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“自称”勇者と道連れの旅  作者: 針狸


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42.聖都フォートレス3/リリム

 見たこともないような大きな建物。そして見たこともないような絵や壺。見たこともないような豪華な椅子や机。見たこともないような……。

 クラリスがそばにいるとはいえ、落ち着かない。私を縛り付けてくれていた首輪はなく、指をつい首元にやっては、より不安になっている。心細い、というのかもしれない。安心させてくれるヤークはいない。笑ってくれるスナッチはいない。なにより、あの子がいない。


「……大丈夫か」


 気の毒そうな顔をしたクラリスが私を気遣ってくれている。


「平気」


 全然平気ではないけれど、ひとまず助けてくれたクラリスに、これ以上の心配をかけられない。みんなからどう扱われていようと、私の身分はどうしたって奴隷だ。奴隷の前は「いなくなればいい」と言われ石を投げられていたのだから、旅の間はそれで十分だった。実際の奴隷としては扱われていなかったけれど、必要だと言われる日々は、首輪に繋がっていた腕輪の返還を拒むほどに手放したくなかった。首輪が繋がっている間に、みんなからもっとちゃんと必要とされたくて、役に立とうと努力もした。

 その首輪は、命の危険と引き換えにこの首から外された。


「その、奴隷の命は軽いからな」

「わかってる、ありがとう」


 みんなが罪人として捕まった時点で、奴隷の私は捕まるのではなく命を切り捨てられる可能性があった。だからクラリスはまず、みんなよりも私を優先してくれた。そのせいであの子たちの誤解を解く余裕がなかった。私もクラリスも、この身を買ってくれたのがあの子たちであることに感謝しているのに。

 クラリスと一緒に通された部屋は豪華で広く、余計に寂しさを感じた。


「助けられそう?」

「神殿側も僕を探していたんだろうな。神経質になっていたところに、解放されていたとはいえ僕が奴隷の姿で来てしまった。あいつらの扱いに慎重になっているんだろう」


 事前に話しておけば、スラム育ちのあいつらにどうやって、とクラリスは呟いている。本気で助けたい気持ちがあるんだろう。でも神殿の事情というものがあるみたい。

 この街に入る前にあの子……ルートリアとヤークが情報の擦り合わせをしていた。その話では、フォートレスという街はセレド教という宗教団体がまとめている都市で、その神殿には呪いの解呪や怪我の治療を求める人が絶えず訪れている、とか。

 どうやらクラリスはそのセレド教で大事にされている人、みたい。頭まで抱え込んで悩んでいるクラリスを見ていると、部屋の扉が開いた。私たちをここへ連れてきた神殿長が、怪訝な顔でクラリスを見ている。


「どうされましたかな?」

「どうされた、じゃねえよ。ここに来るまで何度も言っただろう! ここにいるリリムを含め、あいつらは恩人だ。元の旅に戻してやれ」

「そうしてさしあげたいのは山々ですが、少し別の事情もあってそれは難しいですな」

「なんだよ、別の事情って」


 クラリスがそう言うと、神殿長はこちらを見た。話をするのに私が邪魔なのかもしれない。耳を塞いでもいいけれど、それで済む話ではないのかも。クラリスはこちらを見ずに神殿長を睨みつけている。判断に困っても助けてくれる人は、ここにはいない。

 しばらくすると神殿長は首を二度横に振り、クラリスに呆れた目を向けた。


「私はもう85になりますが、貴方は幼いままですな」

「お前、もうそんな年になるのか」

「貴方がたのような長命種とは時の流れが違います。貴方にとってはちょっと巡業に出ただけのつもりが、私にはもう二度と会えない期間となるのですよ」


 自分のことではないのに胸が痛んだ。人間の生涯は短い。目の前で動いている人間たちを見ると、ついその意識を忘れてしまう。


「その間、我々がどれほど大変だったか。貴方の妹様がどれほど尽力されたか」


 その言葉に、クラリスが睨みつけていた目を見開いた。


「そうだ、セルソラは!?」

「どこまでお聞きになられましたか」

「呪われたと聞いた。だから僕はここに帰ってきたんだ」


 クラリスの妹さんの名前、かな。クラリスは旅の目的を、フォートレスで妹に会うためだと言っていた。神殿長はまた首を横に振った。聞くのが遅いと言わんばかりに溜息をついた。


