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“自称”勇者と道連れの旅  作者: 針狸


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44.聖都フォートレス5/ルートリア

 目の前の椅子は2つしかない。私たちをここに連れてきたドワーフのお爺さんの前、ほとんど知らない男2人と仲良く喧嘩をさせられている。


「だから! 俺だろ!」

「女性は座らせるべきだ、そして本来の役目を負っている僕が座るべきだ」

「勇者は俺! お前が立て!」

「男2人で仲良く座れば?」

「嫌だ!」

「彼と肩を並べるのはごめんだね」


 なんて面倒な……。ここにいるのは、ドワーフのお爺さん、私、マリンベルの勇者、そしてもう一人の勇者トラスニアのバルドラド王子、だそうだ。この2人、第二王子として面識があったらしい。第二王子という生き物は、どんなに生意気で横柄な女性でも、立たせたりはできない教育を受けているそうだ。ただそういう扱いをされると、椅子には座りたくなくなるのが私という生き物だった。


「椅子、無い方がええかのう」

「そうだね」


 お爺さんの言葉に、さっと椅子を端に寄せる。男たちは文句を言っているが、進まない話を続けるのはごめんだった。三者三様、お爺さんの前に立つ。


「さて、自覚があると思うが、ここには勇者を集めたんじゃよ」


 お爺さんの言葉に、トラスニアの王子が声を荒げる。


「女の子が混ざってるだろうが!」

「そういうお前さんは紋章が光らんかったがのう」


 トラスニアの王子はすぐに黙った。そして苦々しい顔でこちらを見る。


「お前、まさか光るのか?」


 首元に下げていた紋章を服から出して、触ってみせる。紋章が淡く光る様子を見ると彼は頭を抱えて唸り始めた。その様子を見てマリンベルの王子が私へ耳打ちしてきた。


「バルドラドは紋章が光らないんだ」


 先程からの話しぶりからしてそうなのだろう。ここに集められたのは勇者ではなく、勇者のような3人だということだ。

 

「ふむ、さて、いつまでもお前さんたちと呼ぶのは面倒じゃの。名前を聞いてもええかの」


 お爺さんの言葉に、マリンベルの王子と顔を見合わせる。もうこちらを見もしないトラスニアの王子は、私たちを無視して自己紹介を始めた。

 

「バルドラド・ヴァン・トラスニア。トラスニアの第二王子だ!」

「マリンベルの第二王子、レムリンド・アス・マリンベルだ」

「ルートリア。……スラムの孤児です」


 レムリンドとバルドラドは白い目でこちらを見ている。無視してお爺さんを見ると、特に気にしていないようでニコリと笑った。


「女の子と話のはいつぶりかのう。ルートリアちゃんじゃの」

「そうだよ、お爺ちゃん」

「ファハハ! お爺ちゃんなど、しばらくは呼ばれておらんかったの! わしは祭祀長のラセルじゃ、ラセル爺と呼んでもよいぞ」


 ラセル爺は豪快に笑うと、自分のヒゲを撫でながら私たち3人を興味深げに眺めた。その目はよく見ると笑っていない。深い色をした目は、誰かを彷彿とさせる。そうだ、クラリスだ。ドワーフはみんな真っ直ぐに人の目を見る。……いや、長命種はみんなそうなのかも。

 牢屋を出されたあと、牢屋よりは綺麗だけれどとても小さな部屋へ移された。ベッドで寝ることができたけれど、棺桶のような部屋は寝心地が悪く、あまり気分も良くなかった。朝になってやっと外に出してもらえたと思えば、この状態だ。

 老人が呪いを探るために私に当てた鉱石は、紋章と同じものだった。どうもラセル爺は私を勇者として扱ってくれるようだ。


「祭祀長と言っても、まあ歴史を語るだけのもはや飾りじゃ。治療や実務は全て他の者に任せておる」


 歴史を語るだけ。集められている勇者たち。気づけば勇者の道順に沿わされている。勇者を名乗れば得られたであろう魔法は捨ててきたと言うのに。


「歴史、といっても魔王へ会いに行く勇者たちに覚悟を問うぐらいじゃがなあ」

「そんなもの、とっくに覚悟してるさ」


 レムリンドがそう呟く。覚悟を問う、というぐらいだ。今から何を聞かされるのかと身構える。

 

「まあそうじゃな。まずはお主らも知っていることから教えるかの」

  

 知っていることから?

