40.聖都フォートレス1/ルートリア
金属が擦れる音。強い音を立てて閉まる鉄の扉。連れて行かれるクラリスとリリム。左腕の重みは腕輪から手錠に変わった。ここは聖都フォートレス。私たちは、訪れただけで捕まってしまった。
――ほんの数刻前。
いくつか街を越え、ようやく聖都フォートレスへたどり着いた。クラリスが離れるのは嫌だったけれど、他でもないクラリスが背中を押すものだから嫌々でも旅は進んだ。
地下都市であるフォートレスには数カ所の入り口がある。谷のようにも見える緩やかな階段を下りていくと、気付けば大きな洞窟に飲み込まれていた。魔法ではなく技巧でそう錯覚させる技術は、明らかなドワーフの作品だった。ドワーフが治める国はないが、ドワーフの多い国は存在する。ここフォートレスがそうだった。
「すげえな」
感嘆の声を漏らすスナッチを横目に、入国の列へ並ぶ。行商人だけでなく体調の悪そうな人から身体を欠損した人まで、平等に並んでいた。
「さすが大都市」
通ってきた街で聞いた情報では、何かを隠そうとしても入国の際に魔法で暴かれてしまうらしい。そのため、私たちも幻覚魔法を使っていない。魔法泥棒の私たちだけれど、歓楽街以降は追いかけられることもなかったから大丈夫だろう。
「それにしたって、夜になりそうだが」
「ま、馬車の列よりはマシだろ」
疲れた様子のヤークに、クラリスは予想していたのかとても気楽そうにしている。クラリスはフォートレスを目指していた、とは言うけれど、そもそもフォートレスにくるのは初めてではないんだろうか。
どこに行ったって初めてであるリリムは少し怯えた様子で人を警戒していた。大丈夫、とリリムの身体に自分の肩をトンと当てると、一度戸惑った後に深呼吸を始めた。よしよし、大丈夫そうだ。
ぼーっとしたりヤーク先生の魔法講義などを聞きながら時間を潰した。暗くなり、外からの日の光が差し込まなくなった頃、ポツポツと壁に灯りが灯り始める。魔石とは違う、不思議な灯りだ。
「鉱石をうまく使っているなあ」
「中は常に明るいらしいぞ」
そうして自分たちの番が来ると、入口の両サイドに立っていた門番が何かを唱える。
「解呪魔法だ、抵抗するなよ」
ヤークが耳打ちしてくれた。魔法への抵抗方法なんて教わっていないからやり方もわからないけれど。そう思っていたのに、私の身体だけ弾けるような音がして軽い痺れがした。
「んぐっ」
「馬鹿、抵抗するなって言って……」
「貴様、止まれ!」
ヤークと一緒にピタリと止まる。門番がこちらへゆっくり向かってくる。逃げるべきか……これだけ人が多ければ逃げるのは無謀か。手をあげ、反抗の意思がないことを示す。
私の前で止まった門番は、私の様子をよく見た後に唸り声をあげた。
「あ〜、呪いか。ここには解呪にきたのか?」
門番の声に、疑問を顔に出しかけるがかろうじて押し留めた。これは乗っかったほうがいい。
「そうです」
「今のを弾くなら相当特殊な呪いだな」
なんてことだ。私は呪われているらしい。やっぱりあの山奥のノルト神殿で呪われたんだろうか。クラリスからの視線がつらい。
門番は私の後ろにいるリリムとクラリスを見て、懐からガラス玉を取り出した。呪いがあるとはいえ、奴隷と一緒にいる事を疑われているようだ。
「嘘ではなさそうだな。いいだろう」
手に持っているガラス玉を見て、門番は軽く頷いた。嘘を見抜く何かがあったのだろうか。別の門番へ手を上げて合図をすると、奥へ行くよう促してくれた。
ぞろぞろと歩きはじめると、合図をされたもう1人の門番が駆け寄った。何事かを耳打ちしている。
「そうか、神殿長が来ているのか。君たち、待ちなさい」
「っ! ルートリア、行こう」
門番に呼び止められ足を止めようとすると、クラリスに腕を引っ張られた。嘘がバレるなら下手な言い訳はできない。聞こえなかったふりをして進もうとすると、門番は親切にも追いかけてきた。
「待ちなさい、君たちに良い話がある」
門番の声を聞いて、重そうなローブを纏った老人が正面から顔を出した。その横には護衛もいる。まずい、挟まれている。クラリスの言うとおり逃げるにしてもリリムを連れて突破は難しい。聞こえなかったと言い訳をするか、いやバレるか。ひとまず無視は難しいと判断して門番に向き直る。
「なんですか?」
「今ここには神殿長が来ておられる。あの方なら、君の呪いの正体もわかるだろう」
