39.麓の村
村に着く頃には、さすがの私ですら疲労を感じていた。雪の中を長く歩くのは初めてだったからだ。一方でルートリアは、なにかしら諫められたのだろう、ようやく落ち着きを取り戻していた。歩くペースは落ち、リリムやクラリスにやっと喋る余裕ができた。
辿り着いた麓の村で小屋を借りて、木でできた壁と屋根に心底安心した。明日の朝は一宿の礼に、魔物退治と薪割りをする予定だ。ルートリアは勇者を騙っているが、それは必要に迫られたときだけだ。大抵の相手には武者修行の身だとか行商人と名乗り、わざわざ警戒を誘うようなことはしない。勇者だと讃えられたいわけでも得をしたいわけでもないからだ。
非常に小さく質素な村は、普段人の来訪などないために宿はない。貸してもらった小屋は藁と薪が積みあがっている。火魔法で軽く炙った干し肉を齧りながら、各々藁を借りて身体を休めていた。ルートリアとスナッチは地図を見ながら顔を突き合わせている。
「海ルートは速かっただろうな」
「私たちは寄り道もしたから、随分差がついちゃったかもね」
マリンベルの勇者たちのことだろう。勇者の辿るルートは決まっている。以前のように魔法を奪うなら、あまり離れずに行動するべきだが、同じ船に乗るわけにはいかなかった。ルートリアが言うには、勇者自身はもうルートリアたちを気にしないと言っていたらしいが、それでも一時的に仲良く船に乗るというのは難しいものがあった。
「なあ」
クラリスがこそりと耳打ちをしてきた。首を下げて話を聞く姿勢を作る。
「あれ、もう大丈夫かな」
あれ、とはルートリアのことだろう。こちらの様子など気にせず、スナッチとああでもないこうでもないと地図をにらみつけている。正直なところ、あの神殿を出てからルートリアの身体には一切問題がなかった。焦って動きが早くなっていたが、それは心の問題であって身体は健康そのものだ。
あの後、例の壁を触ったスナッチを叱りつけはしたが私も触ってみたくはあった。信仰や精霊との相性の問題で、扱える扱えないという差はあっても魔力がない人間は存在しない。だからおそらくスナッチで発生しなかったということは同じ人間である私が壁に触れてもあの現象は発生しなかったはずだ。
「彼女の魔力の話なら、もう問題ないはずだ」
「魔力、かあ」
「ルー……、あの子の話?」
耳がいいリリムには聞こえてしまったようだ。手持ちの薬草を整理していた手を止めて、傍にきていた。クラリスとリリムが完全に話を聞きたい姿勢に入っていたため、藁を寄せて3人並んで座り、スナッチとルートリアを眺める。
あの神殿からクラリスが一番ルートリアを気にかけている。その原因は、倒れた理由が魔力の過剰保持のためだろう。この現象は滅多に起こることではない、というより理論上起こり得ないはずのことだった。
「魔力っていうのは、人それぞれに持てる量が違う。そして、どんな種族であれ普段それが完全に満ちているなんてことはないんだ。活動をするだけでも微量の魔力は消費される」
試しに回復魔法を自分に使って見せると、淡く光って体内に吸収された。もし自分に魔力が満ちていた場合、この回復魔法は効かないことになる。ルートリアにはその現象が起きていた。だから魔力を放出させた。
おそらくあの壁を通してルートリアに何者かの魔力が入り込んだのだと私は推測している。毒などといった状態異常とは違い、そういった現象は違う呼ばれ方をしていた。
「それって、呪いじゃねーの?」
呪い、と聞いて呪い子と呼ばれたリリムが一瞬肩を揺らした。そう、魔力が起因して起こる心身の異常は、大抵呪いという言葉で呼ばれている。魔力酔いなどの魔法使用による症状とは違い、なにかしらを原因に魔力が常に欠乏して病に落ちる者などは呪われたとして神官を頼ることが多い。
そしてそのほとんどが、魔力の欠乏に関する現象ばかりだった。逆に魔力が過剰になるということは、自分が勉強してきた知識では本来あり得ないはずのことだ。ルートリアが多用している『ライトオブランタン』も、その光を生み出したルートリア自身だから吸収できるのであって、他人はその魔力を回収することができない。
もし例外があるとすれば、それは私が知らない知識になる。例えばそう、闇魔法だ。
「私も、闇魔法にはあまり詳しくなくてな……」
悔しい話だが、闇魔法を得意とする使用者は極端に少ない。それに加えて不吉なイメージを持つものが多く、使えたとしても隠す人間が多いのだ。在学中も私が知っている限り、公言している者はいなかった。教科書におよそできることは書いてあったが、性質が光魔法と酷似していたために使う必要もあまり感じない。現にルートリアは精霊への言葉を知らないこともあり、闇魔法はほとんど使用していない。『ライトオブランタン』のように無詠唱で闇を作りだしたりはできたようだが、使い道もなかった。
