37.雪山の神殿3
罠が再度復活する前に中身だけ頂いて廊下へ戻り、じっくりとお宝を見る。スナッチと一緒に金貨が本物か確かめてから財布に収めた。問題は本と綺麗な石だ。
「本は……日記だな」
魔法書ではなかったことが残念そうにヤークが丁寧に本を開く。日記の中身は最後にこの神殿からいなくなった人の物のようだ。そこに書かれていたのは長い後悔と、遺書のような内容。ならばこの神殿に石の魔物を配置したのもこの人だろう。
「ほとんどかすれていて読めないが、日記というより誰かへの懺悔の手紙みたいだな」
「王子って書かれている部分もあるみたいだけど」
「ふーむ、懺悔の内容もほとんどわからん。ただ、その綺麗な石は日記の持ち主の物だろうな」
「じゃあ頂くのは申し訳ないなあ」
とはいえ、あの部屋に戻るのも……。澱みは復活し、再度罠として機能しているようだ。氷は張ったままなので、床に触るだけで足が地面にくっつきそう。
「その持ち主とやらはご存命なのかな」
「日記の傷み方からして、それはないだろう」
こんな辺鄙な場所へ来る人間もそうそう居ないだろう。私たちだってリリムが看板を見つけていなければ気づきもしなかった。有り難く拝借して、いつか日記と共にその関係者に渡ればいい、という結論になった。クラリスは人道的じゃないと渋い顔をしたが、日記と石を別々に売り飛ばしたりしなければいいだろうと説き伏せた。今度は綺麗な石を手のひらで転がし、じっくりと眺めるヤーク。
「宝石か?」
「いや、魔石だな。それも空だ」
「空っぽ?」
「使われた後だろうか。時が経って若干は魔力が蓄積されているけれど使えたもんじゃない」
懺悔の内容にでも関係あるんだろうか。横から覗くとなんとなく空虚に感じるような透明加減だった。濁っているような、でも透明なような……。触れようとしたら、クラリスに止められる。
「これらはヤークに持っていてもらおう。スナッチとルートリアは信用できない」
「売らないよ」
どうしても信用してもらえないみたいだ。まるで人を盗賊みたいに……。まあ、スラムの子どもなんて似たようなものだけど。私達は私達のルールで生きていただけだ。誰かに合わせなければいけないのならそうできる。そう、環境が望んだならそれに合わせるだけで生きていくことはできる。あとは運次第。
奥へ進むため、一人で石像の間を慎重に通る。ここには石で出来た魔物はもういないらしい。良かった、さっきので最後か。4人を呼び寄せると、ヤークから真っ先に腕輪が返却される。それに異存はないらしく、リリムは深く頷いていた。頷かれても。
「これ以上の魔物が出ないことを願っちゃうなあ」
「戦闘が長引くと疲労が強いんだよな」
ぼやきつつも慎重に足を進める。大きな広間に着いたが、他に道はない。この広間が神殿の要所なのだろう。宝物のようなものはなく、壁に絵が彫ってある。多少色付けされているように見えるけれど、これも朽ちているようだ。人が、丸い何かを集めている。
「この広間はこの人物を崇めるための物だろうな」
「聖都フォートレスにもあるはずだ。宗教国家には付き物ではあるけど」
さすがヤークとクラリスは詳しい。私は壁に絵があるなあという程度のことしかわからない。スナッチとリリムもわからないのかぼんやりと眺めている。
「人、王かな」
「何年前のものだろうな」
「ここが元々国かなにかだったなら、ドワーフすら忘れるほど前の国だということになるか。少なくとも僕は知らない」
絵を見てあーだこーだと語る2人を横目に自分も絵を眺める。王というには、質素な気がする。頭に王冠はあっても耳は尖っていた。エルフだろうか。
「エルフとかドワーフって王様いるの?」
「私はわからないな……、少なくとも私がいた村にはいなかったよ」
「エルフは村に隠れ住んでいるから国家とはならないからなあ」
「ドワーフも、僕は知らないな」
