52.廃村にて
村のような建物を見つけたものの、そこは既に朽ちていた。骨があちこちに散らばっていて、魔物と化した野犬がちらちらと住み着いていた。関わる必要はなかったのに、足を踏み入れた瞬間襲われたので戦うしかない。
襲い掛かってきた一体をスナッチが殴り飛ばしたので追いかけて切りつける。
「リリム、牽制!」
クラリスの指示に風の刃と矢が降り注ぐ。避けた先に小規模の火が地面から燃え上がる。ヤークの火魔法だ。規模の大きい魔法を好むヤークだったけれど、それでは魔法を使うことができない場面が多い。最近は小規模で高火力な魔法を研究しているらしい。その成果がよく出ている。
「どうせ後で焼くんだ、今焼いたっていいだろう」
「部位によって火の加減がどうとか前に言ってなかった?」
「料理をしないくせに文句を言うな!」
それを言われると私たち三人は黙るしかない。反論を許されているのはリリムだけだった。
燃えながら飛び掛ってくる魔物の首元を真正面から突き刺した。さながら串焼きのようになった魔物から剣を抜き取り、血を振る。熱くなった剣を地面に突き立て冷ます。
「これで全部、かな」
「魔物はな」
「人の気配も無さそうだけど」
リリムが耳をすませたようだけれど、目が合うと首を横に振った。スナッチが建物の扉を叩いたが、開くのではなく扉が倒れてしまった。
「滅びたのはいつだろうな」
あちこちに散らばっている骨は、原形はなかったが人のものだろう。建物の中には整った人骨をいくつか見つけた。
「魔物が原因にしては綺麗だな」
「流行り病か飢餓かというところか」
クラリスとヤークが慣れた手つきで骨に触れて原因を確かめていた。スナッチはそれを見て引いている。
「お前らよく平気ね……」
「既に亡くなっているなら役立てさせていただくほうがいいだろう」
「ヤークほどひどくはないが、僕はまあ見慣れているしな」
外に散らばっている骨は亡くなってから魔物がバラけさせてしまったものだろうというのが二人の意見だった。こういった場合、埋めてお墓にしておいてあげたいけれど、そっとしておくほうがいいんだろうか。クラリスを見ると好きにしろと言わんばかりに縦に一度大きく頷いた。これ以上荒らされるよりは小さな塚でもいいから作ってあげるほうがいいだろう。
「スナッチ」
「ん」
村からスコップを見つけ、二人で穴を掘る。後の三人はできる限りで骨を集めにいった。リリムは一瞬、私と一緒にいるか悩んで、役に立てそうな方へついて行った。リリムも意外と骨に触れることへの抵抗感はないみたいだ。
魔物が住み着いてしまっていたことを思うと、この街で野宿をするのは避けたい。夜になればさっきの魔物だけではなく様々な魔物が帰ってくる可能性はある。明るいうちに事を済ませないといけない。
小さな塚を作り終わり、滅んでしまった村から離れる。村から去る前にクラリスが胸に下げたアクセサリを手に取って目を瞑り額に掲げていた。ヤークは両手を組んで目を瞑り、リリムは胸に手を当て何かを呟いていた。それぞれの死者に対する風習だろうか。スナッチと顔を見合わせて首を傾げる。墓というのは、作ればそれが弔いになるものだと思っていた。
自分も何かしたほうがいいのか、一番詳しそうなクラリスに聞いてみると気にするなと苦笑された。
「風習っていうか安らかに眠れるようにっていうお祈りだよ。こういうのはまあ、生きている方の気持ちの問題だから無理して合わせるもんでもないさ」
「そうなの?」
こういうとき、クラリスの意見に疑問を返すのはいつも私やスナッチだったけれど、今回聞き返したのは意外とリリムだった。
「忘れないっていう死者との誓いだと教わったけど……」
「さすがエルフ、考え方が重いな」
種族単位で重いと言われて落ち込むリリムの肩をポンと叩く。ヤークの目が興味深げにキラリと光った。あっこれはよくない流れだ。
「死者が存在するかどうかという論争は昔から尽きないな!」
「死者は存在しないから死者だろ?」
「思い出の中に生きるという話から魂は在る説や魂は肉に宿っていて骨にはない説まで、宗教的考えもあれば土地に種族に個人に意見は大きく分かれる」
死んだ人には会えない、だから答えのない問いになる。でも昔、街外れに住んでいたお婆さんが死んだ夫に夢で会ったと話していた。そう話すと、クラリスは眉間に皺を寄せた。