「貴方の妹、セルソラ様は現在静養棟にてお休みになられています」

「静養棟? あそこは魔力欠乏が収まらない患者が収容される場所だぞ」

「ええ。ですから、その通りです」


 神殿長の声音は冷たい。クラリスは巡業に出ていたとさっき言っていた。そして、妹さんが呪われたと聞いてフォートレスに戻ろうとした。そこを襲われて奴隷になってしまった、ということなんだろう。ただ旅の間、クラリスは急いで戻ろうとはしていなかった。呪いにも程度があって、見舞いに帰るぐらいの感覚だったのだろうか。

 私たちエルフやドワーフにとっては、ちょっとした時間。クラリスは、寄り道をするあの子たちに「今たまたま一緒にいるお前たちに使う時間なんて、僕にとってはちょっとの時間なんだから気にするな」とよく言っていた。人間である神殿長にとっては、生きている間に解決できるか不安になるほどの時間だったのかもしれない。


「何があった?」

「公にはしていませんが、まあいいでしょう。クラリス様にはやっていただくことがありますから、事情をお話しします」


 また、神殿長の視線がこちらに向く。


「彼女はどうされますか。見たところ、エルフのようですが」


 今度ははっきりと邪魔だと言われている。クラリスは事情を聞きたいのだろうけれど、セレド教のことも大事に思っているんだろう。どちらにも配慮して私の待遇を決めかねているようだった。私はさっきルートリアたちを出すわけにはいかなくなったという事情のほうが気になっていた。

 

「どうって、聞かれたらまずいことでもあるのか?」

「彼女は……貴方は"勇者"という存在に対してどういう感情をお持ちですか?」


 クラリスに問おうとして、こちらに向き直ってくれた。彼の感情は思ったより複雑ではなさそうだ。大事なものがあって、それを守るために動いているように思う。クラリスに対して呆れた気持ちを持ちながらも、悪意はひとつも感じなかった。ルートリアと同じで、変に隠し事をしないほうがこちらの事情を考えてくれそうだ。


「勇者に関しては特に何も。神への信仰もありません」

「おや、エルフなのに?」

「……呪い子と呼ばれていたので」


 髪の一部、黒の混じった部分を自分で掬う。神殿長は気にしていないのか、嫌な顔はせずにほうと興味深げに目を細めた。


「私はこの都市から出たことがありませんから、初めて見ましたな」

「エルフ自体、ここには滅多に来ないだろ」

「エルフにはエルフの信仰する神がおりますからな。文化が違うのであちらにもこういった神殿や教会があるのやもしれません」


 どうだろう。私がいたところに教会は無かったけれど、でも祈りの時間っていうものはあったらしいから、何かしらの宗教はあったのかもしれない。今となっては、どうだっていいけれど。

 勇者だって、あの子が目指しているもの、人間にとっては大事なもの、というぐらいの認識だ。旅の途中でスナッチが勇者の物語を話してくれたりはした。人々を助け、魔物を倒し、世界を平和へ導く。私は本当にそんな人がいるのか半信半疑だったけれど、そんな夢物語の勇者を目指している、とルートリアが小さな声で教えてくれた。

 本物の勇者がどんなものかは知らない。奴隷の時に、奴隷商が見つかりたくないと言っていたとか偽物であれば逆に報奨金を貰える、とかそういう夢の無い話だけを聞いた。


「ふむ、クラリス様は?」

「人間って面倒なことしてんなーってぐらい」


 私もクラリスも嘘はついていない。それでも神殿長は眉間に皺を寄せた。


「これだから長命種は……」


 そうだ、彼は人間だった。素直に答えたものの、もし彼が勇者という存在を大事に思っているなら、私たちの態度は良くなかったかもしれない。世界を救う者の存在をどうでもいいと思っているなんて不快だったかも。

 不安になって動揺している私と、堂々としているクラリス。私たちを見比べて、神殿長は今度は眉尻を下げてしまった。


「魔王が活発になれば、魔物が増えるのだから他人事ではないでしょうに」


 長命種とはいえ、なにかあれば命を落とす。理屈ではわかっているけれど、つい忘れてしまうことだ。私だって人間の手で里を焼かれている。私は抵抗をしなかったから奴隷にされたけれど、殺されたエルフのほうが多かっただろう。


「いいですか、ドワーフもエルフも人間より強いでしょう、長く生きるでしょう。でもね、貴方たちはどういう経緯かは知りませんが、その弱い人間に捕らえられて奴隷になっていたんですよ?」


