22.逃亡生活1
緩い男装は解いていたけれど、パーティメンバーが特殊すぎたことが仇になった。リリムとクラリス。エルフとドワーフのいる5人組。私だけじゃなくて全員変装するべきだったんだ。
「まさか次の街についた途端追いかけられるとはな……」
「たいした魔法でもないのに高くついたね」
「ほとぼりが冷める……というより情報が追いつかない先まで潜伏生活か」
街の入り口付近で早くも追い回され、街の貼り紙に自分たちの特徴のみ書かれていることに気づき、大慌てで逃げてきた。街を抜け、次の街までの街道や森を走ってきたけれど、もう追っ手を撒いてから随分経っている。休憩してもいい頃合だろう。体力のないリリムの限界が近い。最悪の場合はスナッチの背中にしがみつかせてでも走る必要があったけれど、その心配は要らないようだ。
「幻術系の魔法は光属性だ。この中なら向いているのはルートリアだな」
「……善処します」
「空想の特訓、伝える努力だな」
一番苦手分野です……。
「クラリスはドワーフより人間の子どもに見えるように若く、リリムの耳は尖らせず鼻を低くするだけでも印象は変わる。そのイメージをきちんと持って幻影を作り出すんだ」
クラリスとリリムを見る。クラリスは既に子どもに見えるしリリムも顔が綺麗過ぎて想像もつかない。あぁでも今の疲れで表情が死に切っているリリムにクラリスの耳をつけたところでも想像すればあるいは……。
「本当にもう走らなくて大丈夫なのか?」
「俺の経験上では大丈夫なはずだ!」
「経験がある時点でおかしいだろ……」
国を跨いでの逃亡は初めてだけど……。おそらく街の人が怒っているか勇者たちが怒っているかで違うはずだ。勇者のためにと街の人が怒っている場合、所詮は他人の事なので2つ3つの街までで済むだろう。これは当初の予定通り。ただ、勇者が怒っているというのであれば別だ。行く先々で言いふらす可能性がある。そしてこれから先繰り返す行為であるためエルフとドワーフがいるというポイントは常に隠さなければいけなくなってくる。あと私が女であるということも。
「クラリスとリリムには迷惑をかけちゃうね」
「今更だろ」
「むしろ特徴的でごめんなさい……」
クラリスはともかくリリムが置いていかれないかの心配をする前に目を覗き込んで申し訳ない顔をする。
「クラリスもリリムも今の私に必要なので、どうしても置いていくことはしてあげられないけど」
ごめんねと謝ると疲れで死にそうだった顔の血色が少し良くなった。それならいいの、と小さく呟いて弱く微笑む。うーん、私がおぶってあげられたら良かったんだけどこの狭い背ではしがみつき辛いだろう。
「とりあえずまた野営か……」
「次の街には始めから変装して潜り込んだほうがいいね」
「いい加減防寒着を買っておかないと寒い地域についてしまうな」
「変装して買い物して宿できちんとシャワーで汚れを落として……」
「今日はきちんと料理をせずに干し肉とパンを齧る程度だな」
痕跡を残さないように、火は焚かない。光魔法……、何か便利なのがあるのかな。ヤーク先生に改めて確認してもらったところ光と闇に適正があるらしいこの身体は、まるで勇者のために誂えたみたいだ。心に大きく引っかかっているものの、自分で抱え込んでいる。得意だと思っていた火と雷の魔法は、きちんと教わると思った以上に疲れてしまい、魔力量で誤魔化せていたのだと実感した。ヤーク曰く、才能だとか。
「次の街に着くまで、光魔法を教えてもらおうかな」
「派手になりすぎないように注意しないといけないが……、学校で友達が得意だったからそこそこ覚えている」
「友達いたんだ」
「……確かに、数人しかいなかったが腹立つ言い方だな」
走り通しで疲れた3人が眠りにつく。スナッチは走るためにみんなの荷物を多く抱えていたから仕方ない。それにヤーク先生は意外と体力があるのかみんなほど疲れていないようだ。ガタイがいいっていうのもあると思うけれどやはり剣が合うのではと思わずにいられない。本人は魔法が大好きなのでどうしようもないのだけど……。
「まやかしや幻影系の類は光魔法だけじゃなくて水魔法でも可能だけれど、光魔法の方が適している。まぁ、光魔法の適応者が少ないので覚えても使えない人のほうが多いから知名度も低いな」
「どの魔法も、適応してなくてもあれも可能これも可能っていうの多いよね」
「魔法といっても結局は精霊にお願いしているだけだからな。命令次第でできることも増える。炎魔法でもできなくはないが気温がやたら高くなるからバレる」
蜃気楼のようなものだといわれたけれど蜃気楼が何かわからなかった。熱いともやもやした幻影が見える現象らしい。