 知らないことを教わりにきたのに。首をかしげると、ラセル爺はヒゲで口元を隠しながら呟いた。


 

「魔王に会えたなら、勇者は死ぬ」


 

 ハッキリとした口調で言われた言葉は、やけに静かな部屋に響いた。けれど、心には妙に浸透しなかった。バルドラドは強い否定の言葉に怒りを覚えたらしく、足を一度強く踏み鳴らしてから憤った。


「確実じゃねーだろ!」

「そうじゃなあ、そうなんじゃが……」

「落ち着け、バルドラド。それぐらいの話は僕たちだって散々聞いてきただろ」


 全員の言ってることをまずは飲み込んでみる。そのうえで言葉を濁しているラセル爺に違和感を持った。


「あえて言うってことは、根拠はないけどそうなってるってこと?」

「そうじゃよ、ルートリアちゃんは賢いのう。バカドラドはもうちっと落ち着きなさい」

「バ・ル・ド・ラ・ド!」


 じゃれるジジイとお子様を横目に考える。確かクラリスの話ではドワーフの寿命は800年とかだったはずだ。そしてラセル爺は勇者に語る役目をずっと担っていると思っていいだろう。勇者に魔法を授けてきた人も、代々受け継がれてきたと言っていた。

 

「会えたら、という話じゃ。魔王に会えなければ、帰っても来れよう。……しかし、道は過酷だ。魔物は強くなるばかり、それでもみな諦めぬのだから、人間は不思議じゃのう」


 噂でも、起きた魔王に会えたら死ぬとは聞いていた。魔王に会えた勇者が帰ってきたことはないが、その仲間たちは帰って来ることがある。頻繁ではないが、勇者よりはマシだ。噂は噂ではなく、真実だと言いたいのだろうか。

 しかし死ぬと念を押されるのは、本来であればむしろ決意が鈍る話だ。

 ラセル爺の目は深く私たちを見つめていて、意地悪を言っているようには思えなかった。不思議だと言いながら私たちをじっと見つめる様子は……リリムを彷彿とさせる。左腕の軽さが、気になる。


「そうあれ、と育てられてきたんだ。……それに、僕が逃げたとして、彼や彼女に勇者が務まるとも思えないしな」


 レムリンドは私たちを横目にそう言ってのける。確かに、バルドラドは紋章が光らない。そもそも私は降って湧いた存在だ。レムリンドからすれば自分しかいないと考えるのも頷ける。理解はするけど、苛立ちもする。それはバルドラドもそうだったようだ。掴みかかりそうな勢いでレムリンドに詰め寄っている。


「俺たちトラスニアの王子は、甘ちゃんなマリンベルの王子どもとは違うんだよ! 勇者になれなかったら、恥さらしだ! 国には幽閉され、役目から逃げたと石を投げられる! 俺は勇者になれなきゃ生まれた意味すらないんだ!」


 国の意地や見栄で、期待に応えられなければ冷遇される。平和のために旅立つ勇者に随分と厳しい国だ。ラセル爺の目に複雑な色が混ざる。そうして、お前はどうだと言わんばかりにこちらに視線が向けられた。

 勇者への恨みはある。世界への怒りはある。けれど、彼らのように強い信念があるかと言われれば見つからない。ただとっくに後戻りはできないと思っている。旅を続けている内に増えた重みは、足を前へ前へと進ませた。同行者が増えるほど、言葉を交わすほど、勇者を名乗るために罪を重ねるほど。もしも止まってしまえば、全てが無かったことになり、全てを無くしてしまうんだろう。

 私も、きっとそうだ。そうでしか生きられない。


「……それを聞いてどうするの」


 答えず、でも目は逸らさない。ラセル爺は心なしか寂しそうに笑った。


「人間はよくわからん事情を抱え込むからのう。ここで止められるなら、それもいいかと思っただけよ」


 今の話はラセル爺の役目ではなかったのだろう。個人的な感情で聞いたみたいだ。そうよなあ、そうよなあと繰り返し頷く様子は、私たちを引き止めたいようにも見えた。


「ラセル爺は、本当は勇者がいかに大事かをお話してここから勇者を送り出すのが役目なんじゃないの?」

「そうじゃよ、魔王城へ行くまでまだ国はあるが、滅びた村の痕も増える。恐怖を感じる勇者もおる。勇者が進まねばどうなるかを教え、勇者という存在がいかに民衆に大事にされているかを話し、背中を押すのがわしの役目じゃ」

