24.逃亡生活3
信じているよ、信じているからね、そんな風にどこか信じ切れていない顔で押し付けられた腕輪。その腕輪はエルフの女性の首輪に繋がっている。そんなに念を押すなら押し付けなければいいと思っていたけれど、疑わなければと思いつつ自分を無条件に信頼してしまう少女を、なぜか嫌いになれなかった。奴隷を連れ、卑怯を働き、我儘を言う。そんな悪党みたいなルートリアを、それでも嫌えなかった。今回は料理のための調味料を選ぶためだが、リリムのためだからと悔しそうな顔で腕輪を押し付けてくるルートリアに笑ってしまったぐらいだ。
「まだ逃げるのか!?」
「街から出る!」
「待て! ダメだったら! 止まれよスナッチ!」
首が締まらないようリリムの細い腕を引いて、クラリスを抱えたスナッチを追いかけて走る。クラリスが騒いでいるけれど街に入った初めから決めていた段取りだ。クラリスの考えでは、今の作戦に何か問題があるのかもしれない。自分も止めようとするもリリムを手放さない限りは追いつけそうもない。
「まっ、てっ、あの子はっ」
息も絶え絶えだというのにご主人様の心配をしている。健気だけれどそれどころじゃない。それにおそらく勇者を見つけたのはルートリアだ。街のど真ん中になって急に人が沸いた。それはつまり勇者が身を隠していたのにバレたということだ。損をするのが勇者だけならば彼女は迷わず言い触らすだろう。
そうして逃げた先にいたのは、勇者の仲間だった。
罠だったのだ。だからクラリスが止めようとした。クラリスではスナッチを止め切れなかった、リリムの腕を引くのはクラリスが適任だった。私の体格ならなんとかスナッチを止められたはずだ。今更悔やんでも遅い。勇者を除いた4人が道を塞ぎ、こちらを睨みつけている。
「街が騒がしくなったな」
「それを合図に逃げ出してきた人たちが、盗人ってことでいいんでしたね。エルフもドワーフもいないけれど」
「レムリンドの話ではそうだって……」
最後に話をした少女が自分を見てはたと言葉を止めた。全員の姿はこの間物陰から眺めていたが、一番良く知っている顔だ。仲間の中で一番背が低く、子どものように華奢で、とても戦えそうには見えない。明らかな魔法使いの服装。胸元に光る魔道具であるペンダント。
リリムを身体の後ろに隠す。大事なのはクラリスだけれど、それは今度こそスナッチに守ってもらおう。
私は、恐らく、今はまだ、彼女たちに勝てない。
魔法の都、ウィフロム。勇者に付き添った魔法使いウィフテッド様が、勇者に付き添う英雄となる強い魔法使いを育てるために作った学校のある街。魔法に慣れきったその付近で生まれた子どもは、全員漏れなく魔法学校を目指すものだった。
もちろん自分も、幼少期から物語として聞かされたウィフテッド様のようになるのだとまだ5歳程度でも入学前から修行に励み、念願の魔法学校に入学した。
次席で。
子どもながらにどうして自分が一番ではないのかと憤慨した。主席の少女は、同じ村出身のどんくさい丸々とした目の大人しい女の子だった。悔しかった。あまりにぼんやりとした見た目の女の子を見て、自分の努力が足りなかったのではないかと疑った。文句は言わずに次こそは次こそはと勉強を繰り返した。
年齢が10を越えた頃、気付いた。こいつの努力も尋常ではないのだと。寮や人が見ていない時間はひたすら勉強し、いつも魔法のことを考えている。何が気に入ったのかいつも私の隣に来ては「あの魔法はどうかな」「あなたはどう思う?」と質問を繰り返す。それ自体は自分自身も勉強になるからいいとして、ライバルなのだからと冷たく対応してもめげない。
「やあちゃんは本当に魔法が好きだね」
お前がそれを言うのかとキレそうになりながらいつも適当にあしらった。魔法が好きなのは本当だ。でも、魔法は私を好きではないらしい。それに気付いたのは年齢が12を越えた辺りだ。同じ魔法を繰り出してもわずかながら彼女のほうが強い。その頃には精霊のこともきちんと理解していた。彼女は精霊に好かれていたようだ。……私は、彼女よりも好かれていなかったということになる。
常に主席を維持し続けた少女の名前は、モモという。
モモは時が過ぎても身長があまり伸びず、筋力もなかった。ただ魔法を使えるものだけがちやほやされるこの学校では常にトップの人気者だった。それに喰らいつくように勉強を続ける目付きの悪い私だけが学校で嫌われていったのだ。友達は2人しかいなかった。たまに視界にうろうろと入ってくるモモは友達といえるか微妙だ。『真面目で頑張り屋の主席モモ』と、『捻くれモノで魔法バカの次席ヤーク』。二人の差はそこまで大きいわけではなかった。だからこそ諦められなかった。
