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“自称”勇者と道連れの旅  作者: 針狸


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34/39

34.休戦3

 これは旅を始めてしばらくして気づいたことだけれど、お腹が減ると苛立つんだ。そう思って店の人が届けてくれたご飯を食べる、食べる。クラリスも少し引いているけどしょうがない。そうでもしないと冷静に話せない気がしたから。


「……君は、品がないな」

「スラム育ちなもので」

「やっぱり勇者が嫌いなんだな。それなのに勇者を“騙る”のはどうしてだ?」


 騙る。どこまでも傲慢で、どこまでも上から語る。自分が何者かも知らないで。


「勇者が嫌いだから」

「僕は君の罠にかかっていなかったが……、前回僕の仲間と戦ったんだろう?」

「そう、勇者様の非情な罠にかけられてね」

「どうして君はそう僕の行動を否定的にとらえるんだ」

「さっきから質問ばっかり。他人の用意した道を歩く勇者様は考えるってことを知らないの?」

「落ち着け! おーちーつーけー!」


 二人そろって剣に手をかけたところで、クラリスからストップをかけられる。ちぇ。

 でもクラリスが一緒でよかった。一人ならきっと以前と同じくやられていただろう。……いや、1対1なら大丈夫じゃないか? この間戦ったときに悔しい思いはしたものの、そこまで大きな差があるわけではないとも感じた。手も足も出なかったわけではなかった。ひとつ懸念する点があるなら、勇者だけが飛び抜けて強い場合だ。


「僕もできればこの街を急ぎ出たくはない。あまり怒らせないでくれ」

「こっちの台詞」

「ルートリア!」

「……」


 喋れば喋るほどクラリスに呆れられる。こうなっては黙るしかない。テーブルのパンを引っつかんで目線をそらす。勇者は、申し訳なさそうな顔をクラリスに向けた。


「ありがとう。君は随分冷静なんだな」

「僕をあいつと一緒にするな。あいつは本能のままに生きている野性児だからな」

「あぁ……」


 失礼な。スナッチよりマシだい。


「仲間のうち二人は奴隷だったか……。それも正義感からのものか?」

「そんなわけないでしょ。裕福で生まれたときから信頼されたボンボンとは違うんだから」

「聞き捨てならないな」

「やるか?」

「だーかーらー!」


 運ばれてきたぶどうジュースを両手にクラリスがテンポ良くゴンゴンと私たちを殴りつける。勇者まで殴っちゃって大丈夫なのかと心配したけれど、申し訳無さそうに萎縮しているからまぁいいか。


「クラリスだって殴ってるじゃないか」

「僕はいいの! 僕は別にこいつを嫌っているわけでもないしな!」

「そうなのか?」


 きょとんと顔をあげる勇者。


「僕は目的があってこいつらに同行しているだけだからな。お前に恨みも何もないよ」


 最後に勇者という仕組みは嫌いだけど、と一言つけて。私だってこいつが勇者でなければ別にどうだっていい。彼らが“偽者”と決め付けて私たちを切りつけるのと同じだ。私だって、ヤツが勇者だから切るだけ。


「それなら、僕たちに付いてくるのはどうだ?」

「お断りだ。恨みはないが、僕だって気の合う仲間と旅したいんでね」


 目の前で仲間を引き抜くなと怒るより先に、間髪を入れずに断ってくれたクラリスにほっとした。言外に“お前とは気が合わなさそう”という意味が含まれているけれど、勇者は怒る様子もなかった。提案したものの期待もしていなかったみたいだ。それはそうだ、ヤツはクラリスを仲間ではなく“かわいそうな守るべき民”として見るだろう。クラリスもわかっているからか怒ることも落胆することもなく食事を勧められた程度のように断っていた。ただそれでも、私の顔を見たクラリスが突然不機嫌になる。足の脛まで蹴られた、痛い。


「てめぇ、次同じような話のときにその顔したら今度こそ愛想尽かすぞ」

「どんな顔かな……いたた……」

「安心するってことは疑ってたと同じなんだよ。また腕輪繋ぐぞこの野郎」


 リリムといいクラリスといい最近腕輪と首輪の使い方おかしくないかな?

