53.海底通路1
私たちが小さな村や街を点々と移動している間、ラセル爺の話どおりなら、本来の勇者一行は大きな城塞都市を訪れていたはずだ。そして、導かれるままに強さを測る試練を受けているのだろう。彼らは近場の人のほとんどいない小さな港から、なるべく堅牢な船を用意してもらって魔王の城がある大陸へ向かう。
「これだよなあ」
「これだろうね」
フォートレスではラセル爺から強請るように様々なことを教えてもらった。クラリスとセルソラの二人の孫から睨まれ、情けない顔をしながらも嬉しそうだったラセル爺は本当に色んなことを語ってくれた。例えば、船が無くても魔王の城へ向かう方法とか。
海へ向かう手前にある小さな山。道らしきものはあるけれど、もういつから人が入っていないのか草で覆われている。雪山であればスナッチを前にして縦に並んで歩いたが、今回はそれでは効率が悪そうだ。ヤークと私で草を刈り払いながら、先頭を交代して進むことにした。上から下がっている枝や横から生えてきている草といった最低限しか切り払っていないのだけれど、意外と体力がきつい。
そうして苦労して辿り着いた道の先には、暗い洞窟があった。ラセル爺から話を聞いていなければ、それが魔王のいる大陸に繋がっているとは考えつかないだろう。
「海の魔物を退ける力がまだ無かった頃はこっちが本来のルートだったらしい」
「本来の勇者には魔法使いを積んでる硬そうな船が用意されているんだっけ」
「魔法使いを物扱いするな」
ヤークに小突かれた頭をそのままに、洞窟を覗き見る。真っ暗な洞窟は初めてではないけれど、最初の一歩はどうしても勇気がいる。それに、今回必要な勇気はそれだけじゃない。振り返って全員を見る。腰に手を当て殊勝な顔つきでこちらを見るスナッチには、私が話そうとしていることはお見通しみたいだ。
「洞窟はもちろん、魔王の住む大陸に着けばもう人は住んでいないらしいよ」
クラリスとヤークも思い当たったのだろう。クラリスは今更何をと言わんばかりにふんと鼻を鳴らした。ヤークはなんだそのことかという態度で背筋を伸ばした。リリムだけが首を傾げてこちらを見ている。
魔王の住む大陸は魔物が多く、もはや人が住める土地ではない。魔王城のように、村や街のような建物の残骸はあるらしい。勇者たちはそれをうまく利用し、魔物を倒し、時に魔物を避けながら魔王の元へ進む。この洞窟の先には、海底を貫く長い通路が続いていると聞いている。
「つまり?」
ニヤニヤと意地悪く聞いてくるスナッチ。引き返すなら今のうち、と話すのが嫌で少し黙る。フォートレスで散々悩んだのだからやはり今更なんだろう。そもそもここで引き返すぐらいならもっと早くに引き返している。
だから、ここで確認する意味は――。もう一度みんなを見て、口を開いた。
「覚悟はいい?」
この先に進めば、一人で戻るのは困難だ。もし勇者が魔王を眠らせても、その仲間たちの大半は帰る道中で命を落とすとラセル爺は言った。私は魔王に会っても死ぬ気はないけれど、みんなにも死んでほしくない。
誰一人目を逸らさなかった。スナッチが斧を掲げて豪快に笑う。
「任せろ! 俺が全員守ってやるからな!」
「僕は巡業のついでだから覚悟とかないけど、絶対に全員を生きて帰してやるから安心しろよ」
「私ほどの魔法使いがいるんだ、むしろ全員置いていかれない覚悟をするんだな」
自信を持って堂々としている三人に対し、なるほどそういう話かと理解したリリムが笑顔で頷いた。
「私も、この旅でやりたいことができたから、最後までついて行くからよろしくね」
そういえばリリムはやりたいこと、旅の目的ができたと以前言っていた。内容までは聞けていなかったけど、まだ内緒なんだろうか。
「ルートリアは覚悟できてんのか?」
意地の悪い聞き方をしてくるスナッチに、ふふんと鼻を鳴らす。
「一番できてないかも」
「おい」
「でも、誰よりこの先へ行きたいと思ってるよ」
勇者になる。願望や覚悟というよりはもはや約束となってしまった。積み重ねた時間が、出会った人たちとの思い出が、後戻りを許さない。こうなったらとっとと魔王に会って勇者になるほうが、身軽になれそうだ。
「……らしくないことしちゃったね。行こっか」
気恥ずかしくなって全員に背を向けて洞窟に足を踏み入れる。見なくても、全員のニヤニヤとした顔ぐらい知ってる。
暗い道を照らすために極力弱く光魔法を使った。皆の足元と前だけを照らすよう意識する。洞窟では外と違ってなるべく音を立てないように進む。とはいえ、あまりに黙っていても気が滅入るので小声で近くにいる人とは話したりする。耳を澄ませながら歩くリリムにそっと歩調を合わせた。
「何?」
異変がないか耳で探るリリムの邪魔にならないかと考えたけれど、リリムが先に口を開いた。本当に器用に風魔法を操るようになったリリムには、もう話しかける程度では邪魔にならないんだろう。頼もしくなったなあと思いつつ遠慮なく、でも小声で話しかけた。
「結局リリムが見つけたやりたいことってなに?」
まとまったら話すと言っていた。焦らしているつもりはなかったのだろう。聞けば明るい表情で笑いかけてくれた。小さな灯に照らされた穏やかな表情は、なんだか安心できるものだった。
「君たちのお墓を作りたいなって」
