25.逃亡生活4
旅が始まってからもう随分経った。
連携はとれるよう戦ってきた。ある程度の魔物なら倒せるぐらいには強くなったはずだ。"敵"の言葉での挑発に腕を振り上げる。全員の魔法についてはまだまだ成長の余地ありって感じだが、それもヤークがついてきてくれたおかげだ。クラリスとリリムが、首輪がついているせいとはいえついてきてくれたおかげだ。
俺は最初、仲間が増えすぎることが怖かった。
ずっと前にリリムが言っていたとおり怯えていたんだ。ルートリアが俺に愛想を尽かすこと。俺が置いていかれること。あいつの帰る場所じゃなくなること。あいつを守ることもできない、あいつを癒すこともできない。ルートリアにとっての立ち位置を探して、なんとか『兄貴』であろうとした。
俺はスラムで過ごしていたころの兄貴のようにはなれない。
せいぜい単純で他人から見れば複雑なルートリアの頭を経験から読み解くぐらいだ。他人よりマシなだけで俺だって全部はわからない。ただ、俺のどの行動であいつが喜ぶかを知っている。
あいつの傍で好きに生きていること。
離れない。でも俺は俺のやりたいことをやらないといけない。俺自身のやりたいことを探さないといけない。それ自体はまだわからないけれど、今はもう俺を含めた誰を切り捨ててもルートリアが傷ついてしまうことを知っている。あいつの身体を癒すためにはクラリスが必要だ。あいつの心を癒すためにはヤークが必要だ。先頭に立つあいつの無くした何かを癒すためにはリリムが必要だ。誰一人欠けることは許されない。
(頼むぜヤーク先生)
しくじった俺の代わりで悪いが、なんとかここを切り抜けたい。クラリスの言葉に耳を傾ければよかった。俺の『はやく安心したい』っていういつもの臆病風が足を動かしたせいだ。俺が、俺だけは助かっちゃダメだ。もし誰かが脱落するならそれに寄り添って、またルートリアを追いかけるのは俺だ。
同時に手を翳すヤークと知り合いらしい子どもの魔法使い。
「やるのか!?」
「仕方がない!」
ヤークの答えに、リリムとクラリスが既に武器を構えていたことに気付いた。俺はそのことに衝撃を受けた。俺は一人で何を考えていたんだ。守るなんて甚だしい。
気持ちは同じなんじゃないか。
リリムもクラリスも、怒っていた。相手の挑発は安っぽかったが、たったの5人。しかも故郷のないような寄せ集めだ。俺が思っていたよりも絆は深まっていて、そしてそれは『居場所』だった。ルートリアと腕輪に固執するリリム。言い訳しながら自由になっても着いてくるクラリス。目指していた勇者一行とではなく俺たちに同行することを選んだヤーク。
守る、守るけれどそれは全員同じ気持ちだ。
俺の言う守るはいつだって安っぽくて俺自身が信用していなかった。言葉で縛り付けてなんとか前に立っていただけだ。
(でも、お前らを信じていいんだよな?)
耳を傾けよう。魔法は、ちょっと無理かも知らんが。まずはクラリスの言うことを聞こう。ヤークの長い話も聞いてみよう。何かを言いかけているリリムを待ってみよう。だから、ここを切り抜けたい。俺が皆を守るために、皆の力を貸してくれ。
「前衛はお前か!」
声を張り上げ、明らかに体格のでかい挑発してきた男を睨みつける。モンクか? 武器がないな。猪のように向かっていこうとしたところで、横から槍が突き出される。鎧で受けずに流して距離をとった。
「残念、私よ」
スラムで売れ残った女たちのような顔で笑う女。嫌いだ。同じことを考えたのか、向こうも冷たい目をしている。
「どっせぇええい!!」
「……っ!」
メイスが飛び込んできたうえに、矢まで。クラリスは槍使い、リリムは盗賊風の男を抑えている。……これは乱戦になりそうだ。冷静に頼むぞクラリス。
「くそっ、あいつがいないとバランス悪いな!」
相手はなかなかにすばしっこいのが揃っているようだ。リリムの矢と……期待できないがヤークの剣ぐらいか。リリムの矢で行動を制限して俺たちが叩くのが正解か?
