26.逃亡生活5
お返しと言わんばかりに勇者サマに罠を撒き散らしながら急いで戻ってみれば、随分危ない状況だったみたいだ。
リリムにナイフを突きつけている敵を見た瞬間に、一番効率の良い救出方法を考えるために頭が凄くまわってしまってクラクラする。助け出せたから良かったけど、もし捕まっていたらどういう目にあっていたんだろう。勇者たちはきっと私たちを自警団だの国まで護送する衛兵だのに突き出すだけだ。捕まったヤツがその後どうなろうと知ったことではない。危なかった。
助けた瞬間に、安心した顔をした仲間を見た。
良かったという嬉しい気持ちと複雑な気持ちが混ざる。旅についてきてもらうために躍起になって仲間になってもらおうとした。心を手に入れようとした。でもこういうことじゃない気がする。私が居なくなった途端、みんなが倒れるようじゃダメなんだ。
もちろん私も死ぬ気はないけれど、みんなが死ぬほうがずっと嫌だ。
今後は誰かが欠けたとき、一人一人が強くなるだけじゃなくてそれぞれの組み合わせでも合った戦闘方法を模索しないといけない。ただ、それは私も同じだ。今も一人じゃないから勝てる気でいる。まずは勇者が戻ってくる前に、この一行を倒すか無力化してしまわないと。
「自称アサシンは武器を奪ったけど、まだやる気みたいだね」
「自称って言うな!」
「あなた怒ることできたのね」
仲間からよくわからない突っ込みを入れられているけど大丈夫かな? 少し湾曲したナイフはシンプルながらもしっかりしている。
「魔法使いの子、苦手なんだよねえ」
「モモは炎が得意だ。……本当は、水魔法が使えるリリムをあてたほうがいい。しかし扱える魔法の火力が違いすぎる」
「敵意出すだけで炎がくるのは?」
「あれは私には効かないから私を盾にしてくれていい」
「なんで?」
ヤークの情報って基本的に後出しだしずるいよね。敵一行から目線は逸らさずにヤークに問いかける。
「あれはあいつ自身の魔法じゃなくて私が作ったアクセサリーから発しているから私には効かん」
「ほぁ」
「なんだその声」
どういうご関係……? 詳しい説明は後で聞こう。魔法使いは杖や本のような媒体を奪ったところで無意味だ。あれらは魔力の増幅や呪文のショートカットに使われるらしく、戦意喪失は望めない。槍と……モンスターベアみたいなの。なんでも回復魔法も使えるようだ。クラリスが小熊ならあれはモンスター。あれも、苦手だなあ。武器とかないから何を奪えばいいかわからない。……とりあえず槍もらおうかな。姿勢を低くして背の高い女性に狙いを定める。
「っ!? こっち!?」
「どけっ!」
「……アサシン、邪魔だなあ」
懐に入って槍を奪おうにも、自称アサシンが邪魔をする。体術も心得てますってか。奪ったナイフで腕ごと切り付ける。対人の罪悪感はスラム時代に置いてきたし自分が回復魔法を扱えるからとにかく気絶さえさせてしまえば後で回復したらいいだろうって考えもある。それに“暗殺者”を自称するならそれぐらいで外道扱いしないだろう。モンスターベアはスナッチが抑えているし、一番厄介な魔法使いはヤークリリムクラリスの3人でなんとかしてくれている。
「あなたが主犯格……。“自称”勇者様かしら?」
「まあ、そうかな」
安い挑発だ。話しかたから身分も高そう。正義感に目覚めて勇者のお供をしている感じかな?
「では、2対1であなたにさえ勝てばこちらのものね!」
槍の連撃は素早く、扱い慣れていることがわかる。重そうだけれど軽すぎず、でも身体がブレていない。鍛えてもいるんだろう。技で振り回し、槍の重みを力として放ってきている。奪うより折ったほうが早いかもしれないが、折るのも面倒そう。私にはスナッチやクラリスほどの力はない。
「負けることの許されない“勇者一行”ならではの戦いを魅せてあげますわ!」
槍使いのお喋りもだけど、ちょろちょろと視界に入るアサシンが面倒だ。避けずに鎧で受けても傷の浅いスナッチと違って私の装備は心許ない。素早さ重視で自分の装備を後回しにしてきたツケがここでまわってきたか。槍を捌けばアサシンが鬱陶しく、アサシンへの対処を行うと槍が止まらない。
(アサシンが邪魔)
明確に、邪魔なものを定める。目的さえ決まれば一直線だ。奪ったナイフを剣帯の適当なところに差し両手を開ける。槍を左腕の肉で受け止める。槍の有り難いところは急所を守れば怖くない。貫通する場所が悪ければ即死は免れないし、凄い使い手なら鎧をも抜くという。バカにできない武器だけれど相手がまだそこまで強くないのが有り難い。
……泣きたくなるほど痛いけど。
だから必要な覚悟は痛いということだけ。死なないために、立ち止まらないために、苦痛に顔を歪めても目は瞑らない。槍が刺さったまま、左手で掴んで固定する。決して動かないように腕で固定して、目線はアサシンへ。怯えた顔をしている。アサシンって名乗っておいて人を斬ったことがないのかな? 戸惑ってくれたなら有り難い。アサシンの顔を右手で捕まえて、自分が持つ酷い記憶を呼び覚ます。