どこかで追い抜けるのではないか、と。
辛い、苦しいと、そうして性格を腐らせながら研鑽を積み重ねてきた。基礎の基礎を熟知し、己の生み出せる最強の魔法を考える。魔法使いの真髄とはそういうものだ。
16になったとき、念願の試験がきた。学校で一番強い者が勇者の仲間として迎えられる。勇者の年齢次第では運悪く試験すら行われず卒業することもある。努力に努力を重ね、チャンスをモノにしようとヤツを出し抜くための魔法すら考え抜いた。
モモは入学当初から英雄になりたいとは一言も言わなかった。むしろいつも私に良くないイメージを伝えようとしてきた。そんなのは一部だとか、危ないからやめておいたほうがいいだとか。そんなやつにあの座を渡したくは無い。英雄になりたいものが英雄になれるのだと信じて本気で戦った。覚えている魔法を全部駆使し、自分の出せる限りの最高の炎魔法を。
けれど、私の得意の炎魔法を上回る火力で、あいつは本気をぶつけてきた。
私の魔力程度では扱えない魔法だ。圧縮に圧縮を重ね高濃度の炎魔法を扱った自分とは真逆の、放出型の炎魔法。圧倒的な量の魔力を使い質量で相手を圧倒する。自分が気絶して数日寝込んでいる間に、モモは旅立っていった。勇者の仲間への推薦枠を手に入れた彼女は、自分など目にも入っていなかったかのように皆に背を押され、“今も”勇者の仲間として頑張っているようだ。
同じだけ努力をするなら、才能のあるやつが勝つ。
それを私に知らしめた彼女は、今まさに私の前に立ちはだかっている。青ざめた顔でまるで信じられないものを見たかのように口を開けていた。相変わらず小さくて強そうには見えない。なんとなく見つかればまずいと思っていたけれど、後ろめたい気持ちを持つ必要なんてない。学校を出た後、私がどんな人生を送ろうと彼女には関係ないのだから。
「どうして、どうしてやあちゃんがここに居るの……!?」
モモはまっすぐに私を見て非難した。
「モモ、知り合いなの?」
「ヤーク、知り合いか?」
相手の仲間とスナッチが同時に話しかけてくる。
「学校の、えっと」
モモはそれ以上説明できないのか、言葉を濁した。ずっとあいつを越えたいと思っていた。でも彼女にとっては、同じ学校に居た、その程度の人間だったようだ。別に傷ついたわけじゃない。ただ、怒りが湧いてくる。本当は今でもあいつを抜けると信じている。だから虎視眈々と勇者の一行を尾行し、隙あらばモモの代わりに自分を売り込めないかと考えて旅に出たのだ。追いつくばかりか一人ではここまでたどり着けたかも怪しいが……。それでも、なんとかして彼女に勝ちたい。英雄になりたくなかった彼女よりしっかりした英雄になりたい。彼女より優れた魔法使いであると証明したい!
「ヤーク」
突然、腕が重く感じた。リリムが自分のリードを引いたのだ。エルフは空気を読む。怒りに我を忘れそうになった頭が冷えていく。モモには勝ちたい、でも今は。信じていると言われた言葉が形になって私の腕にまとわりついている。
『ヤークも魔法で英雄になりたいならなったらいいし、できれば最後まで旅についてきてほしい』
思えば生きてきて、肯定する言葉をあまり貰ったことがない。無謀だとかバカだとか、そんな言葉ばかりだった。怒鳴れば嬉しそうにし、呆れてみせればしょんぼりする。まるで犬のように身体で好意を示し、他人の望みを無意識下で叶えようとする。
裏切れない。
今自分が預かっているのは、人の形をした信頼の証だ。なんて重いものを受け取ってしまったんだろう。あいつは、ルートリアは、本気で自分を取り込む気だ。顔が赤くなる。全身全霊で必要だと訴えられたなら、応えなければならない。それがきっと、自分の望む英雄だ。
誰かを越えるために、自分のなりたい姿を描く。
そうだ、勇者に付き従うのが自分の夢か?
あいつはきっと勇者との旅をやめたりしない。やりたくないくせに、きっとやめないのだ。ならば、私は英雄以上にならなければならない。
『私が魔王を倒すまで』
彼女の言うとおりだ。要は倒せたらなんだっていいのだ。資格だっていらない、勇者の魔法だってルートリアが膨れっ面するぐらい必要ないと、ハズレクジだと思ったぐらいだ。私たちはこの世界に必要ないかもしれない。それでもあいつは勇者を目指す。何も手に入らなくても自分で揃えて挑むんだろう。その隣に並び立つのは本当に英雄か?
たった一人で強さを求められるほどあの子は強い人間か?
モモに喰らいつけてきたのは“同じ立ち位置”を望んだからだ。
ならば、私の目標は変わった。
これから私が目指す先は、ルートリアと同じ“勇者”だ。英雄などとはもう言わない、魔王を倒すのは私だ!
