43.聖都フォートレス4/ヤーク
夜を越え、牢屋でスナッチと二人、黙々と暇を潰している。私は魔法学校でやらかすこともあったため、実は牢屋慣れしていた。スナッチもこういった環境は初めてではないのか、やけにリラックスしながら身体を鍛えていた。同じく身体を鍛えながら、頭の中で魔法について思考を巡らせていると、突然部屋の扉が開いた。
ぞろぞろと衛兵に連れられて旅装束の一行が入ってくる。手を縛られ、私たちの時のように牢へ入れられた。武器や鎧は取り上げられているが、私たちと同じく衣類やアクセサリーは取り上げられていない。そして、その胸元には見覚えのあるネックレスがあった。
「モモじゃないか」
小さく呟いたものの、向こうはまだ目が慣れていないのか、こちらには気づいていない。よくみれば全員、マリンベルの勇者の仲間だ。
私の呟きに気づいたスナッチが声をかけようとするが、それより早く以前騒いでいた女たちが声をあげた。
「テナー! あんたたちも捕まったの!?」
「そのやけに甲高い声は、バルドラド様の……」
「レムリンドのとこの槍ババアどもじゃない! あはは、いい気味!」
「あのねえ! あなたたちも捕まっているんでしょうが! あとレムリンド様と呼びなさい!」
騒がしい……。牢屋というのはなぜこうも声が響くのか。スナッチは小声で「苦手な女のタイプが勢揃い」などと舌を出している。同感だ、ああいうタイプは話を聞かないやつが多い。
話を聞くに、どうやら向こうの勇者も本物のようだ。勇者というのは本来、第二王子がなるものだ。だから面識があったのだろう。勇者同士仲が良い、ということはなく仲間ごと対立している。それもそうか、同じ勇者とはいえ一人の魔王を奪い合っているようなものだ。
それにしても、フォートレスは勇者を集めているのか?
なんのために? 勇者は魔王を倒さないといけない。そのため、足止めさせるのであれば何かしら理由はあるだろう。それも、特別待遇などではなく仲間をこんな牢屋に入れている。少なくとも歓迎はされていないようだった。
「なあ、あいつら、遅くないか?」
スナッチに耳打ちされる。それは確かに私も気になるところだった。マリンベルの勇者は私たちより早くこの地に着いていると思っていた。私たちが越えてきた雪山より、海を船で渡るほうが確実に早い。そして私たちはかなり寄り道をしている。バルドラド、という勇者の足取りは全く知らないが、マリンベルの勇者一行の足取りが随分遅いように感じる。
疑問を解消するために向かいの牢屋に入れられたマリンベル一行に声をかけたいが、槍使いの女性とバルドラド一行はまだ騒いでいた。呆れた目で眺めていると、アサシンもどきと目が合った。
「あ」
アサシンの声にモンクがこちらを向き、槍使いの女性を止めようと宥めていたモモの視線もこちらを向いた。悲鳴でもあげるかと思ったが、なにか信じられないものを見るような目で固まっている。
「偽勇者の……」
「魔法泥棒の一行じゃないか」
固まっているモモには気づかず、アサシンとモンクが声をかけてくる。それに気づいた槍使いの女性もまた、驚いて声をあげた。
「"自称"勇者のところの、生意気な男!」
「ははは! 久しぶりだな!」
「あなた、忘れてないわよ! 人のことを行き遅れって言ったの!」
「言ってねぇよ、婚期逃すぜとは言ったけど」
槍使いの女性は、言葉にならないほど高い声でスナッチに罵声を浴びせているようだが、スナッチの頭には響いていないようだった。私も何を言っているかわからん。話を聞いていたバルドラド一行は婚期の話に大声で笑っているしで本当にやかましい。お前の連れだろどうにかしろ、とモモに目線をやるもあいつはいまだに固まっている。
「おいモモ」
声をかけると、ついに動いたモモがガシャンと大きな音を立てて牢にしがみついた。その目は血走っていてとても怖い。いつものふわふわゆるゆるな顔から出ているとは思えない呪詛のような声が聞こえてくる。
「やあちゃん……? どうして男の人と2人……? なんで汗だく……?」
「怖……」
あまりの怖さにさっきまでやかましかった周りが全員引いている。槍使いが意を決して声をかけてくれた。
「モ、モモ?」
モモの呪詛のような独り言は止まっていないが、槍使いの勇気に敬意を表して自分も声をかけることにした。
「あー、モモ、モモ。なんでここにいる」
「……えっ、あっ、あれっ、捕まったから……?」
正気を取り戻したのか、怖い顔をやめてパッと顔をあげると普段通りの話し方に戻った。ああ良かった、普段通りでない人というのはこうまで怖いものかとまた新しいことを知った。騒いでいても仕方がないと悟ったのか、槍使いはヤレヤレと首を横に振った。
