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“自称”勇者と道連れの旅  作者: 針狸


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47.聖都フォートレス8/リリム

 走って出ていったクラリスは帰ってこない。身体は休息を求めているのにどうにも眠れず天井を見上げていた。

 クラリスは私に、一緒にここに残らないかと言った。それは私がどうあれクラリスはここに残るということだ。体力の少ない私は、旅の仲間の中で一番お荷物だという自覚はあった。それでも戦闘や野営の役に立ったら、みんなは褒めてくれる。でも奴隷の私はそもそも仲間なのかもわからない。首元を何度擦っても、みんなと繋がっていた首輪はもう無かった。


(眠れない)


 目を閉じてしまえば、不安も眠ってくれるだろう。けれど、起きたらもう二度とあの三人には会えないかもしれない。私が眠っている間に、とっくに出発しているかもしれない。ルートリアもヤークもスナッチも、魔王城を目指しているのに死ぬ気はないと言っていた。私とクラリスが生きてさえいればまた会えるのかもしれない、帰ってきてくれるかもしれない。


 本当に?

 私のところに、何の理由で?


 ルートリアが私を買ったのは、みんなが私を褒めてくれるのは、旅に仲間が必要だったからだ。牢屋から抜け出して、私が居ない間に別の奴隷を買っているかも。ヤークみたいに頼もしい仲間が増えているかも。きっと私がいなくても旅は進む。

 もしそうなら、クラリスとここで過ごしたほうがまだ生きやすいのかもしれない。気を揉まず、奴隷としてではなく、ただ過ごす。居場所がないと感じたら、今ではもう外に出ても一人で生きていけてしまう。

 ヤークから教わった方法で料理もできる。スナッチから教わった方法で人と話ができる。ルートリアから教わった方法で、戦えるし野営もできる。


 でも、もし一人になったら、何をしたらいいんだろう。


 エルフしかいない村で閉じ込められていたときはただ従って薬を作っていた。奴隷になったら命令された通り痛めつけられ足を引きずって歩いた。

 旅の間は、褒められた事を覚えて、自分のできることを探して、また褒めてもらえたらそれを覚えた。薬の作り方を話せば、ヤークが真剣に頷いてくれる。ルートリアを助ければ、スナッチが肩を叩いて褒めてくれる。手を引いたら、撫でたら、頬に触れたら、ルートリアが嬉しそうに笑う。

 普段何か企んでいるかのように不気味に笑う顔は、本人が意識しなければ柔らかく形を変えて、本来の穏やかな笑顔になる。不思議そうに私を見る顔はあどけなく、眠る顔は無防備で幼い。いつも一番隣にいたルートリアの顔は、側にいなくても鮮明に思い出せた。


(私は一人でも平気かも)


 一人で過ごした長い期間を越えて色濃く残る思い出は自分の中に確かにある。私は平気。


 私は平気、だけど。


 落ち着かない。あの子は眠れているのかな、眠れなくても眠るんだろうな、またつらい顔をしていないかな。毒蛇から毒を受けたとき、怪我をして血が足りなくてぐったりしているとき、魔力過剰で倒れそうになったとき、とにかくどうにかしたいと思った。死ぬ気は無いくせに、放っておくとすぐに死にそうで、今も気になってしまう。


「平気じゃない……」


 目を瞑っても瞼に浮かぶ。積み重なった思い出は、楽しいことばかりじゃない。一人になって、心配になるのは自分自身じゃなくて、どうしてもあの子だった。

 あれからどれぐらい時間が経っただろう。扉が開いて、神殿長が顔を出した。そういえば、クラリスが神殿長に水を持ってくるよう頼んでいたっけ。


「む、クラリス様は……」

「あっ、その、クラリスは部屋の外に出ていってしまいました」

「なんですと!? こんな老人を働かせておいて忘れた、ということですな。まったく、これだから長命種は!」


 あ、また長命種に怒っている。水を持ってくるようお願いしていたのを忘れたのは、長命種は関係ない気がするけれど、口答えをする必要もなければ私が言う事でもない。ブツブツとクラリスとは関係ない人の愚痴まで言い出した神殿長の話に耳も傾けず、ぼんやりと水だけを受け取る。受け取ったものを素直に飲んでいると、うるさかったのかクラリスの妹が目を覚ましてしまった。


