46.聖都フォートレス7/ヤーク
鉄格子の側で泣きじゃくるクラリスに、スナッチと顔を見合わせ困惑する。泣きながら話すクラリスの話を拾うと、こうだ。
クラリスはルートリアや私たちと離れたくない、しかしフォートレスに残らないといけない。そしてリリムに一緒に残ってほしいと言ってしまった。私たちに申し訳が立たない、という話らしい。クラリスには悪いが、それでそこまで泣くほどかと非常に困惑している。
一番気にしそうなルートリアはここにはいない。それから、ルートリアもスナッチも、クラリスとリリムが途中でいなくなるかもしれないことを視野に入れていたから、こんな風に泣かれるとは思ってもいなかった。それをこうも感情的に一緒にいたいとぶつけられてしまったのだから、怒ったり慰めたりするよりも喜びが勝ってしまう。ニヤニヤを抑えられないスナッチには呆れてしまうが。
「どうしたらいいんだ僕は……」
「あぁ、まあ、なんだ、その、拭いてあげられる布が無いな」
「俺たち身体を鍛えていたからなあ」
見た目でいえば、泣きじゃくる小さな少年を取り囲みただオロオロしている保護者のようになっている。私たちはただでさえ身体が大きいからな……。
「ま、クラリスの気持ちがハッキリしているなら俺たちはやりやすくて助かるぜ」
そう言ってスナッチは豪快に笑った。あぁ、こういうときは大体嫌な計画を聞かされる感じだな。今は側にいないルートリアが口元に手を当てながらクツクツと笑う様が目に浮かぶ。
「フォートレスから強引にクラリスを誘拐すればいいだけだもんな!」
ああやはり。躊躇がないのだ彼らは。目を白黒させたクラリスが怒り始める。
「バカ! そんな単純じゃないんだよ!」
驚きと怒りで涙は吹っ飛んだらしい。クラリスはいつものように、怒りながら説明を始めた。フォートレスの静養棟について、妹の状態について、前の勇者について。話しながらも随所に私たちへの心配を含んでいるあたりが彼らしい。
「おっ、じゃあ妹さん治ったんだな! 良かったなあ!」
「今までの話全部聞いてお前が気になるのそこかよ!」
「前に生き別れたって言ってたろ。家族は大事だもんな」
「それはお前たちが僕に対して気を使わないように言っただけで……実際は、僕が帰らなかっただけだ」
うむ、クラリスの負い目はそこだな。彼はフォートレスに残らないといけないと言っている。フォートレス聖療院のセレド教の者たちもクラリスを手元に置いておきたいだろう。ただ、クラリスは実際にはセレド教の者たちを気にしていない。彼の発言から滲んでいるのはひたすらに妹への心配だ。
「妹と話はしたのか?」
「いや、少しだけだ。でも僕を見て安心した顔をした」
「それだけだろう?」
人というものは、話してみないとわからないものだ。以前はそうは思わなかったが、ルートリアたちと旅をしていると強くそう思うようになった。一緒に旅をしていると、どうしても会話をする必要がある。会話をすればするたび、数多くの誤解が自分の中にあることに気づく。ルートリアが意外と色々考えていたり、スナッチが誰より臆病だったり、リリムの感情が誰より幼かったり、目の前の彼が誰より優しかったり。
「クラリスがどうしたいかは決まっていて、妹の気持ちはわかっていない。そこを確かめてから悩んでも良かったんじゃないか? フォートレスにいないといけないと思いこんで今悩むのは非効率だろう」
「非効率……っ! クッ、クソッ、お前らに話にきた僕が悪かったよ! お前らが僕の気持ちを理解した試しなんてひとっつもないんだから!」
「ははは! ま、どっちにしろ俺が誘拐してやるから安心しろ!」
「バカ! アホ! バカッチにバカーク!」
うーむ、罵倒も壊れている。まあクラリスはどうとでもなるだろう。スナッチの言う通り誘拐でもなんでもすればいい。
問題はルートリアだ。マリンベルの勇者まで捕らえられている理由がやっと理解できた。クラリスの話では、妹は治ったようだがまだ本調子ではない。逆にクラリスを差し出せばルートリアが返してもらえるというものでもないだろう。おそらく勇者という存在そのものがこの神殿では危険視されている。
