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“自称”勇者と道連れの旅  作者: 針狸
逃亡生活編

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27/61

27.体温依存

 目を覚ますと、森の中だった。空気は冷たく、大きく移動したわけではないようだ。夜だけど、一体どれくらい眠っていたんだろう。身体が冷たく少し軋む以外には動きに不調は見当たらない。


「おはよう。……夜だけど」


 自分の言葉がおかしいことが恥ずかしかったのか少し耳を赤く染めてすぐに訂正した。すぐ隣にリリムが居ることに一瞬驚いた。顔には出なかったのか、リリムはこちらのことは気にしていないようだ。


「あれから何日経った?」

「2日目と3日目の間」

「夜だもんね」


 同じ毛布。すぐ隣。ローブを脱いでいるからか少し肌面積が多い気がする。


「……身体の冷たいお前を温めてくれてたリリムに感謝しろよ」

「おぉう」


 よからぬことを考えそうになっていた私の背中にクラリスの声が投げつけられる。今夜の見張りはクラリスだったようだ。他の二人は寝ていた。


「腕に傷跡が残っていたから僕の回復魔法で治しておいた。こっちはこっちで必死だったから見てなかったけど、どんな戦い方したんだよ」

「戦闘に怪我は避けられないよ」

「……まあ、とりあえず血が足りてないのはどうしようも無かったからな。リリムがどうにかしてくれていた体温の低下も、起きたんならもういいだろう」


 毛布から出てローブを着ていたリリムの背中に「ありがとう」と言うと、小さな声で「私も」と返ってきた。何に対するお礼だろう。首をかしげているとお腹が鳴った。


「昨日リリムが矢で落とした鳥肉があったな」

「リリム、弓の扱いうまくなったね」

「……お肉を調達できたときだけ褒めるのやめて」


 少しからかった部分もあったから頬の筋肉が緩むのを感じつつ謝った。リリムも起きることにしたのか、お鍋で鶏肉とパンと薬草を煮込んで一人分のお粥にしてくれた。手のひらで器を包むように持って暖を取りながら少し冷ます。ボコボコだったスナッチの顔も真っ黒だったヤークの身体も綺麗に戻っていて、今は穏やかに寝ているみたいだ。良かった、一人も欠けていない。


「ヤークも今日の昼に起きたばかりだけどな」

「お粥はその時に作っていたやり方を教わったの」

「自分で料理するあたりが逞しい」

「……悔しい気持ちは晴れていなかったみたいだけどな」


 全員に感謝の言葉を述べつつ、不機嫌全開だったらしい。そういえばリリムの腕輪が自分の腕に返ってきている。その辺りについても後々怒られそうだ。あっちの魔法使いとの確執についてもたずねないといけないけど、……もう私達を選んでくれたということでいいのかな。


「強かったな。僕は何もできなかった」


 クラリスは思うところでもあったのか悔しそうに拳を握った。ヤークだけじゃなかったのか。クラリスが落ち込んでいるということはリリムもそうだろうし、この分だとスナッチも悔しがっていそうだ。思えば魔物に対して勝てないと判断して敗走することはあったけれど、全員での対人との戦闘というのは初めてだ。あと、私がいない間に随分と押されていたことも落ち込んでいる要因の1つだと思う。


「それを言うと、私なんかは捕まっちゃってたし……。足手まとい、になっちゃった……」


 この世には得意不得意がある。私だって魔法使いの子は苦手だ。リリムには私たちが前にいる前提で戦闘をしてもらってきたからあの盗賊モドキのような接近戦が得意なタイプにつけこまれればあんな結果になるのは後から考えればわかることだ。私たちの采配ミスでもあるのかも。やっぱり対人は厄介だ。魔物と違って知性がある分、知恵比べなんていう面倒な部分で負けが発生する。


「二人とも、遅れてきた私への嫌味かな?」


 わざとらしく笑って話しかけると、リリムもクラリスも首を横に振った。顔は穏やかじゃない。うーん、これは重症だなあ。元はといえば私とスナッチの作戦ミスだった。勇者を見かけたら大騒ぎすればいいと思っていたし、仲間が傍にいないのがなぜかということをもっと早く考えてから行動を起こすべきだった。一瞬の躊躇があれば未来は違っていたはずだ。次はしない、きちんと考える、という反省を繰り返す。反省はしてもいいけれど、落ち込みすぎるのは心に良くない。器を置いて、隣に座るリリムの腰に手を回して甘える。困った顔で私の意図を計るように覗き込んでくる。




「誰一人欠けないで居てくれてありがとう」




 気持ちを汲んでくれたのか、クラリスもリリムも悲しい顔を緩めてくれた。相手は勇者だった。クラリスは逃げることもできた。リリムは助けを求めることができた。ヤークはあちら側にまわることもできた。スナッチは誰のことも切り捨てなかった。