「子どもとは思えない豪腕……。そういえばドワーフとエルフが居るって言ってたわね」
「じゃああの弓使いはエルフか?」
「そうね、モモ!お願い!」
魔法使いが何か唱えると、クラリスとリリムの顔が元に戻った。ちっ、解除する魔法みたいなもんもあるのか。バレてしまったなら今更隠していたって仕方ない。割り切ってただ相手を妨害することに励む。
「『ファイアーレイン』!」
ヤークの勇ましい声とともに火が降り注ぐ。あ、危ねっ!
「見境なしかよ!」
「一度距離をとれ! 混戦になったら負ける!」
くそっ、あの槍の一本でも折れれば良かったが、言われたとおり身体を引く。もちろん、全員を背にしたままだ。あいつが居ないのなら、俺が一番前に立たないと。
「やあちゃんが連携をとってる……?」
「モモ、あの魔法使いよりは強いんでしょう!? 対処は任せるわ!」
「あ、うん」
あ、ヤークきれそう。右手に火種を用意し相手をどう燃やそうか考えている顔だ、あれは。相手の魔法使いもそれを感じ取ったのか若干苦笑している。
「以前の私だと思うな!」
「……変わっていて欲しかったよ」
「『ブラストファイア』!」
「『ファイアストーム』!」
あつつつつつつ、あっつい!!
なんだあいつら二人そろって炎使いかよ! この熱さが全く堪えていないのか敵の動きは鈍らない。ガタイのいい武道家みたいな男と槍使いの女との攻防の最中、矢が見えなくなっていることに気付いた。リリムがやられたのかと気にしてみれば、盗賊のような見た目のやつに苦戦を強いられていた。今回は止むを得ず抜いたらしいヤークの剣と、リリム自身の風魔法で凌いでいるが、他を気にしている余裕がないようだ。弓を引く隙がない。
「余所見なんて余裕ね!」
「相手だけ見てたら婚期を逃すぜババア!」
「……このっ!」
憤慨する相手の槍をサバく。実際のところ余裕なんて一切ない。槍も拳も鎧のおかげでなんとか凌いでいるがクラリスと俺では素早いこの二人の相手は相性が悪い。武器や敵の装甲の1つでも折れたらいいが、うまくいかない。大振りな俺とクラリスの攻撃は当たらず、素早いが力のない向こうの攻撃は通じにくい。しかし長引けば不利なのは俺たちのほうだ。急所や装甲の薄い部分は守って、それでも手が足りない。
「『アースロック』!」
クラリスが土魔法で相手の足止めをする。今まで隠していただけあって効果があったみたいだ、突然足を土に包まれた槍使いと武道家の動きが止まる。
「小賢しい! 『ギフテッド』!」
「なっ!? あいつモンクか!」
「モンクってなんだ!?」
「回復できる熊みてえなモン!」
OK。あいつは回復できる熊……ってなんだそれ面倒くせぇ!
いや、それはお前、クラリスも同じじゃないか?
「今のがわかるってことはお前も僧侶か? ん、ドワーフの僧侶……?」
「だあぁああらっしゃああ!!!!!」
「この野郎! こっちは考え事してる最中だったろうが!」
「うるせえ! こっちは必死なんだよ!」
槍を叩き落とし、熊モドキを無力化するために斧を振り上げる。
「止まれ!」
いつの間にかやられていたらしい焦げて倒れこんでいるヤークと、刃を胸元に突き立てられているリリム。ヤークは敵から離れているからいいが、リリムの状況がマズい。
「テナーは今のうちに槍を拾え。こいつを解放して欲しかったら全員武器を下ろすんだな」
しぶしぶ振り上げていた手を下ろす。リリムが首を横に振る。くそっ、どうなってもいいなんて嘘でも言えるわけがないだろ! 真っ先に斧を手放す。せっかく心を開いたっていうのにこのまま全員が捕まるなんて間抜けを晒したら落ち込むのはリリムだ。勇者一行がこちらを殺すことはないとわかっていても、リリムを見捨てて逃げるなんてことはできない。リリムを盾にしたままじりじりと街の壁側に寄る盗賊モドキ。背後を警戒しないよう対策する辺りが盗賊らしい。街のほうに寄ったのだってそのまま街の自警団にでも突き出すつもりだろう。もうすぐヤークと距離が離れる。あいつは魔法の鎖が見えていないのか、首輪と腕輪の距離が開きリリムの首が締まる。それが抵抗しているように見えたのか、刃の切っ先が胸に届く。
「……っと、おりゃあああ!!」
俺たちが口々に止まれと叫ぶ前に、街の塀上から無音で着地して横から相手の剣を強奪した俺たちの勇者。とても勇者とは思えない登場なのに、抱き締めて頭を撫でてやりてぇ!