エルフやドワーフは村を作ることはあっても、国を作らない。ロロ村の村長のドワーフがそうだったように、ドワーフは義務や責任を持つことに疑問を持つ。大事な者を守ったり恩を返す義理堅さはあるものの、人間の守る規律に対して面倒という感情しか持ち合わせていないようだった。
エルフについてはあまり知らないけれど、リリムが虐げられていたからには伝統やしきたりを大事にするような気配がある。ドワーフのように多種族に対して寛容でもないのなら、種族としての人の少なさから国にまで発展するのは難しそうだ。
じゃあ、この絵の人は王じゃないのだろうか。そっと手を伸ばして絵に触れてみる。ざらりと石の感触がした。
「ま、滅んだのなら関係ないか」
「それで済むなら歴史という物の価値がなくなるだろ!」
「はいはい、ヤーク先生は真面目だねえ」
軽口をたたくクラリスとヤークの声が遠くに聞こえるような感覚がした。視界が曲がり、息が吸えなくなる。なぜか手が絵から離れない。焦れば焦るほど、息がおかしくなる。
なんだ、これ。
喉元の服を掴んで呼吸を求める。重心を崩し膝をついても手がついてこない。近くなった地面は高速で回り続け、見るだけで何もかもがおかしくなる。
「ルートリア!?」
気づいたスナッチとリリムが慌てて近寄った。罠かもしれないのに馬鹿正直に近寄ってきてはいけない、と注意しようにも声が出ない。呼吸に焦るうちに思考まで黒く塗りつぶされそうになった。耳鳴りで何も聞こえなくなって、突然息ができるようになった。
スナッチが絵と私の手を蹴り離したようだ。どうしたって滲んでくる涙で歪む視界でスナッチの無事を確認する。絵には触れていないからか、スナッチには異変がないようだった。
「大丈夫か!?」
「げほっ」
リリムが背中をさするスピードに合わせて息を整える。
「なんなんだ、一体」
「こっちの台詞だ! 何をしたんだよ」
「絵に、触っ、ただけ、なんだけど」
まだうまく喋ることができず、せき込みながら答える。ヤークに指示され、とにかく絵から距離をとる。少し落ち着いてきたので水を口に含んだ。視界はもう歪んでいないけれど、頭がクラクラする。しばらく警戒していたクラリスが私の顔をあげさせて目をよく観察した。
「魔力酔いか?」
魔力と言われ、視覚や呼吸ではなく自分自身の身体の感覚を確認する。身体は動くけど、何か変だ。普段自分の魔力を感じる部分に、他人が居る気がする。なんというか、魔力が多いのだ。はち切れそうな感覚が苦しい。息が止まったのはそのせいかもしれない。
「ヤーク、私の中の魔力が、変」
「身体を横にしろ、すぐ調べる。クラリス、手伝ってくれ」
リリムが丁寧に私を横たわらせた。さっきスナッチが蹴り上げてくれた腕が当たり、痛みに呻くとリリムが素早く離れた。
「リリム、触れておいてやれ。魔力酔いなら痛みに思考を奪われるほうが楽だ」
ヤークの鬼のような提案に、リリムが恐る恐る腕をつかむ。骨折しているのだろうか、熱くそこだけが膨らんでいるように感じる。痛いということしか考えられずにいると、確かに気持ちの悪さが薄まった。
ヤークに指示されたクラリスが魔法を唱え始めた。クラリスの魔法は、回復魔法だったのか綺麗な光が弾けて私の身体から跳ね返る。
「くそっ、回復魔法が効かない!」
「そうか、なら原理はわからないが、今のルートリアは魔力を過剰に持っている状態だといえる」
「どうにかなるのか!?」
「自力で、なんでもいい、ルートリア! 魔法を使え!」
リリムに触れられていないほうの手のひらへ集中する。想像ができず、なんでもいいから、何かをしてくれと精霊に懇願した。無意識に自分の中に入り込んだ何かを追い出したいと考えたんだろう。黒い靄が膨れ上がり、空中に漂った。
離れて壁の絵を監視していたスナッチの横をすり抜け、靄は壁へ吸い込まれていった。
6、6年ぶりです、間が空いてしまい本当にすみません……。