「ちょっと、私たちの前で誘拐だのなんだの、物騒な話はやめてもらえる?」
ずっと黙っていた槍使いがこちらに声をかけてきた。どうやら話を聞いていたようだ。クラリスは泣き喚いていたし、牢屋は声が響きやすい。聞こえて当然ではあるが。
「盗み聞きかよ」
「否応なく聞こえるでしょう!?」
「スナッチ、無駄に喧嘩をするな」
こいつら、一周回って仲良くなってないか? 言葉で噛みつき合うスナッチと槍使いを横目に呆れた顔をする。
「そういえば、ルートリアは別なのか?」
最初から違和感は持っていたのだろうが、やっとクラリスがルートリアの不在について訪ねた。鉱石を理由に連れて行かれた、また他の勇者も隔離されていると話すと、クラリスが困った顔で首をひねらせた。
「鉱石を、か。やっぱり勇者っていうのは呪われているという扱いなんだな」
「ふむ、老人はまず大量の鉱石をルートリアに当てていたな」
「僕たちセレド教は、どういった呪いか、身体のどこに問題があるかを鉱石の反応で見るんだ」
興味深い。思えば、得意な魔法を調べる水晶が存在するのも似た類だろうか。
「ドワーフの老人と言ったな。それは恐らく僕の祖父だ」
「おっ、あの爺さんはクラリスのお祖父さんだったのか」
「うん、それならどこに連れて行かれたか、何をしているかも想像できる。あの人は、勇者に歴史を説く役職についているからな」
勇者に歴史を説く。そもそもここは勇者が必ず立ち寄る場所だ。十年近く、神殿側は次に勇者が来るであろう時期を恐れていたはず。それまでにクラリスを探して結界を万全にしようとしていたところに、クラリスと同時に揃いも揃って勇者が立ち寄ってしまったのではないだろうか。
「なんというか、間が悪いな」
「で、セレド教の神官様のお考えは?」
「意地が悪い聞き方をするなよ。……まあ、僕が結界を直してもセルソラの体調が良くなるまでは幽閉だろうな」
「それはどれぐらいかかる?」
クラリスの顔が曇る。妹を治したと言っていたが、とりあえずは様子見なのだろう。まあ、一週間程度なら耐えられるか。それを過ぎれば、恐らくルートリアが耐えられないだろう。どう押さえつけても逃げ出しそうだ。クラリスが何も言わないということは、それより長くかかるかもしれない。
「それもしかして、勇者全員そうってことなのかしら」
「えっじゃあ私たちしばらく牢屋ってこと?」
槍使いとモモが困惑した声を出す。
「そんなの、バルは耐えられないわよ!」
「レムリンドも逃げ出すわね」
「ルートリアは、むしろまだいるのか?」
いやそんな、私たちを置いていくなんてことあるか?
側にいるだけでありがとうを繰り返すのに? スナッチを見ると、苦々しい顔で頷いた。
「可能性はあるぞ。なんなら街の外で『まちくたびれたよ』ぐらい言うぞ、あいつは」
……最悪極まりない。待ってはくれるが、大人しくはしていられないのか。やはり自分たちで脱出を考えないといけないようだ。せっかくここにクラリスがいるのだから、有効な作戦を考えたい。せめてここにリリムがいれば、四人で今すぐ脱出を企てるのに。
「まったくなんでリリムを置いてきたんだ」
「おまっこのっ僕の話聞いてたぁ!?」
「リリムもまだわからないだろ。クラリスには悪いが、今頃相当頭を悩ませてそうだな」
「うぐっ……悪かったよ……」
「俺らに謝ってもしょうがないだろ」
クラリスは、リリムにひどい言葉を言ってしまったと悔やんでいるが、果たして本当にそうなのだろうか。クラリスはリリムに「一緒にここに残ってほしい」と言ってしまっただけだ。私からすれば、ただの提案に聞こえる。私たちであれば言われたところで、「すまない、やりたいことがあるので無理だ!」と断るだけの話だ。
