件でしか作られないためそもそも凄く貴重なのだとか。
地面に突き刺せば魔物が嫌がって避ける効力があるらしい。ただ結界とは違って迷い込んで来ないとも限らないので、お守りみたいなものでもある、と。
「それが刺さったまま……か」
「休憩しようとして、かもなあ」
それに手を出すのは気が引ける。大人しく力を抜くと、首根っこが解放された。手は出さないけれど、さっきヤークが言っていた通り間借りさせてもらうだけとしよう。いつ滅びたのかもわからないボロボロの家屋は触るだけで崩れてしまう。むしろ家屋とは距離をとって、少し広間のようになっているところで火を起こした。
それぞれが野営の準備をしていると、少し急いだ足音が聞こえてきた。全員が手を止めて耳を澄ます。剣を抜くと、見知った顔が並んでいた。
「ルートリア!?」
「レムリンド!」
どうやら船着き場は洞窟に近かったようだ。小走りだったのは、同じく魔物と対峙しながらここまできたんだろう。私たちより強いと思っていたマリンベルの勇者一行は、ここに着いた私たちと同じように肩で息をしていた。剣に手をやったまま動かないレムリンドを見て、自分の剣を鞘に納めた。
「私たちはここで野営をする」
「……いいだろう、僕らはあっちだ」
ここで戦ってもいいことはないと察したのだろう。頷いたレムリンドは、廃村の反対側へ歩いて行った。彼の仲間たちも、その後へ続く。姿が見えなくなると、クラリスが大きな息を吐いた。
「っはぁ~! 戦いになるかと思った……」
剣を収めた私に、よく我慢したと褒めてくれた。自分が成長したと見せつけることができたようで、それだけで我慢してよかったと気分が良くなった。