あの時、ルートリアが苦しみながら放出した魔力は黒い靄状だった。水や炎でも可能な現象かもしれないが、あのなんともいえない黒く澱んだ魔力はおそらく闇魔法だろう。
「どちらかというとクラリスのほうが詳しそうだな?」
「う……」
光魔法、闇魔法は精霊との結びつきが強いとはいえ、やはり宗教との関わりが深い。ただの印象なのだろうが、回復魔法と光魔法が使えれば神の使いのように扱う国もあるらしい。
そして、魔法の素人だった割にはクラリスの回復魔法は安定していた。生まれ持ったものもあるだろうが、やけに教養がある。
ルートリアもスナッチも、言いたくないことは言わなくていいという考えをしている。いつだったかスナッチは自らの過去を語ってくれたが、それは彼が話したくなったからだ。私に対しても、マリンベルの勇者一行、というよりモモとの確執について少し聞いただけだった。それも今後の戦闘に影響がある部分のみだ。
クラリスは頭を抱えると、わかってはいるんだわかっては、と口を尖らせ呟いた。
「そうだよな、そろそろきちんと言わないとな」
どうやら何かの覚悟を決めたようだ。強い目つきでルートリアとスナッチを見据えた。
「おい、そこのエセ勇者共」
「ん、なに?」
その呼ばれ方で普通に返事をするのもどうなんだ……。2人ともその場で顔を上げ、クラリスを見ている。クラリスは寄せていた藁から立ち上がると、いつもの呆れ顔で2人に指を突きつけた。
「揉めていないで、僕をさっさとフォートレスに連れて行け!」
2人はぎくりとしたあと、目を泳がせ顔を逸らした。なるほど、ずっと進路に揉めていたのはそういうことか。
クラリスの旅の目的は、聖都フォートレスだと以前に聞いている。あといくつか街を経由すれば着いてしまうのだ。あの2人は、クラリスを手離したくないと考えている。なんとかしてフォートレスを避けられないかと考えていたのだろう。なんというか、浅ましさと微笑ましさで気が抜ける。
「だって、そしたらクラリスの旅の目的が解決しちゃうかもしれないじゃないか!」
「だって、じゃねえ! 甘えるな!」
「クラリスに払った金額が……」
「僕を惜しむ理由は金銭の問題かよ!」
喚きながら楽しそうだ。クラリスがフォートレスに向かいたい理由は知らないが、今はその本来の目的ではなくとにかくルートリアの身体を心配しているのだろう。聖都フォートレスは聖都というだけあって、宗教が盛んだ。回復魔法を使える者も、それを頼って訪れる者も多い。ルートリアの身体に本当に問題がないのかをフォートレスで確認したいのだろう。自身の回復魔法では治せなかったということも本当は気にしていたのかもしれない。
勇者は聖都フォートレスで歴史を学び、旅への覚悟を再認識すると聞いたが、その歴史というものには私も興味がある。勇者はもちろんのこと、私たちは魔王のことを知らなさすぎると考えていた。漠然と強くなることで倒そうとしていたが、旅を続けるにつれ考えてしまうことがあった。
どこまで強くなればいいのか、と。
未知の敵に対してはどこまでも強くなるしかないと言われればそれはそうだが、ここまで様々なことを語り継がれてきたはずなのに、実態の情報が少なすぎる。無論、フォートレスに着けば知ることができるというわけではないが……。
「いいな」
思考の海に溺れかけていると、黙って3人を眺めていたリリムが小さく独り言を漏らした。気付けば下がっていた顔をあげてリリムに向き直る。
「なにがだ?」
「クラリスは、必要とされているなって」
む、こういう話は少し苦手だ。リリムも、もちろん必要とされている。しかしそれを伝えたところで、本人が納得しなければ意味がない。
「リリムも強くなったんだから、そんなに怯えなくともいいだろう」
根拠として能力は申し分ないと伝えてもリリムの表情は晴れないままだ。みんなの役に立てるようにと魔法の練習を頑張っていた彼女なのに、能力の問題ではないのだろうか。
「私は、……うん、そうだね、ありがとう」
リリムは何かを言いかけてやめた。自分のなかでも整理がついていないのだろう。気を使った私にお礼を言って、でも目はまだ3人を見つめている。
クラリスの意見に負けたんだろう、ルートリアとスナッチがクラリスの足元にしがみつきながら泣き言を言っている。鬱陶しいと怒鳴りながらも少し嬉しそうだ。
しきりに首輪を触り俯くリリムと、元気な一行を見比べて、私は少し疲れてしまった。願わくばフォートレス、何事もなく目的を果たせますように。