 彼は悪意はないけれど、なにかちょっと、ずっとお腹に抱えている感情があったみたい。威厳ある雰囲気はどこかへ行ってしまったようだ。今はまるで駄々をこねる子どものように話している。


「人間のように! 魔物が増えたら、数で来られたら! 貴方たち長命種だってちゃんと滅びるんです!」


 ……種族単位で怒られても。クラリスと困った顔を見合わせる。熱くなった神殿長は訴えるような目でこちらを見ながらなおも話を続ける。


「それなのに、祭祀長もクラリス様も! 貴方も! 魔王なんて厄介な存在が、たかが人間、されど人間である勇者にしか倒せないのだから、もう少し興味を持ちなさい!」

「まあ、そう言われたら悪いなって思うけど。僕らだって魔王そのものを見たことないんだから怯えるのも難しいっていうか、種族がっていうより個人の問題で気にしてなかったというか」


 激昂する神殿長は、叫ぶだけ叫ぶとクラリスを涙目で睨みつけた。しどろもどろに言い訳しながらどうしても興味を持てないクラリスの様子に、更に頭を抱える。私は、勢いの怖さにただ固まっていた。


「……そう、勇者は大切な存在なのです。しかし、はぁ……まさかこんなことになろうとは。まあ貴方たちが勇者に興味がないというのなら話しても支障ないでしょう。あの娘についても、知っていたのか知らずに連れてきたのか……」


 ブツブツと聞こえる声の大きさで話す神殿長。あの娘、とはルートリアのことだろうか。神殿長はまた2回頭を横に振り、情けなかった顔を真面目な雰囲気に戻した。


「前の世代に訪れた勇者が、静養棟の結界を壊してしまったのです」


 とても重要な場所なのだろうか、クラリスはその話を聞いてとても驚いた顔をした。


「はぁ!? なんで!?」

「私はその場にはおりませんでしたが、患者を閉じ込めていると勘違いしたようなのです」

「閉じ込めているって……そうじゃないと患者が苦しむだろうが!」

「えぇ、そうです。ですが、事情を説明しようにも遅かったのです」


 クラリスが言うには、静養棟というのは魔力欠乏が収まらない患者が集められている施設のことらしい。魔力欠乏は軽ければ慢性的な体調不良や疲労でいつかは倒れてしまうかもしれないけれど、すぐに命までは失われない。重ければ、生きるための魔力すら枯渇して死に至ることもある。そういった患者を特殊な結界に閉じ込めることで、魔力が失われないように守っているところだそうだ。

 

「結界が破壊され、それをすぐさま修復したのがセルソラ様です」

「まさか、ひとりで?」

「はい。人手を集めていては遅いと、患者を守るために。無理をされご自身の魔力の器を壊したセルソラ様は、そのまま静養棟でお休みになっています」

「セルソラ……」

「犠牲者は出ませんでしたが、重症化した患者への対処やセルソラ様への応急処置をしている間に勇者は出発していました」


 やるせない表情で目を伏せるクラリス。心配で見つめていたけれど、クラリスはすぐに気を持ち直して顔をあげた。

 

「セルソラの治療と、結界を完全に直すために、ドワーフであり神官である僕が必要だったんだな?」

「その通りです」

「なら、僕をここに連れてきてくれたあいつらは解放していいだろう」


 神殿はクラリスがいればいいはず。しかし神殿長は首を横に振った。


「この事件により、神殿内では勇者の扱いについて慎重になっています」


 それはそうだろうなと思う。大事な結界を壊し、そのまま去っていった勇者。本人たちは善意で行ったのだろうけれど、神殿内では大変な事件だったはず。そうなれば、次の世代の勇者たちが都市に入った時点で野放しにはしたくないんじゃないかな。でもルートリアは、本当は勇者ではないし、今回は勇者だと名乗ってもいない。今までの話とは関係ないんじゃ……。クラリスもそう思ったのか首を傾げている。


「知らずに連れてきたのですか?」

「な、何をだ?」


 嘘が苦手なクラリスは少し口ごもった。勇者は2つの国の第二王子しかなれない、という制約がある。だから自分から騙らない限り、ルートリアが勇者を名乗っているとはバレないはず。

 けれど、神殿長はじとりとした目で私たちを見ていた。


 

「あの娘、勇者と同じ呪いを持っているでしょう」



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