「う……お兄ちゃん……?」

「あぁ、セルソラ様! うるさくして申し訳ありません!」

「神殿長、お兄ちゃんは?」


 神殿長はこちらを見た。私に説明を任せるの、と思いつつ気怠げにソファから立ち上がる。近くの椅子を適当に引き寄せて側に座る。


「クラリスは、ちょっと部屋を出ているだけで、すぐ戻って来ると思います」

「あなたは?」


 私が誰か、という問いに言葉を詰まらせる。ルートリアたちの、奴隷。でも今は首輪が無い。仲間、とは彼女たちからすればそうらしいけれど、私から言うのはやっぱり違う。


「クラリスたちと、一緒にここまで来ました」


 行動は嘘にはならない。曖昧であることはあえて言わなくても成立する。いつもルートリアとスナッチがやっていることだ。


「お兄ちゃんと……そうなんですね。神殿長、私が眠っていた間のことを教えて」

「十年ぐらいの分となりますが」

「十年も経っていたのね。倒れてからしばらくまでのことは覚えているわ、意識が朦朧としだしてからはずっとここで眠っていたの?」

「はい、たまに起きてはおられましたが、呼びかけに答えられないほど消耗しておられました」


 さっきまでの弱々しい姿とは変わって、とても凛々しく受け答えしている。ベッドの上でもちゃんと背筋を伸ばして話をする様子は確かにクラリスに似ていた。


「結界はまだ不完全、マリンベルとトラスニアの王に事情を説明する書簡は送ったのですが、難癖をつけられたと取られてしまったのか話も聞いてもらえず……。ならば次の勇者が来るまでにとクラリス様を探していたのですが見つけられませんでした」

「じゃあ自分で帰ってきてくれたのね!」


 神殿長はまた私を見た。この人は、言葉無く私を責めてくる。少し苦手だ。


「クラリスは、妹さんに会うためにフォートレスに行きたいって言っていました」

「まあ、じゃあどこかで噂を聞いて来てくれたのね」

「勇者が原因とは知らなかったみたいだけど」


 確信には触れず、でも神殿長が触れてほしかったであろう内容を取り出した。次はあなたの番と神殿長を見ると、ようやく私が嫌がっていることに気づいたのか大きな溜息をついて重々しく口を開いた。


「何も知らないクラリス様は、勇者を伴ってフォートレスに帰ってこられました」


 少し嫌味な言い方。クラリスと同じで悪意はないけれど、悪いことは悪いとハッキリ言う人みたいだ。困っていることばかりだから、何を話すにしても疲れるのだろう。


「それじゃあ、今勇者がここに?」

「たった今報告を受けましたが、何の因果か三人ともここに来ているようです」

「三人? 二人ではなく?」


 それは私も初耳だった。一人、二人ならまだしも、三人。ルートリアを除けばあと二人は本物でもおかしくない。


「一人目はトラスニアから来たと、二人目はつい先程到着されたのですがマリンベルから来たとお聞きしました」

「三人目は?」

「クラリス様が連れてこられた方なのですが、呪われていると思ったらどうも勇者と同じ鉱石が反応するのです」


 また神殿長がこちらを見たけれど、私だって詳しくは知らない。スラム出身で、でも小さい頃の記憶がないと言っていた。本人はただ覚えていないだけじゃないかなとも言っていたけれど、それにしては不思議なことがたくさん起こる。最初はラッキーだと言っていたのに、今はたまに考え込んでしまっている姿を見かけている。

 黙っていると、神殿長がジロリとこちらを睨んだ。

 