そう言って指し示したのは、先ほどの老人だ。別に、呪いの正体が知りたいわけではないんだけど。とはいえ呪いを解きに来ましたと言ってしまったために、拒否することもできない。
神殿長とやらに、門番が事情を説明している。クラリスももうどうにもならないと感じたのか、スナッチの後ろに隠れていた。顔見知りだろうか。
神殿長はゆっくりこちらへ歩み寄ると、険しい表情でじっくりと私の顔を見た。
「ほう、ほう、魔力に異常はないように見えるが……」
「ここへ辿り着くまでに魔力の問題で倒れました」
嘘ではない。事実だけで受け答えするのは、疲れるな。さっきから緊張も続いているし頭をフル回転させているからそろそろボロが出そうだ。言葉少ない私の代わりに、門番が説明を続ける。
「本人が抵抗したわけではないのですが、『クレンズフィールド』を弾きました」
「ほう、だから呪いだ、と判断したわけだな」
老人は振り返りゆっくりと、みんなを見た。怪しまれているのだろうか、全員緊張した顔で視線を受け止めている。そうして、スナッチの影に隠れていたクラリスも観念したかのように姿を見せた。
「ク、クラリス様!」
やっぱりクラリスの知り合いだったようだ。門番が何事かと槍を構えた。それに反応して、私も神殿長に手を伸ばそうとした。
「やめろ!」
私はクラリスの声に手を止めた。しかし、門番は止まらず私たちを取り囲んだ。しまった、クラリスの声に反射で手を止めたせいで、神殿長を人質にできなかった。
「あっ、ち、違う! 僕はお前らにやめろ、と」
「クラリス様、人間の若い者はあなたの顔を知りません。それがわかっているから隠れていたのでしょう」
こうなるとどうにも抵抗ができない。スナッチとヤークも、黙って両手をあげている。リリムだけが状況を掴めずに弓を握りしめて困惑していた。
神殿長がクラリスにゆっくりと近寄る。指先が光り、クラリスの首輪が外れて金属の落ちる重い音がした。
「まさか、貴方ともあろうお方が奴隷に墜ちていたとは」
「彼らは僕を奴隷にした本人たちじゃない! 解放されているだろ!」
「そうであっても、一度拘束はさせていただきます。事情はその後で……あぁ、奴隷がもう一人おりますな」
言って、神殿長がリリムに手を伸ばす。せめて身を割り込ませようと身体を動かそうとした瞬間に、門番に腕を掴まれ地面に組み伏せられる。スナッチとヤークも暴れたのが視界に入った。リリムは怖くて動けないようだ。門番に槍を持って囲まれ、弓を握りしめて固まっている。
「待て、待てってば! くそっ、彼女も奴隷だ! わかるだろ! 僕と同じに扱え!」
クラリスは神殿長の身体にしがみついたが、身長が足りなかった。神殿長の手はリリムの首元へ届いていた。
「いいでしょう、では彼女の首輪も取りますよ」
ごとり、と音が立った。地面に落ちた首輪。
「クラリス様と貴女はこちらへ、後の者は連れていきなさい」
地面に押さえつけられているせいで、リリムの顔が見えない。クラリスは何かを叫び続けているが、リリムと同じく抵抗はしていない。私たちが捕まっているせいだ。何もできないままに腕輪は外され手首が縛り上げられる。口に布を噛ませられたのは魔法を防ぐためだろう。
再び抵抗を止めると、無理やり立たされた。背中を押され、洞窟を縦一列に並んで歩く。前を歩くスナッチの巨体で、リリムとクラリスの姿が見えない。しばらくすると薄暗い空間から一気に視界が開けた。
洞窟の奥はとんでもなく広い空間となっていた。城ほどの大きさの神殿がある都を丸ごと飲み込んでいる。
「んが」
でけぇ、と言おうとしたのだろう。口を塞がれたスナッチから感嘆の声が漏れる。夜のように薄暗くはあるが、建物や壁から暖かい光が漏れている。
私たちは犯罪者のように連行されているが、街自体は柔らかい雰囲気のように感じた。人は多いが騒がしいとは感じないし、暗い表情も少ない。大量に並んだ人々を、しっかりと治しているのだろう。
「こっちだ」
真っ直ぐに神殿まで連れてこられた。神殿の大きな扉にも人の列ができていた。治療目的の者たちは入口に続きここでも並ばされているようだ。
私たちはその横を抜け、小さな入口へ通された。狭く冷たい廊下は、今まで歩いてきた場所に比べて重い空気を纏っている。
廊下の途中で鉄の扉を通らされた。足音が減ったので、廊下を振り返るとクラリスとリリムの背中が見えた。思わず手を伸ばしかけたけれど、それは叶わず縛られた腕が痛んだ。
背中を押されて入れられた場所は、牢屋だった。