「あなたたちはまた何か盗んだのかしら」
「またってなんだよ。魔法は盗んだわけじゃねえ」
「あれが盗んだ以外のなんなのかしら」
「魔法をくれる人が勝手に俺たち一行を勇者だと勘違いしたんだろ」
正しくは、勘違いさせた、のだが。ここで正論を言わなくなったあたり、私も随分ルートリアたちに影響を受けているな。槍使いは今度はバルドラド一行に向き直る。
「で、あなたたちもまたやらかしたの?」
「私たちも何もしてないわよ! どうしてバルが勇者だって言ってもみんな信じないのよ! 第二王子よ!? 国から出てきた正式な使者よ!?」
ふむ、バルドラドという勇者にもなにか問題がありそうだな。しかしこうなってくるとマリンベルの一行が捕まっているのがやはり異質だ。私自身は勇者を一度見かけただけだが、ルートリアやクラリスの話を聞くにかなりまともな勇者だと思える。ルートリアは面白くなさそうな顔をしていたが、彼女は人に対する評価に関しては嘘を言わない。
スナッチは彼女たちの失敗談を聞きたいんだろう。ニヤニヤと意地の悪い顔で槍使いを見ている。
「で? 本物の勇者様一行はなにやらかしたんだ?」
「何もしていないわよ! 入口でここに来た理由を聞かれたから、レムリンドが勇者だと答えただけでこの扱いよ!? ありえませんわ!」
「あったからここにいるんだろ! ははは!」
「同じように捕まっているのにあなたのその余裕はなんなの!?」
喧嘩をするな喧嘩を。牢は声が響くのだから、みんな少しは声を抑えられないのか。それにしても、勇者と答えただけで捕まったということであれば、やはりフォートレスは勇者を集めているようだ。そしてそれは集めている、というより隔離に近い。他の街ではこういった動きは無かったのだろうか。
「モモ、お前たちが辿った街はどこだ?」
「え? えっと」
「こらモモ、答えるんじゃありません!」
槍使いの警戒虚しく、素直なモモはひとつひとつ街の名前をあげていく。私たちはルートリアが最初の魔法で『勇者の魔法』というものに嫌悪感を頂いたために、本来の勇者が通る道をほとんど無視してきた。勇者と行動が被らないよう雪山を登るという選択肢をとれたのはそのおかげもあるが、『ヒューマンシールド』の必要性がわからなかったということもある。モモに勇者が手に入れた魔法も述べさせたが、ほとんどが防御に関する物だった。
「モモ!」
「ご、ごめん、聞かれたらつい……」
「攻撃の手はない、か」
ルートリアは勘で必要なさそうと言っていたが、これは確かに、私も同じ感覚を覚える。教わっているのは魔王への有効打ではない。魔法について思考にふけっていると、呆れた顔をしたスナッチがまた槍使いに絡んでいた。
「それにしたって遅くねえ? 船旅だし楽だったろ?」
「船は楽じゃないわよ! しょうがないでしょ、勇者の旅は世直しの旅でもあるんだから!」
今度は槍使いが自分たちの苦労や冒険譚を語り始める。ルートリアとは違い堂々と世直しという名の人助けができるため、その内容は理由も行いも派手だった。私たちが行っていたような魔物退治はもちろん、街同士の喧嘩の仲裁や魔法を手に入れるために街全体で起きていた問題を解決するなど規模が大きい。それは確かに必要なことなのかもしれないが、また微かな違和感を覚える。
「思ったより、戦ってねえな」
スナッチが片眉をあげて呟いた。そうなのだ、派手で規模が大きい代わりにきちんと世直しをさせられている。そういう印象を受けた。勇者は強くなるために魔王の城まで旅をする。そして旅で様々な物を得て更に強くなる。万全の状態で魔王と戦うために必要なことだと思っていた。実際は、強くなれる仕掛けなど存在せず、たまたま街で起こっている問題に対処しているようだ。
「勇者ってそういうものでしょ?」
バルドラド一行の牢屋からこちらに声が投げかけられる。スナッチの声が聞こえてしまったらしい。
「バルは第二王子だから、生まれた時から旅に出るまでずーっと騎士や傭兵と訓練させられていたわ。だからもう強いし、大抵のことは力で解決できるもの。旅の間は経験を積むため、でしょ?」
「そうね、レムリンドも同じだわ。それに加えて彼は政治も勉強していたから、余計街の問題が目に入るのよ」
レムリンド、バルドラド。2人の勇者は、第二王子だ。生まれた瞬間から、勇者と決まっている存在。だからそういう風に育てられる。世間でもそうだ、勇者は人を助けるもの、魔王を倒すもの、経験を積んで強くなるために旅に出る。それが世直しにもなる。
ルートリアとスナッチの理想、物語の勇者は魔物や悪い人を倒し人々を助け、最後は魔王を倒す。流れは合っているが、この違和感はなんだ?