「もしや、クラリス様は勇者たちに会いに行ったのではないでしょうな?」


 なにか違う疑いをかけられてしまったみたいだ。どうかな、私も行き先までは知らない。思い詰めてないといいけど……。


「セルソラ様、申し訳ありませんが私はクラリス様を探してきます! まったく、どうしてあの人はいつもいつも」


 神殿長は手にしていた水を手早く近くの机に置くと、ブツブツと呟きながら慌てて部屋を出ていった。


「まだ話が全然聞けていないのだけれど……」


 そうだよね、と頷こうとしてクラリスの妹の顔を見た。さっきまで神殿長を見ていたのに、いつからこちらを見ていたんだろう。


「申し遅れました。私はここで巫女をしています、セルソラです。どうぞ、セルソラとお呼びください。あなたは?」


 さっきと同じ問いに首をひねる。セルソラの顔は優しく、意地悪をしているようにも思えなかった。今度の問いかけはただ単純に自分の名前を尋ねているのだと気づくのに時間がかかった。


「リリムです」


 名前を告げると少し悲しそうな顔をされた。そういえば、ルートリアたちが気にしないから忘れていたけれど、この名前はあまり良い意味ではなかった。由来は確か昔話に出てくる不吉なものの名前だ。

 

「そうお呼びしても大丈夫なんでしょうか」

「えっと、もう気にしていないし、どちらかというと今はそんなに嫌いじゃないから」


 あの子が「響きが可愛い」と言っていたから。恥ずかしくてそう口にすることはできなかったけれど。少し低いところから、背中から、真正面から、期待を込めて自分の名前を呼ぶ声を嫌とは思えなかった。今では四人に名前を呼ばれるだけで胸がくすぐったくなる。


「リリムさんは今ここがどういう状況かって聞いていますか?」


 出ていった神殿長の代わりに、私たちがここに着いた瞬間にみんなが捕らえられたこと。クラリスと私が奴隷であったこと。ひとまずはセルソラを治療に来たことを話した。セレド教の事情はあまり知らないけれど、神殿長が話していたことをそのまま話した。


「勇者を捕らえるなんて、みんな随分気が立っていたのね。まあ、十年は人間には長いもの……そうもなるかしら。まず私の治療をすることで仲間の方々を解放しようとしたのね、お兄ちゃんらしい」


 起きたばかりなのに、随分頭がいいんだなと感じた。事情を聞いてそれについて感じたことを全部話してくれる部分もクラリスと似ている。


「それでは、皆さんを解放するためには私の元気な姿を見せないといけませんね」

「まだゆっくりしていたほうがいいんじゃない?」


 ゆっくりとベッドから出ようとするセルソラを慌てて止める。そうしてくれることはありがたいけれど、無理してまた倒れてもいけない。押し留めようとする私に対して、心配は要らないと人懐っこい笑顔を向けてくる。


「お兄ちゃんのおかげで、少し動いたところで問題ないぐらいには回復しています。体力は確かに落ちているけれど、これでもドワーフですから筋力には自信がありますよ」


 寝たきりでも丁寧に看病されていたんだろう。確かにその腕や足には筋張った筋肉が見える。けれど、立とうとしてふらついたから手を出して支えた。クラリスと同じでドワーフとしては軽い。


「ありがとう、リリムさん」

「無茶しないでね」


 部屋を出ようとして、その扉が大きな音を立てて開いた。息を切らした神殿長がまた戻ってきたみたいだ。立ち上がったセルソラを見て大きく安心してみせる。


「あぁよかった! ご無事ですね!」

「どうしたの?」

「勇者たちが暴れ出したようなのでまずはセルソラ様のご無事を確認に……」


 勇者たちが、暴れ出した?