 私の望みを全員が叶えてくれた。


 また1つ増える勇者を目指す願いへの重み。やりとげなければいけないと思い続けることは苦しい。それでも支えてくれるならば続けないといけない。このまま全員で気ままな旅を続けたならそれも幸せだろう。……走るのを止めたら、きっとそれも続かない。また一人に戻ってしまう。勇者を目指してから、いや、生まれてからずっと抱えている不安だ。どうしてこんなに心が寂しいんだろう。スラムで子どもに囲まれていてもなんだか寂しくて娼館の女性に甘えたりした。男の子たちと同じ仕事をこなして褒めてもらったりもした。この埋められない気持ちは勇者になれば変わるんだろうか。


「……もうちょっと身体を休めようね」


 肩に腕をまわされて、ぽんぽんと軽く撫でられる。リリムの髪が頬に触れてくすぐったい。別に眠かったわけではないけど、どうやら二人は私が落ち込むほうが困るみたいだ。落ち込んでいる場合じゃないという気持ちになったのか、表情はいつものなんだかなあって感じに戻っている。


「知恵のある魔物を探してまだまだ修行でもするか?」

「ルートは変えてないけどそもそもマリンベルの勇者たちが同じぐらい寄り道しているほうがおかしかったんだよね」

「武者修行……じゃなくて行く先々で人助けをしていたら遅くなっていくんじゃないかな」


 人はわがままだ。自分の街に勇者が来たならどんな願いも叶えてくれると勘違いする。そして本当に大事な願いが救われることなく消えていく。


「地図見せて。『ライトオブランタン』」

「ん」


 クラリスから渡された地図を広げる。勇者が次に目指すのはたぶんこっちだろう。勇者の通るルートは噂で聞くことができるしおおよその街の名前を聞くこともできるが、実は街の栄え方でわかる。いつの時代も同じ街を通っていればそれは栄えるってものだろう。ルートから少し逸れた場所に村がある。こっちに寄ろう。もう少し全員がしっかりと休む時間が必要だ。勇者より先に進むのもアリかと思っていたけれど、奪える魔法に当たり外れがあるなら無理にその方針を貫くこともない。明日にでもスナッチと相談しよう。

 普段は自分より少し冷たいはずのリリムの体温が今は温かい。段々と瞼が重くなってきた。


「眠れるならまだ寝とけ。どうせ明日も反省会しながら移動するんだから」

「ありがとうクラリス。見張りは代わらなくて平気?」

「僕は昼間眠くなったらスナッチに背負ってもらうさ」


 小さな身体は便利だなあと思ったけど、ここまで自分を運んだのもクラリスだ。安定していたけど、本人は持ち辛かったかもしれない。足が着かないようにしてくれていただろうから。


「リリムも寝てていいからな」

「うん、ありがとう」


 さっきまで寝ていた位置に戻って毛布に包まると、ついてきたリリムも同じ毛布に入ってくる。真正面から抱き締められて不思議な気持ちだ。ローブは着たままだけどまだ温めてくれるんだな、と目を見た。


「あ、……もう必要ない?」


 長い耳を赤くして、オドオドと迷う視線。頭を抱えるように抱き締められているけれど、普段はこっちから背中にしがみついているからなんだか落ち着かない。それでも花のような良い匂いと胸元の温かさで身体の力は抜けていく。


「要る……」

「うん、わかった」


 後頭部を撫でる手が心地良い。離れていかなかった。いまだこの柔らかさはこの手の内にある。背中に手を回して少し強く抱き寄せても文句は言われなかった。それどころかこめかみに少し湿った柔らかな感触が触れる。


「私の、……胸にしか興味ないかもだけど、足手まといかもしれないけど、何か役に立つように頑張るから……」


 捨てないでね、なんて。ランナーズハイでの私の暴言は思った以上にリリムの心に刺さっていたらしい。ナイフが胸に食い込みそうだったから出た発言だったんだけど……、起きたら否定しよう。もう随分眠くてあまり長く話すこともできなさそうだから一言だけ。


「役に立っていることばかりだよ」


 傍に居てくれる。強くても弱くても一人で立っているのは苦しいから。傍に居てくれるだけで嬉しいのにみんなよく動いてくれる。どれひとつとっても有り難くって全ての行動に感謝してしまいそう。



 全員居てくれないと、一番生きていられないのは私だ。



 矛盾することばかりで最近はぼーっとしているだけでも苦しい。誰もいなければきっとスラムで早くに死んでいた。いつだって守りきれずに無くしてきたから、居てくれるだけで安心する。リリムの胸に顔を押し付けて心臓の音を聞く。エルフの心臓の音が、人間と変わらないものでよかった。音に合わせて穏やかに思考が抜けていく。不思議と前に聞いたリリムの歌を思い出した。宿でならまた聞かせてくれるだろうか。

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