力が抜けてズルリと足を滑らせた。身体が地面に着く前にスナッチに抱えられたけど、ちょっとまだ身体に力が入らない。
「だ、大丈夫?」
「うん、大丈夫大丈夫」
「いや大丈夫じゃないだろ、リリムが」
「あれ、私?」
本人は自分の発言について、特に思うところはないようだ。そもそも嬉しそうにしていたことから、本人にとってはとても名案だったのだろう。
「私たちの命を狙ってる?」
「え? ち、違う違う!」
「おいうるさいぞ、そこ三人」
後ろにいたヤークとクラリスがせっつくように間隔を縮めてきた。申し訳なさそうになったリリムを見て、ヤークが話を聞かせてみなさいと言うから、リリムとした話をかいつまんで話す。一緒にいたいから旅の目的を作ってほしいと願った私に対して、リリムがそう返答した、と。話を聞いたクラリスがリリムに対して引いてみせる。
「どうせ短い命なら私自身が奪ってやれ、みたいな?」
「違うよ、それじゃあ旅が終わっちゃうでしょ」
「あー、旅の終わりにというより、私たちと一緒にいる終わりに、という話か?」
「そう! ありがとうヤーク……!」
片眉を下げて難しい顔で思案したヤークが正解を導き出す。うーむ、ヤークはすっかりリリムの一番の理解者となってしまった……。
「旅の目的とか、旅が終わった後にやりたいことって言っても思い浮かばなくて……でも前にみんなとお墓の話をしたときにそれもいいなって思ったの」
みんなにこれほど誤解されると思っていなかったようで、リリムは恥ずかしそうに一度咳払いをしてからそう話した。やっと合点がいったけれど、それでも脱力感は拭えない。スナッチも苦笑いのままだ。
「それ、旅の目的になるか?」
「う、旅の終わりまで一緒にいる理由にならない?」
「それだと旅の終わりっていうか生涯五人で過ごすことになるだろ」
墓を作るっていうなら、私たちの遺体を回収してから、になるのか。確か物語には同じお墓に入る結末もあったけれど、リリムの願いはそれに近いんだろうか。リリムは全員がずっと一緒にいるものだと思っていたのか目を丸くした。
「旅が終わったら、解散するものなの?」
「僕はひとりになっても巡業の旅が続くだけだな」
「私は生まれ故郷に凱旋だ。魔法使いの偉大な功績を持ち帰らねば」
さすが、クラリスとヤークはしっかりしている。私と同じく後のことなんて考えていないだろうスナッチを見ると、意外と平然としていた。珍しく考え事をしているのか目が合わない。私の視線に気づくと、頬をかいて明後日の方向を見た。
「俺は、その、村を作ってみるのもいいかなって」
夢を語るのが恥ずかしかったのか、小さな声で口ごもっている。でもしっかりと聞こえたそれは、彼らしい夢だった。その証拠に誰も笑っていない。あぁ似合うなと頷いているだけだった。
「スナッチらしいな」
「そ、そうか?」
嬉しそうに照れ笑いする大男。それを見ているとなぜだか自分も誇らしい気持ちになった。でもこうなってくると、旅が終わった後の目標がないのが私だけになる。旅の目標は一番持っているのに、その後のことを考えていないバカがひとりとなってしまった。
そしてこういうとき、リリムは間が悪いのだ。それで君は、と言わんばかりに視線をこちらに向けている。それに気づいたスナッチが今度は意地悪い顔でニヤニヤと笑う。
「それで? ルートリア君、君は旅が終わったらどうするんだね」
もちろん死ぬ気はない。でも、困ったなあ。本当に考えていなかったから……。森の近くとかで静かにのんびり暮らしたいとか漠然と思ったことはあるけれど、やりたいことというほどの気持ちではない。苦し紛れに見透かしてくるスナッチを睨みつける。
「決まってないなら、それこそリリムに付き合ってやったらどうだ?」
あげられるものはなんでも、と思っていたけれどまさか身体をご所望とは。いやでもこういうからかい方をすれば拒否するのはリリムの方だろう。そう思ってリリムを見るとじっと私を見ている。
喜ぶでも拒否するでもないリリムの目線は期待しているようにも見えた。その期待に応えるのはなんとなくまずい気がして話を逸らす。
「リリムが欲しいのが私たちの遺体なら、別に生きている間は一緒にいなくてもいいんじゃない?」
「生きている間にたくさん思い出を作ってやれば、遺体の価値も上がるんじゃね?」
どうやらスナッチは私とリリムを一緒にいさせたいみたいだ。私だってずっと一人は嫌だけど、それを認めてしまえば、リリムが墓のそばでずっと一人でいることになる。リリムは、それでいいんだろうか。
ちらりとリリムに目を向けると、リリムは子どものようにニコニコと笑っていた。
「生きている間も、死んでも一緒にいられたら、嬉しいな」
リリムが目的を持ったことで、彼女に旅で得られるものができた。それ自体は嬉しいことなのに内容について考えれば考えるほど、自分の顔は青ざめていく。死んでもって、私が死んでもって意味だよね?
「まあ、買ったのはルートリアだ、責任でも取るんだな」
同じくちょっと青ざめた顔をして引きつつ、笑いながら私に全てを押し付けてくるスナッチ。エルフって怖いと言いながら少し距離をとるクラリス。ヤークは呆れた顔をしている。私はもうないはずの鎖を感じて身体が重くなったのだった。




