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35.雪山の神殿1

 歓楽街を出て、山を登る。そろそろ山道にも雪にも慣れてきた。最初はリリムの覚えた冷たい空気を遮断する風魔法も知らないうちに切れていたり、歩きやすいように進行方向を炎魔法で歩きやすくしてみようとして失敗したり工夫をしたが、結局は耐えて進むことが一番楽だとわかった。

 防寒着が役に立ってなによりだ。リリムの魔法もヤークの魔法も休むときだけに使っている。スナッチと剣や斧で雪を固めて洞窟を作ったり、私たちの体力も珍しく役にたっている。

 襲ってきたベティウルフを倒して担ぐ。大事な食料になってもらう予定だ。少し固いけれど、煮込んだり燻製や干し肉にすれば使える。ただこの天候の中で干し肉を作るのは魔法を使っても大変になるので、ひたすら煮込むしかない。寒さのおかげで腐りにくいのが有り難いところか。


「しかし、海はともかく今時山のほうを越えようとするヤツはいないとは言っていたが、道はあるもんだな」

「雪で埋まってるから意味はないけどな」

「看板があるのは有り難いね」


 雪を踏みしめゆっくり歩く。先頭に立っているスナッチは一番歩き辛いだろうが、リリムの体力のためには申し訳ないけど頑張ってほしい。今日はまだ晴れているのが有り難いところだ。気温は変わらないので雪が溶けはしないが、前が見えやすいというのは本当に嬉しい。


「勇者共は今頃船の上でのんびりしてんだろうな」

「船は船で地獄だぞ」

「そうなの?」


 私たちは乗ったことがないけれど、知っているらしいクラリスはそのしんどさを強く語った。なんでも揺れるから吐き気がすごく、立っていられないほどの気持ち悪さに襲われるのだとか。そのうえで海の魔物と戦わないといけない。嵐が来たらもう最悪、と思い出すだけで気持ち悪そうだ。


「思っている以上に地獄」

「僕はお前らが山を選んでくれて良かったよ」


 全員が全員そうではないらしいけれど、元気な人でも嵐が来れば大半は酔うんだとか。酒とはまた違う酔いなんだろうか。うーん、想像があまりつかないな。

 ただ黙々と雪道を歩くことも、仲間と喋りながらだからかなんとか時間が過ぎていく。辛くないといえば嘘になるけれど、独りよりはマシだと思える。

 1列に並んでだらだらと話しながら同じような道を歩き続けるという日をもう何日過ごしたか。リリムの体力は工夫のおかげでなんとか保っているけれど、そろそろ自分たちで作った雪の洞窟ではなくきちんと休める場所が欲しい。あとスナッチの先頭を私かヤークに変更することも考えないと。看板はあるけれど、建物は望めないだろうな。せめて天然の洞窟でもあればと思うけれど、それはそれで魔物の対策を考えないといけない。


「どうしたリリム」

「ん、疲れた?」


 いつのまにか一番後ろのリリムが立ち止まっていたらしい。後ろにいたクラリスとヤークがリリムを心配している。私とスナッチも止まってリリムを伺う。


「ううん、ちょっとあの看板が気になって」


 リリムの視線の向こうに看板がある。道のようなところとは少し外れた場所にある。いくら雪で地面が埋まっているとはいえ、少し軌道がずれたのだろうか。しかし、スナッチの向こう側にも看板がある。確かに気になるもので、リリムの腕輪をヤークに一度預けた。みんなをその場に待たせザバザバと雪を切って看板を目指す。いくら目のいいリリムでも雪をかぶっていては見えない。


「どれどれ」


 看板の雪を払って文字を読む。どうやら『ノルト』と書いてあるようだ。村か何かだろうか。いや、洞窟?

 とりあえず周りを見回したけれど何も見えず、少しだけみんなより遠ざかろうとする。


「おい、ルートリア」


 あまり離れるなと言おうとしたんだろう。戻ろうと反転したのに、少しずつ世界が傾いていく。


「お、おぉ?」

「ルートリア!?」


 どうやら崖の上だったらしく、私が乗った部分がずるりと融けた。

















 目を覚ますと、やけに空気の冷たい室内にいた。いや、正しくは廊下だろうか。またリリムに抱きかかえられている。


「ここは?」

「崖の下に神殿があったの。その中だよ。……もう大丈夫?」


 リリムに支えてもらって体を起こす。少し冷えていたのか身体が少し軋んだけれど、温めてくれていたおかげかまだマシだ。しばらく動いていれば戻ってくるだろう。

 どうやら融けた雪に埋もれてしまったようで、全員が崖下に下りて慌てて救出してくれたらしい。安全に降りられるようロープをかけたままらしいから元の道に戻ることも可能だ。


