38.雪山の神殿4
元々ヤークとリリムの視線は感じていたけれど、そこにクラリスの視線も追加されたらそれはもう気分が重たかった。
「一応言っとくけど、"心配"だぞ」
わかっている。それでも余計なことをするなよという視線も混ざっているだろうから、心配をしてくれているとはいえ監視だこれは。ニヤニヤと笑いながら忠告してくるスナッチに蹴りを入れる一挙一動すら見られている。苦しい。
危ない部分はあったものの、もう用はないと早々にノルト神殿を出てまた順路を辿り始めた。神殿に入る前より余裕がなく、あれはなんだったかと談笑する隙がなかったのも原因だろう。何度か吹雪く日や明るく滑りやすい日を乗り越えて、やっと雪をかき分けながら進む必要がなくなってきた頃合いだった。
「こ、後衛が前衛を守ってどうするの……」
クラリスが私の前に立っている。目の前にはへび型の魔物が数体。むっすりと黙り込みながら視線はきちんと魔物へ向いている。クラリスに呆れられることはもはや日常の範疇だけれど、私が呆れる側にまわることになろうとは……。
相手に問題なしとして、後の3人でちゃっちゃと戦闘に入っている。私はといえばクラリスが邪魔で動けないでいる。こうなると話も聞いてくれないであろうクラリスから視線を外し、緊張感なく戦いを眺めることにした。
スナッチは相手をひきつけ、うまく盾と鎧でダメージを避けている。敵との相性もあるが、以前ほど回復魔法に頼る必要がなくなった。最近は無傷の時のほうが多いくらいだ。ヤークはある時から剣の素振りをするようになった。剣先まで扱えるように意識しているようだ。私ほど素早くはないけれど、腕力がある。今はとどめのほとんどをヤークが担っている。リリムは弓と魔法を駆使して上手に二人を支援していた。へびの動きを牽制し、叩きやすい位置へ誘導できている。最初の頃のように、攻撃が仲間に当たることを躊躇する様子は今ではほとんどない。
「みんな、戦うことがうまくなったなあ」
「当たり前だろ」
3人で十分だ、と感じて肩の力を抜いた。その気配を感じたのか、クラリスも視線を魔物から私に戻した。怒った表情がいつもの呆れ顔に戻っていて良かった。とはいえ、笑ったり安心したりするとまた怒りの表情に戻りそうな緊張感が残っている。茶化したりせず目を合わせると、しょうがないと言わんばかりに溜息を吐かれた。
「お前の旅だから、と思ってる部分があったから今まで好きなようにさせていたけどさ、お前もうちょっと休んだら?」
「休む?」
休んではいると思うけど。言われている意味がわからずにきょとんと首を傾げる。
「ルートリア、お前は甘えてはいるけど、休んでないの」
指を鼻先に突きつけられている。どうやら私はお説教を受けているらしい。
「今の戦闘を見て危ないと思うか?」
「いやまったく」
強いて言うなら、蛇の毒だの足元の雪だのに気を付けるぐらいだ。
「で、お前はこの雪山で、あの神殿で1回死にかけてんの」
「はい、倒れました」
壁に触っただけだし、罠ではない様子だった。あの後、スナッチが無謀にも同じく壁を触ってみるという行動を起こしてヤークとクラリスに凄い勢いで怒られているのも見ている。ただ残念ながらアレはスナッチには無反応だった。他の3人に触らせたくはなかったため、話も早々に神殿を出ることを決めたのだ。
その後は雪の中を進み続け、今に至る。クラリスはバカな私に伝わるよう1つ1つ突きつけるように話をしてくれている。だから私もきちんと話を聞いている。
「そんなバカはしばらく休むべきなの」
「でも怠けていたら怒るのもクラリス……」
「状況によるだろ。病み上がりみたいなやつにまでそんなこと言うかよ」
なんでわからないかなと頭をガリガリと掻き始めた。
「僕たちもだけど、お前が一番動揺してるんだよ」
動揺。そうかなという気持ちと、なんだか落ち着かない気持ちがある。納得いかない顔で口を開こうとすると、突きつけていた指を今度はぐるぐると回した。思わず目と顔で追いかけてしまう。今は何にでも反応する状態だと言われて反論ができない。緊張は解れているはずなのに、おかしいな。