「魔法の基本は、精霊に『何をすることで、何を起こしてほしいか』もしくは『何みたいな何を起こしてくれ』という言葉とイメージの組み合わせ。前者であれば呪文は長くなるし、後者であれば過程を精霊に任せるので不安定な術になりやすい」
「短く正確な言葉を伝えられる人が魔法が上手いってこと?」
「……いや、それらはどうせ研究と勉強次第で覆せる。魔力量と精霊に好かれているかで力量は変わる」
あっ、さっきまで活き活きと話していたのに突然暗くなってしまった。しまった、一緒に旅に出てわかったことは、ヤークはコンプレックスの塊らしく度々リリムやクラリスに嫉妬しているということだ。二人に魔法を教えながらその飲み込みの早さと威力に苛立つことがあるらしい。たまに落ち込んでいるのを見かけることがある。しかし魔法に関しては並以下どころかまったく使えないスナッチにもイライラしている。全く理解しようとしないヤツもそれはそれで腹が立つのだろう。
「普通、光と闇ってぶつかるもんじゃない?」
「以前の君の適正は誰が調べてくれたんだ?」
「娼館の……、占いがちょっと得意なお姉さん」
ヤークはげんなりとした顔をしたけれど、別に悪い想い出じゃない。むしろ女子みんなでその人に占ってもらって面白かった。私だけが後で呼び出されてそのお姉さんに悲壮な顔で告げられた。
辛いことばかりだけれど、生きて――。
そう言って抱き締めてくれた。光魔法が得意な人や闇魔法が得意な人は少ないが珍しくはない。両方であることが問題だ。王族には特に多いらしく、一般人でも居るには居るが数は少ない。おそらく火と雷は、偽りの適正だったんだろう。
「勇者の条件ってそれなのかな?」
「比較対象がいないからわからないけれど、可能性として無くはないな。しかし光魔法と闇魔法の相性が悪いということはない。光が強ければ闇も強くなる。競い合うように精霊が手を貸してくる。普通なら占い師や君自身の嘘を疑う内容だけれど、紋章が光ってしまう君のことだ。恐らく真実なんだろうな」
どちらも適正があるってだけでイメージがつかめなくて使ったことはない。この間記憶を伝える魔法を使ったぐらいだ。そういえば勇者しか使えないあの『ヒューマンシールド』は一体何魔法に属するのだろうか。
「とりあえず火を使わない灯りと幻影・幻覚魔法ぐらいは扱えてほしい」
「はい、先生」
「先生はやめなさい」
火のような灯りという意味での言葉など色々考えたけれど火にも様々なサイズがあると言われ、確かに轟々と燃え盛る炎のようなものが出てくると困るなーと唸る。
「『ライトオブランタン』これは一般的によく使われるな」
「ランタンとかって物の言葉が精霊に伝わるの?」
「そのあたりは大分ファジーだからなあ。説としては存在するものならなんでも伝わる、という物もある」
精霊が理解できればなんでもありか。そもそも言葉自体、人間が作り出したものらしいから自分の中でのイメージを固めるためのものということもあるのかもしれない。……あまり適当なことを言うとヤーク先生の小言と解説が長くなりそうだから言うのはやめておこう。
「『ライトオブランタン』」
ぼんやりと手の平に光が集まる。ふわりと地面に転がすとそのまま光っている。
「どれぐらい保つ?」
「発動時の魔力量によるが、本人の工夫次第で伸ばすこともできる」
「どうやるの?」
手のひらに意識を集中させて強く力を込める。でも、大きく強くならないようイメージを強固に作り出した。さっきと同じような光が作られたけれどドッと疲れた気がする。
「光魔法は光を自分に吸収することで魔力を取り返すことができる。これは物質ではない光魔法と闇魔法のみの特権だな。……いや、水魔法も飲めば或いは……?」
アドバイスだけして勝手に思考の海に沈んでいったヤークを放って、先に生み出したほうの光に触れる。手のひらで包むように私自身が触れたことによってすっと身体に馴染んでいく。少し回復した気もするけれど後半に生み出した光へ込めた魔力が多すぎたのかまだ身体が辛い。良い塩梅にするには練習が必要かな。もし魔力を込めすぎても後で回収できるようだから練習にも便利な魔法だ。
「疲れたし今日はもう寝ようかな」
「辺りも随分暗くなってきたからな。私がこのまま見張りを続けるから君は寝たほうがいい」
「ありがとうヤーク。もし消えたら起こして」
リリムの傍に行って、毛布に潜り込む。起きる様子はなく安心する。本当に疲れたんだろう。ヤークの体力が底なしで良かった。明日はもう少しだけゆっくり進み、魔法の練習を続けよう。そうすればリリムとクラリスの体力を心配しなくて済む。抱きついて目を閉じればすぐに意識がなくなった。私もだいぶ疲れていたみたいだ。




