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23.逃亡生活2

 手のひらに集中する。魔力を集めて光を集める。小さく呪文を唱えると、クラリスとリリムの顔を光が包んだ。


「……どうかな?」

「僕たち自身に違和感はないけど……」


 私自身には、クラリスは肌艶が少し良くなり完全に子どもの顔になったと思うし、リリムは耳が丸くなり鼻も低くなったように見える。ヤークとスナッチを振り返ると二人とも頷いていた。


「顔だけに集中させたからか大分安定するようになった。あとはどこまで維持できるかだな」

「最初のうちは魔法が一瞬で解けたりしたもんな。……クラリスの顔が完全に赤ちゃんになったときは笑ったけどよ!」


 あれは悪かったと思っている。私のイメージ力の無さにより、顔だけが本物のベイビーフェイスとなったクラリスは本人もわからぬままに笑い続けられていて可哀相だった。水面を覗いたあと私を殴ってきたのは言うまでもない。


「とりあえず悲惨なことにはなってないんだな?」

「……よかった」


 胸を撫で下ろす二人。申し訳なかったとは思っている。リリムの鼻に触れると、目に見えないけれどきちんと元の鼻がある。少し頬を赤くして身を引いたから耳には触れなかった。残念。


「これで次の街にはゆっくり入れるだろうし、次何かをしたときにはもっとうまく誤魔化せるだろう」

「もっと魔法の修行も積んだほうが良さそうだね」

「身体も鈍らないようにしとけよ」

「はーい」


 もう少しきちんとイメージがついて魔力を自由に操れるぐらい慣れたら、首輪や鎖も隠せるようになるかな。

 緊張しながら街に入る。

 ドワーフとエルフを連れた5人組という張り紙はあったけれど、追いかけられる様子はない。今回はじっくり見れると思って張り紙をじっくり眺める。勇者を騙ったことよりも本来なら勇者に授けられる魔法を盗もうという腐った根性を怒られているようだ。勇者自身も無事魔法は覚えられたようで減るもんじゃなかったんだからいいだろうと思うけれどそういう問題でもないらしい。あの勇者はケチだなあ。


「やあねえ、魔物の手先かしら」

「お金目当てかしらね」


 近くを通った主婦たちがあてずっぽうに非難するのを聞きながらスナッチを顔を見合わせる。誰も思いつかないことをやっていると思うと楽しくなるってものだ。


「奥さんどう思う?」

「そうねえ、どうかしら」

「何をやってるんだお前らは」


 奥さんごっこをクラリスに咎められてさらに笑う。ここしばらくは本当にギリギリの生活を送っていたから少しテンションがあがってしまったみたい。


「とりあえず宿を探して、シャワーか風呂」

「お前最近本当に綺麗好きだな」

「女なんでね」

「昔は女じゃなかったのか」


 失礼な。……たぶん、女の子だったと思う。男性陣に買い物を任せ、女性陣で宿をとりにいった。ヤーク先生が加わったことでリリムとクラリスの魔法がバリエーションに富んだおかげで連絡をとるのが楽だ。どんな魔法でも仲間の居場所を知らせるような呪文がある。クラリスが仲間の居場所を知りたいと思えばひとつ呪文を唱えるだけで土が向きを教えてくれる。


「衣類だけなら汚れの落ちる水魔法もあるんだがな」

「え、そんなのあんの? 人間には使えないの?」

「汚れの判断が精霊には難しいようで皮脂全部どころか毛とか爪を全部落とそうとするから顔はガサガサになるし色々血まみれになるしハゲになる」

「それは怖い……」


 試そうとしなくて良かった……。というか服だけでもあるならもっとはやく教えてほしかった。水魔法に適正はないけれど、不安定で魔力をごっそり取られるだけだ。スナッチ以外の全員が覚えてもいいかもしれない。宿で荷物を置いて意気揚々とシャワーへ向かう。


「……そういえばリリムってシャワーを浴びても魔法解けない?」

「化粧じゃないからそんな程度では解けないから大丈夫。1日保つかどうかの実験はこないだやったから、君が失敗してなければクラリスもリリムも離れても問題はない」

「わかった!」

「そう言いながらなんで私の手を掴むの?」


 もはやリリムと距離を縮めようと頑張る私に呆れきったヤークは何をしても驚かなくなってしまった。……どちらかというと被害を受けているリリムがいつまでも慣れてくれない。今もシャワー室に連行しようとする私の腕に弱く弱く抵抗をしている。


「まあまあ」

「私は後でいいから! ヤーク、助けて!」

「そう言わずに、ほらお仲間はもう諦めているぜ」

「台詞が悪党!」


 裸の付き合いとも言うし、ここで他の仲間を出し抜かせてもらおう。いや、私だけが遅れているという事実は認めたくない……。私だけが呼ばれていないなんて事実は……。余裕の顔をしたヤークが呆れてつぶやく。


「……風邪引くなよ」

「とめてよ……」

「行ってらっしゃい」


 渋々連行されたリリムと自分自身をピカピカにしてシャワー室から出ると、クラリスとスナッチが帰ってきていた。防寒着等の必需品を色々買い込んだようだけれど、食材がなんだか心許ない。