「今は逆のことしてない?」


 素直に疑問をぶつけると、ラセル爺は深く頷いた。


「10年や20年ぐらいで様々な年齢の第二王子がここを訪れる。そしてそのほとんどは帰って来んからのう。帰ってきても、魔王に会えなかったと言ったり、トラスニアには帰れぬと嘆くものもおる。仲間だけが帰還することもあれば、数多の魔物にやられ、屍を引き摺り、足や腕を失い、ここで命を引き取るものもいる」


 そこまで言って、ラセル爺は自身の手のひらを見つめた。その手には収まらないほどの出会いと別れがあったのだろう。今度は疲れているようにも見えた。話すたびに表情を変えるラセル爺の頭には役目を超えてしまうほどに長い歴史が詰まっているようだ。

 

「それでも、勇者にしか託せんのじゃから、やるせない話よのう」

「そうなの?」


 ラセル爺はまた頷き、自分の持っている紋章と同じ鉱石を手に持った。ラセル爺の手では光らない暗く蒼い鉱石。採掘されていたロロ村でもドワーフが管理していた。人間より優れた部分の多いドワーフやエルフが魔王討伐にいかないのはどうしてだろうと思っていたけれど、もしかしてドワーフはしたくてもできなかった?


「仲間として魔王城までは行けよう。しかし、勇者にはなり得ぬのだ。そして勇者でなければ、魔王には会えぬ」

「魔王に会えない?」

「さよう、魔王には結界がある。それは勇者のみが通れる、と聞いている」


 ドワーフは勇者にはなり得ない、それは紋章が光らないから。勇者でなければ、魔王には会えない。それは、知らなかった。じゃあもし紋章が光らないのであれば、自分たちの旅って。

 そしてこの話を聞いて、やはり怒るのは彼だった。


「おい、なんだよそれ! じゃあ、じゃあ俺は!」


 バルドラドは第二王子だった。だから勇者として育てられた。しかし紋章が光ることはなかった。さっきの話は彼を勇者として否定する話になってしまう。レムリンドは知っていたのか、目を瞑りただ黙っていた。

 トラスニアは帰ってきた勇者を、幽閉し迫害する。勇者として送り出した癖に帰ってきたら勇者ではないと突きつけてきた。中には国に帰らない人もいたんじゃないだろうか。つまりは、帰還者の話を聞いていないのだ。帰還者を迎え入れてきたマリンベルとの知識の差が、今のレムリンドとバルドラドに影響していた。

 我慢できずに掴みかかるバルドラドに深い目をしたままラセル爺は言葉を紡ぐ。

 

「確証ではない。わしの話は全部、聞いた話じゃ」

「それが確証だろうが!」

「いいや、いいや、この目で見てはいない」


 歴史を語る、歴史を取り入れる。しかし、ラセル爺はきっとここから出ていない。彼の役目は勇者の大事さを勇者に教えることだ。ここで勇者を送り出すことであり、ここを離れて真実を確認することではない。だから、どうしても全部が聞いた話になってしまう。その聞いた話は帰ってきた者たちの証言だ。確証はないけれどその事実しかなかったということになる。


「勇者として帰還したものはここには来ていないけど、いたかもわからない、だよね?」

「ゲホッ、そ、そうじゃ。魔王に会ったなら、勇者は死ぬ。それも帰還者の話だ」

「ケッ、ぜ〜んぶ聞きかじりじゃねえか!」


 聞きかじりも、数百年分ならほぼ確証だとは感じるけどね。口に出さず舌に転がしていると、バルドラドは苛立ちのままラセル爺を突き放し、端に寄せた椅子に乱暴に座った。


「なんだよ! 俺たちを行かせたいのか、止めたいのか! ハッキリしろよ!」

「それはわしが決めることじゃなかろうて……」


 咳き込むラセル爺の身体を支え、背中をレムリンドと擦る。そう、結局行くか行かないかは自分たちが決めることだ。その材料としてラセル爺は様々な話を聞かせようとしているだけ。だからラセル爺の意思はひとつも関係がないのだった。特に私たちは3人とも背中を押す必要がなかったぐらいには勇者をやめる意思がない。だからラセル爺の話は、私たちに限っては背中を押すものではなく、今更の確認でしかなかった。