「神殿?」


 空気がひんやりとしたままだ。確かに雪山の中に神殿があったんだろう。崖下にひっそりと。看板の通りならおそらくこの神殿の名は『ノルト神殿』だ。


「今もう少し休める部屋がないか3人で調べに行ってくれてる」

「広そう?」

「崖と雪で規模はわからなかった」

「そっか」


 じゃあ勝手に動くのも良くないな。


『君はいつか本当に孤独になる』


 どこがだ。脳内にチラつくレムリンドの声に腹を立てる。


「どうかした?」

「なんでもないです」

「その割には甘えん坊だね……」


 リリムを真正面から抱き締めてその柔らかさと温かさを堪能する。独りではできないことだ、安心する。しばらくして満足したら身体を離す。

 あの後、私達は勇者の情報を共有した。どうやらヤークとリリムは魔法使いに会ってしまったようで、勇者の今後の足取りを話してくれた。何の出会いもなかったスナッチはなぜだか凄く悔しそうだった。おそらく直接会えたら一番文句を言って喧嘩をふっかけ自滅していただろう。これで良かったと思える。クラリスがいなかったら私も危なかった。しかし、なんとなくレムリンドに最後にかけられた言葉だけをみんなに共有できずにいる。クラリスだけは聞いていたはずだけれど、同じく話さなかった。


「遅いね」

「あ、うん、随分広いのかな?」

「それだけだといいけど」


 外から見つけ辛い神殿だ。しばらく人の出入りなんてなかっただろうと思えば魔物が住み着いている可能性もある。いや、そもそも魔物に守らせている可能性すらある。


「リリム、動ける?」

「私は平気」

「そんなに大きくは移動しないけど、何か物音は?」

「争っているような音は今はしていないよ。距離にもよるけど……」


 距離にもよる、か。荷物を持って火を消す。少し奥へ進むと、勝手に灯りが点いた。


「すご」

「人に反応しているのかな」


 歩くたびに光が拡がる。しばらく歩くと、リリムに腕を引かれた。


「物音がする」


 音を聞くリリムの邪魔をしないよう息を潜めて立ち止まる。パッと目を見開くと、焦った顔をした。


「争う音!」

「急ごう」


 リリムを置いていかないよう手を掴んで走り出す。ヤークがいないから当然なのだけれど、腕輪が私のもとに戻っている。先行したいけれどあまり離れるとリリムの首が絞まってしまう。それに敵がいるならリリムを一人にしたくない。しばらくして自分にもはっきりと音が聞こえた。斧が何かと擦れ合っている。


「スナッチ!」

『こっちだ!』


 私の声が聞こえたらしいスナッチから声が届く。たどり着いたらスナッチが羽の生えた人型の魔物に襲われているところだった。


「『ヒューマンシールド』!」

「どわぁ! た、助かった……!」


 魔物の動きが素早く、危うく首をとられるところだった。咄嗟に魔法が出て良かった。苦手な魔法だと思っていたけど意図を気にしなければ役に立つ。

 リリムの手を放してぐんと踏み込む。剣で打ち込んだけれど固い。ゴーレムみたいだ。スナッチとの距離をとってやることはできたけれど、今度は私の休む暇がない。襲おうとしてくる爪を何度も剣で弾く。速さは互角だ。


「石像の魔物だ! 剣は効かない!」


 ヤークの声になるほどと思う。石像はゴーレムと違い核がない。その代わり核があれば復活するゴーレムと違い粉々に砕いてしまえば動かなくなる。足さえ止めることができればスナッチの斧かクラリスのメイスで砕けるだろう。いつも足止めに使われるクラリスの土魔法は飛んでるために余計当たらない。一度大きく飛んで距離を取られた。しまった、飛ばれるとガードしかできないし、狙いがわかりづらい。瞬時に誰を一番に守るべきか計算する。


「『ウィンドアロー』!」


 リリムの声で穿つような突風が吹いた。石像が風にあおられて壁にぶち当たる。


「ヤーク!」


 名前を呼んで、素早い二人で腕に捕まって封じる。頭を強く打ち付けられて痛い。


「当たったらスマン!」


 真ん中の部分をスナッチが斧でかち割る。スマンで済むかバカ!

 もちろん当たりはせずに、大きく分かれた身体をもう動かないようクラリスがメイスで細かく砕いていく。


「はぁ、はぁ」

「きっついな!」


 動けないぐらい細かくなった石像を睨みつける。魔物というよりは魔力で動いているような無機物な魔物から得られるものなんて多少の戦闘経験程度のものだ。ただただしんどいだけで金にも力にもならない。一度倒したことがあるぐらいで十分の相手。


「クラリス」

「あー、待ってくれリリム。僕もちょっと」

「あ、ごめん」


 4人が前に出ていたので、体力の余裕が今はリリムにしかない。リリムは恐らくクラリスに私の治療をしてほしかったのだろうけれど、クラリスも力いっぱいメイスを奮っていたので少し休憩が必要だ。しかしこの広さでは石像が一体ということは無さそうに思う。ここで休むのは危険だけれど、その辺の小部屋に入るのも怖い。


「入り口まで、一時撤退」

「それがいいな」


 まずはここを攻略するかどうかから相談しないと。なんとか立ち上がって、みんなでどろどろとした足取りで入り口に戻る。さて、この神殿は一体何を祭った神殿なのか。

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