「明日ここを出る際に買い足そうか」

「そうだな。不用意にここを出て魔法が解けた瞬間を見られたくはない」

「僕もシャワーが浴びたい」

「クラリスも結構匂い気にしてたよね」

「僕じゃない、あいつが臭いんだ。絶対匂いが移ってる」


 指を差されたスナッチがあわあわと立ち上がる。


「俺ぇ!?」

「種族的にはドワーフのほうが匂いきついんじゃなかったっけ」


 リリムを見ると首を傾げていた。


「正直人間もドワーフも変わらないし、……まぁ、クラリスよりはスナッチのほうが正直……」

「え、俺泣いていい?」

「そっか、もしかしてリリムが私の匂いが気にならなかったのはスナッチのおかげ?」

「お前が嬉しくても俺は嬉しくない……」


 男二人泣きながらシャワー室に消えていった。たぶん私達のように一緒に入ったりはしてないと思うけどなんだか微笑ましい。


「あとヤークか」

「ヤークはあまり嫌な匂いしないね」

「研究ばかりしてるとどうしても出不精になるから汚れてもあまり気にされないよう匂いを誤魔化す道具なんかもあってな」

「ずるい、今日のヤークはずるい内容ばっかりだ」


 ほら、と渡されたのは液体の入った小さなビンだ。一滴腕に垂らして両腕に擦りつけ、首に擦り付けるらしい。……そういえば娼館で何度か見たことがあるような気がする。一滴もらって試しにやってみると自分から柑橘系の爽やかな香りがしている。


「香水というんだ。薬草でも作れる」

「へぇ、リリムは知ってた?」

「ううん、あんまりエルフには必要ないかも……?」


 確かに。水ですぐ落ちるらしく、またあまりつけるとそれはそれで臭いらしい。あくまで誤魔化すものだから匂いが消えるわけではない。娼館ではいつもいい匂いがしていたけれど、これなら魔力も使わない。ヤークに聞いた薬草はどれも知っているものだった。


「作ってみようかな」

「作ってるところを見ると鼻曲がりそうだね」

「リリムの見てないタイミングで作るよ」


 それはそれで嫌だったみたいで斜め後ろから脇腹を攻撃された。痛い。リリムの遠慮しないポイントがわからない。しかし魔法の使えないスナッチに持たせるのはいいかもしれない。風呂から出てきた男どもにも試してみると、大好評だった。調子に乗って二滴つけたスナッチにリリムは複雑な顔をしていたからやはりつけすぎは良くないようだ。







 一晩寝るとリリムとクラリスの顔は元に戻っていた。全員荷物を持って、街をまわる。旅人だとバレてしまうけれど5人組という割と普通の人数というだけなら大丈夫だ。もう一度魔法をかけなおしたおかげでリリムもクラリスも顔は変わっている。


「食材や調味料以外は買ってあるからな」

「ヤークとリリムに丸投げするために今日にまわしたな?」

「俺たちだけじゃわからないんだもん……」


 だもんじゃねぇ。その図体で可愛い子ぶるんじゃない。バザールといって布製の屋根を拡げて簡単な店が大量に並んでいる通りを歩く。日持ちする食材や薬草を真剣に選んでいるヤークとリリムの後ろを役立たず3人組でのろのろとついていく。

 ぼんやりと研磨剤が目に入ったのでそういえばたくさんは無かったなとみんなから離れた。店主のおじさんに話しかけて手を伸ばそうとした。手がもう一人誰かに当たった。


「あ、ごめん」

「いやこちらこそ」


 一瞬で体中から冷や汗が出た。


 勇者だ。


 髪色を変えているみたいだけれど、顔が同じだ。そうか、勇者が街に入るだけで街全体が盛り上がる。勇者を騙った魔法泥棒にすぐバレる。だから隠しているのか。

 驚いた顔をしている、ということは私の事をまだ覚えている。ふらっと寄り道をしたおかげでまだスナッチたちとは距離がある。なら魔法泥棒であることはバレない。怒っているかもしれないけれど、それは私のみに対してだ。


「君はっうぐっ」

「やあ、久しぶり!」


 店主に怪しまれないよう思いっきり肩を組む。痛くしてしまったが敵意に対する魔法は発動されない。敵意がないからか、仲間はいないのか?

 こちらの仲間にバレないように、あちらの仲間にもバレないように、小声で話しかける。


「なんで髪色変えてんの?」

「君こそ、なぜここに」

「あの街のスラム育ちだとは言ってない」


 本来であれば騒げば困るのはこちらだけど、今は困るのは勇者側だ。“正体不明”の盗人が勘付いて逃げるかもしれない。随分悪い印象が残っているようだけれど、私はこの街では普通の善良な旅人なので騒いでも悪意にはならない。はずだ。


「勇者様! もしかして研磨剤を買われるのですか!?」

「なっ!?」

「何!? 勇者様だったんですか!?」


 わざとらしく大声にならないよう、目の前の店主や右左に聞こえる程度の声に留める。しまったというリアクションをしてみたが、既に遅かったみたいだ。この野郎といわんばかりに勇者はこっちを睨んでいる。


「い、いや、人違いだ、僕は」

「しかしその装備、随分良い物だ。お忍びなのですね!? では黙っておりますのでぜひうちの商品を……」

「聞こえたぞ! ぜひうちの物も買っていってくれ!」


 さすが、THE・勇者。見た目のせいで誰も疑わない。それもこんな街中で勇者を騙ればすぐに捕まるから嘘をつくメリットもない。あっというまに人に呑まれていった勇者。視界の隅でスナッチが慌ててクラリスを連れてリリムとヤークを連れ去ったのを見た。買い物を中断して慌てて街の外へ向かったはずだ。


 ……いや、街の外?


 勇者が単独行動をしていた理由はなんだ?

 一人で勇者を買出しに行かせるか? 勇者も幻覚魔法ぐらい使えるはずだ。それを髪の色程度で済ますほど頭がふわふわだとは思えない。


「しまった、罠か!」


 スナッチはそこまで考えるほど頭が良くない。あれは対処が素早いだけだ。クラリスなら考え付いたかもしれないけれどスナッチを止められるほどまだ強くもない。自分も喧騒を抜けて大急ぎで街の外に向かう。

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