「ふん、じゃあもういいな! 仲間を出してくれ!」

「今の話を聞いてもバルドラドは行くんじゃなあ」

「確証がないっつったのジジイだろうが! それに今の話を仲間にできるわけがないだろ!」


 確かに、私も今の話を仲間にできるかと言われると難しい。なんか知らないけど私って魔王に会えるし勇者になれそうだわって言ったらスナッチとヤークに殴られる気がしないでもない。それはそれで構わないけれど、基本的に私たちは死ぬ前提では旅をしていない。確証はないからまだ魔王城を目指すバルドラドと同じで、私も死ぬと言われて死ぬことを受け入れることはできない。そして、聞きかじりのラセル爺がその理由も話さないということは、これだけは誰も情報を持ち帰れていない可能性が高いだろう。

 

「僕に至ってはバルドラドが使い物にならないかもしれないと聞かされたのだから、なおさら早く魔王城へ行きたい気持ちにはなったな」

「おいてめぇ聞こえてんぞレムリンド! このスカシ野郎が!」

「僕の仲間はどこだ?」


 私の仲間は今牢屋なんだよなあ。先に牢屋に入れられていた女性たちはおそらくバルドラドの仲間だったんだろう。バルドラドの態度を見ていると、元々牢屋にいれられていても不思議ではない気もするけれど。レムリンドの仲間は丁重に扱われているんだろうか。クラリスとリリムが今大丈夫かどうかも気になる。クラリスがいるから大丈夫だとは思うけど、大丈夫すぎてもそれはそれで不安になる。

 クラリスは、フォートレスに残るだろう。そうなれば、リリムには安全な居場所ができる。……私たちについてこなくても、よくなる。


(わかっていたつもりだったのにな)


 帰る場所もなければ、逃げる場所の検討もつかない。そう言って私たちについてきてくれたリリムだ。首輪も外された今では立場としても奴隷ではない。世話焼きのクラリスに頼めば面倒だって見てくれるだろう。私たちは元々、誰が欠けても歩みは止めない。また誰か仲間を探すことにはなるけれど、それはリリムとクラリスじゃなくたっていい。

 

 それで二人が、ここで待っていてくれるなら、それでもいい。


 言い聞かすように言葉を並べたところで、手首の軽さは気になるものだった。一緒に暮らした子どもたちを土に埋めた直後のようなやるせなさで手に力が入らない。あの頃に考えていたことは、もっと一緒にいればよかった、もっとお話できればよかった、もっと……。今も同じ後悔がぐるぐると頭を回っている。


「それなんじゃがなあ、ちょっと事情があってなあ」


 バツが悪そうにモゴモゴと顔を伏せながら話すラセル爺。もう大丈夫そうだったので、レムリンドと手を離した。ラセル爺は体勢を整えると、ゴホンと一際大きく咳をした。


「あー、んー、レムリンドのお仲間も、そのじゃな、牢に入っておる」

「はぁ!?」


 ずっと大人しかったレムリンドまで声を荒げた。それはそうだ、このお硬いレムリンドのお硬いお仲間が、牢屋に入るような事件を起こすとは考えられなかった。つまりは3人ともの仲間が、勇者の仲間というだけで牢屋に入れられていることになる。


「勇者になんか因縁でもあんの?」

「うむ、まあ、ちょっと前回の勇者がなあ……やらかしおってな……」


 道理で勇者扱いというには雑な環境だと思った。ベッドはあったとはいえ、あまりにも狭い部屋での仮眠のような一晩。勇者と疑われている私だけの扱いではなく、勇者全員歓迎されていなかったということだ。

 ラセル爺が言うには、前の勇者がよかれと思って患者たちのいる設備を壊したらしい。そして、そのせいで大事な巫女様の身体は壊れてしまい、結界も完全ではないまま、時が経ち次世代の勇者が来てしまいました、と。


「僕たちのせいではないだろ!」

「"よかれ"でやったなら、次の勇者もやりそうって話じゃない?」

「迷惑な話だぜ」


 三者三様、腕を組んで困った顔をした。ラセル爺も私たちを困ったように見ている。


「そういうわけでのう、わしもお主らをここから出すなと言われておっての。すまんが、話は終わりじゃ」


 ラセル爺が言い終わるか否か、バタバタと神殿の兵士が部屋に踏み入ってきた。槍を手に、緊張した顔でこちらを見ている。私たちは装備を取られているため、手に剣はない。先頭にいる兵士が声を張り上げた。


「3人とも勇者として、拘束せよ!」



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