「『メモリーサブミット』!」
殴られる蹴られる、弟妹同然の子どもたち。特に幼い、状況を理解できない子の、泣き叫ぶ声。笑う大人の顔。骨の折れる音。
自分の視たものを、そのまま流し込む。大事だった子たちの、酷い記憶をこんな風に使うのは気が引けた。でも相手にダメージを与えられる記憶がそれしかなかった。自分自身へのダメージも酷いけれど、左手の痛みと今の仲間への気持ちが意識を澄ませてくれた。
よろよろと後退するアサシン。吐くのかと思ったがなんとか耐えているようだ。けれど力強く送ったイメージに押されたのか地面に倒れた。しばらく悪夢にうなされるだろう。
「それは件の魔法の伝承者が使用した記憶を伝える魔法……っ!?」
「そう」
「気絶するほどの……何の記憶を伝えたのかしら」
殺す覚悟もないみたいだったから、死体を。
上がっていたテンションが低く低く下がっていく。あぁ、はやく終わらせたい。腕をそのままに槍使いを蹴飛ばす。一撃では倒れず、槍が刺さったままの左腕が酷く軋んだ。骨に届いているのかもしれない。食いしばりすぎて歯も痛い。ついでに言えば全力疾走の後の屈伸運動で全身がだるい。もう一度あのイメージを掘り起こすのは嫌だったので、今度は右手で支えてもう一度槍使いの胸に蹴りを加えた。手が離れ、槍を奪うことに成功する。腕から抜くと血がたくさん出て、失血でクラクラする。右手で回復魔法を自分にかける。塞ぐので精一杯で、少なくなった血は戻らずフラつく足を地面に縫い付けるように立っている。
「……狂ってるわ」
「“自称”でも、勇者ならそうでしょ」
力の入らない顔で笑ってみせる。
「あなたにそうまでさせる旅の目的は? 勇者に恨みでもあるの?」
「金って言わない辺り、そっちも成長したんだ」
「……命はお金では買えないわ」
奴隷を買ってしまった身としては笑いそうになる綺麗事。
「貴女は敵意を持つほど勇者が嫌いなのに、“自称”でも勇者を名乗ることができるのね」
「目指す場所が違う」
『ヒューマンシールド』なんて魔法を知るだけで不機嫌になった私だ。マリンベルの勇者は喜んで受け取ったのだろうか。魔王を倒すために、仲間を犠牲にする前提の魔法を。
「魔王を殺すのに、死ぬ気なんてない」
「貴女……」
「魔王を殺すために勇者であるために、しょうがないだの善意だの誰かを犠牲にする言い訳なんてしない。自分に都合良くなんてしない。でも、誰かを助けるために力が要る。目の前で泣いている子を助けるために、強者を地面に叩きつけないと」
間違っていることも認めて、それでも誰も殺さない。だから、目の前の槍使いも殺さずに無力化する。アサシンよりは場数を踏んでそうな彼女だ。イメージを送り込んだところで気絶なんてしないだろう。
「『ブライトライト』」
指先を彼女の目の前に突きつけ強く光を生みだす。背後の仲間たちの目に入らない角度で閃光が弾ける。しばらく彼女の視界は光が焼きついて何も見えないだろう。目を押さえて地面にうずくまる。振り返ると、モンスターベアが地面に倒れていた。スナッチの顔も鎧もボコボコだった。スラム時代にステゴロで喧嘩したときのような顔になっている。あと残るは……。
「ヤーク!」
一番苦手な魔法使いはまだ立っている。リリムとクラリスに焼けた様子は無く、リリムが弾ききれない部分をヤークが防いでいたのか焦げた状態で地面にうつ伏せに倒れていた。着いた時点でだいぶ焦げていたからついに耐え切れなくなったんだろう。自分も最後の力を振り絞って全力で魔法使いの背後へ回る。敵意に反応してアクセサリーが光ったのが見えた。炎に包まれると思ったが先にリリムが水魔法を被せてきた。やっぱり、クラリスやヤークよりリリムのほうが速いんだなあ。呪文が間に合わなかったようで無詠唱だからか水流が容赦ないけれど炎と相殺されて丁度いい。踏み込んで魔法使いの目に先ほどの槍使いと同じように光を突きつけた。
「はぁ、はぁ」
さすがに息をするのも辛くなった。水のおかげで身体は焦げなかったけどまた喉をやられた気がする。痛いはずなのに全身が痛くてもうどこが痛いのか痛くないのかもわからない。なんとか勇者が辿り着く前に全員を無力化できたみたいだ。
「今のうちに逃げるぞ」
クラリスに担ぎ上げられる。小さな背中は思っていたより安定している。ドワーフのパワー凄いな。顔がボコボコのままだけれどどうやら目は見えるらしいスナッチがヤークと荷物を担いだ。せめて自分が持てる分は持とうといつもより多めの荷物を抱えたリリムが慌ててついてくる。クラリスにだけ聞こえるように街道を外れるように言った。本物の勇者の頑張りや覚悟に反して思っていた以上に経験の乏しい面子だった。追い抜かれるかもしれないけれど、身の安全を最優先にしよう。まずは回復したい。辛勝と言うべきか。どちらも満身創痍だ。なんにせよ、切り抜けられて良かった。ゴツゴツと固いのが気になったけど、温かい背中だ。生きている証を実感しながらクラリスの背中で意識を失った。