 普通は首輪側が繋がれてるはずなんだけど、リリムは鎖を可視化して腕を引っ張ったりするし扱いが逆になっている気がする。繋がれているとしんどいのは実は自分だということに気付いたのは最近だ。そして何度かヤークに預けている。……仲間に教わることばかりだ。


「君は勇者を騙っていると聞いたが、何の得があるんだ?」

「お前らの仕事を横取りできる」

「……功績ではなく、仕事か。金が欲しいわけでもない、と」

「魔物も倒せるようになったし、スラムのゴミみたいな仕事もしなくて済むし、金には困っていない」


 今は、だけど。スラムから出てがむしゃらに働いたら人を買えるほどの金が手に入ることがわかった。結局は狭い世界に囚われていただけだ。外に出て生きて命を賭ける覚悟がなかっただけ。一度スラムで育ったなら出ても変わらないし、魔物がいない分まだスラムのほうが生きられるという概念が心に植えられる。希望をなくし、ただ目の前のカビたパンしか見えなくなる。誰かを救うなんて考えはなくなり、自分のことだけを考えて生きる死体だ。


「ただ、自分の、誰かの夢物語になれるなら……」


 それでいい。娼婦から話を聞きながら、漠然と憧れた。“そういう人間でありたい”と思った。言い出したのはスナッチだけれど、勇者になるという話はなぜか自分の中で腑に落ちた。


 なぜか。


 自分の中でも不明瞭な部分を浮き彫りにされている。嫌な感じだ。スナッチほど勇者を憎んでいるわけでもない。ただ、嫌いだという気持ちと"なれなければならない"という意志。この意志を感じるとき、私は私を忘れてしまう。夢や願望を忘れてそれに支配され、自分が自分じゃなくなる感覚。マリンベルの勇者と話すとそれは強く表れる。やっぱりこいつと話すのは嫌いだ。


「他人に期待され続ける勇者様には意志とか願望なんてないだろうけど」

「バカにするな。僕にだって理想はある。あと勇者と呼ぶな、誰かに聞かれたらどうするんだ。僕のことはレムリンドと呼んでくれ」

「はいはい、レムリンド様。それで、理想って?」


 何も期待せず、ぼんやり尋ねる。




「僕の理想は、世界を救うことだ」




 前にも聞いた科白だ。またバカにするつもりが、胸の柔らかい部分にずぶずぶと刺さる。ぼんやりとした理想だな、と。ざっくりとした理由だな、と。さっきの自分に重なる。


「……何も言わないんだな」


 言えない。自分を顧みた後だから。前回聞いたときから、随分経った。


「何か言ってほしかったの?」

「いや」


 レムリンドは少し考えるように口元に手を当ててから、首を横に振った。


「君が本気だということはわかった。僕はもう君を追わない」

「有り難い話だけど、どういうつもり?」


 勇者が追っていなくても、世間は私達を偽者だと思えば追うだろう。過ぎた正義を振りかざして自分たちは本物の庇護下で守られないことを嘆く。


「わざわざ追いかけないだけだ。邪魔になるなら容赦なく切り捨てる」


 容赦なんかいらない。でも本人たちが騒ぎ立てないなら同じルートであってもそうそう面倒なことにはならないだろう。勇者にしか扱えない魔法なんかは相変わらず盗まないといけないかもしれないけど。


「じゃあここで監視しながら飯を食ってる意味もないな」

「クラリス、食べるだけ食べたら行こう」

「わかった。……お前も、何考えてるかわからないな」


 そう呟きながらクラリスが勇者から警戒を少し解いた。この性格だ、騙し討ちなんてしないだろう。苦労はしてそうだけれど、自分は曲げない頑固者と見た。わかりやすそうなものだけど、クラリスは人間というものが嫌いなために彼も毛嫌いするタイプの生き物だと判断したみたいだ。


「自分の考えを話すのが苦手なだけだ」

「どこかの誰かに似ているけど……」


 私じゃないな。目を逸らす。立ち上がって自分たちの分だけ支払う。


「ルートリア、だったか」

「なに?」

「君が勇者になるというなら、いつかわかる」


 意味深な声音に視線を彼に向けた。




「君はいつか本当に孤独になる。そのとき、僕のことを覚えておくんだな」




 どういう意味だろう。まだ凝り固まった勇者への憎しみを捨てられないでいる私は、首だけ傾げて言葉の表面だけを覚えておくことにした。


「あんたが私を覚えていたことに免じて言葉だけ覚えていってやる」

「今はそれでいい」

「あんたも勇者の証に甘えすぎないことだね」


 光る紋章をちらつかせ、店を出た。慌てて自分の紋章を確認したらしい。スったわけじゃないってーの。


「戻ろう、クラリス。頭がちょっと疲れた」

「今回は無理に街を出るわけじゃないしな。明日もあるし、ゆっくり休もうぜ」


 クラリスの首にある首輪を眺める。その先は本人の腕に繋がっている。


 それでも隣にいる。


 バレないように薄く笑みを浮かべて宿へ帰った。


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