62.勇者の剣4
第二王子は、生まれたときから勇者だ。一国の王子ではあるけれど、勇者であるが故に他の王子とは違った育て方をされる。魔王を打ち倒せるほど強くなれ、民を救うべく強くなれ。力をつけろ、知恵をつけろ、正義であれ。
存在が勇者だ。他の誰が何を言おうと、勇者なのだ。
「そう教育される」
滔々と話すレムリンドの顔に表情はなく、血の気もない。他人の話をするように、魔王城の方向を見ている。
「二国の勇者はよく比較される、でもバルドラドは勇者じゃなかった」
もう一人の勇者——トラスニアのバルドラドは、紋章が光らなかった。本来なら与えられる「もうひとり」の存在には安心できず、ライバルにもならず、ただ憐れむだけだった。自分が立たなければ、自分が行かなければ、世界は滅びるのだ、と。
「君の紋章が光るところを見せてくれ」
レムリンドの願いに、黙って首元に下げた紋章を手に取る。淡く光る紋章。確かリリムが、私の目と同じ色をしていると言ってくれていた。レムリンドの目は似た色をしているけれど、どちらかといえば光っていない時の紋章の色に似ている。
「……複雑だな」
「何が?」
見せろというから見せたのに、溜息を吐かれて少し腹を立てる。短く聞けば落ち着けと言わんばかりに首を横に振られた。
「僕は君が嫌いだった」
「お互い様だよ」
「勇者になりたいなんて、しかも物語の勇者を目指すなんて、本物の勇者をバカにしていると思ったさ。君は勇者になる教育も、勇者が何をするのかもわかっていない、甘い蜜を吸いたいだけの……民衆だ」
レムリンドたちの旅はほとんどが世直しの旅、強くなる必要のない旅に感じられるとヤークが言っていた。戦闘を増やして人のいない道を歩んできた私たちよりも、たくさんの人と出会い、いろんなことを感じたのだろう。フォートレスで出会ったときには既に、最初に出会った頃のような勢いはなくなっていた。
「勇者は、良いものじゃない」
レムリンドの眉間に強く皺が寄る。認めたくなかったと言わんばかりに、目を覆い、項垂れた。
「誰も、誰もついてこようとはしない。仲間だけ、仲間だけだ。世界が滅んでも、僕のせいになる。バルドラドは頑張っている、ただそれも資格はない。僕だけが勇者だ、僕だけ……」
こぼれ落ちるような言葉を、それでも選んで落としているようだ。めちゃくちゃに並べられた言葉の意味は不思議と拾えた気がした。ひとりごとのように出た言葉を区切って、最後には私を見る。縋るような目だった。
「でも君は、ここまで来た」
崩れたのは一瞬だった。レムリンドは背筋を伸ばした。縋るような目つきでも怯えるような瞳でもない。憐れみもない。ただ真っ直ぐに私を見た。
「勇者の資格を持って」
手の中に光る紋章。レムリンドも自分自身の紋章を手に持った。どちらも淡く光っている。
「僕は世界を救う。フォートレスを越えると、滅んだ街や村が多かっただろう。人が住める範囲はどんどんと狭まっている。ここだって、建物があるということは元々は人の住んでいた土地だったんだ。勇者としてそれを止めないといけない」
そう、建物は人が住んでいた跡だ。朽ちたのはいつかわからない。魔王の住むこの大陸は、レムリンドが言う通り、人が逃げ出した大陸なんだろう。
乳母の書いた日記には、魔王は自我を失ったとあった。確か、偉大なる祖国アルヴァリアの王と記されていた。ならば、魔王は元々人だったんじゃないか。私たち子孫が人であるように。それを知らないレムリンドでさえ理解できるほど、この大陸には人の営みの残骸が多くあった。
「レムリンドは、世界を守るために、人を守るために勇者になるの?」
「……そうだ」
目を逸らされる。口で肯定してはいるが、実際の願いは別のところにあるんだろう。私もそうだから、わかってしまった。
「私は、勇者が嫌いだった」
「知っている」
「前の世代の勇者に失望したから、だから自分が物語の勇者を目指そうって思った」
スラムで何もかもを失って勇者を嫌いになっても、周りの好きな人たちの口から紡がれる物語の勇者を嫌いになりたくなかった。救いや希望に溢れた物語を語る人たちの声が好きだった。それを、嘘にしたくはなかった。