「夢で見たなら記憶と思い出からくる願望ってやつだろ」
「クラリスは死んだ人はいない考え?」
「意外だな、神官サマ」
「あのな、生と死が曖昧になれば病むのは生きてるほうなの!」
揶揄うスナッチに、クラリスは指を突きつけた。クラリスは職業柄、死んだ人、残された人をたくさん見てきたのだろう。その中には病んだ人も。じゃあクラリスの考えは経験からくる個人の思想ってことかな。リリムはエルフの里でそう教わったようだけれど、それを今もしているということは同じ考えなんだろうか。
隣にいるリリムの綺麗な顔を見上げると、不思議そうにクラリスを見ていた。
「リリムは死者と誓うってことは、死んだ人はいる考えの人?」
「そう教わりはしたけど、自分では考えたこともないかも。でも、小さな頃に母が亡くなったときは、……追いかけて会いに行くほうがいいのかなって思ってたよ」
「う、う~ん」
恐らくは言葉を選んでくれてはいるけれど、また重たいと言うと茶化すみたいになってしまう。リリムは返事に困って唸る私を見て苦笑している。それを聞いたヤークはふむと頷くと助け船を出してくれた。
「今生きているということは、その考えは違うと思ったのか?」
言われてみればそうか。ヤークらしい返答に舌を巻く。
「死んだら会えるっていうより、私が死んだら母との思い出も消える気がして……」
「死ぬほうが寂しくなるって考えになったか」
「そうかも。そう思うと死んだ人はやっぱりいないって考えなのかもね」
リリムがはにかんで笑うのを見て、少し安心して息を吐いた。スナッチとクラリスも話の雲行きに緊張していたのか、目が合うと苦笑した。そんな私たちの様子に気付いているのかいないのか、ヤークとリリムは歩きながら穏やかに話を続けている。
「石を積んだだけのお墓に話しかけたりもしていたけど、それも今となると自分のためだったのかな」
「墓を作る意図として、身体が土に還るようにとか死者が安らかに眠れるようにとか、死者のためでもある。クラリスが言っていた通り、残された者の生死が曖昧にならない良い距離感の取り方ともいえるか」
「そこで僕の話に戻るのかよ……」
重い話に自然と離脱していたクラリスが強制的に戻される。彼は呆れた顔でヤークを睨みつけたが、ヤークには何も響いていなかった。
「ま、なんにせよ墓作ってよかったな」
「今までの話でその結論になる?」
強引に明るいほうに結論づけようとするスナッチに私も呆れた顔をする。笑いながら逃げるように歩く速度をあげるスナッチ。ヤーク先生の話は止まらず、今度は墓の仕組みの話まで始めている。ヤークはフォートレスでクラリスとセルソラが直した結界に強く興味を持ったみたいで、クラリスが度々捕まってはドワーフの建築と魔法について話をさせられていた。
リリムは何を見るでもなく、手を口元に当てている。何か考えている顔だと思いつつ、邪魔をせずに隣を歩いた。しばらくヤークとクラリスの話を聞き流しながら歩いていると、リリムがハッと顔をあげた。
「あ、ごめん。考え込んでたみたい」
「そうみたいだね」
戦闘中でもないから問題はない。それでも少し居心地悪そうにしているリリムに、安心してほしくて笑いかけると苦笑された。なぜ?
「引きつってるよ」
「笑っただけなのに」
自分で頬を揉んでみるも自分がどういう顔をしていたかわからない。歩きながらも器用にリリムの指が私の頬に触れる。ちゃんと笑えなかったみたいなのに、リリムは随分と嬉しそうだった。不思議に思って見つめると珍しく逸らされることなく、むしろその笑みが深くなった。
「うん、やりたいこと、なんとなく見つかったかも」
「本当? 何?」
リリムは触れていた指を自分の口に当てると、内緒と言った。内緒にされてしまうと本当にそれでいいのかとか一緒に考えてあげることができないんだけどな。でも嬉しそうに笑う顔を見ると、やりたいことがどんなことでも否定できない気がした。
「ちゃんとまとまったら話すね」
まとまってしまったら、もっと説得できなくなるな。なんとなく嫌な予感もする。安心したように、でもこれからのことを考えて嬉しそうなリリムの顔に、追及するのをやめて深く息を吐いた。