着地と共に思いっきりしゃがみ込み普段見せない精巧な動きで盗賊モドキの腕ごと弾き飛ばして剣を奪った後、リリムを強く抱きかかえて距離をとる。
「ルー……っ!」
「人のおっぱいに何をするーーーー!!!!」
今、リリムが名前を呼ぼうとしたように見えたけど、自業自得だな。お前リリムのことそんな風に見てたの?
確かにリリムの身体に一切傷がつかない安全で鮮やかな救出だったけど俺たちはかなりがっかりだぜ。見ろ、リリムなんて赤いまま青くなるっていうとんでもない顔色になってるじゃないか。
滅多に聞かないルートリアの大声にビビっているというよりはドン引きな場の空気に、俺の緊張が解けていく。うん、そうだな、このほうが俺たちらしい。
「ルートリア、マリンベルの勇者はどうした?」
「ここに来るまでの間にあるお店全部に『勇者が来たー!やったー!』って騒ぎながら走ってきたからたぶんしばらく抜けられない包囲網は作れたのではないかと」
「よくやった、鬼か」
「ご丁寧に餌を一人にした仲間が悪いんじゃない?」
心底楽しそうに、他人から見れば悪人のように笑うルートリア。まあ、挑発してるんだからその笑顔でいいかもな。そうか、俺たちは挑発にのるばかりだった。見下されているんじゃなくて、俺たちが見上げてしまっていたのかもしれない。
「お前、ダイスタウンにいたスラムの生意気なガキか!」
「正体は盗人だったってわけね」
「いやあ、仲間に盗人を連れてる勇者一行に何を言われましても」
「ぬ、盗人じゃない! アサシンだ!」
……いや本当に楽しそうだな。ここまでハイなルートリアも珍しい。挑発っていうか指をさして本物の勇者一行を笑っている。
「叫んで走り回ったからか凄い楽しい~」
「あ、そう」
「あとあのダイスタウンでの雪辱は晴らせたみたいで二倍楽しい」
絶好調なようでなによりだ。俺たちのシリアスを返してくれ。あとリリムを放してあげてくれ。さっきまで複雑だった顔色が今は真っ赤で見てられん。俺の祈りが届いたのか、ルートリアはリリムから手を放し、倒れこんだ黒こげのヤークに嬉しそうに話しかける。
「ヤーク、大丈夫?」
「……ルートリア、先に腕輪を返していいかな?」
「うーん、逃げ切るまで頑張って」
「やっぱり、そういうことか」
厳しい顔をしていたヤークも、今は安心した顔をしていた。
「ヤーク先生、引き続きリリムとクラリスをよろしく。さ、スナッチ、全部奪っちゃおうか」
既に奪っている自称アサシンの剣をぶらぶら振り回すルートリア。スラム根性、悪ガキ根性なんだよな、結局。自由になって初めて敵に振り回されていたことに気付く。そうだな、俺たちらしく戦わないとそりゃあ勝てないってもんだ。俺たちはルートリアを盗人風情と言われて怒ってしまったが、本人が盗人らしくやろうというなら笑うしかない。そう、俺も笑えたんだ、この瞬間に。
「よーし、スラム根性見せてやろうぜ!」
「わかった、リリムとクラリス。私はあの魔法使い、モモには魔力の量で今は勝てない。……だから、今回は剣で君達を守るから、魔法で私を……助けてくれ」
既にボロボロのヤークでも、プライドを捨てて逃げることを選択してくれた。ルートリアは武器を奪い相手を無力化することを企んでいる。いつも通り、俺は全員を引きつけて暴れまわるだけ。
やっぱり勇者だよ、お前は。
いまはまだ俺たちの。でもいつかは物語になる。させるんだ、俺たちが。俺自身の夢は引き続き見つけるけれど、今の俺のやりたいことはお前をちゃんとした勇者にすることだ。
さあ、そのためにはまずここを切り抜けようぜ。