「目の前の困っている人を助けて、みんなを苦しめる敵をやっつける」
それだけなら本当は勇者じゃなくてもよかったのかもしれない。でも、勇者じゃない強者へ向けられる視線は、結構冷たいものだった。旅をすれば何が目的だと疑われ、困り事を解決すれば報酬を要求しないと会話が成立しない。
「勇者ごっこならここまで来なくてよかったんじゃないか?」
「そうだね、死にたくないし」
「おい」
ここには、人がいない。困っている人も、誰かを困らせる人も。ただただ魔王へ向かうだけの道だ。魔物と仲間と目の前にいる本物の勇者たちだけ。
もし今引き返すといえば、スナッチは安心するだろう。ヤークは試せることを試しに一人で行っちゃうかもしれないけれど、クラリスとリリムはどうするんだろう。クラリスは私のことなんか忘れて巡業の旅に行くかも。リリムは、何も考えずに私についてくるのかな。
諦めた私に残るものは、驚くほど少ない。勇者として魔王を倒せなければ国に帰れないというバルドラドほどじゃなくても、フィルマールの前を通って帰れない。フォートレスにまた立ち寄ることもできない。生きているだけで苦しくなりそう。
なら、進むほうが楽だ。
「私は、私のために勇者になる」
そうか、最初からそうだ。人のために、人助けをしていたわけじゃない。私がやりたいからやっていたんだ。フィルマールから、いや、フォートレスからじわりじわりと頭を覆っていたモヤのようなものが晴れた気がした。
「……眩しいな。羨ましいよ」
そうあれ、と言われて生きてきたレムリンドやバルドラドに比べて、幸せなことだろう。セルソラが言っていた言葉を思い出す。
つらいこともありますが、苦しんでいる方を救える力を持っていることを嬉しく思います——。
そのとおりだった。ラッキーでよかったんだ。先人たちがどんな想いで魔王に会いに行ったのか、あの魔除けの剣の持ち主がどんな気持ちだったか、考えてもわからない。でも、目の前にいる本物の勇者の、恐らく根底にある願いは一緒だ。
「あはは、レムリンドがいてよかった」
「……ちっ、僕の存在が君を孤独にしなかったのか」
珍しく態度の悪い舌打ちをするレムリンド。そうだ、そんなことも言われていた。
君はいつか本当に孤独になる——。
雪山に登る前だ。歓楽街での言葉。ただ、逆も然りだ。さっきレムリンドは私に「嫌いだった」と言っていた。「でも君は、ここまで来た」とも。バルドラドは紋章が光らない。レムリンドにとって、勇者はずっと自分だけだったんだろう。
その証拠に、レムリンドが私を見る目は随分穏やかだ。
「ま、僕が先に魔王城に行くから無駄な問答だったけどな」
「なんだと」
「やるか、ルートリア」
お互いにニヤニヤと剣に手をかける。すると、物陰から慌てた男女が飛び出してきた。
「あ、えっと、いないなって思ってたら、その」
「とりあえず剣から手を離せ!」
リリムとアサシンもどきだ。リリムは起きて私がいないことに気付いて探しにきてくれたんだろう。レムリンドの仲間であるアサシンもどきも一緒になって聞き耳を立てていたんだろうか。いつから?
持ち前の素早さでレムリンドをかばうように立つアサシンもどき。小走りに駆け寄ってくるリリムは、私の横にぴったりとくっついた。手には私のマントを持ってきてくれている。
「お怪我はありませんか?」
「ああ、問題ないよ、マート。話をしていただけだ」
マートと呼ばれたアサシンもどきは、頭の先からつま先まで舐めるようにレムリンドを見た後、私を見て露骨に嫌そうな顔をした。
「偽勇者と話すことないでしょう。さあ、行きますよ」
「……ああ」
レムリンドは、手を引くマートを一瞬寂しそうに見た後、こちらを振り返った。でも言葉は出さずに自分たちの野営場所へ戻っていった。
「お話をしていたの?」
「うん」
そう返すと、リリムは近い距離で私の顔をじっと見た。さっきのマートは、レムリンドの頭からつま先まで見ていたけれど、リリムは私の顔を見るんだなあ。ぼーっとリリムの顔を眺め返していると、満足したのか少し身を引いた。目線は合わせたまま、首を傾げている。
「明るい顔」
「そう?」
自分ではわからないなと頬を揉んでみると、そっちじゃないよと目を見て言われた。