 それにはきっとルートリアも含まれている。安心と焦る気持ちが同時に押し寄せてきて目眩がする。まだみんなここにいるということ、そして暴れているということはもうすぐここを出ようとしているということ。耳鳴りがして神殿長の話がうまく聞こえない。

 今すぐ動き出したいと思ったのに、セルソラを支えていた腕の重みが引っかかった。


「リリムさん、大丈夫ですか?」


 深く優しい声だ。クラリスが誰かの体調を気にするときと同じ声。少し落ち着いたけれど、今すぐ走って追いかけたい気持ちが静まらない。クラリスには申し訳ないけれど、答えは決まっていたみたいだ。


 だってこの先、離れていても気にかかる。


 それなら側にいるほうがいい。それがどれほど過酷でも、知らないより、何もできないより、ずっといい。


「ごめんなさい、私」

「すぐに勇者たちの元へ行きましょう!」


 私より早く、セルソラが決断してくれた。なぜ、と目を丸くしているうちに顔を真っ青にした神殿長が叱りにかかる。

 

「セルソラ様、なりません! また倒れられたらどうするのですか!」

「今はお兄ちゃんもいるのだから、多少の無理は効きます。それに勇者との関係をこれ以上拗らせてもいけません。魔王を放っておけば村や街は滅びます、あなたたち人間が一番恐れていることでしょう」

「そのクラリス様も見つかっていないのです!」

「ならばそれこそ、今の騒ぎを沈めなければ。リリムさん、お付き合い願えますか?」


 彼女は心が読めるのかな。慌てて頷くと心強い顔で微笑む。小さいけれど、私より年上なのかも。動きやすいように支えた手を離すと、彼女はその場で病衣から近くに用意されていた白く装飾の凝った装束に着替えた。


「神殿長、あなたが私たちを先導しなさい」

「そんな無茶な!」

「……危なくなったら私も守るから」


 押収されてしまって弓はないけれど、風魔法で彼女を守るぐらいはできるだろう。部屋を出て、足早に外へ急ぐ。セルソラが苦しくないかときどき気を使いながら、まだ何か恨み言のようなものを呟いている神殿長の後ろをついていく。

 通りがかる人がみんなセルソラを見て驚き、すぐに膝をつく。神殿の人、怪我をしている人、街の人。偉いように見える神殿長以上に、彼女がここでどれほど敬われているかがよく見えた。

 大きな扉を何度か過ぎ、次第に騒ぐ音が聞こえるようになってきた。ほとんどが人の声で剣を打ちあうような音は聞こえない。時折、鈍い音や何かがぶつかるような音がしている。

 神殿長が立ち止まったので同じく立ち止まると、階段の下が広間のような場所になっていてそこに人集りができていた。


「なんてこと……!」


 セルソラの悲鳴のような声に、人集りの中心を見た。逃げるように庇い合うようにその中心は動き続けている。槍を持った兵たちに追い詰められ、ここまで来たのだろう。


「ルートリア!」


 喧騒の中、よく知った声が聞こえてくる。スナッチとヤークだ。クラリスもいる。人集りをかきわけようとしているのだろう。じゃあ、その先にいるのは。

 人集りの中心、よく目をこらすと知らない男性二人と、よく知った小さな身体が、埋もれている。うまく槍を捌いてはいるけれどその身体は既に傷ついていた。私も駆けつけたい、でもスナッチのように人をかきわけて進むほど力強くもない。このまま四人が合流してしまったら、私を置いて行ってしまう。


「待って」


 弱々しい声。喉の奥から絞り出た言葉は喧騒にかき消される。


「あなたたち! やめなさい!」


 兵たちはセルソラの声でも止まらない。厳かで静かだった街は、マリンベルの王都より騒がしくなってしまった。何事かと出てきた人々も口々に何かを話している。ただ声をかけるだけではもう誰も止まってくれなかった。


「待って!」


 声を張ったって届きはしない。ただ一人だけ、彼女に届けばそれでいいのに。闇雲に声を出して、それでも遠ざかる背中に手を伸ばす。 

 いつだってできないことばかりだ。回復魔法は使えない、戦闘で前に出ることもできない、人と話すことすら下手。それでも、できたことを彼女が褒めてくれたから、できることもたくさん増えた。諦めたりしない、まだ。


 まだ、みんなと一緒にいたい!

 

 普段は閉じるように使っている風を遠くまで届くよう神経を研ぎ澄ます。広場にまっすぐ、狙いを定めて風の通り道を作る。矢を射る時より広く、水よりもすり抜けるように。人の立てた埃や土が吹き飛ぶぐらいに強く風魔法を放った。

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