視線と共にぐるぐるし始めた頭。なんだか視界も回っている気がする。
「クラリス、やりすぎだ」
「おっと」
声とともに指が居なくなり、代わりに私の頭がガチリと固定された。気づけばクラリスに集中しすぎていたらしい。目線をクラリスから外すと、戦闘を終えたスナッチがこちらに来ていた。ヤークは剥ぎ取りナイフを片手に魔石を取り出したり魔物が食べられそうかを吟味している。リリムはその隣で、こちらをじっと見ていた。
「まだ自覚は無さそうだな」
「ま、理屈じゃないよな」
「うーん」
スナッチは顎髭を触りながら、クラリスを見た。値踏みするような目だ。私に何か話したいのに、クラリスには聞かせたくないのだろう。クラリスもそれに気づいたのか、少し不機嫌になった。
「ふん、僕は言いたいことを言いたかっただけだ」
そう吐き捨ててヤークたちを手伝いに行ってしまった。苦笑いをしたスナッチの目線は3人に向いている。その目は存外に優しく、口元は緩んでいた。人を突き放すことが苦手な優しい男は、今この場にいる誰のことも警戒していない。「クラリスはまだルートリアをわかってはいないな」と呟く声は聞かなかったことにした。
「クラリスには、お前がみんなを心配しているように見えているようだぞ」
「……スナッチにはそう見えていない、と」
スナッチは理屈だと考えているようだ。だから話しかけてきている。
「それもあるだろうな、でもみんなが戦っているのを見て安心できたか?」
「安心は、した。緊張も解けてる」
「でも落ち着かないよなあ」
落ち着いては、いない。そう、余裕がなかったからだ。どうして余裕がなかった?
「……私か」
「焦っちゃったなあ、ルートリア」
焦った、と言われてようやく腑に落ちた。私が焦っていたから、旅に余裕がなくなっていたんだ。自分が苦しい思いをしたことで、旅を急いてしまった。そこにはみんなに同じ思いをさせたくはないという気持ちももちろんあった。クラリスにはそっちを見抜かれた。問われて自分を顧みる。
それより強く、こんなところで死ぬわけにはいかない、という怒りにも似た焦りが胸を支配していた。
勇者になれないまま旅を終わることなんてできない。足は速くなり、みんなを疲れさせていた。みんなの目線を感じたのは当然だった。そして今度は後悔で焦り始める。
「もう1回言うけど、"心配"だぞ」
今度はニヤついた顔を正面から見るハメになった。いっそ怒られるほうが気が楽だ。全員が黙ってついてきてくれたことに申し訳なさを感じる。自分だけじゃない、誰がいなくなっても旅は続かないのに。
「ははは、複雑な顔をしているな」
「頭を抱えたい気分だよ」
項垂れ、顔を伏せる。もう大丈夫だと確信したんだろう、スナッチは晴れやかに笑っている。突然ごめん、というのも変だし、でも何食わぬ顔もできそうにない。ありがとうと言うにも説明がしづらい。
「だってよ、頭でも抱えてやれ」
「そういう意味じゃないんじゃない?」
タイミングよく傍に来ていたリリムが巻き込まれる。会話には関わらず、ひたすら魔物を捌いていたヤークは今はクラリスと黙々と野営準備を整えている。今日はもう、雪の洞窟を作ったり、魔法で壁や屋根をどうにかする必要は無さそうだ。地面にさえ気を付ければ問題ない。
逃避し始める思考を遮るかのように、リリムの足が視界に入った。リリムは、歩くペースが速くなっていた私の腕輪を一度も引っ張ったりしなかった。一番体力の無いリリムの足はさぞ疲れていることだろう。それでも恨み言ひとつ言わず、今傍にいてくれている。ごめんもありがとうも言えずに溜息を吐く。
それを疲れたのだと勘違いしたのか、リリムは頭ではなく腕輪のついたほうの腕に触れた。
「大丈夫?」
"心配"に返せるのは、安心だ。リアクションがないと更に心配するだろう。でもまだ余裕がない。スナッチが代わりに笑って返答した。
「大丈夫だ」
「そうなの?」
まだ疑う声音。このままではリリムが本当に私の頭を抱えてしまいそうだ。渋々顔をあげると、不思議そうな顔で私を見た。
「複雑な顔」
よほどおかしな顔をしていたらしい。リリムは笑う口元を隠すために、私から手を離した。