「ちっ、なんか、勇者っていいやつだな……」
「当たり前でしょう」
スナッチのぼやきに槍使いが反応する。そうか、確かに、そうだ。今スナッチが納得してしまったことに問題がある。流れが合っているからおかしいのかと考えを反芻する。
子どもに語り継がれるような物語は本来、形を変え違うものになる。しかし、スナッチが語る物語には脚色があるものの、その流れが変わっていない。
「モモ、私たちの故郷ウィフロムでの勇者の授業を覚えているか?」
「もちろん覚えているけど、どうしたの?」
魔法の都、ウィフロム。かつて勇者に付き添った偉大な魔法使い、ウィフテッド様が創設された都市。"勇者に付き添う英雄となる強い魔法使い"を育てるための学校があり、私たちはその生徒だ。だから、当然授業には勇者とはどういったものか、魔王がどういったものか、という講義もある。
「勇者だけが魔王を倒せる、魔王は常時眠っているけれど起きると魔物の被害が大きくなる、それで滅んだ都市も多い……」
モモのテストの答えのような返事に、合っていると頷く。
「ウィフテッド様の旅の記録は無かったが、後悔の綴られた遺書があっただろう」
「学校の図書でそれ読んだのやあちゃんぐらいだよ。……まあ私も読んだけど、暗い後悔でいっぱいで正直読んでいて辛かったもん」
「その内容では確か、ウィフテッド様は魔王の姿は確認できなかったと書かれていたな」
「そうだね、理由までは書かれていなかったけど」
ウィフテッド様は勇者に付き従い魔王城へ行った。魔王は起きていたため、相対した勇者は命を落としたが、ウィフテッド様は生きて帰った。
魔王が起きていた場合、勇者は必ず死ぬ。そうでなくとも、勇者一行は全滅し帰ってこないこともある。勇者の仲間はそもそも亡くなることもあるが、生きて帰ってこればウィフテッド様のように英雄と呼ばれる。魔王が起きていない場合、勇者たちはただ帰ってくることもある。そういった勇者たちは王になるか幽閉される。その際に語られている話では魔王は寝ていたために相対しなかった、というものが多い。しかし、多くは見栄のため旅の途中で帰ってきたのではないか、などとも噂されている。
「何が本当かわからないな……」
そもそも魔王は倒せないのか、倒すために旅に出ているのに、眠らせているのはなぜだ。小さく呟くと、スナッチが私を見て首を傾げた。
「その魔法学校ってやつって、前に言ってた英雄が勇者のために作った学校なんだろ」
「そうだ」
「勇者がいる前提なんだよな」
変だよなあと呟くスナッチ。そうだ、ウィフテッド様の遺書には後悔が綴られていたが、一度も勇者の仇をうつために再度自分で旅に出ようとはしていなかった。確実に、勇者ではないといけないなにかがある、とみるべきなのではないか。私はルートリアを出し抜いて自分が勇者になればいいと考えていたが、私たち二人ともが魔王に相対できない可能性も出てきてしまった。
「勇者って、なんだ……? 魔王って……」
紋章に使われる鉱石が光る、魔王を倒せる、実際には倒していない、旅に出る、急いでいない、不確定な要素に積み上げられていく正確な事象。必要のあるものと必要のないものの情報が混ざって勇者という輪郭が揺らぎ始める。この旅に、本当に意味はあるのかという疑問すら出てきてしまう。
ふと脳裏に能天気な顔が思い浮かぶ。私たちにとっての勇者は、今はルートリアだ。そういえば彼女は最初からできるかできないかなど考えてもいなかった。できなくてもできないことを証明すればいいと不気味に笑う彼女の顔は容易く想像できる。
やりたいから、やるのか。
そうだな、と脳内のルートリアに頷く。意味を知ることは大事だが、それに振り回されるようでは彼女の仲間ではいられない。癖で口元に当てていた手をおろし、また喧嘩を始めたスナッチを放って、私は再度身体を鍛え始めた。