元奴隷同士、なにか通ずるものでもあるのだろうか。そういえばリリムは執拗に首輪に繋がる腕輪の返却を拒んでいたな。ルートリアから私に預けられるときは、いつも物言いたげに彼女を見ていた。私たちは捕まってからリリムの様子を見ていなかったが、首輪がない今はどうしているのだろうか。好奇心旺盛で不思議そうにいろんな物を見つめる……友人、のようなエルフの仲間を思い浮かべようとした。
急に、何人もの人が走る音がし始めた。
「なんだ?」
部屋の外、廊下で人が往来しはじめたようだ。しばらくすると、部屋の扉が大きな音を立てて開いた。走ってきたのだろう若い衛兵が、目を細めて部屋を見回した。私たちの牢屋の側で鉄格子に寄りかかっていたクラリスを見つけて駆け寄ってきた。
「男性の神官服のドワーフ、あなたがクラリス様ですね!」
「そうだけど、なんだよぶしつけに」
彼はたじろぐクラリスの手を掴むと、急ぎ部屋を出るように言った。
「現在勇者が暴れていまして、急ぎクラリス様を保護せよと命令が下っています!」
勇者が暴れている? スナッチと顔を見合わせる。クラリスは抵抗しながら会話を試みている。
「な、なんで勇者が暴れるんだよ。このフォートレス聖療院にやましいところなんてないだろ!」
なぜ暴れるのかなど知っている癖に必死で嘘をついている。あの嫌味で嘘のひとつもつけないクラリスが、だ。あくまで自分たちのために動こうとしてくれているクラリスに感極まって泣きそうなスナッチの足を踏んづける。
慌てている衛兵は気付けないのか、丁寧に説明してくれた。
「事情により、勇者が来たらラセル祭祀長の話の後で捕らえ、幽閉させていただく手筈となっていたのです」
「幽閉しようとして暴れているのか?」
「はい。数で取り囲もうとしたところ、三名が抵抗されたので、その、えっと……」
彼は話しながら、ようやくここがどこだか気付いたようだ。各牢屋から射殺されそうなほどの目線を送られている。どの勇者も仲間からきちんと好かれているのだな、場違いなことを考える。さて、私たちのこの余裕はどこから来ているかとも随分前に槍使いに問われた気がするな。今日は本当にスナッチと目を合わせることが多い日だ。
「今か」
「今だな」
スナッチがルートリアから受け取っていた鍵で牢屋を開け、自分が素早く外に出て衛兵を組み伏せる。驚いているクラリスやその他大勢を尻目に衛兵を自分たちが入っていた牢屋に押し込んだ。
「悪く思うなよ」
「ははは、悪党のセリフだな!」
……随分ルートリアに影響されているようだ。衛兵が出てこれないよう牢屋の鍵をきっちり閉める。スナッチが衛兵に引っ張られて倒れていたクラリスに手を差し出した。
「よし! 迎えに行くぞ、俺らの勇者様をな!」
「加勢、というのが正しいだろうな」
私たちが鍵を手にしていたとは知らなかったのだろう。差し出された手に反応できないほど目も口も開いて驚いているクラリスの腰を持ち、強引に立たせた。ふらついたところを、スナッチが片腕で抱え上げた。
「な、なんだこの体勢。おいまさかっ!」
「そのまさかだ! どけどけ! 神官様のお通りじゃー!」
クラリスを脇に抱えたスナッチが楽しそうに部屋を出ていく。
「やあちゃん!? どういうこと!?」
「あなたたち! 私たちも出しなさい!」
説明を求めるモモと同じく出すように命令する槍使いを無視して自身も部屋を出た。バタバタと走り回る衛兵たちがギョッとした顔で戸惑い立ち止まる。
「わはは! 俺たちに手を出したら神官様がどうなるかわかってんだろうなあ!」
「悪党のセリフだな」
「離せ! あぁでも手を出すな! だぁもう!」
私たちはいまだ丸腰だ。武器は魔法とスナッチが抱えているクラリス、後は己の拳のみ。
「ひとまず衛兵が集まってそうな場所に向かうか」
「人の流れとしては……あっちだな!」
勇者が三人も暴れているという話だ。それはもう大騒ぎだろう。スナッチが指し示した方へ走っていく。不思議と面倒だとは思っていなかった。それどころか、口角は上がっているように感じる。クラリスのように泣くほどではない、けれど私もなんだかんだ仲間と一緒にいたいのだなあと認めざるを得なかった。