腕輪を大事に、リリムの目を見る。リリムももう怯えていない。私たち3人が覚悟を決めたのを感じ取ったんだろう。自分たちで対処しなければならない。私たちはルートリアの運の良さに甘えすぎている。
「魔法鎖? ど、奴隷? やあちゃん、一体ここで何をしているの?」
「モモ、今の騒ぎで街から出てきた人間が何をしていたかは明白でしょう?」
私たち一行を見下しながら諭すお仲間に、やあちゃんはそんな人じゃないとか、などと騒いでいる。お前が何を言っているんだと耳に入れないようにしつつスナッチとクラリスの様子を見る。
「ヤーク、交渉はできる仲か?」
「無理だ」
クラリスの小さな声に端的に応える。スナッチはやりあう気満々だ。元々勇者が嫌いだとは聞いていたが、前に勇者一行によってルートリアが怪我を負ったとも聞いている。こうみえてこの男はルートリアに嫌われることを一番怖がっている。だからリリムとも波長が合うのかリリムを口車で慰めるのはいつもスナッチの仕事だ。
「あっちも4人、こっちも4人か……」
クラリスはうまく逃げる方法を考えている。私は、どうだろう。ルートリアは恐らくこちらを目指している。あっちの勇者よりは先に駆けつけるだろう。時間を稼ぎ、逃げるのが一番だろうか。今逃げたところで逃げ切れるのか? 最悪の場合は、誰か一人が欠けるより全員で捕まったほうが未来があるか。幸い、今はリリムと私を離すことはできない。……いや、腕を切り落とされるかも?
「魔法学校を出た人間が何をやっていたって不思議じゃないだろう」
「やあちゃん?」
声を張り上げる。
「モモ、勇者様だけが使える魔法なんて信じたのか? お前も試そうとしたんじゃないか?」
思えばずっと悪者だった。
学校で何をしたって優等生はモモ、問題児はヤーク。私は真面目だ。でもモモとは違う。原理の理解できない魔法なんてあってたまるか。使える魔法は才能によって違うだろう。けれど全ての知識を集めるだけなら凡人でも可能なのだ。禁止されているから、勇者じゃないから、そんな理由で知り得ない魔法なんてあってたまるか!
「現に私たちは“盗む”ことができた! それは勇者如きに頼る必要なんてないってことだ!」
「何を言っているの!?」
「魔法の伝承者から聞いたんじゃないか? 勇者ではないはずの魔法泥棒でも『ヒューマンシールド』は使えていたってな!」
世の中では勇者を騙り利を得ることが犯罪扱いだ。それも魔王さえ倒せば咎められるはずがない。それどころか有益な魔法を己だけのモノとした勇者を囲う制度の何が正しい? モモは賢いけれど流されやすい。
おかしいのは今の勇者だ。
実際は何が条件なのかは知らない。説得はできないけれど揺らがすことぐらいは可能なんじゃないか?
「盗人風情がお黙りなさい! 問題は勇者を騙ったことにあるのよ」
「おかげでレムリンドがあの魔法を受け取るためにどれだけ証明が必要だったか……」
レムリンド、はマリンベルの勇者の名前か。くそっ、流されやすいモモを頭の固そうなのが囲い込んでやがる。
「話では確か5人組……。なかなか逃げ出さないと思ったら仲間を一人待っているのかしら」
「ならばそいつが偽の勇者か」
「はぐれるなんて、随分ドジなニセモノね」
あっ。
なんだか空気が変わったな。背中がひやっとする。
「街で既に捕まっているんじゃないか?」
「引き返して衛兵にお金でも握らせるのかしら」
「盗人風情にお似合いの情けなさだな」
わかりやすい挑発……なのだけれど、随分効果があったようだ。大体温和なスナッチが斧を担ぎ上げた。逃げる準備を考えていたクラリスがメイスを構えた。……リリムが弓に手をかけた。
ルートリア、君は君が思っているより大事にされている。夢のために孤独になることはあるだろう、それでも彼らが理由もなく君を手放すことはない。逃げられないようにと怯えるより自分の自由を心配したほうがいい。なにより、私も少しイラだった。彼らより付き合いは浅いが、何度も言うが嫌いではない。
「さぁ、さっさと捕まりなさい。どうせボロ雑巾のように負けるのだから」
「捕まえても報酬が出ないのが残念だな」
「……」
向こうの3人が構える。モモだけが対応しきれておらずオロオロと仲間と自分を見比べていた。この数年、自分だって何もしていなかったわけじゃない。勝てないかもしれない。でも、今なら勝てるかもしれない。
「……やあちゃん、お願いだから、ウィフロムに帰ろう?」
「そう言ってまた私をボロボロにするのか?」
「あれは、だってああするしかなかったから……!」
「ふん、なら今回も力尽くで捕まえてみせるんだな」
勝てなかった場合を、考えないといけない。まず真っ向勝負で挑む。けれど試験とは違う。逃げることが許された舞台だ。地形を活かして仲間全員と逃げなければ意味がない。鍵は腕輪とルートリアだ。
初めて、仲間というモノに期待をした。




